『録音』を聞いた格闘少女隊、逢香、真理、千秋、瞳の四人は夜の公園で、深い眠りの夢の中から、突如現実に目覚めたかのような感覚に襲われていた。
逢香は意見した。「私たち、力に固執し過ぎていたわね。『格闘少女』、武器を使わないで素手で戦うというのは一見正義の美徳に映るけれど。そもそも戦いの意志の無いものに力をひけらかして脅迫する行為そのものが卑怯だものね」
真理も同意した。「涼平は格闘技における人体の急所こそ教えてくれたけど、空手技そのものは教えてくれなかった。涼平紳士の所以ね。それに刃物や銃器による急所は教わらなかった。これは直人の分野ね」
直人は呆けた。「え、おれ? まあ刃物なら肌に近い動脈、銃器なら胸腹頭だけれど。武器を手にしたら、全身急所だよ。単に指一本腱一本破損しただけで、よほどの精神力の持ち主でなければ痛みで動けなくなる。逢香、きみは剣道使いだが。竹刀で胴着の上から殴られただけで、ビリビリするほど痛むだろう? まして木刀なんかでは完全に骨が折れる。頭なら即死だ。真剣なんてわざわざ持ち出すまでもない。実戦で打ち合えば簡単に刃こぼれする日本刀は、わざわざ石で刃を潰して切れ味を代償に、刃こぼれを防いだとされる。ならば木刀と大差ない」
真理は珍しくほんとうの笑みを浮かべていた。「だから人を殺めない銃を作り使うのが私の知る直人。そこの点だけは認めてあげる。ほんとうの男よ」
「臆病なだけだよ。いつも苦痛から逃げ惑っているだけさ。卑怯者とされたからね。凶器使うのは最低だと。そこで、チビなおれに群れてくる多数相手に素手で戦えと強要されたのが学校。退学もするさ。まあ時雨よりは十センチ近く背はあるが」
瞳は寂しげに語った。「格闘技なんて所詮は人を倒すためだけのスキル、武人に英雄なんかいない……不知火くんなら解ってくれる」
千秋はきょとんとしている。「まさか武人に英雄がいないなんて。時雨ちゃんのようなケースあるし……では瞳さんの言う英雄ってどんな人?」
瞳は持論を述べた。「ほんとうの英雄とは例えば先の震災に原発事故の際、放射能漏れがあっても津波が迫っても部署を離れず働き続けた殉職者に、いまも働き続ける各種職員やボランティアとかのこと。あるいは神の領域、命の神秘を侵犯する倫理と葛藤しながらips細胞をラット実験する研究者とかかもね。そうした表立った晴れ舞台での彼らはもちろん、全国のごく普通の誠意ある当たり前の人間たちの努力の積み重ねで世の中は平和に運営維持されている」
逢香は肯いた。「対するにその平和な街の馬鹿なガキがつるんで思い上がって、俺たちは現代の侍だ、なんて力を誇示するのには呆れるわね。一人では他人に声も掛けられないくせに」
真理はぶすっと言った。「あ~私もやられたわ。五、六人で私一人をナンパしようとする低俗下劣な最低連中」
逢香は身震いした。「それを真理が語ると怖いわ。貴女、そいつら半殺しにしたでしょう? それも暴力なんかではなく医薬品濫用して!」
真理は小悪魔的悪戯な笑みを見せた。「なんのことかしら? 私LSDとかヘロインなんか触らないわよ」
「って、真理自分で模範解答を即答自白しているぢゃない! うわぁ! 真理の嘘つき……それとも正直者!」
直人が割って入った。「真理、俺の銃『シンフォニー』使ったろ! あれは『ソードダンサー』戦役で俺は酒を入れて使っていたが……ドラッグ使うのは反則だろ!」
真理はまるで意に介していない。「あら、酒もタバコも合法ドラッグでしょう?」
直人はただ一言、「うぐぅ!」と呻いて涙した。
真理は続けた。「泣かないの! でも止まない雨は無いというけれど、いかにも自然科学を知らない文系文筆家の発言よね。熱帯でのスコールなんて何週間も続く地域はあるし、はるか太古の生命誕生の、下手すると前の原始地球なんて、硫酸性の雷雨が人の寿命を桁違いに超えるくらいに降っていた。まあ現代の人間の尺度としては正しいだろうけれど」
「真理の意見は地球を超越しているわね」
「単なる理系ヲタの妄言よ。明日も日は昇るというけれど、太陽系すらいつかは滅びるのが世界、宇宙……人間の寿命の尺度からは千万倍も離れた遠い未来だけどね」
千秋は納得した様子だ。「大切なのはいまを生きることよね。いまが幸せでないと感じないのに、将来が幸せに思えないたろうし将来に希望持てないわ」
瞳は賛成した。「限られた人生の中で、無限の夢を見る。それこそが希望よ」
続けて真理も。「人間の頭って、確かに知性に記憶力の限界はあるけれど、限られた一生の中で使うなら、無限に近いという学説もあるわよ」
逢香も。「それこそが救い、か。さて時雨ちゃんの救出、どうしましょうか? ジェイルバードの掟をここで誓い、矜持新たにすることよね」
(続く)
後書き 確信犯馬鹿話が続いた中で、乱筆ではあるがテーマだけはまともなものに落ち着いたかな。鉄拳伝とは名乗りつつ、力攻めに固執しないよう意図しています。