都市オレアデスの宿の一室に、ヴァイ、ケイン、ヤイバの三人はいた。ヴァイは二人の事を思った。
ケインとヤイバは、実に息があっていた。戦いに臨む姿勢が似ているのだ。二人とも速攻にすべてを賭ける軽戦士だった。ケインは技量の無さを力で補い、ヤイバは力の無さを技量で補っていた。
戦士でありながら、戦いの醜さを熟知していた。二人とも正面決戦の名誉よりは、奇襲、背後からの攻撃を希望していた。どんなにきれいごとを言っても、戦いとは下衆なものだ。誰かが言った言葉がある。戦争とは無能力者の最後の避難所だと。それを知りつつも、二人は戦い続けてきた。
ケインは聖剣を手にする前は、独自の形状を持つ剣を使用していた。その名は処刑刀エグゼキューター。ブロード・ソードを受け止められるだけの重量を持ち、ロングソードに負けないだけの長さを持っている。目標を切り裂くのにも叩き斬るのにも、突き刺すのにも使用できる。
刀剣は、二種類に大別される。両刃の剣と、片刃の刀。近年では後者の方が、峰を厚くし重さの割に折れにくくできるため、優れているという説が一般的だ。だがケインの剣は両刃だった。
この剣を使用するケインの基本戦術はひとつだけだ。先手必勝、遠い間合いから渾身の力を込めて打ち掛かり、相手の防御を撃ち破って一撃を加える。手傷を負わされた相手は、どんな軽傷であれ大きく力を失う。反撃の機会などありえない。
鋭角で無骨、重い芯に薄い剃刀のような刃を持つこの剣。難しいのはインパクトの瞬間だ。それを間違えれば芯を除いて刃は吹き飛んでしまう。しかし使いこなせればこの上なく鋭利だ。ケインはこれを使い捨てにしていた。簡単に刃こぼれしてしまうためだ。
刃毀れと血糊で使いものにならなくなったとき、ケインは剣を捨てるのだ。戦場に打ち捨てられたケインの剣は、いつしか処刑刀と呼ばれるようになっていた。
それに対し、ヤイバは一本の刀を愛用していた。名前は、刀身に印してある銘は異国語で読めなかったが。極上の鋼を鍛えぬいた、細身で軽量、片刃のカタナ。ブロード・ソードなどと比べれば頼りなげだが、想像以上の力を発揮する。ヤイバ自身の技量のためもあるが、重量のある剣と打合わせても滅多に傷つかない。この刃折れる時までヤイバは他の剣を帯びないだろう。
ケインの傭兵部隊は、わずかに五十人ほどだ。過去からケインは部隊を率い自ら先陣に立って戦った。敵の戦列が整う前に現れて奇襲をかけ一撃を浴びせ、反撃を受ける前に深追いせず離脱する。逃亡を恥とせず、ばらばらに逃げ散ってもすみやかに集結する。勝算か逃げ道がなければ、戦わない。卑怯者と、ケインを評するものは多い。
ヴァイは、ケインがそんな戦術を編み出した理由に思い当たった。聖剣アイシクル。ケインの口癖はこうだ。『圧倒的な力の前には、小手先の技などなんの役にも立たない』。
聖剣という圧倒的な力を、幼くして知ってしまったケインにとって、戦いとは栄誉あるものではなかったのだ。どれほど卓越した技量を誇る戦士でも、竜騎兵にはかなわない。その竜騎兵の力すら、融合炉は無意味な児戯としてしまう。そのためケインは細々とした剣の技術は憶える気にならなかった。たしかに剣の技量は、決定的な差になりうる。一対一の、決闘のような戦いでは。ほとんどの実戦は違う。
小手先の技より剛力を! 力の多寡より速攻を! これがケインの出した結論だった。
だからケインは聖剣を模した剣を持ち戦いつづけてきた。いまや本物の聖剣は彼の手にある。
「ケイン」ヴァイは切り出した。「行くのか? 利き腕を封じられ、剣を持つのもままならないのに」
「ナパイアイが動くだろうからな。エストックはレイピアと敵対するだろう。そうなれば都市アルセイデスとナパイアイ、双方の泥沼の戦いが勃発だ」
「ナパイアイの兵力は大きい。エストックは大規模な重装槍兵部隊を有しているな。ケイン、あなたの刺客部隊では相手にならないだろう」
