いい加減夜も更けてきたのだが、涼平とピクシーの秋葉メイド喫茶での一幕は続いていた。話をするに、いまここで直人らに襲われる危険性は限りなく小さいという結論に達した。もっとも、新都心はどうなっているだろう……今夜も襲撃されているのか? 逢香と知己、時雨たちの采配に委ねるしかない。

 話を整理すると、涼平は決定的な鍵を握っていると自覚するに至った。この世界の時空、時の鎖を繋ぐか断ち切れるのが涼平だから。決定的な決断権を握っているのだ。

 『時の鎖』は涼平らのいた組織『ジェイルバード』……『籠の鳥』の寄ってなすところだった。世界の時空は輪廻している。世紀末の混乱期西暦1999年から未知の未来の2666年までに縛られて。『籠の鳥』はそれを繋ぐことも断ち切ることもできる。その組織が瓦解した目下、決定権は涼平にあるのだ。

 ぼやく。「俺を付け狙うのが異次元の敵か。名前がなければ識別できない。かれらはなんと称する?」

「通称『ADI』、アディ。アナザーディメンジョンインベーダーよ。彼らは涼平、貴方一人を捕らえるか……それとも殺すかの選択肢しか考えていない。新都心が襲われたのは、貴方を炙り出すため、ただ一点」

「やつら俺一人の身に賭けて、新都心の無辜の市民を多々殺傷したのか?!」

「思い出して、時の鎖を繋げばどうなるか。矛盾したタイムパラドックスが残るものの、きれいさっぱり戦禍の無い開戦前の世界へタイムトリップするはずよ。逆に涼平の命ごと断ち切った上、ジェイルバードという邪魔者を排除すれば世界を牛耳ることができる」

 しばし脳内で思考を試してみた。歳だな、数学的に妥当な結末がなかなか定まらない。「しかしそれでは亜人たちの権利はないがしろにされたままだ!」

「だから知己さんはすべての亜人の代表として涼平に全権を委ねた。戦い抜くというのなら、みんな死ぬまで涼平に従うわよ」

「俺一人のためにか? オールフォーワンか……ならばワンフォーオールの精神で報いなければな」

「それでこそ勇名を馳せた音に聞こえし涼平よ。私は貴方の一部だったのだから」

 思い返す。混沌とした青春……。涼平はかつて時空を超えて宇宙戦争をしていたのだ。誰にも信じてはもらえない荒唐無稽な絵空事。しかしそのときの世界の宇宙では、超光速移動、いわゆるSFのワープ航法が可能だった。夢想する。

 対して現実は。二十世紀半ば人類は銀河開拓の幻想を抱いた。しかし現実にはワープ航法などが実現化しない限り、有人宇宙船が数年~数千年の時を掛けても他の恒星系に辿り着くなんて不可能だった。

 それに岩石惑星を地球化開拓するなんて不可能だ。なぜなら、惑星のテラフォーミングには千年、万年単位の時間がかかる。生物的な人類の寿命どころか種としての限界を超える年月だ。一万年も待って、やっと地球レベルの生態系生活環境を整えるのか? それまで移民者はどこで待てと? それが二十世紀の世の科学とSFの限界だった。

 しかし新世紀。情報化技術のあまりの発展からここで、万民各々が小さく凝縮した個人レベルのマイクロ『架空世界』を固有ないし共有する新しいスタンスの『世界開拓』の時代を迎えたのではないか。それこそがいまの情報化社会だ。将来的には未知なのだが。

 そこで……ピクシーのような生体思考回路と言える存在の意義は大きい。AIのピクシーは人間の脳細胞の一部を電子回路的に作り直す技術の産物だから。そしてその被検体は涼平自身だった。少女の姿だったのは涼平の趣味と揶揄されても文句は言えない。

 しかしいずれピクシーの人格が肥大化して涼平を乗っ取ってしまう前に移動手段を取った。

 ピクシーは脳死状態の幼女に処置を施し、作り物の人格として生まれたのだ。ここに、別種の形態を成す生命体が誕生した。厳密には人間とは違うのだ。だが涼平はピクシーを信頼しているし、ピクシーも涼平を慕っている。この関係は、なにも悪くはないはずだ。

 

(続く)

 

後書き あくまでフィクションです。この作中に出てくる組織や人物は、現実とは関係ありません。