カッ!   唐突に点灯したまばゆい照明に、涼平の目は痛んでいた。素早く目をしばし閉じ、感覚を研ぎ澄まし臨戦態勢に入る。

 電気が戻った! ここからだな、敵は動き出すぞ。自分一人はともかく、無事にピクシーを護り通せるか危ういな…… このメイド喫茶の隠れ蓑はもはや通用しない。

 涼平は立ち上がった。「出るよ、ピクシー。敵は俺たちの飛竜のいる、万世橋を抑えてあるはずだ。他には駅も。しかし東京の街なんて十五分歩けば別の地下鉄が通っている。安全な避難路を算出できるかい?」

 ピクシーも立ち上がった。が、不安そうだ。「それが……困難かも。敵の直人、彼は戦いに際して退路を確保する名人だったというじゃない。その彼の眼に留まらない策が必要かも……」

 と、ここでピクシーとたいして年齢差のない容姿の美少女メイドが歩み寄ってきた。「初めまして、涼平さま。私、プラパティと申します。パティと呼んでくださいませ。そちらの女の子、ピクシーさんは、私たち亜人有志が保護いたします。知己さまの意向です」

「それでいいの、涼平? 私がいなくても」ピクシーは目を覗き込んできた。

 涼平は肯いた。「海賊には戦力を分散させての一撃離脱が向く。過去それで多々勝利したじゃないか」

 パティは語る。「ところで、端末の周波数位相補正アプリを預かっています。これをインストールすればジャミングは無効になります」

「ありがとう、助かった。では知己にはよろしく伝えてくれ。ピクシーを頼むよ」

「はい、それからここの会計は私が持ちます。戦地へ向かう貴方にせめてものサービスです」

 涼平は一人、深夜の秋葉街道へ出た。明るいな……東京は。すぐさま命じる。「シザーズ、来い!」

 二分と待たず路上に直ちに舞い降りる飛竜、直ちに乗り込む涼平だった。たちまち空へ飛び立つ。

 涼平は回想した。プラパティ、所有物か。非道な名前だな。そういえばプラパティをプラモの盛りパテと訳した伝説の先輩が大学にいた。プラクティス、練習をプラスチックの過去分詞形だとも力説していたな。そんな馬鹿でも大学を出られるものだ。単に実務的能力に限れば、怠惰な酒飲み高校中退の直人の方がはるかに優れたエンジニアだぞ。直人にまともに働く気があれば、の遠い話だが。敵になるなんていい迷惑だ。

 ではさよなら、メイド喫茶。そういえば。

 『俺はキャバクラに行けばモテるんだ』、と吹いていた痛過ぎる二十歳そこそこのガキと五十代のおっさんがいる。男にサービスするのが仕事のキャバクラでモテないって、どんな男だよ! よほど金払いが悪いか素行言動悪いのか?

 キャバ嬢なんて、いかに男を騙すかのスキルを教育される。性交渉抜きでいまどき時給二千円って、美味しい仕事他にそうないぞ。限られた可愛い娘だけの、十八からせいぜい二十七歳の十年間しか続けられない仕事だが。メイド喫茶もそうなのかな……

 世の中道理は通らない。例えば建築に必要な力学の物理を知らない教師は多いなあ、近い内にスペースコロニーが実現可能だと信じ込んでいた教師がいる。重力はなくとも遠心力で、代用できるというが。正確には、コロニーの回転方向により重力は異なってしまい戸惑うことだろうし、たかだか半径数十メートルのコロニーサイズでは、立っていると頭に掛かる遠心力と足先の遠心力の差でかなり身体に不調が出るはずだが。要するに、貧血になり足はむくむ。

 だいたい、経済的に不可能でしょう。地球と宇宙を何回も往復するスペースシャトルは前世紀の夢と消えた。現実には再利用する方がコストは掛かり過ぎたからだ。結局多段式ロケットで打ち上げるのが能率的。

 宇宙局は、毎年何兆だとかいう国家予算を貰っているらしい。日本はさほどではないが、アメリカなどハリウッドが一年で使うコストをNASAは一日で消費していたと聞く。それだけの予算を何年も使って、ようやく数十名が居留できるだけの宇宙ステーションしか作れない。外宇宙探査機に宇宙望遠鏡、気象衛星、通信ナビ衛星、軍事衛星は活躍しているが。

 増え過ぎた人口を宇宙に移すなんて前世紀のトチ狂った愚考愚行だ。

 要するに技術的、コスト的、エネルギー的に無理。何千人も住めるスペースコロニーなんてものを作ろうものなら、ロケットの動力が百倍進歩しても無理、無駄。一万倍進歩して、どうにか形にしては毛が生えた程度のものが作れるが生活は過酷。百万倍してやっと実現可能とはいえ、人口増加に対抗するには、百億倍もの出力があっても不可能だろう(以上、その動力をロケットのみに使った場合の仮定だが)。

 しかし、エネルギー問題をそこまで解決してくれる夢の動力があるのなら、現在の十倍も進歩してくれたら、光熱費に悩まずに済む、交通費も通信通話費も食費も格安な、理想の世界が手に入り、全人類が戦争とも無縁な飢えと渇きから解放された未来が訪れるというものだ。つまり、スペースコロニー開発の十億分の一のコストで満ち足りた理想の社会が手に入る。

 否、現代先進国の情報化社会に住まう人々は、まさに理想の社会に生きているのだ。精神面の充実、昇華……しかしオンラインゲームにはまりすぎると退廃を招くが。ドラゴンより現実の彼女の方がファンタジーだなどと哀しいセリフを吐く若者は嘆かわしい。

 余計なしがらみさえなければ、世界は人間が幸せに生きていけるのに十分なのだ、争わずとも。くだらないな、戦争なんて。

 涼平は夢想しつつ、シザーズの進路を新都心に向けていた。他に行く当てがないからだ。

 

(続く)

 

後書き あくまでフィクションです。この作中に出てくる組織や人物は、現実とは関係ありません。

 

(続く)