王国からの独立を宣言した人口千人に満たないケネロー城塞都市で、領主婦人と賓客との宴会は続いていた。料理、酒、タバコいずれも美味な高級居酒屋だ。ティルスは旺盛な食欲を見せていた。牛、豚、鶏は肉の定番として、珍しい希少な種類や部位の肉も並ぶ。魚を始めとする魚介類も卵も乳製品やそれら醗酵食品も野菜も果実も同様。
それに調理法からして凝っている。単なる焼くに煮るとは違う、蒸すとか揚げるとかはティルスには珍しかった。調味料も抜群のキレのある香辛料が効き、実に妙美珍味だ。
ティルスは面子を確認した。まずは領主ケネロー婦人、加えてティルス、ソング、ラドゥル、ペオシィン。この五人は恐るべき力有する魔人。加えてラプター、フローラ、レパード、リティン。この四人は常人……とは言い難い才能技能を身につけている。ちなみに客はみな同盟国シントからの食客だ。正確にはティルスはキュート騎士なのだが。
ティルスは母国キュート王国非合法な『タバコ』にいささか酔っていた。吸い終わると、ビールで渇いたのどを潤し語る。「我は騎士だ。武人とは主君の命に掛けて戦うというが、しかし我はいまや違う……自分の矜持に掛けて……大切なもののため、そう仲間から必要とされる時に生き、仲間から必要とされる時に死ぬ。それこそが真なる名誉の道と気付いた。名誉こそ我が命」
ラドゥルはジンをちびちび啜りながら意見した。「それこそが戦士の名誉、か。僕は戦士ではない。いちばん大切なものは自分の命だ。しかし仲間を護るために戦うというのは賛成できる。軍とか国家のためでは欺瞞だが」
「いやラドゥル、我は誤解していた。我の前言は完全な間違いだった。貴官は比類なく立派な戦士だ。単に軍人、兵士としての待遇を嫌っているだけだろう、違うか」
「意味が分からない。戦士と兵士とは違うのか?」
「軍に徴兵されれば誰でも兵士だ。兵士はしょせん戦争の道具、必ずしも戦士ではない。名誉など無く非道な蛮行を働いても、敵を殺す戦争の道具足れば兵士だ……」
ソングは驚いて甲高く叫んだ。「なにを言われるのです、兵士の士気に関わります」
「対して」ティルスはビールのジョッキを高々と掲げた。「愛するものを護るために戦えるなら、たとえ幼児でも堂々たる戦士だよ。それに実力も伴えば騎士。ラドゥル、貴官はむしろ理想的な騎士と言える。どこにも所属しない自由騎士、まさに伝説の騎士だ」
「それを言うならペオだって」ラドゥルは指摘した。「初陣で三騎撃墜、僕が知るだけで計竜騎兵四騎、おまけにデーモンも倒しているから立派な撃墜王だよ」
「俺はなにもしていないぞ。シザーズが強いだけさ、デーモンの件はまるで思い出せないし」ぼやくペオシィンだが、内心照れているのがありありと見て取れる。子供の恋だな。
ティルスは率直に言った。「直接デーモンを倒せる魔力を持つのはペオシィン一尉だけらしいのに、力を行使できないは歯がゆいな。我のマインドブラストも掛けるとして……通じる相手だろうか。精神を持たないものでは無効だ」
「ラドゥルならデーモンを倒せるのではないか? 波動として可視光線、太陽光を操れば」
ペオの言葉にラドゥルは驚いていた。「気付きもしなかった。確かに光の波動も出せるけど、あれはすごい体力使うんだよ。1024機器動かす方がはるかに楽だ。電子機械ってすごく弱い波動に反応してくれるから」
「そうか、可視光線は電波より周波数が高いだけエナジーを喰う理屈だな。すると……出力Wから考えてもカロリー熱量的に人間の体力では太陽光を武器にするような強烈な光線は不可能だな。どのみち力なんて悪戯に無闇に行使するものではない。どんな力であれ」
ここでソングは謝意を述べた。「ティルスは紳士です。その気になれば、どんな他人の心も思うまま操れるのに……私は『あのとき』、あらぬことを心配していましたのに」
このセリフにティルス左となりの席のフローラはくすり、と悪戯に笑った。「あら、それは潔癖なこと。レパード並にティルスちゃんは精神年齢が低いわね」
