その夜、二人の全く型の異なる戦士も酒を酌み交わしていた。士官用酒場。一人は、いつもの将校。一人は、士官ではない客人だったが。

「だから、気にするなよ。俺はなんとも思っていないぞ、ただ俺の力量がとてもおまえに及ばなかったことだけは、残念だがな」片手の無い将、アトゥルはつとめて明るく旧友に……同時に、自分の手を切り落とした仇敵に……笑いかけた。

「いいえ。あなたは手加減できる相手ではなかったのです。やむない一撃とはいえ……あれから何度、あなたの左手をつなげ直せればと願ったことか」ヤイバは陰鬱に言った。

「切り落とされた四肢は、決して再生しない。再生は、一部の弱小の生き物たちを憐れんだ神が、特別に授けた能力だ。その反面、蜥蜴はドラゴンにはなれないのさ。俺たちは、下等生物ではないからな。力あるものの、宿命だ」

「そうですか。どなたの受け売りです?」

「はあぁっ、はっ!」巨漢の戦士は口を開け大笑した。「ばれたか。これを教えたのは無論、俺の手当てをしてくれた、ミゼリコルド嬢だ。彼女はこうも言っていたな。神に愛されるべき、しもべの人間がその恩恵を賜らなかったのは、争いと殺しを戒めるためだそうだ」アトゥルはヤイバの表情を見て、眉をひそめた。「くどいぞ、ヤイバよ。気にするな、治らない傷なんてものは、存在しないんだ」

「治らない傷は、いくらでもありますよ。外傷でも、病気でも。肉体の傷でも、心の傷でも。傷は治らず、ただ傷口が塞がるだけです。傷あとは、決して消えないものですよ」

「あいかわらずだな、ヤイバ。この点でいくら口論しても……」

「そのさきは、言わないでください。わかっていますよ」ヤイバはようやく、力なく笑った。

「では、戦友よ。旧交再開を祝って乾杯しよう」

「ええ、アトゥル」ヤイバはジョッキをかかげた。「乾杯です、一緒にスティを探し出しましょう」

「うわ~ん、スティレット~!」離れた席から泣き声がした。

 アトゥルは何も言わず、声の主を横目で見た。

「なんです、彼は。スティといいましたか」ヤイバも見れば、泥酔した男、服装からして高位の将校と分かる戦士が、涙を流しよだれを垂れながらテーブルにうつぶせている。テーブルには空になった酒瓶が幾本も転がっている。

「ああ、ジャックだ。俺と同じ将だが。スティがいなくなってから、ずっとあの調子なのさ」アトゥルはやれやれと、溜め息をついた。「彼女を救出しなければいけないのに、この先が思いやられるよな」

 ヤイバは無視を決め込むことにし、いっきにジョッキのビールを飲み干した。明日に戦いを控えた、戦士たちの夜は更けていった。

 

 深夜、ひとつの戦いは終わった。地に舞い降りていく、編隊を組んだ竜の一隊。目印の明かりが無い限り、飛竜が夜間に軟着陸するのは至難の技だが、灯りは螺旋降下する竜たちを紅く照らし出している。そうして全騎が無事に着陸を終えた。

 翼を畳み休めると、巨大な竜アクスは満足し、吐息をついた。この五日間を、アクスは決して忘れることはないだろう。なんという栄光の日々! 空を飛び、敵を見つけ、撃破する。ただそれだけだが、何物にも代えられない。

 アクスは新たな主、女主人のもと、魔剣の主であるレイピア指揮する空軍に加わり、空賊団相手に大戦闘を繰り返したのだ。アクスには小回りが必要な、格闘戦は向かない。アクスは巨体、並みの竜よりはるかに強いのだ。小細工はいらない。敵に真っすぐ突っ込んで、炎を浴びせるだけだ。

 それには同時に複数を相手にしないように、背後を取られないように、味方の援護が欠かせない。それは有能な指揮官レイピアの戦術腕で得られ、アクスはその破壊力を存分に発揮することとなったのだ。

 味方が落とした竜は、十騎か? 二十騎か? それに対し、死んだ味方は一名もいない。むろんアクス自身もかなりの痛手は受けていたが、これしきの傷、なんだというのだろう。

「アクス、大丈夫?」竜の主人となった、少女が声をかけた。ひらりと、鞍から地に飛び降りる。「ひどい傷……ありがとう、私をかばってくれて」

「乗り手に対する、当然の義務をしたまでだよ。お嬢さん」アクスは元気な声で答えた。主人が身体の火傷に、良く効くがひどくしみる薬を塗ってくれている間も、苦痛のうめきひとつ上げない。「こちらのほうこそ、いろいろと世話になった。忠誠を誓うべき、真実の主も見つかったことだし、わが背にいだくべき良い主人も得られた。だが、わたしたちの掟は厳格なのだ。わたしは、もう行かなくては……あまり、というか全然、気が進まないが」

「私も、気が進まないわ。あなたを前の主人のもとへ返すのはね。でも、安心して。もうすぐ、彼の上司が彼を解任するから」

「その件は、よろしくお願いするよ。それでは寝るまで、例の物語を話してくれないか」

 少女はにっこりと笑い、草地に座り、竜の横腹に背をもたれて話し始めた。手には、妙な形をした、例の弓。それは、楽器というものだとアクスは教えられた。

 弦が弾かれ、軽やかな音が響き渡る。「はるかむかし、地上は人間たちと巨大なドラゴンたちが、その支配の座を賭けて争っていた。竜、それは巨大で風に乗る翼を有し、力でも知性でも不死とされる寿命でも、人間をはるかに凌駕していた。しかし融合炉の力の前に、両者の戦いは終わりとなった。融合炉の力を正しく使い、世に希望の灯を照らす誓いを立てて。

 その約定の印しこそ二振りの魔剣。魔剣は鍵なり。融合炉の力を紐解く鍵、端末なり。自由を求めるものは魔剣の所有者となれり。秩序を齎さんとするもの、聖剣の所有者とならん。両者相容れぬものなり。力にて両者対すれば、惨劇の悲劇繰り返さん。心にて両者触れ合えば、融合炉に神降臨しよう。

 神とは無なり。無にして一つなり。一つにして森羅万象そのもの、碧天の極みなり。

 そなたは一人なり。一人にして空なり。空にしてこの世界と一つなり。すべての同胞は無にして一つとならん。そのときこそ、魔法文明は華開くであろう……」

 

(続く)

 

後書き 本当は古典まるでできない私です、すみません、ずいぶんと乱文になりましたね。かっこつけようとして自滅する自爆行為。謳う少女の謎は見当付きましたでしょうか。物語中盤、スティレットの救出は?