独立自治権都市国家ケネローにて。ティルスは目下竜騎兵旅団長として、世界で個人最大レベルの軍事的指揮権を握っていることを自覚していた。もっともその戦力はキュート王国からの亡命部隊だ。ティルスの指導力を持ってしても一枚岩とはいかない。より堅固に団結する必要があった。だからティルスは、一個人として傑出した才の持ち主に敬意を払う礼節も有していた。
そこでいささか畑違いの人物と相談する。フリーダム・ナックルファイターを開発した、シントのリティン技官。いささかマッドな濃い人物ではあるが……才幹に問題はない。三階級特進を果たしたつい数日前の三十四歳まで一軍曹だったのが信じられない傑物だ。
「帝国王国相手に勝算が無いか、だって? シントの技術力を甘く見てもらっては困るな」リティン技術三尉はタメ口で引用する。「例えば過去神話の時代二十世紀の戦闘機「女たらし」は「不死鳥」ミサイルを搭載していた。有効射程視界の十倍を超えるファイア・アンド・フォアゲット(撃ちっ放し)式超長距離ミサイル。パイロットは音を超える速さでその超長距離からレーダーで敵機を捕らえたら、搭載しているミサイル六発全部発射して敵機を目視せずに反転、帰還するだけで機体に撃墜マーク六個描かれるという算段だった……イントゥー・ザ・デンジャーゾーンとか歌って実際はなんら危険が無いのさ。同様に、人型ロボなど使わずとも、シントは強い。防衛機銃座に戦闘機隊、戦車隊、それに竜騎兵隊の威力は馬鹿にできない。例え兵力的に一桁以上劣勢でも、技術力の差は明白だ」
「論点がずれている」ティルスは指摘した。「防衛側ではなく攻撃側としてオスゲルを陥落できるか相談しているのだ」
「オスゲルの砦にこもる戦車隊か……あの要塞を攻め落とすのは難儀だ」リティンはにやりと笑った。「と、普通の人は思うだろう。しかし貴官は魔人。それもこの都市には魔人五人。貴方なら能力で誰しも洗脳できる。それをしないところが度量を示している」
「敵戦力はソング一尉の能力で事前に察知できた。これは大きい。正面からではとても勝算はないことも解っている」
「続いてラドゥル一尉の能力なら、近寄ってくる戦車は無力化できる……といっても戦闘機より困難だな。戦闘機は少し細工すれば即墜落なのに戦車は移動を封じても砲台として残る。かといって砲を無力化しようとしたら、誘爆。敵戦車兵を虐殺することになる、そんな無為な殺しは趣味ではないね」
「同感だ、簡単なことだ」ティルスは断言した。「情報面で優位にある、ということは。盲人を撫で斬りにするのと同じ。戦力を一点に集中して敵陣を突破、一直線に砦を陥落せしめる。目標はハガリド王オスゲル女帝兄妹一点!」
「そううまくいくのか? しかし、たしかにいまは共通の敵の前に、戮力協心に団結するときだな。貴官もなかなかの策士だな、良い戦術があれば」リティンは訝しげだ。
「陽動作戦を並行すれば容易い。歩兵隊に機甲戦車隊に動いてもらう。本来は騎士でもないのだから、敵はここにいるぞ、などという格好で進んではいけない。砲兵に発煙弾撃たせよ。殺傷力は無いが、前線の進軍を鈍らせる。戦車は歩兵には無敵だが、砲兵相手にはただの的。走る棺桶だ、いくら愚将でも猪突は避けるはず」
「戦車とはね。山岳森林多く平地の少ないこの地には向かないと思うが。戦史からして、この国は戦車が弱かった。だからかねてから計画していた人型兵器開発したんだよ」
「いや、それはこの国が世界大戦時侵略側だったからだ。むしろ防衛には険阻な山や森の地形は戦車に適している。ひとたび街へ入れば、戦車は鉄壁の要塞と化すという。これでは要塞の中に要塞だ」
「堅固な要害をどう陥落させる? 雄材大略があるのだろうな。竜蟠虎踞となり権勢を存分に発揮する構えだな。功を論じ賞を行うところ、誇らず和光同塵に生きる。真の英傑だ」
