廃墟と化した首都上空、竜騎兵ダグアは恐るべき撃墜王レイピアをまさに前にしていた。
「いつもより遠くから炎を吹き掛けろ。当てなくていい、牽制だ。それから右旋回で回避する」敢えて右に旋回するのは、石弓を使用するためだ。右利きのダグアが両手で石弓を使うとき、左に比べ右には撃ちにくいから。軽傷を負わせ、戦闘を終わらせる狙いだ。
二騎の竜騎兵は超高速で接近した。後五十歩で衝突と言うとき、先手を打ってブレードは炎を吐いた。敵の反応は、予想以上だった。ふわりと浮き上がり、余裕で回避する。途端にダグアは不利になった。敵竜はまだ攻撃していないのだ。石弓を撃つ、機会も逸した。
最も攻撃に弱い、危険な数瞬をダグアは唇を噛み締め見守った。が、結局敵は有利な体勢を取ることに専念したらしい。二騎の竜はすれ違った。さらに驚いたことに、敵竜は急旋回している!
「一撃離脱作戦を捨て、格闘戦に来るとは」ダグアは敵の機動に感心した。敵竜の方が高度を取っているので、有利だ。だが、格闘戦ならブレードの本領だ。ダグアは努めて冷静に、静かに命じた。「敵は乗ってきた。ハサミを始めろ」
ブレードは他の竜には真似できない旋回半径で、急旋回した。速度の速い敵は、あっさり前に出てしまうはずだった。しかし見れば敵竜は再びひらりと舞い上がり、ブレードの後方上空に位置しブレードを追尾していた。
なんという機動! ダグアは慎重に切り返し、こんどは逆方向に急旋回する……だが、結果は同じだった。
振り切れない! ヨーヨー戦術にローリングシザーズだ! 三次元の移動を組み込んだハサミで、速度に勝る竜で敵を追尾するとき、敵を追い抜きそうになると上昇を交えて減速し、敵が速度を上げ逃げそうになると降下して加速し追いすがる戦法だ。
ダグアはそうした機動が可能なことは承知していたが、騎竜との連携が難しいので実戦で試したことはなかった。第一、それほどの戦法を使わなければならないほどの敵に、会わなかった。ならばレイピアとはどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのか。
ダグアは驚嘆し戦慄をおぼえた。これほど竜の機動に通じているとは!
だが、対策はある。機動性ではブレードが上だ。「全速前進、三十角降下! 助走を付けろ」
ダグアは命じた。旋回を繰り返したので、両方の竜の速度は落ちていた。最大速度では敵に利があるが、それに達するまでの決め手となる加速度はブレードの方が速い。しかも急降下したことで、高度を取って優位を確保していた敵竜もすぐには追いつけないのだ。
十分に速度を付けると、敵に追いつかれないうちに再度ダグアは命じた。「いまだ、急速反転!」
ブレードは背面宙返りを行った。この特殊な円を描く軌道は、敵を追い抜かせ、自分の正面に持ってくることができる。有効な戦術だ。左右への旋回より早く回転できるし、敵はまず追ってこれない。もっとも敵が熟練した乗り手ならそれに気付き、左右に離脱するかもしれない。その際も、対策は万全だ。上昇中に敵に合わせて回転することで(このさい、敵が見た目に上に見えるように身体を捻る)、好きな方向に進路を変えられるのだ。
ブレードを追い抜いてしまった敵は右旋回し離脱した。それに合わせてブレードは回転し、敵のぴったり後ろへ向きを変えた。が、攻撃する余裕はなかった。敵竜は急降下し、速度を上げて射程圏外へ逃れていた。地表すれすれまで滑空し、全速で飛び去る。
「……どうやら、解放されたようだ」ダグアは喘いだ。全身にじっとりと汗をかいていた。
「大丈夫でしょうか。また向かってきませんかね」
「僕らを再び襲うつもりなら、あそこまで高度を下げはしないさ。が、念のためこちらも高度を下げて、地形に隠れて逃げるとしよう」
ブレードは回避飛行に移った。
ダグアは、考えていた。あの撃墜王に会い、共に空賊に立ち向かうか否かを。だが自分の都合で、戦い命を奪う。そんな横暴が、許されるものだろうか? ダグアは戦士ではないのだ。増してや戦争に荷担し敵の命を奪う、兵士でもない。ダグアの心は、揺れていた。
……
空の彼方で。もう一人の竜騎兵も、安堵の吐息をつき高鳴る胸をなで下ろしていた。
「機動力が違い過ぎる! これが撃墜王の騎竜なのか」感嘆の言葉で、レイピアは敵を評した。
騎竜は答えた。「撃墜王、ですか。あれがうわさの」
「間違いない。久々に、本当の戦士に会ったものだ。危険な戦いをさせて貰った。なんという……あれほどの騎竜と乗り手がいるとは」レイピアは敵の力量に気付くと、作戦を変えていた。ただ倒すのではなく、降伏させ配下に組み入れるという方針に。それは、ただ倒すより遥かに難しいことだと、わかっていたが。
「わたしの見たところ、力量は互角です。いえ、持久戦に持ち込めば、われらの有利ですが」
「深追いは避けるとしよう。いまはそれどころではないし、正直なところ、私としても勝てるかわからないから。シザーズ、転進だ」
「よろしいのですか。我が君?」シザーズと呼ばれた竜は主に尋ねた。
「いずれは決着を付けなければならないだろう。だが、いまは機ではない」
「そのときを楽しみに待ちますよ。あれほどの腕の竜と乗り手を配下にできれば、我が君の目的には役立つでしょう。どこへ向かったでしょうね」
「拠点はないな。撃墜王とは放浪者に違いない。無頼だよ、ハマドリュアデス周辺の空賊が一日にして壊滅してしまった事件があったろう。それだけの働きを見せる竜騎兵がいたというのに、ハマドリュアデスの支配権を握ろうともしない。かれに間違いない」
「それでは次回、どうやって会うものか。空での遭遇は危険過ぎますね、閣下はともかく部下たちには」
「地上で見つけるしかないな。密偵部隊を散らす」
「それでは発見はおぼつきませんね、短期間には」
「各都市や宿場村の掲示板に、手配書を出すのさ」
「手配書? それはできません。われらの拠点を教える事はできませんし、それに撃墜王の人相風体も不明なのに」
「だから、策を使うんだ。手配するのは撃墜王ではない」
「お考えがあるのですね、さすがです。すべての竜の主は、魔剣の主。我が主君レイピアなのですから」
「だが、魔剣はもう一つ存在するのだろう? それが、あの撃墜王の手に渡れば、どれほどの脅威となるか」
「クリスタルソードですか。それは、どこへ行ったものやら。竜の乗り手の手には渡っていないようです。そうなら、われわれはこうしていられませんから。まあ、空賊共の手に渡るよりは、良いでしょうが。情報は無いのですか」
「十年以上前、隣国との国境紛争時に紛失した、というのが一応正式な記録として残っている。事実としたら発見は困難だな。だが、急がねばならんのだ。古代太陽の力を秘めていた融合炉、それを行使するときまでに」
シザーズは、目的地へと翼を翻した。
二騎の竜騎兵……いずれも撃墜王同士のこの戦いは、こうして終わった。
(続く)
後書き 魔の十三回に、ライバルとの戦いはひとまずお預けです。ここで本来のもくろみであった、運命の歯車が回り始めます。