私ハムスターのスター、公星は過酷な現実、運命の前に祈っていました。現在酸素ボンベはあるものの、ぎっしり詰め物に詰まった狭い段ボール箱に詰まれ、闇部族の少年アントワーヌが監禁されている隔離施設へ向かうトラックの中です。情報が正しいなら、同じ施設の別棟にメイド少女たちも監禁されています。

 ああ……神よ。もしあなたが本当に存在するとしたら、たいへんな身贔屓な存在なのですね。自らの姿を似せたという人間ばかり救って。私のような人間外のものが平穏に暮らせる理想郷は無いのでしょうか?

 この世は地獄絵図です。仲間すらこれでは敵となると飢えた野獣です。あ、いえ……それでは野獣に失礼ですね。飢えた人の皮被った鬼悪魔どもです。それが人間です、自覚なさい。

 それでも私は平和共存のために闘います! ハムスター戦士我がために戦う……他人に貢献することで、自分自身にも最大に貢献するのです。これこそが万民の信じる真の仁徳美徳の教え、命の在り方です。

 箱から出されました。もう薄暗い隔離施設の中です。灰色の服を着た職員……看守たちが私に食事を取るか問います。

 ここは春の七草を食べて精を付けましょう。え、もう季節外れですか……ざんねん。む、なんと代わりに私にビフテキを! ああ恐れ多い。食の王様! 一度食べてみたかったのです。本来草食獣でも、肉の味は憶えるとたまりません。

 たとえば笹の葉を食べる大きいけれど可愛いパンダさんにしても、ひとたび肉の味を知れば舌が肥え、「笹なんか喰っていられるかよ!」と反抗的態度になるという噂もあります。根も葉もありませんが。

 焼き加減はレアが美味しいと聞きます。血の肉汁滴るステーキ。え、その前に衣服を着てからと。料理を食すには、身嗜みもたしかに大切ですね。

 あれ? 愚痴るつもりはありませんが、看守に訴える私でした。というか動くたびに締め付けが強くなるような……「ちょっと動きにくいですよ、もう少し緩い服に変えてもらえませんか」

 看守はとたんにドスの効いた口調で嘲笑いました。「そりゃ苦しいだろうな、それは拘束衣だ」

 拘束衣? しまった。罠だ!

「どこの生物兵器だ! おまえは捕らえる!」たちまち、看守たちは私を担ぎあげ通路を運び、独房にぶちこみました。

 捕虜にされてしまった……それどころか解剖実験されかねない!

 厨房に石田さんがいるはず! なんとか助けを……しかし拘束されてはどうしようもありません。ここから声が届くとして、敵全員に知られたら終わりです。打つ手なし……どうしよう?

 ノックがした。あれ、優輝さん? 私に澄んだ目で笑い掛けます。

「大きい食材が手に入って嬉しいです。さっそく料理に取り掛かりたいですね。肉切り包丁で喉を裂き……トドメを刺したら部位ごとに捌いて……」

 ひええっ! こいつ魔王ぢゃないか? 鬼、悪魔を超越している! ただでは死なない、いまの私には最終奥義が……しかし拘束されている!

 優輝のアーモンド型の、闇目に緑に輝く瞳は私を戦慄させ、萎縮させ、恐怖の絶頂に追い込みます。生命の本能ですか、天敵に対する……私は血の気が引き、意識を失うのがわかりました。

 

 と、遠くから微かに声が聞こえます。「やれやれ。なんてざまだ、生ハム」

 私は一気に覚醒しました。アルバート! ゼロ戦を駆った空中戦で、私と神無月を撃墜した女パイロットアヴィとのペア……「なにをしに来た!」

 ニヒルな答えをするアルバートです。「きみを笑いに来た。といえばきみの気が済むのだろう」

 なんてマニアックな会話でしょうね。いまの世代で解る方ヲタですよ。いったんこの世界の味を覚えたら堅気にはもどれません。萌の道とはチンピラヤクザに失礼な外道鉄砲玉。実行したら即逮捕と言われます。ヒロインの定番が十三歳では当たり前ですね。

 アルバートは語った。「アヴィに知れたら猫のエサにされるぞ、公星。元の世界の仲間のよしみで逃がしてやる。僕は機動性の悪いメッサーシュミットでさんざん闘って来たんだ、ゼロは軽快で良いな」

「ですがアルバートさん、貴方の一存でよろしいのですか? 命令違反のはず」

「名誉に生きるのが大空の騎士さ。ファシスト連中がユダヤ人だけでなく、アーリア民族以外の人種も狩ろうとしているんだ。日本は形の上だけは同盟国だが、いつ黄色いサル扱いされてもおかしくない。公星なら……珍重されるかもな、不明だ。とにかく俺は失敗した。故国の勝利がこうも人類文明社会の発展を阻害するとは。歴史をもとに戻そうか、このまま並行世界として共存するか」

 私は苦々しく言います。「兵士の玉砕や特攻だけでなく、東京大空襲や広島長崎原爆投下に、沖縄集団自決の惨事が起こらなかったのは驚嘆しましたが。とはいえ、この世界の日本は病んでいます。帝国主義軍事国家だなんて。植民地からの搾取を当たり前にする。八紘一宇を建て前にしているのに、他のアジア民を見下しているし、日本人至上主義だから全体主義です」

 アルバートは指摘した。「反面、米軍に英軍兵士は弄り殺されたものだ。婦女子も多々凌辱虐殺されている。敗戦国の常とはいえ、非道なものだ」

「ドイツ兵がですか?」

「ドイツの男がみんな潔癖なファシストじゃないさ。肉欲に飢えたちんぴらは大勢いる」

 やむない……戦争になると犯罪率は低下するとは統計学の常識です。非常時にモラルが上がるからというより、犯罪をするような男が兵士に徴用されるからが理由だから呆れますが。史実童貞で亡くなった兵士はどこの国も多かったと私見する私でした。

 アルバートは語ります。「神無月から聞いたよ。そ占領地支配とは経済を停滞させるだけ、利益にならないのは経済に素人な彼でも数学的に明らかだ。下手すると二桁経済水準が低いといっていた。例え神に背くとしても、ここからさらに現在を変える必要がある……未来のために」

 

(続く)

 

後書き 加速度的に物語が急転したところで、一端区切りにします。しばらくまた『竜騎兵、飛翔』アップします。初孤羅さま、秋月伶さま、SPA-kさま、亜崎愁さま、akiruさま、すまいるまいるさん、キャラ出演ありがとうございます。