ティルスは、ペオシィン並にやっかいな相手と会話していることにいささか幻滅していた。「容易いこと、敵の戦車どもを誘き出すまで」
「それはさすが。敵からすれば一虚一実で把握できないぜ。正に気韻生動な戦略、気宇壮大に仕上げてくれ! 破邪顕正の大義がある。これを称える」
ティルスはぐったりした。「勝利は確定している、問題は善後策だ、我らの大義を知らしめ、恭順させなければいけない。無論、侵略では反抗されるだろう。ここでケネローのような独立自治権都市としていずれは同盟してほしい」
リティンは嬉々としている。「すべてが管鮑の交わりとしてシントの同盟国になれば、怖いものはない。デーモンの脅威だって軽いものだ」
ティルスは歯噛みしていた。そうなのだよな、ほんらい脅威となる真実の敵はデーモン……この混乱下に人間同胞同士の戦いなんて馬鹿らしいのに。
ここでリティンはとんでもないことを吹いた。「フリーダム・ナックルファイターだけど、量産ラインに乗せたよ。シント予算十五割注ぎ込んでファクトリーフル稼働で製造する」
ティルスは返す言葉を失した。沈黙は騎士としては美徳ではあるのだが、この場に限っては失態であった。軍事予算借金したのか! そこまでして……
リティンはかまわずシント対空機銃一斉掃射さながらに語っている。「もっともそれらの量産型機には、試作機オリジナルと違い隕鉄鉱が満足に装備されていないのがネックだ。隕鉄鉱は、二種類の素材とも同種類同士の斥力により、爆発的な推力を得る。斥力、それが魔人の魔力の源かも。魔名が二つあれば自然、斥力は常に外へと広がる。隕鉄鉱の斥力は、宇宙船同士が接触事故を起こさないためにあったらしいな。反射質量無しの動力に使えないかな? 文字通り夢の宇宙船に……意馬心猿の欲望が技師にはあるものだ」
宇宙船その他の専門用語とはなんのことかいまひとつ掴めないティルスであったが、リティンは口を挟む機会を与えず話しまくっている。
「宇宙船の武装はフリーズ・フォトン・エーテル・シューター。光子を凍らせたエーテルに詰めた虚のエナジーの塊を叩きつける、理論上どんな物質も粉砕する無双の兵器だ。こいつをナックルファイターに装備するのも好し、これならデーモンも倒せるさ」自慢気なリティンだった。「エーテルは上手く使えば時空間跳躍をも可能にする、数学物理学的理論も提示されている。タキオン粒子に先進波を検出して過去へアクセス時空間移動」
「ルーンを司る、フレイヤ、ヘイムダル、ティワズの名に掛けて」何故こんな偏執狂患者と話しているのかつくづく自分に疑問を抱くティルスだったが、とにかく引用した。「時間は輪になっている。時の鎖に。人間の世は、このままでは行き詰ってしまう。燃料的にも資源的にも人としての種そのものも。だから神話の『籠の鳥』組織隊員は事前に対処する。時空を輪廻させ、永遠の世界に」
「輪廻なんて狂っている! 愚かしい繰り返しするだけなんて!」リティンは一蹴した。
「だが、誰しも自分自身がこの世界の主。世界に時の鎖を架すか外すかは個人各々次第。人間社会の永遠のためなら前者。宇宙規模の永遠のためなら後者」
「ティルス、貴官はどちらを選んでいる?」
「時の鎖を象徴する秘宝の鍵こそ二振りの魔剣……伝説に聞く。伝説に聞くそれをいままさに作られているのだから時空は輪廻しているのだ。決定だなんて、我には……また時は廻る、どちらを選んでも、良かれ悪しかれ」
「確乎不抜な意志だな。高貴なことだ、空の騎士殿。神話の『籠の鳥』の一員足ることを望むか、誉れ高い」
ティルスは皮肉に考えていた。社会において真に称賛するべくは、衣食住の運営だ。軍人など、平和な社会においては無為徒食に過ぎない。それを言うなら、支配階級など民を護る度量なくしてなんの意義があるか。
