「俺の秘宝!」

 長巻きの刃先を失い、叫び嘆くコーズだった。まさに『悲報』である。通常の鋼の二十倍の強度があるとされる、刀身にまったくひび割れが無い『単一結晶鋼』のナイフ。決して折れも刃毀れも錆びもしない、研ぐことなくとも鋭利さは失わないという魔法の都、シント産の逸品を紛失してしまった。銀貨千枚積まれても手放せない得物なのに。

 思わず取りに行きたくなる。だがいま地に降りて探すのは、この敵竜騎兵の群れに付け狙われるなかでは愚行だ。全速飛行で離脱するしかなかった。要するに、逃げたのだ。

 しかし今回はコーズにも考えがあった。カッツの本拠地から離れた地点低空すれすれ。味方弓兵隊が五百名も木に上り潜む林の上に、敵竜を招きこんだのだ。

 これは効果抜群で、石弓の太矢に翼を貫かれた竜は二騎墜落した。太矢はドラゴンのウロコに包まれた身体は貫けないのだが、翼なら貫通する。おまけに、リティンの調合した猛毒が塗ってある。敵竜は死にはしないが麻痺して墜落した。

 残った敵王国人間竜騎兵は七騎いたが、怯んで撤退して行った。コーズは師団長としての職責をまっとうし、見事に勝利したのだ。しかも、落ちた竜騎兵の人間はみな逃げていたから、残され翼だけ傷付いたドラゴン四騎鹵獲との莫大な『戦利品』を得て。生きたドラゴンは千金の値打ち。

 一竜騎兵の価値は千兵を凌駕する、と伝承ではされる。しかも管理維持に、兵士三十名分くらいの食料で足りるのだ。もっとも奇襲を受けては脆いことは、コーズの采配自ら立証して見せた。

 堂々と、自らの第一砦へ戻る。鬼の兵士たちは拍手喝采で出迎え、コーズ師団長万歳を連呼していた。

 いつものことのように酒宴が始まる。鬼たちは常勝不敗信仰をリティンに抱いていた。それがこんどはコーズの双肩にかかる。正直、重すぎる責務である。これが孤高の地位か。否、孤立してはいない。コーズには魅力的な連れが居る。いまも酌をしてくれている。

 ここでその新妻のチキが諭した。

「考えを改めたらいかがです? バカラは哨戒、偵察、索敵、連絡通信任務に徹すれば、この上なく有能な竜です。高速の輸送に郵送、要人の移動にも向きます。戦闘以外にも役立てるべきですわ、きっと土木建築作業にも農耕開拓作業にも向く」

「もっともな意見だ。それは認める。しかしおまえはそういうがな、現実は前線で戦えない将に兵士は付いてこないのだ」

「内政に力入れるべきかと。公国には戦える人間はいない。王国方面のみ守りを固め、私たちがこの山を開拓して、食料事情を整えればカッツは盤石な安寧の世になりますわ」

「おまえはそうしろ、俺は指揮官だからな。前線を留守にできぬ」

「キョウキとトウキも、竜騎兵になりましたわ。騎竜の傷が癒えたら彼らも参戦させるのですから、貴方は突撃し敵の隊伍を乱し、援護するだけで大いに活躍できます。単に真正面からぶつかるだけが戦いではないのです」

 ここでコーズは閃いた。会心の発案。ぶつかる! それで行こう。

 コーズは酒を飲み干すやそのあとは、チキと満足な夜を過ごした。

 

 翌朝……早くも警鐘が鳴っていた。敵竜騎兵隊が迫る。しかしまだ出撃できるのはバカラのみ!

 バカラは進言する。

「敵編隊は十六騎。いかが対処されますか?」

「めんどうだな。では、敵の前を塞げ。最大速度で真正面から敵の指揮官騎に突っ込んでぶつかってやれ!」

 まさにバカラは命令に従った。……瞬間、激しい衝撃にコーズは見舞われた。重傷とはいかないが、そこそこの打撲をした。しかし、対処できなかった敵竜騎兵はきりもみしながら墜落している。

 バカラは感嘆と称した。

「体当たりとは! まさかの一撃。いかに火力に機動性が無くとも、肉体の強靭さと速さに秀でれば体当たりとは無敵の戦法となる! 閣下、お見事です」

 思い返す。力とは、質量に速度の二乗を掛けたもの、とリティンは説明していたな。質量に速度とも、バカラは並みの竜より勝る。鉄壁にして超速。

 それより危なかったのは敵指揮官の巨刀。刃が波打っていた。しかし、白銀だった。魔剣とされるフレイムタンとは真紅のはず、別物だろう。かの騎士ほどの得物を欲しいものだ。

 見れば指揮官騎を失った竜騎兵隊は怯み、王国へ逃げ帰って行った。深追いはできない。この夜も楽しい祝勝会が続いた……

 

 ……明けて朝。チキが戸惑うように報告した。

「勇者と名乗る人間が、師団長たる貴方と決闘を望んでいます」

「ほう、竜騎兵か?」

「いいえ。徒歩でなんと、一人で乗り込んできました」

 と、そのとき外から大声が響く。

「我こそは勇者ターレスなり! 我と勝負せよ、卑小な悪鬼どもの頭領よ!」

 コーズが出迎えると、『勇者』とは人並みよりやや大きいだけの、でっぷり肥えたオヤジだった。板金鎧に身を包み、戦斧と円盾で武装しているが。巨漢のコーズから見ればこいつこそ卑小だ。

「俺に挑むとは良い度胸だ。よろしい、貴様ごときにいささか役不足であるが師団長の俺が相手しよう」

 コーズは適当な武器が無かったわけではないが、ここは敢えて巨大な長い資材の丸太棒を両手にがっしり抱えた。これは威嚇効果抜群で、自称勇者のオヤジが怯むのが解る。

 勇者オヤジターレスは目に見えて狼狽していた。

「おかしい、伝承によると我にはハヌマーン、グリフォン、ケルベロスが配下に就いてくれるはずなのに、どんな魔物も味方についてくれなかった。鬼門の反対方向にほぼ位置する猿、鳥、犬……。古代の十二支、鼠は雑魚として、牛と虎、これは鬼門だ。兎、龍……飛竜は我の前に現れなかった。蛇、馬さえも我は恵まれなかった。羊、猿、鳥、犬、猪……待ってくれ! 勝負はお預けだ。どこかで運命が狂ったんだ!」

 コーズはこんな勘違いオヤジをなぶり殺すほど残忍ではなかったが、ただで帰すほどお人好しではなかった。問答無用で詰め寄り、武器と盾に鎧と、所持金を奪う。こういうのを人間は『鬼の所業』というのだろうな、と苦笑する。

 名工の逸品の戦斧が手に入った。盾は性に、鎧は身体に合わないので部下に与える。この自称勇者はなんと、金貨百枚余も持っていた。大変な収穫だ。もっとも、食べ物はなぜか質素な雑穀のきび団子しか持っていなかったので、奪わず帰りの食料にと持たせてやった。その他の野外生活道具類も。

 これでしばし、王国からの攻撃は途絶えることとなる。コーズの師団長としてのほんとうの働きはこれからなのだが……いまは楽しい祭りの真っ最中だった。

 

(終)

 

後書き はい、ハロウィンの物語の続きになりました。ハヌマーン、グリフォン、ケルベロスが仲間になっていたらターレスは勝てたのか……謎ですが。ジャキはまったく意に介せず、鬼たちを守ったわけです()