「そうだな。槍術は、野外での集団戦に適している。横に広く並んで槍ぶすまを造るわけだ。敵にこうされれば白兵戦では、敵と同じかもっと長い槍で対抗する以外に対処法はない。剣では間合いにどうしても入り込めないからな。一対一では剣は槍に勝る点もあるが、集団戦では違う。旧王国は精鋭の重装歩兵密集方陣、ファランクスを有していた。しかしだ。解放戦争では、槍兵どうしの集団戦といった機会はついぞ巡ってこなかった。町中での乱戦では長い槍は邪魔になり使えない。振り回しの効く剣が主体となる。野外に長く槍兵の戦列を作っても、機動性を欠く結果となる。遠くから一撃離脱で射撃されたり、側面に回り込まれたりすると弱い」
「それでは、対処できると。さすがだ」
「ヴァイ、おまえこそ」ケインは笑った。「部下も持たず単騎戦い続けてきたじゃないか」
「あのダグアもそうだな。結局かつてのランス総出か。思ったより槍組には馬鹿が多いようだ」ヴァイは笑みを見せた。
ケインは答えた。「俺は自分を馬鹿だとは思っていない。勝ち目のない戦いはしないぞ。だが、ヴァイ。おまえの場合は違うかもな。前から聞こうと思っていたのだが、お前の名『両手剣』ツヴァイハンダーか。聞こえの良い通り名だ。その名を得ようとする競争率も高かったろうな。ほとんどは屈強な重戦士だったはずだ。剣の名を得るのはたいてい接近戦要員のはずなのに、ヴァイ、おまえは自分の名をどうやって得たのかな? よほど目覚ましい功績をしたはずだ」
ヴァイは目線を落とした。ケインは構わず話し続けた。
「聞いた話がある。組織の武器庫に盗賊が入った。盗まれたのは扱える者など殆どいない重火器類。警備兵たちは血眼になって犯人を捜索したが、その痕跡は一つしか見つからなかった。王国との戦いが、塹壕戦になって膠着状態に陥っていたある戦線で。ある見知らぬ黒衣の戦士が比類無い重装備で、敵の直中に単身飛び込んでいったって。結果、突破口は開け組織は勝利した。しかし辺りは一面砲火の嵐で……戦士が生きているかは遂に分からなかった。事実なら信賞必罰を旨とする組織にあって、どんな裁定が降りたろうな。組織の武器庫の警備を破って盗みを働ける者など、そうはいない。よほど数学に長ける者でなければ……ヴァイ、計算機数学はロッドの部隊の必須科目だったな。なぜそんな危険を冒して?」
ヴァイはしばし沈黙したが、煙草に火を点けると語りだした。「ダグアを見ていると思い出すよ。昔、ある都市に貧しい生まれの小さな情けない少年がいた。力もなく知恵も回らず、同年代の子供からはいつも虐待を受けていた。殴られるだけでなく、無理やり盗賊の片棒を担がされてさえいた。
彼はあるとき、不良の集団から強要されて、彼らの遊ぶ金のために宝石店に押し入ることとなった。無論、すぐに取り押さえられて、吊し上げられた。大勢の店員に全身を殴打され、少年は死を意識した……自分のみじめな一生に終わりが来たと。そのときだ。一人の可憐な美少女が割って入って、少年をかばってくれた。彼にとっては天使に思えたものだ。王国の裕福な家の生まれだった彼女は手を尽くして、少年を解放した。
それからの体験は少年の理解を超えていた。少女は少年を脅していた不良グループに、単身喧嘩を売ったのだ。木刀一つを武器にして。彼女は凄じい戦いを繰り広げ……いや、その光景はとても説明できない。とにかく、悪漢どもはすべて地に打ちのめされた。
こうして少年の苦難は終わり……新たな災難を甘受する羽目になった。少女にとって少年は玩具にすぎなかったのだ。たとえどんなに少年が少女に恋い焦がれていたとしても。使い走りさせられ、荷物持ちさせられ、剣術遊びでは叩きのめされ……ありとあらゆるいじめを受けた。内乱が始まると、血気盛んな少女は戦士となる道をためらわなかった。当初の甘い幻影は失われていたが、少年は少女と同じ道を歩むことを決意した。それが、彼女との距離を縮める唯一の方法だったのだ」
「それってまさかフレイ?」ケインは苦笑した。「可憐な美少女ねぇ、あのフレイが。彼女のために戦い抜いてきたのか」
「いままでは」ヴァイも笑みを返した。「だが空賊との決戦を前に、わたしの意図するところはそんなものではないのだ。聞いてくれ。ダグアは危険なのだ」
(続く)
後書き もうこれ自分で修正してきて疲れた……何度も推敲した文に魅力は無いな……小説は拙くとも感性で押し通さなければ!