正直なところ、ティルスは自分が王の器でないことを自覚していた。ただいまは、悪戯に魅惑的なあの燃えて流れる紅い長髪を思い返す……愛する一人を守れれば良い。それが『籠の鳥』の掟だから……だが人間の世は……生まれ変わる必要がある。
そこでいささか畑違いの人物と相談する。フリーダム・ナックルファイターを開発した、シントのリティン技官。いささかマッドな濃い人物ではあるが……才幹に問題はない。三階級特進を果たしたつい数日前の三十四歳まで一軍曹だったのが信じられない傑物だ。
「帝国王国相手に勝算が無いか、だって? シントの技術力を甘く見てもらっては困るな」リティン技術三尉はタメ口で引用する。「例えば過去神話の時代二十世紀の戦闘機「女たらし」は「不死鳥」ミサイルを搭載していた。有効射程視界の十倍を超えるファイア・アンド・フォアゲット(撃ちっ放し)式超長距離ミサイル。パイロットは音を超える速さでその超長距離からレーダーで敵機を捕らえたら、搭載しているミサイル六発全部発射して敵機を目視せずに反転、帰還するだけで機体に撃墜マーク六個描かれるという算段だった……イントゥー・ザ・デンジャーゾーンとか歌って実際はなんら危険が無いのさ。同様に、人型ロボなど使わずとも、シントは強い。防衛機銃座に戦闘機隊、戦車隊、それに竜騎兵隊の威力は馬鹿にできない。例え兵力的に一桁以上劣勢でも、技術力の差は明白だ」
「論点がずれている」ティルスは指摘した。「防衛側ではなく攻撃側としてオスゲルを陥落できるか相談しているのだ」
「オスゲルの砦にこもる戦車隊か……あの要塞を攻め落とすのは難儀だ」リティンはにやりと笑った。「と、普通の人は思うだろう。しかし貴官は魔人。それもこの都市には魔人五人。貴方なら能力で誰しも洗脳できる。それをしないところが度量を示している」
「敵戦力はソング一尉の能力で事前に察知できた。これは大きい。正面からではとても勝算はないことも解っている」
「続いてラドゥル一尉の能力なら、近寄ってくる戦車は無力化できる……といっても戦闘機より困難だな。戦闘機は少し細工すれば即墜落なのに戦車は移動を封じても砲台として残る。かといって砲を無力化しようとしたら、誘爆。敵戦車兵を虐殺することになる、そんな無為な殺しは趣味ではないね」
「同感だ、簡単なことだ」ティルスは断言した。「情報面で優位にある、ということは。盲人を撫で斬りにするのと同じ。戦力を一点に集中して敵陣を突破、一直線に砦を陥落せしめる。目標はハガリド王オスゲル女帝兄妹一点!」
「そううまくいくのか? しかし、たしかにいまは共通の敵の前に、戮力協心に団結するときだな。貴官もなかなかの策士だな、良い戦術があれば」リティンは訝しげだ。
「陽動作戦を並行すれば容易い。歩兵隊に機甲戦車隊に動いてもらう。本来は騎士でもないのだから、敵はここにいるぞ、などという格好で進んではいけない。砲兵に発煙弾撃たせよ。殺傷力は無いが、前線の進軍を鈍らせる。戦車は歩兵には無敵だが、砲兵相手にはただの的。走る棺桶だ、いくら愚将でも猪突は避けるはず」
「戦車とはね。山岳森林多く平地の少ないこの地には向かないと思うが。戦史からして、この国は戦車が弱かった。だからかねてから計画していた人型兵器開発したんだよ」
「いや、それはこの国が世界大戦時侵略側だったからだ。むしろ防衛には険阻な山や森の地形は戦車に適している。ひとたび街へ入れば、戦車は鉄壁の要塞と化すという。これでは要塞の中に要塞だ」
「堅固な要害をどう陥落させる? 雄材大略があるのだろうな。竜蟠虎踞となり権勢を存分に発揮する構えだな。功を論じ賞を行うところ、誇らず和光同塵に生きる。真の英傑だ」
ティルスは、ペオシィン並にやっかいな相手と会話していることにいささか幻滅していた。「容易いこと、敵の戦車どもを誘き出すまで」
