シント君主国ソング総統閣下か。……立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……美麗だなあ……
私、藤村千秋はぼんやりと考えていた。私と同じくらいの年齢と体格の女性(つまり二十歳くらいで小柄……でもソング閣下の方が痩せているのに胸はある)が、街とはいえ一城塞都市国家の女総統で傾国の美女だなんて。しかも、魔法使い『魔人』……あらゆるものを見通す千里眼、シーカーセンサーの持ち主なんだって!
でも私にコンプレックスはないわ。いまどき、絶世の美女よりぬいぐるみみたいなユル萌キャラ少女系の女の子がモテるのよ。それに私だって、魔法使いなんだから!
私の魔法は『自分を全肯定する』こと。望んだものが、みんな現実になるのよ。最強の魔法といっていいでしょう。でも一つ制約があってね。誰か他人の願いでなければ、そしてそれを私が認めなければ叶わないってことなんだけれど。
このことをソングに伝える。願いは慎重に使わなければ、簡単に世界を滅ぼすことも念を入れて教えて。かりにそうなったとき魔法を解いてもとに戻せるのも私だけなんだから! と、傍らで騒ぎが。
「いやですよう、私巨大化するなんて」ふと横合い近くから年齢性別不詳のキューキュー声がした。見ればふさふさ毛皮の動物の着ぐるみだった。ずいぶん良い生地使っているなあ、艶やかでふわふわな毛並み。
「可愛い着ぐるみね。マスコットかしら?」
ソングは否定した。「ハムスターのスター公星です。二足歩行し万能の力量を有しますが、愛を歌うアーティストなので……目下千秋さんに掛けてほしい魔法はやはり時雨卿を召喚することです」
「了解、容易いわよ!」私は魔力を解放した。時空間歪曲が起こり、一人の男が現れるが……時雨ちゃんじゃない!
三十路男はぼやいた。「何故俺を起こした! せっかく良い夢を見ていたのに。なんだこのぺったんぽっこんのガキは」
私は激怒した。「つるぺたのどこが悪い?! この宇宙だって並行宇宙なんてなく、ジェントルを通り越してつるぺたのフラットで、エントロピー使い切ったら薄いスープ状の光子だけになるのよ! 宇宙はつるぺったんなのよ! 物理学が証明しているわ」
三十路男は苦笑している。「おれ物理は得意だったよ。高校中退だけどね。話を続けて」
「ブラックホールは瞬間的に物質を吸い込むけれど、その外から見れば落ちるものは永遠に引き伸ばされている。宇宙の終わりを知りたかったら、ブラックホールに落ちれば良いわ。一瞬で消えてしまって観察する暇も無いでしょうけれど。その後は新しい宇宙になるかしら。自分を素粒子レベルに分解するような実験、だれがするかしらね。宇宙旅行なんて子供の夢よ」
「それが夢じゃないんだなあ~っ。おれは横島直人。よろしくな」
「宇宙へ行けるとでも言うの? 私の魔法を持ってして、宇宙へ行きかけたことはあったけれど……」
「宇宙攻撃艇アウフリーゲル。機動性は欠けるが、抜群の火力の宇宙艇だ。本来は衛星軌道上の戦闘を目的とした船だから、大気圏内の任務は向かないが、空を飛べず射撃武器の無いたかだか人型戦闘ロボットくらい軽く蹴散らしてくれるだろう。これを千秋、きみが使うんだな」
「私に宇宙船パイロットになれと?」
「それもA級パイロットだ。不服か?」
「いいえ、望むところよ!」
と、眼前に突然全長十メートルほどの流れる曲線、鋭角なシルエットの機体が現れた。操縦方法は、直ちに解った。自分の手足のように扱えるはず。さっそく怯まず搭乗する。パイロットスーツなんていらない。
加速度を感じさせず、この機体は舞い上がった。レーダーに目標地点が表示される。ここは真っ直ぐ向かう! 快速の飛行機、陸上機など簡単に追いつく。
ソングから通信が来た。「強奪されたフリーダム・ナックルファイター試作初号機を操縦しているのは……なんと、十歳くらいの子供です。葉巻吸っていますが。通信入れます。……警告します! 直ちに機体を降りてください、さもなければ破壊します」
「黙れ。俺に命令できるのは俺だけだ。俺はマフィアエスペランサのボス、ディモンド・リッチー」
映像が届いた……豪奢な金髪にサングラス。漆黒のスーツを着こなしている少年だ。こいつがマフィアのボス? 私は内心愚痴る。生意気なガキ、生ガキめ! ニュータイプかなあ。
とにかく火器管制装置を作動させ、はるか遠距離から照準を合わせ……ミサイルロックオン!
(続く)
後書き マフィアの手に堕ちたフリーダム・ナックルファイター。エスペランサは武力で富もうとするのか……目的は? すまいるまいるさん、亜崎さま、ありがとうございます。