その日の昼三時にはあっさりと目的地の秋葉に飛竜でたどり着き、着陸した涼平とピクシーだった。正確には、秋葉のやや外。境界線と言える万世橋の上だ。こんな好天の下での秋葉はどこも人がぎっしりで、とても飛竜なんかで降りられたものではない。
そして、飛竜を見ても逃げたりせず、慌てず騒がず和やかにひたすら写メをカシャカシャ連打する、呑気なヲタども。彼らの振りまくお金で、この日本経済は……ひいては全世界の文化メディアは支えられているといっても過言ではないのだ、とは過言だろうか。
だからたかだか自分ごときの肖像権やその他権利の一法の侵害は黙認しよう。美少女のピクシーが注目されているのは内心落ち着かないが。たちまち加工処理された動画がボカロの曲に合わせて、全世界へ向けてアップされるだろうな。
飛竜、シザーズとバカラには周辺待機の命令を仕掛けておく。乗っ取りに遭うような絆ではない、シザーズと涼平は。ピクシーとバカラだってそうだろう。
ここで中世西洋風女騎士の純白のコスチュームを着た小柄な二十半ばの美女から、通称、『スイカ割り』というテストを受けた涼平だった。
誰何、つまり身元証明だ。失敗すると頭を剣でポカリと殴られ、鮮血が飛び散る……かのようなギミックの深紅の揮発性塗料が降りかかる。が、すぐに蒸発して乾燥し、色は消えるだけのゲーム感覚の儀式だ。
女騎士は小柄な身体に似合わず、低い声で威圧的に問う。「貴様、『萌』とはなにかわかるか?」
「萌とは恋愛寸前五秒前を指す。ただし、その五秒前は永遠に続き、恋愛には至らない。つまり『耽美』。永遠に絶対なる美を追い求め愛でる行為だ」
「よかろう、見事だ。模範解答の一例に推薦アップしておこう。では通れ」
「ありがとう」言いながら、コスプレイヤーの群れに溶け込む涼平だった。さしずめサングラスに黒スーツの涼平はメンインブラックか。
歩きながら涼平は『勝利』に苦笑しつつピクシーに語る。「まだ答えの続きがあったのに。萌とは実行したら即逮捕。鬼畜の所業。だってようするにロリコンのことだからな、萌は。お子様向け二次元脳内限定恋愛シミュレーションゲーム」
「それぎりぎりの発言です! 涼平、貴方自分が何を話しているか承知しているの?」
「萌の一般論だ。二次元萌娘は単なる美少女なだけではいけない。なにかヲタ男が守ってあげたくなるような『影』が無いとね。その典型的なのが、なにか天然気質な欠点や、体格のコンプレックス。完璧な美女ではだめなんだ。さらにはやはり不幸な過去。生い立ちや事故や被虐待だ。それ故に性格が壊れていたりするトラウマの傷を舐め合うのが鬼畜の華の萌道だ」
ピクシーは怒ったらしい。「涼平、貴方変ったわ! 私の知る昔の涼平は紳士だった。それなのにいまの貴方はなに?!」
「むかしは似非優等生ぶっていただけけさ。ジェイルバードに加わり、思い描いていた人生の青写真が吹き飛んだ時点で、開き直れば好かった。そんなことよりいまは、闇夜になる前に偵察を終えないと。ここの区画なら、至る情報が手に入る」
話しつつも端末をいじくっている涼平だった。知己との連絡はついている。ここには『妖精』パティと、『汎用性』ぢゃない、『半妖精』のトッティーがいるはずとの連絡を受けた。パティは三十歳くらいだが、そこは幻想妖精、見た目は十代の少女のままだ。飛竜と同じく、遺伝子操作で誕生した『亜人』……
パティは逢香の家の養子の娘で、成績優秀容姿端麗なのに家事手伝いにメイド喫茶勤務しているのか。
トッティーとは謎だな、なにか逢ったことがあるような……ん? 彼女、知己のことか! 時計メーカーの開発部で最新技術に挑む女性精密機械工エンジニアなんて何人もいるはずはないからな。
なんだ、この戦い始まってから、俺が出逢うのは女性、それもどれも魅力的な美女美少女たちばかりではないか。ツキが向いてきたかな? と、その時。
「そろそろ流れが変わるだろうと思って、敗者の側に賭けてはいけない。ギャンブルの鉄則だ……おまえなら解るよな、涼平」
直人か! こいついつも背後から先手を……
直人は冷笑した。「日没からがショータイムだ。おまえらの竜は助けに来られないよ、ジャミングしてあるからな。そしてマスターの協力も仰げない。彼はいま病床だからな」
俺は問う。「聖地を戦地にする気か? 直人!」
「戦場には聖域はない。世界一退廃したこの街を舞台に、観客ごと踊らせてやろうというだけだ。踊るアホウに見るアホウ、同じアホならなんとやら」笑いつつポケット瓶ウィスキーあおりながら、直人はふらふら人混みに消えた。追いかけてどうなる問題ではない。直人の恐ろしさを熟知する涼平には。
どんなに過酷な状況でも、退路は常に確保するのが直人なのだ。青春時代のジェイルバード全盛期はそれに仲間はずいぶん助けられたものだ。
(続く)
後書き どんどん過激にエスカレートしますが、あくまでフィクションです。この作中に出てくる組織や人物は、現実とは関係ありません。