「それはさすが。敵からすれば一虚一実で把握できないぜ。正に気韻生動な戦略、気宇壮大に仕上げてくれ! 破邪顕正の大義がある。これを称える」
ティルスはぐったりした。「勝利は確定している、問題は善後策だ、我らの大義を知らしめ、恭順させなければいけない。無論、侵略では反抗されるだろう。ここでケネローのような独立自治権都市としていずれは同盟してほしい」
リティンは嬉々としている。「すべてが管鮑の交わりとしてシントの同盟国になれば、怖いものはない。デーモンの脅威だって軽いものだ」
ティルスは歯噛みしていた。そうなのだよな、ほんらい脅威となる真実の敵はデーモン……この混乱下に人間同胞同士の戦いなんて馬鹿らしいのに。
ここでリティンはとんでもないことを吹いた。「フリーダム・ナックルファイターだけど、量産ラインに乗せたよ。シント予算十五割注ぎ込んでファクトリーフル稼働で製造する」
ティルスは返す言葉を失した。沈黙は騎士としては美徳ではあるのだが、この場に限っては失態であった。軍事予算借金したのか! そこまでして……
リティンはかまわずシント対空機銃一斉掃射さながらに語っている。「もっともそれらの量産型機には、試作機オリジナルと違い隕鉄鉱が満足に装備されていないのがネックだ。隕鉄鉱は、二種類の素材とも同種類同士の斥力により、爆発的な推力を得る。斥力、それが魔人の魔力の源かも。魔名が二つあれば自然、斥力は常に外へと広がる。隕鉄鉱の斥力は、宇宙船同士が接触事故を起こさないためにあったらしいな。反射質量無しの動力に使えないかな? 文字通り夢の宇宙船に……意馬心猿の欲望が技師にはあるものだ」
宇宙船その他の専門用語とはなんのことかいまひとつ掴めないティルスであったが、リティンは口を挟む機会を与えず話しまくっている。
「宇宙船の武装はフリーズ・フォトン・エーテル・シューター。光子を凍らせたエーテルに詰めた虚のエナジーの塊を叩きつける、理論上どんな物質も粉砕する無双の兵器だ。こいつをナックルファイターに装備するのも好し、これならデーモンも倒せるさ」自慢気なリティンだった。「エーテルは上手く使えば時空間跳躍をも可能にする、数学物理学的理論も提示されている。タキオン粒子に先進波を検出して過去へアクセス時空間移動」
「ルーンを司る、フレイヤ、ヘイムダル、ティワズの名に掛けて」何故こんな偏執狂患者と話しているのかつくづく自分に疑問を抱くティルスだったが、とにかく引用した。「時間は輪になっている。時の鎖に。人間の世は、このままでは行き詰ってしまう。燃料的にも資源的にも人としての種そのものも。だから神話の『籠の鳥』組織隊員は事前に対処する。時空を輪廻させ、永遠の世界に」
「輪廻なんて狂っている! 愚かしい繰り返しするだけなんて!」リティンは一蹴した。
「だが、誰しも自分自身がこの世界の主。世界に時の鎖を架すか外すかは個人各々次第。人間社会の永遠のためなら前者。宇宙規模の永遠のためなら後者」
「ティルス、貴官はどちらを選んでいる?」
「時の鎖を象徴する秘宝の鍵こそ二振りの魔剣……伝説に聞く。伝説に聞くそれをいままさに作られているのだから時空は輪廻しているのだ。決定だなんて、我には……また時は廻る、どちらを選んでも、良かれ悪しかれ」
「確乎不抜な意志だな。高貴なことだ、空の騎士殿。神話の『籠の鳥』の一員足ることを望むか、誉れ高い」
ティルスは皮肉に考えていた。社会において真に称賛するべくは、衣食住の運営だ。軍人など、平和な社会においては無為徒食に過ぎない。それを言うなら、支配階級など民を護る度量なくしてなんの意義があるか。
正直なところ、ティルスは自分が王の器でないことを自覚していた。ただいまは、悪戯に魅惑的なあの燃えて流れる紅い長髪を思い返す……愛する一人を守れれば良い。それが『籠の鳥』の掟だから……だが人間の世は……生まれ変わる必要がある。