飛竜バカラは、主の鬼コーズに恭しく語った。

「就任おめでとうございます、我が閣下」

「よせ、不謹慎にして無粋だ……これは侮辱である!」

 いらいらと言い捨てたコーズだった。

 勝利と解放に沸き立つカッツの鬼、コーズはこの『問題』に当惑していた。自分がリティン元師団長閣下から、名誉にも旅団長の地位を任されたのに、一刻もしないでその地位を失ってしまったことだ。なぜならジャキ新師団長が去ってしまった。

 ジャキは師団長任官を拒否し、騎竜ゴーストを駆り野に下ったのだ。銀貨四千枚を派手に部下にばらまいて、である。とんだ器量だ。火酒の瓶片手に悦に入るこの酒呑童子の退陣に、鬼たちは男泣きに泣いて悲しんだ。

 ジャキは本来無頼、自ら主導権を握って部下を采配する男ではなかった。同時に、上官をリティンただ一人と決めていた。銀貨なんてシントには価値は無い。公国は滅ぼうとしている。するとジャキの行先は自然……

 あいつは、人間か。そうなのだよな。次に出逢うときはあるいは、刃交えるか。この巨漢のコーズにも怯まなかった男。

 結局師団長位は、コーズが引き受けることとなる。賢い女鬼チキは副官となった。コーズは彼女との初の夜と、婚姻手続きを済ませるのにまったくの無駄な時間を掛けなかった。ロキ、キョウキ、トウキの幹部もカッツ要職の柱となった。

 爆発物に長けたロキは先の山崩れを起こした発破の武勲により、総族長に選出された。ちなみにロキは人間鬼クオーターだ。角は小さく、身体は大きい。コーズほどの巨漢ではないが。

 シント開城の前にいまさらカッツの総族長職など、お飾りの地位に過ぎないのが無学な鬼の誰からも明らかだが。ロキは受け入れてくれていた。リティンから受け継いだ端麗美な竜骨器の鎧をまとって。

 次いでこれもとうぜん、キョウキ、トウキはコーズ配下の旅団長に昇進した。他の人選はなかった。有能な人材なら探せばいるかもしれないが、リティンは無益な戦闘はまるでしなかったから、皮肉なことに武勲者を探せとなると少ない。

 改めて素情を知らされると驚く。カッツの鬼兵軍隊は、六個師団もいたのだ! それでも、いちいち部隊に編入されない大多数の雑魚を除いた名前ばかりは『精鋭』だけで。単純計算から行くと当然か。カッツの兵士は二十万を越す。一個師団一万四千名としても妥当だ。いままでリティンたちは最前線をもっぱら引き受けていたわけだ。

 それでいて、後方の痩せた山岳に籠る部隊は飢え、不味い食材を奪い合って生のまま食べていたというのに、最前線にいたリティン師団が美味い料理と酒を満喫した部隊というのだから、滑稽な風刺図である。

 それでもコーズが師団長でいられる理由は、目下カッツ唯一の竜騎兵だからだ。だが……思い悩むコーズだった。こいつ、使いものになるのか? 飛竜バカラ。決定的に、弱い。攻撃力に欠けた軟弱な竜だ。機動性もとろい。空中戦で敵を倒すのに、まったく不向きな竜ではないか?

 長所としては打たれ強く、逃げ足(逃げ翼?)だけは速いのだが。将が命を守るため、というのならば最善の飛竜だろう。しかし、自ら前線で命張って敵を落とせない指揮官なんかに、兵士は付いてこない。

