涼平は逢香の去って行った空に毒づき、一方で中学生くらいの少女、ピクシーを持て余していた。親子でも兄妹の年齢差でもない。未成年略取誘拐罪で捕まりかねないなと失笑する。だが涼平はピクシーの生ける計算機端末としてのケタ外れた実力を知っていた。
涼平はぽつり、といった。「ピクシー、きみは人間になっても似ているんだな、顔付き……俺の脳内人格と変わらず可愛いよ」
ピクシーは満面の笑みだ。「ありがとう、涼平。被検体のこの身体が、幼児だったからね。小さい頃の顔って、体験と気質によってかなり変化するのよ。鼻や口はともかく、目付きで変わる表情に、涼平のAIだったころの、くせは刷り込み済みってわけ」
「わかったよ、きみと一緒のときはタバコを吸わないことにする。では行こうか、秋葉へ」
涼平とピクシーは互いの騎竜に乗り、抜群の速度で空高く舞い上がった。秋の晴天、なにも問題はない。
涼平はピクシーに質問した。「でも埼玉県になにがあるっていうんだい? 田舎からすれば都会だが、都会からすれば田舎だよ。そもそもなにを考えて東京の連中は新都心なんか襲ったんだ? そういや、東京の連中は浦和の連中馬鹿にする、浦和の連中は大宮の連中馬鹿にする、大宮の連中は春日部の連中馬鹿にする、と偏差値七十以上の高校生がこせこせ自分の学歴、余裕たっぷりに自慢しているけれどね」
ピクシーは思わしげに語った。「埼玉には王子さまがいるらしいの。事実に目覚めていない御子さまが」
涼平は驚いた。「王子? 帝室とは違うのかい? 問題だね、それは。帝族なのかな、過去の抗争で敗れた家系とかの……いずれにしても重大で危険だ」
「『土の奇なる玉』……『埼玉』は彼を保護生育するために格好の場所だった。海なし県で山は遠い平地部のどこか。震災からも津波からも現に免れた」
「だがそんな話、初めて聞くよ。機密なのかい?」
「閲覧したらヒットしないけど実在するファイルを整理したら……映画のストーリーかと思ったけれど、それなら完全に機密にされるのはむしろおかしいはずでしょう? 突飛な話題性がある裏話だから」
「で、彼はどうしている?」
「しかし、彼は成長過程に故意に仕組まれた『試練』にことごとく失敗した。死んだ、壊れた『鬱の御子』とされているわ。本来華族に準じるのに、高校進学時には見捨てられ廃棄処分された幻の王子殿下」
「ほう、試練とはそんな厳しい任務なのか」
「いいえ。単なる人間性のテストよ。たとえば小学時クラスが騒いで授業にならなかったとき、彼は真面目に聞いていたのね。だけど声を聞き取れなかったのを咎められ、教師が連帯責任として全員罰するなんて事態になったとき、「俺は私語をせずきちんと聞いていた!」と責任を認めず謝らない」
「間違っていないと思うぞ。『全体責任は無責任』とことわざでも言う」
「彼の成績は毎回百点の優等生だったけど、成績が悪いことで教師にビンタ喰らって泣いている生徒を笑っている。それもこれも、かれが潔癖な完璧主義者で、その精神年齢の高さもあり妬みを買い陰湿ないじめを受けていたからなのだけれど……」
「どこの学校も腐っているな! 俺は高校行かないで正解だった。大学ならみんな大人だし、自由に学べる環境だから、人間関係の軋轢は義務教育期間ほどではないし」
「聞いて! そのいじめさえもヤラセだったの。数人のかたまりで小突きまわしていじめては去り、また別の数人が休む間もなく次から次へと罵倒しにくるなんて常識ではありえない」
痛ましい記憶を思い出す。直人もそんな環境に育ったからな……日本の国技は弱いものいじめなどと罵倒される屈辱だ。
ピクシーは肯いた。「けれど彼はそれが当たり前に育ったから、世の中すべてを軽蔑している。一方的に虐待ばかり受けて育ち、その上王子としての資格も財産も剥奪される始末よ」
「ならばそう悪い人物ではないはずだ。むしろ自分のポリシーに忠実なだけかな。ユニークではあるが」
「とどめに中学三年の文化祭。クラスは劇を演じたのだけれど、成績の良さを鼻にかけ、みんなを馬鹿にしている少年が主人公だった。それが打ち解けて謝り、「俺は勉強なんかよりもっと大切なものがあると分かったんだ。きみたちみたいな、友達さ」と臭いセリフ吐いて終わる屈辱的な劇……妬みと演技で面白がって弱いものいじめしてきた連中に、なんで自分から頭を下げてまでして友人にならなければいけないのか。狂っているわ、『王子』の試練監察官ども」
「陰謀じゃないか? 王子とやらを排除すれば莫大な権益が手に入るだろうから……あまりあり得ないか。帝室の年間予算だって知れたものだ。責任と比較すると薄給といえるな」
「まとまった情報としてはこの程度しか私ですら読み取れなかったわ。埼玉は新都心だけでも、王子さまを擁立して独立する時なのかも」
狂っていやがる。涼平は飛竜の高速飛行中には、タバコを吸えないことにいらついていた。だが間もなく秋葉上空だ。は、昼間には襲われないのだな、東京に潜む卑怯者どもが!
(続く)
後書き いささか乱文ですが、あくまでフィクションです。この作中に出てくる組織や人物や事件は、現実のものとは関係ありません。