「なんてことだ」高空から眼下を見渡しながら、ダグアはつぶやいた。

 ブレードも静かに答えた。「いずれこうなることは、予測していましたが。思ったより早かったですね」

 彼らは、目的地を偵察飛行した。だが、すべて見ずとも結果は明らかだった。旧王都クリスは、廃墟……完膚なきまでに焼き尽くされた廃墟と化していた。何頭もの竜が飛行し、人々を殺め建物を破壊し、手当たりしだいに略奪に及んだ結果だろう。

 路地に野ざらしに、重なり合って倒れている黒ずんだ死体。崩れ落ちた石造りの城壁。倒れている尖塔、時計台。焼け焦げた幾多の家屋の木材は、もう燻ってはいない。晴天の抜けるような青空が、なぜか寒々しかった。

 ダグアは過去を思いだし、嘆息せずにはいられなかった。十年前なら、この都市は王国の中心だった。王城を中心に、放射状に伸びる石畳の街道。幾何学的に規則正しく、色彩も華やかに計画され作られた、きらびやかなたたずまい。これを重税と散財の象徴と評し軽蔑していたのは、傭兵だったか商人だったか。

 ダグアはこの恵まれた都市の、路地裏を駆け抜けていた少年の一人だった。定期市では、商店街沿いにずらりと屋台が並び、市民が街路に溢れどれほど活気があったことか。増してや祭りでは。その派手な権勢は、今ではどの都市にも見られない。

 だが、それはきっと不健全な豊かさだったのだ。大勢の民衆の犠牲の上に成り立っていた。金持ちと貧民の所得の差は、一千倍なんてものは普通だった。

 といってもそんなことは、幼い少年には分らなかった。やがて起こった踏みつけられていた人々の怨嗟の声が、正当なものだと気付くには長い歳月が必要だった。それまでは平和を脅かす、反体制側をどれほど嫌悪していたことか。

 結局自分は反乱軍、否、解放軍に加担したが、あの戦いは数多の知己の血を吸い……

「大丈夫ですか、ダグア」ブレードは声を掛けた。「お気持ちは察します。ここはあなたの生まれ育った都市ですから」

 倒れた家の梁の下に、一対の瞳があることに竜は気付いた。殺戮に生き延びた、一人の子どもの目だった。親兄弟、友人を失っても一人だけ生き残ったのだろう。竜を見つめるその目には、悲しみも憎しみも込められていない。生きるための力が、意志が、希望が無いのだ。ブレードは子どもの虚ろな視線を、直視することはできなかった。なぜだろう……竜は疑問に思った。自分には心は無いのに。だが、耐えられない! 竜は激情に駆られた。千の刃で切り刻まれるより激しい痛みに。この呪われた都市を後に、いますぐ飛び去ってしまいたい。

「行こう。ここでは僕らに出来ることは、なにもない」ダグアは苦しげに言った。「いまやすべての竜の主たちは、覇権を求めている。それをもたらす二振りの魔剣を。調べるまでもない。もはや二つともそれは奪われた」

「国家を二分する大戦。それを阻止できるのは……撃墜王、あなただけです」撃墜王の相棒も苦しげに答えた。「行きましょう。ですがどこへ」

「そうだな。取りあえず、アルセイデスへ戻る」

「彼女に、太守フレイルに協力するのですね」

「ああ。もっと早く、決意をしてさえいれば……!?」突然ダグアは叫んだ。「左急旋回! 避けろ! ブレード」

 ブレードは反射的に命令に従った。ぐるりと回り、位置を変える。その瞬間、まさに一瞬前までブレードがいた空間に、燃え盛る炎の筋と巨大な固まりが上後方から下前方へ猛烈な勢いで通り過ぎて行った。

「竜の攻撃! 危機一髪でした。ダグア、あなたらしくない不注意ですよ!」

「反転! 敵の方へ向け。すまない、ブレード。上方への監視を怠っていた」ダグアは前方に急速に離れていく敵竜を見つめていた。「見事な奇襲だ。完全に死角を突いていた。あと一瞬対処が遅れたら殺されていた。それに、なんて速さだ!」

「昨夜話されたばかりの」ブレードの声は緊張に震えていた。「空中戦に最も必要な能力、速度を有している竜ですか!」

「そうだ。戦いの主導権は、敵側にあるということだ。敵が離脱しない限り、僕らは逃げられない! 応戦するしかない。ブレード、上昇しろ。少しでも高度を取れば敵の速さに対抗できる」

「わかりました! こんな暴虐を働いた竜騎兵、生かしておけません」

「そうだな。今回ばかりは、見逃せない」言いつつも、ダグアは高ぶる感情を押さえようと、必死になっていた。あんな竜騎兵が、空賊に!

 見れば敵は、十分な距離を取った後、最大速度の利点を削らないよう、高度を取りながら旋回を始めていた。ダグアもそれに応じ、上昇しつつ回頭した。たちまち、また衝突の時が訪れた。敵竜はブレードの方を向くと、全速で突撃を始めたのだ。

「来ますね、どうしますか?」問うブレード。

「ゆっくり向かえ、体力を温存する」 正面からなので、ダグアははっきりと相手が見えた。もちろん、ダグアの目だからのことだ。相手からは、ダグアはわからないだろう。

 短く刈り込んだ白髪に青い目を有する、精悍にして冷ややかな面持ちの、青年。将校用の、軍服らしきものをまとっているが、それはどの都市のものでもない。

 ダグアは驚いた。知っている人物だ。それになにより、かれの帯びるあの得物は! 騎竜鞍にくくりつけてあるのは、豪奢に形どられた鞘に収まる、巨大な曲刀。

「あれは!」ダグアは叫び、息を飲んだ。「フランベルジュじゃないか! やはり掘り出されていたのか……それも、彼が持っているなんて!」

「敵を知っているのですか! 彼、とは誰なのです?」

「レイピアだ、組織高官の。以前はシオンズランスの最初の一人でもあったという。わかったぞ、撃墜王とは、彼のことだ!」

「そんな! 確かですか、それが魔剣を持っているのですか?」

「一度会っただけだが、確かだ。僕の師の一人、僕に数学や力学を教えてくれたロッドも足元に及ばない学識の持ち主という」

「では、魔剣の主たる資質は十分、というわけですね!」

「同時に空賊の一味では、決してないということだ。なんてことだ。また、同士打ちか」それもこれも戦乱に背を向け、好き勝手に生きていた代償か!

「やむを得ません。来ますよ、どう対処されますか?」

 

(続く)

 

後書き ようやく、主人公ダグアのライバル撃墜王初登場! 名前だけは流れていたレイピアです。ここで物語五分の二話くらいですね。両者の運命は? 次第に戦禍は拡大し辛い戦いになっていきます。