 狼煙(のろし)が遠方から上がっているのが見えた。敵、それも竜騎兵発見の連絡だ。コーズは直ちにバカラの背に乗った。

 バカラは言いにくそうに話していた。

「重厚な鋼鉄鎧など、着て頂かなかったことには感謝します。飛行が遅くなるだけですから。ですが閣下のその革鎧は……」

「この牛革製皮革鎧は特殊な油に漬け堅く加工してある。剣や槍の刃など、そうそう受け付けない。軽量にして堅固だ。これもリティン閣下の発酵醸造術の産物」

「それは危険です。空戦の際は脱がれたほうがよろしいかと。火種一つで燃え上がりますよ」

「かわせば問題なかろう。おまえは速さと頑丈さが取り得だろう。ふむ、前方二時方向に翼影!」

 バカラは確認した。ゴオゥッと、唸りを上げる。相手からも咆哮が還った。

「王国の竜騎兵です。ここは逃げましょう。追い付かれる心配はありません」

「向かえ! 武人の本懐である」

「勝ち目はありません。ただし逃げれば負ける心配も無いのです」

「撃て! そんなことで武人が務まるか。カッツをいいように蹂躙されるぞ」

「いけません、だめですよ。ここは味方の弓兵隊に任せましょう」

「命令を聞け、撃て!」

 次の瞬間、コーズの視界は真っ赤に染まった。コーズは戦慄した。身体の鎧が燃えている! 熱い、痛い!

 バカラは独断の飛行で急降下し、まっしぐらに海へ突っ込んだ。炎はたちまち消えたが、火傷あとに塩水が染みる。すさまじい苦痛である。

 バカラはやれやれと話していた。

「だから言ったのに。わたしには攻撃は無効でも、閣下の革鎧には簡単に火が付きます。わたし自ら放った炎の火の粉だけで」

「痛いな、真水で冷やしてくれ。染みる」

「消毒になりますから、海水は。下流の川水など雑菌まみれですし。カッツに戻りましょう。上流の源泉に浸かるのです」

 コーズはむっつりと言った。

「今後炎の息は使うな」

「ならばどう戦えと?」

「おまえの翼に広く刃を取り付ける。すれ違いざまに敵竜の翼を断つ! 必勝の武装だ。真正面から突っ込むだけで済む。狙うのは翼のみ。胴体や竜騎兵は当てない。さもないと巻き込まれてもつれ落ちるだろうから」

 バカラは歯切れの悪い言葉を吐いた。

「殺さずの武器……というわけですか、閣下」

「そうでもない。墜死の可能性は高いからな」

「重いですね、おそらくいささか速度と機動性を損ねますが」

「戦ってみなくてはわかるまい。飛べ! バカラ」

 翼をおそるおそる持ち上げ、次いで打ちおろした。ここで、バカラの目には涙あふれていた。バカラは悲痛に訴える。

「とても飛べません! 柔軟な翼に鋼の刃は邪魔になるだけです。翼を打つだけで痛い! 刃の根が節々に当たります」

 コーズはいらいらしながらバカラの背を降りた。バカラ、使いものになるのか?

「改造版だ。おまえの鉤爪に持たせる刃。戈(か)。伝説の大陸古代の馬車戦の戟(げき)の原型」

「そんなものをわざわざ使うより、わたしは鉤爪に頼りますよ。貴方に得物を持っていただいた方がまだマシです」

「あいにく俺の得物はこの長巻きだけだ」

「上出来です、翼を裂いてやりましょう」

「そうだな、わざわざ殺すまでもない!」

 ここで、ガンガンと鳴り響く警鐘の音がした。これは竜騎兵の大軍が迫っているな。立ち向かえるは、コーズのバカラ一騎のみ! 緊急出撃する。

 敵は十騎以上もの大編隊だった。しかしコーズは怯まない。真正面から向かいすれ違いざまに裂く!

 コーズは驚嘆していた。リティン閣下下賜の鋸刃のナイフで作った長巻き……なんという鋭さ、強靭さ。肉薄しての白兵戦なら攻撃力も機動性も相殺される。俺はバカラと組めば無敵竜騎兵だ! 反転再突撃を命じる。長巻きで翼狙い……

 折れた! 長巻きの刃は折れずとも柄はそう耐えられないのだ。白刃は煌めきながら地面へ落ちて行った。たちまち見えなくなる。

 

(後編へ続く)

 

後書き すまいるまいるさんからのコメントで、ダメドラゴンの話作ってというから無理やりでっちあげました。どちらかというと、バカラよりコーズがダメに見えますが。