四騎の飛竜はレーダーに映らない超低空飛行で、起伏ある地面を滑らかに飛び目的地の砦に障害なく達していた。それからラドゥルとは別の三人は黙々と通路を進んでいた。ソング、ペオ、ティルスの並びで。誰も口を利かない。内心ペオは苛立っていた。
 ソングの奇襲で一気にけりをつけよう、との意見にティルスは正々堂々と戦うべきと、反対したのだ。ペオはなけなしの知恵をつかった。ソングは奇襲をかける。ティルスは正々堂々と戦う。自分は戦いには加わらず空調の破壊に専念する。こうしてペオは騎士に自分の背後を守ってくれるよう『頼み』、両者を引き離すことに成功していた。
 魔力を合わせれば、なんなく玉座の広間に入ることができた。二種類の隕鉄鉱で組まれた玉座には近衛兵すらいない。オスゲル、ハガリド、ウシ、ハシ、フーハク……。
 ティルスは玉座に座るウシを眼光炯炯に睨みつけた。文字通り意志を砕くマインドブラストである。しかし、精神力でティルスと帝国将軍ウシは互角だった。互いに消耗を強いて終わった。意志なくして覇者足りうるはずもないか。
 ここで老ハガリド王が進み出た。「余に刃向うというのか」
「我はこの短い旅で、悟ってしまった。我は王自らに恨みがあるのではなく、王国支配に非があるということを」
「剣での一騎打ちだと。愚かな、それこそ余の望むところ」
 剣を立て、騎士の礼を交わす。ティルスは気合の声と共に、長大な段平で打ちかかった。
 ハガリドはそれを波打つ刃の太刀フレイムタンで受けた。鍔迫り合いながら凄まじい膂力――ティルスをも凌ぐ力――で間合いを一気に詰め、ハガリドはティルスの脚を刈った。ティルスは脆くも背中から倒れた。「見くびりおって。力なくして……覇者となれるか!」
 ティルスは重厚な板金鎧というのにすぐさま立ち上がったが、ハガリドは嘲弄していた。「未熟なものだな、新米よ……すでに勝負は決まっている。余が追い打ちを掛ければお前は死んでいるのだ。この上戦うというなら、もう余は投げ払いを使わない。斬撃で屠るまで。降順せよ、余の息子よ」
「我の母を捨てた貴様など父ではない!」
 ハシは吠えていた。「アホか! 真剣ならお前は死んでいるんだよ。それでも戦うというのなら、このおれが楽にしてやるぜ、死にな、身体だけでかい無能!」
「小僧が。我は貴様ごときには負けぬ!」
「ほう。ティルスよ、この帝国の刺客と渡り合え。勝てるというならまだ見込みあろう」ハガリドは冷笑した。
「我の装甲には打撃は一切効かぬ」
「は、叩き直す必要もないな、叩き壊してやる」ハシは曲刀シミターを構えティルスと対峙した。ティルスは打ち掛かっていたがハシはシミターの利点を駆使し、ティルスの長大な段平を払い流し完全な受け身に徹した。
 こうなれば先に息が尽きるのは攻撃側で重装備のティルスに決まっている!「何故だ、何故我は勝てない」
「貴様が騎士だからだ。剣を振るって戦うという枠をはみ出さないから、当たり前のこと。魔力を持ち単に体力と技量では卓越しているが、それだけだ。『力』の使い方を知らぬ。魔人で無いおれはそれを知っている」
「ハシ、そこまでにしておけ。彼はキュート王子だ」
 声にペオは愕然とした。「フーハク……」
「深入りするなと言ったはずだ……哀しいものだな。ハシに相手をして貰え」
 ハシも短剣を使うか。刀身の短さと細さは補えない。ペオは布縄を左腕に手際よく巻きつけた。布の防御力というのも、馬鹿にはできない。相手も軽い刃物であれば。ましてペオは厚手の皮革製のジャケットをしている。首にチョーカー。即死部位は守られている。
 三尺秋水ならぬ、一寸秋水に研ぎ澄まされた短剣を紫電一閃に切りつける。短剣同士が衝突した! ペオのスティレットは弾き飛ばされていたが、ハシのミゼリコルドを根本から打ち割っていた。
「きみは、まさかこのおれと暗殺術で互角に戦えるとはね……おれは手加減していない。ためらわなかったはずだ。まぐれではないな。次はどうする。魔法か?」
「ハシ! 俺は戦いたくない。フーハク、止めようこんな……愚かしい」
「おれも異父兄も戦士だ。戦う意志の無いものとは戦わない。まして正規の兵士ですらない小娘など……いや失礼、貴女は誇れる戦士だ。強く、美しい。人間の価値観はこの二つに尽きる。賢さも度量もこれらに含まれる」
