私、名を公星という一介の流れものは流れていました……流れるといっても川や海の潮や社会の荒波とはまた違います。宇宙を司る時空をなのです。まったくもって、ひとたび道踏み外し迷うと任務や目的地はおろか、生活どころの騒ぎではありませんね。

 私が本来生育していた世界の創造主『カミ』は万事に長けた方で、命を育むこの世界の平和を護るために同胞同士の律序とモラルの架け渡しに熱心でした。

 それなのに偶然迷い込んだここの世界の創造主は、決定的にTPOとモラルに欠けています。それどころかカオス。確信犯ですね、生きることの営みをすべてブラックコメディだと信じているやからです。

 私は刃物向ける貴方に警告します。いくら平和と穏健を旨とする私でも、場合によってはハンムラビ法典に準じさせて頂きます。このような非常時は。

 ハンムラビ法典とは、かつて私どもハムスター族と遠い親戚ラビット族が草地の縄張り争いをしたときに誕生した、歴史の恥部と言える血生臭い法律です。

 目には目を、歯には歯をです。悪漢にガン飛ばされたらより力の有る眼で一瞥、威圧します。歯で噛みつかれたら、同じく歯で噛みつき返して公平に戦うのです。現存する人間の作った二番目に古い法典ともされていますが、甚だしい失敬な著作権法違反ですね。

 私はこれでいて、ただのハムではなく、輝き燦然たるスターのハムスターです。名前に敬称が被っているって? 無粋な突っ込みはよしてください。とにかく私は故に公星です。ですが公務員とはまた別ですよ。そんな国民の公僕とは違いますが、社会に身をそそぐは生きるものすべての務めと感じます。

 え? だからってなんです貴方、その刃物は!? 肉切り包丁ではありませんか!? まさかここまで話し合って、なお私を食そうとするとは……残念です。

 これも渡世の仁義。貴方に恨みはありませんが、永久に眠って頂きます。いきます。これこそが私最大の秘儀、『最後の審判のラッパ』です!

「ぼくは逢う~きみと逢う~♪ それは愛~別れ哀~♪ 事故に遭う~おのれ遇う~♪ 祈り合い~きっと愛~♪ 空は藍~きみと愛♪ 愛、愛、愛愛サ~♪」

 ……ラッパじゃなくてラッパーでしたね、アカペラですみません。韻さえ踏めばメロディ不要なのがラップの強みですね。外したかな、あれ? なんで震えているのですか? 愛の歌はお気に召しませんか?

 え、私の背後にお化けが? そんな手には乗りませんよ。私が振り向いたら、襲って料理してしまうつもりでしょう。ほう、ラップ音が聞こえる。それはまたメランコリーですね、良い病院を紹介しましょうか? 精神を病んでいると幻聴もしますよ。

 ふむ、ネズミの怨霊が貴方を呪う……なんだ、貴方お医者さんでしたか。医者の不養生ですね。実験で数々の罪なきネズミたちを殺してきた罰ですよ。

 こんどはポルターガイスト? 幻覚まで襲うとは。典型的な神経衰弱の極みですね。貴方に必要なのは、たっぷりとした休息です。精神科は処方によっては薬の作用で、塗炭の苦しみを味わいますよ。

 え? 何故私が人間サイズで直立して二足歩行し、人間の言葉を話せるかですって? 愚問です、ならば貴方は何故自分が人間として存在するのです? 神の御心ですよ。すべては……

 これを包むのがまさに愛というのです。あ、貴方。これは夢とは違いますから、頬をつねったらきっと痛いでしょう。そんなことより世界平和の共存の道を、朗々と論議し歌い合おうではありませんか!

 

(終)

 

後書き 悪乗りしてまたでっち上げてしまった……やろうと思えばイカサマは多々通用するものだな。

 ちなみに、刃物向けているのは巨大ハムスターから身を守ろうとした自然な反応です。背後にお化けがいるのではなく、公星をお化けと言っています。ラップ音とは公星の声です。ポルターガイストも。ですから貴方が医師である理由はありません(笑)。