秋葉原のメイド喫茶の中、涼平はピクシーと時刻を確認した。外は日が落ち完全に夜の闇の中となったな。直人はどんな手でくるか……?! と、その時。

 真っ暗闇となった。予想内の陳腐な手だが停電! しかし過去の震災の教訓から、日本はまずどこの店でも防災用意はしてある。

 メイドが優しい声を掛け、たちまち各テーブルに小型LEDのランプが運ばれ、その光でロウソク三本分は明るくなる。電池はオキシライド単四一個かな? 薄明かりに照らされる中世西洋ファンタジー風の洒落た店内。こうした趣向も悪くない。ヲタであることを自覚する涼平だ。

 幻想世界の体験を愉しむ涼平だった。いまさらこの先、何が出たところで。他の客もこの事態をイベントと同様に嗜んでいる。この日本人のモラルの高さは、やはり素晴らしい。たいていの外国都市で停電なんて起こったら、市民はパニックに陥り暴徒と化し、略奪凌辱の暴動が始まるぞ。特筆ものだな。単に日本人の危機意識が薄すぎるからかもしれないが。

 いまなら、どんな事件が起こっても『イベント』としてこの場は片付いてしまうだろう。ピクシーは不安そうにしているが。

 声をかける。「暗いのは怖いかい、ピクシー?」

「怖いわ。いまの私、涼平のAIだったころのようにマザーサーバーにオンラインではないのよ。視界が遮られると、情報源が大幅に削減されるわ」

「そうだね、端末もジャミングされているし。暗視スコープモード使おうか」

「やめて! 赤外線感知では薄い衣服まで透けて肌が見えるのよ。私をそんな目で見ないで!」

「あ……そういやそうだね、忘れていたよ」苦笑する涼平だった。ピクシーも思春期に入ったか。「きみは中学ではどんな生徒なのかな、超優等生?」

「いいえ。小中学校のテストなんて、丸暗記していれば解ける問題が殆どよ。私立中学レベルなら、私でも解けない奇をてらった閃きが必要なパズル問題もあるけれど、普段は平均八十点前後を取る少し出来る生徒に抑えているわ。SDFの恵(めぐみ)さんの配慮に従って。彼女、『能ある鷹は爪隠す』の成功者なの。普段落第点ばかり取る劣等生を演じて、公表はされない模試では超優秀。県下一の女子高に進学した。大学は、ジェイルバードなんて馬鹿どもに掻き乱されて中退したけれど」

 冷や汗が出た涼平だった。「俺のせい? 恵さんには『時の鎖』戦役でお世話になったのに、それは悪いことをしたな」

 ピクシーは悪戯に笑った。「いいえ、現実のくだらない社会の枠組みしがらみから抜け出せて、幻想世界のSDFに入れたからラッキーと思っているって」

 はっとする涼平。「ならば、いまの俺たちの敵は、SDFではないのか?」

 きょとんとするピクシー。「もちろん、違うわよ。敵は私でも未確定だけど、おそらく次元侵略者にある……涼平は誰と戦うつもりだったの?」

 動揺する涼平だった。漠然と、東京の反亜人、亜人排斥団体にあると思い込んでいた。すると大地は自らの意志と理由で、直人に協力したのか。ならば経緯は解らずとも結論は自明。

 敵は未知の侵略者、だが強大な戦力を誇るSDFは機能し涼平たちのジェイルバードと友好関係にあるはず! 旧来の友、仲間だった直人、真理、大地。なんでわざわざ危険を冒して敵の側に就いたのか?! 理由は単純に金なのか……涼平は反駁した。

 ピクシーに話す。「だが何故俺一人にそんな莫大な賞金額が掛かっている?」

「出逢った時から、言動が『有権者』としては変だと思った。知己さんに言われなかった? 決断の権利は涼平にあるって。私は知己さんの指示で貴方に合流したのに。なんだ、自覚なかったんだ」ピクシーはクスクス笑う。「涼平は鍵なのよ。この世界を覆しかねない秘密の宝箱を開けるための鍵」

 鍵、か。……敢えて旧世紀のフロイト心理学を口にするのは避けよう。ピクシーはまだお子様だからな。

 

(続く)

 

後書き あくまでフィクションです。この作中に出てくる組織や人物は、現実とは関係ありません。