 ペオにとっては、意外過ぎる答えだった。思わず顔面が熱くなる。ハシのような美少年にこうも煽てられるとは。「ハシ、持ちあげてもなにも出せないぞ」
 人間の知性というものは……無限大といっていいのだ。人間の脳は、それだけの容量を有している。厳密には脳の能力は有限なのだが、限られた人間の寿命の中で生きるなら無限といっていい。まさにここに二人例外がいるが。
 ハガリド王は語った。「不死というものがどれほどつらいことか。どんなに世界が嫌でも、自分が嫌でも自分を止めることができない。死こそが救いなのだ。死は生命に与えられた最後の祝福なのだよ。歳老いても弱ることのない呪われた肉体……」
 オスゲル女帝も告げる。「不老とはいえ非力な肉体の檻に囚われて。いつかは若い身のまま狂い死ぬのがわらわオス・シゲル」
 ハガリドは訴えた。「余は死を求めるため闘い続けてきた。余に死を与えられないものは始末する」
 秋霜烈日だ。強すぎるのだよ、ハガリド王は。これでは経世済民な治世は遠いな、いつまで戦争を続ける気だ。「ならば俺が!」
「よかろう、真に心身強き魔人よ。共通の敵、デーモンの脅威の前に渡り合えるとは光栄の至りだ」
 ここで天井から舞い降りる影。「真打ちは最後に登場する。電子系統は麻痺させた」
「ラドゥル! 助かったぜ」
「僕の魔力、ウェーブドライブを使えば電子機器を故障させるのは容易なこと。もはやこの砦は攻防とも無力だ」
 はっとするペオ。光も電磁波の一種であることを失念していた!「我が問いに答えよ! 光より速きし波動、時空の壁を破る粒子、混沌の支配者、虚の宇宙よ。我ペオースとウィンの名に掛けて、いまこそ汝を召喚する、来たれ無より軽き万物を超えし『滝音』」
 衝動が勝手に呪文を紡ぐ。全身に魔法の高揚感が沸き起こった。力が流れていくのが分かる。砦の外壁は寸断され轟音を上げていた。「滝音よ、時空を超えて撃ち抜け!」
 しかしハガリドは無傷だった。魔法が効かない!「さらに次元を紡ぎ、切り裂け!」
 ハガリド王の首が落ちた。夥しい出血をしている……しかし信じられない光景が。首のない身体が動き、頭を拾い、首に乗せ直した。傷痕はあっという間に消えてしまった!
 化け物か……。「ならば面圧縮。体全域を破壊する!」
 一瞬の内に、一定範囲のものが塵と化していた。しかしその数瞬後、全裸ではあるがハガリド王は無傷で立っていた。身体のどこにも傷痕のまったくない綺麗な老体。肩に腕に腿に盛り上がる筋肉に割れた腹筋は肉体美そのものだ。デーモンすら倒したペオシィンの魔法が効かない! 負けるのか、ここまできて一個人に……しかし。
 ハガリドは滔々と語る。「隕鉄鉱、地に捧げるとする……小娘、おまえは空間を破壊できるなら、時の呪縛を破れるはず。不死たるに不老ならぬ身、余は生が恐ろしい。かまわぬ。余の時を断ち切ってはくれぬか」
 オスゲルも訴えた。「わらわは不老なのに不死ではない身、死が恐ろしい……これ以上恐怖に耐えられぬ、いまこそ真なる解放を願う」
「魔剣の礎となるは悪くない」ハガリド王は安らかに笑っていた。
「わらわも同じ思いだ、兄君」オスゲル女帝は寂しげに微笑んだ。
 ペオは気付いた。空間を除いて、一点時間だけを断ち切れば良かったのか。そっと、意識の袖を伸ばしハガリドとオスゲルの心に触れる。
 玉座両脇の鉄壁な守護となっていた、赤い隕鉄鉱の巨大な塊が煌めいた。ハガリドはその光に包まれた。同時に透明な隕鉄鉱の塊も。オスゲルもまた、光に包まれた。
 残されたのは魔力封じられ完成された紅き炎の魔剣ハガリド王の御霊の『炎舌・フレイムタン』と透明な氷の聖剣オスゲル皇帝の魂『氷柱・アイシクル』……これらこそが『秘宝の鍵』。天空を回る無敵の宇宙艦隊光線砲を支配する端末。すべての隕鉄鉱、マナを操れる。それに従う飛竜も。
 ペオはぽつり、と思う。自分が勝ったわけではないはずなのに。
 帝国三傑雨師、土師、風伯は完全に帝国の最後を悟り、心底からの尊敬を込めてペオたちに一礼し、ばらばらに王宮を去って行った。もとから地位に固執連綿する者たちではなかったのだ。すべては皇帝のカリスマか。皇帝のための帝国、皇帝がいなければ存在の理由は無い、か。ここにオスゲル帝国は滅んだ。むしろ理想的に滅ぶことを望んでいたことが事実だった。キュート王国も国王を失い……