涼平は『戦い』を終え、新都心からやや離れたクレシン街春日部温泉で夜明けの風呂を堪能していた。痛ましい現実を繰り返し思いつつ。
まさか飛竜での殺しだなんて。民間施設への無差別放火、竜騎兵同士の格闘戦。本物の戦争。事態はまさかここまで悪く……
しかし、気を引き締める。空中戦において格闘戦は最後の手段。可能なら逃げるのが上策、背後からの不意打ちの一撃離脱が卑怯と呼ばれようが最善策。
……は、殺しだなどと決してできるものかよ。転職しようかな、そういやここから職安は近い。
非常事態下の日本だが、過去の震災に原発事故以来の倣いか、人々は普段と変わらない生活と仕事をしている。外国に誇れるモラルの高い日本人の美徳か。
外国……軋轢絶えない周辺国はどう動くかな。日本の平和信仰がこうもひっくり返されると。しかし、大国はその気なら日本を制圧できる軍事力があるのに、震災時だって動かなかった。天災で弱った国を狙うのは大義に欠ける故か? 涼平の本職は建築技師で理系、歴史に政治経済の社会科は詳しくしらないが。
自分の技量は、創造のために使いたい。もちろん戦争なんかではなく、平和な社会への貢献に。しかし、涼平は『ジェイルバード』……世界に欺瞞がある度に結成される有志の義勇抵抗部隊ナンバー4、通り名を『スカベンジャー(死肉喰らい)』。
(37314) 突然、数字を読み上げる声がした。
これは! どうやらミナサイヨ、だな。湯船の中だが端末を起動させる。虚空に映像が見えた。荒廃した新都心の一角に立つ、直人と真理の姿……
「貴方、私を見捨てたわね!」真理は怒鳴りながら、ぼこすか直人を殴っている。……言いようがないが、正しい光景ではある。胸が痛む、真理はかつて涼平も惚れていた。
しかし真理は直人を選んだ。潔癖な真理は、ヘビースモーカーの涼平を受け付けなかったのだ。大酒飲みで怠惰な野良工員の直人のほうがよほどろくでなしのはずだがね。
涼平は問う。「0、貴方の協力が再び得られるなら幸いだ。ジェイルバードだけでなくSDF(スペースディスラプトフォース)の大地まで東京に就いたとあらば、日本は火の海だ……0?」
涼平の問いかけに、答えは無かった。ナンバー0……ジェイルバードのマスターはどうしたのだろう。彼もいま二十五歳かな、青春の頂点、人生でいちばん好い盛りのころだ。端末を0にリンクしてみる……フィルターが掛かっているな、個人情報が一切漏れない。
『魔術師』と呼ばれたマスター、『電脳魔』神無月真琴(かんなづき まこと)のことだ。なにか訳があるのだろう。とにかくマスターのおかげで、直人ら三名の動きは読めるようになった。これは決定的な主導権を握れる構図だ。
後は仲間のジェイルバード隊員を探さなければ! 自分一人で戦い抜けると思い上がるような、涼平ではなかった。
検索する。方城逢香(ほうじょう ほうか)。ソードダンサー(剣の舞姫)。苦手なんだよな、この女。剣道では悔しいが、涼平は敵わないから。おまけに、ザ・マスターの想い人でもあるとすれば。
現在二十八歳、百七十一センチの長身のすらりとした彼女は、未だに結婚せず三歳年下のマスターを慕っている。この女を仲間に加えるのは気が引ける涼平だった。職は……なんだ、漢検英検簿記二級でIT関係の資格もあるのに、変わらず警備員やっているのか。
現場は学校が決定的に多い。入試試験、合格発表、入学式卒業式、学園祭体育祭などのイベントで生徒を監視し護っている。ん? なんだ、この男。
!? こいつは……ただものではない。逢香の上司を確認する。次元万作二十四歳。すでに現場総監だ。高卒からの叩き上げで……出世頭だな。身長は百五十五センチだが、六十七キロの体重はほぼ筋肉だ。単なるデブと思うと殺される……柔道四段、それも高校一年での話、以来かれは昇格試験試合をしていない。柔道だけでなく、素手での格闘技では全般無双の達人。空手、少林寺、キックボクシング、レスリング、テコンドー、ムエタイその他もろもろ。
強い……強過ぎるこの漢。あれ? 見覚えが。こいつ時雨じゃないか! 成長したな。やはり強力無比に……背が伸びなかったのは残念ではあるが。
涼平は温泉を上がり再びスーツを着込むや、逢香に連絡した。どうやら、この非常時に彼女も古巣のジェイルバードに加わろうとしていたらしい。
逢香は毅然と言い放った。「久しぶりね涼平さん、でも竹刀による決闘に勝った方がリーダーよ」
と、自信満々だ。これは逢香は剣道で数段勝ることを承知での取引だな。涼平は敢えて段位は取らなかったが二段並とされている。逢香は四段か五段か。「了承した、竹刀は俺の分も用意してくれ」
まあいいと嗤う涼平。勝算は実はあるのだ。逢香が「剣道の試合で」とは言わなかったから。
なぜなら剣道はしょせんスポーツだ。本来なら真剣勝負で重い日本刀を扱うとならば説得力があるが、竹刀を使う分には両手持ちの必要はない。
片手で持った方が肩半身入る分リーチが長く、俊敏に使える上隙がない。現に片手抜きの居合の速さは両手持ちには到底真似できない。
過去事故で利き腕を失っていた選手が、逆手一本で県大会優勝したとも聞く。
片手持ちの突きが決定的に有利なことも。剣道では突きはのど元に限られるが、実戦ではどの部位を突いても効果絶大だ。この試合では胴着防具を着ない。ならば全身急所も良いところだ。相手は女性、軽くすませよう。
決闘の方法を相手に決めさせたら、時間と場所を指定するのがマナーというものだ。俺は突きによる攻撃に向くよう、中学校舎だった廃屋を指定した。真昼の決闘だ。さっそく向かい、出会い一礼してから廃屋内に入る。
決闘開始、勝負は一瞬で決める! ?!
逢香は壁に跳躍し窓枠を蹴り、さらに高く舞い上がった。こんなシーン見たことある。るろ剣のあの……とにかく二メートルも高所からの上段斬りとは! 冗談義理にもならない……どの角度から落ちる?!
逢香が舞う! これがソードダンサーの実力……不覚! ヤバいぞこれは!? 俺は思い切ってダッシュしスライディングをかました。逢香の真下を通り抜ける。素早く反転し立ち上がり、逢香の攻撃に備える……いない?! しまった。死角からの強打に、涼平は敗北を認めた。さすがは0の女……もっとも逢香は0には竹刀で勝てなかったとあるが。それがマスターのマスターたる所以……
逢香に深々とお辞儀する涼平。「なんなりとご命令ください、マイ・レディ」
(続く)
後書き 女性陣が強いのはお約束です。天下無双の時雨は女子供に手を上げることはしませんし。逢香の部下になった涼平、どうしたものやら。