自分とも釣り合う長身の抜群の体格、加えて燃える薔薇のような紅い艶やかな光沢の長髪流れる女士官に、顔が熱くなるティルスだった。思わずかしこまる。「ありがとう、我はフローラ一尉とは一個差ですから」
ラプターは指摘する。「ふむ、騎士道とは興味深いところだな。ところでティルス一尉、『心が若い』、と『精神年齢が低い』、はまるで違うぞ」
ティルスは我ながらきょとんとしていた。「そうなのか? どう違うのだ?」
ラプターは苦笑している。「聞くは一時の恥とはいうが、この件ばかりは聞くのではなく自分で調べよ」
ペオシィンはぽつり、といった。「大人の会話は難しいのかな。それとも単なる意地悪か?」
ラプター、フローラ、レパードは爆笑していた。ラドゥルはドライジンにむせ、軽く咳こんだ。ソングとリティンはうつむいて聞かなかった振りをしているらしい。
ティルスはペオシィンと視線を交わしたが、場の空気の流れが読めなかった。一方ケネロー婦人はにこにこと若者たちの青春を肴にワインを楽しんでいた。
そんななごやかな宴会たけなわなころ、ケネロー婦人は切り出した。「本題に入ってよろしいですか、みなさん。独立都市として新生したわたくしたちですが、問題は山積みです」
ティルスは肯いた。「デーモンはもちろん、王国と帝国に板挟みのこの都市ではな」
ケネロー婦人はかぶりを振る。「危険なのはむしろ来るべき独立国家の連合、連邦制……実質、最強都市の独裁政権になってしまいますから。独立都市に必要なのは対等な同盟です。『自由自治権都市同盟立憲君主国』が理想です」
「独立した解放区といっても、もとは大小豪族かキュートやオスゲルの植民地のような国さ。暴力的な支配勢力を一掃する必要がある。自国の独立を守りつつ、急激に改革が進んで行くのが理想だな、それをこんな時に」
「こんな時とは賛同しかねるな、これは好機だ」ラプターは軽く否定した。滔々と述べる。「魔人ではない常人の意地さ。キュートやその他の豪族の徴兵制に対し、シントの志願兵制は誠に自由と民衆主権の見地で人道的だ。対するにオスゲルは貴族の統括による傭兵隊……つまり私兵が徴兵兵士より多い。ここに付け入る隙がある。つまり内紛の種を撒ける。心理戦隊より密偵を散らして陽動する」
ティルスは賛成を示し肯いていたが、一方で思考は危険な方向を進んでいた。シントは暴虐事件が少ないので民意が高い。キュートがオスゲルに反抗するのはともかく、局地的にでも勝たれては困る。戦略政略戦争と、国家の存亡を賭けた国民戦争の差異。
ここに士気の差か。しかしシント軍人とは親しくなれた。可憐な才媛ソング、魅惑的な美女フローラ、好き有能な鋭いラプター、勇敢で忠実なレパード。この絆失いたくない。
ケネロー婦人は断言した。「オスゲルに対抗する端緒を掴み、対するに敵う機録を得る。年来の願いが叶うときです。ソングとラドゥルの魔力を使って帝国とモニター通信し、皇帝に和解、講和、休戦を求めるのです。場合によってはティルスの魔力も有効でしょう」
場の一同は数瞬の絶句、それから騒然に転じた。ティルスはケネロー婦人の魔力、ソウルナビゲートを意識していた。人心掌握というが、その魔力を使った素振りは無い。この貴婦人、美しく歳を取った天賦のカリスマなのだな。
ラプターは意見していた。「現時点ここに集うメンバーで最高の権力者はティルスだ。竜騎兵旅団隊長なのだからな。しかし、その地位をフーハク準男爵に任せたいと……わかった、デーモンを素手で倒した天下無双、探すべきだな」
戯言と真面目な会議を交差し、酒宴は続いた。もともと夕刻から始まった宴会、長く夜はあった。各自食事は十分に堪能した。酒と同時にまだカロリーオフのつまみがつつかれた。ティルスはタバコの酩酊感に、隣のフローラを痛く意識し幸せに包まれていた。
それに調理法からして凝っている。単なる焼くに煮るとは違う、蒸すとか揚げるとかはティルスには珍しかった。調味料も抜群のキレのある香辛料が効き、実に妙美珍味だ。
ティルスは面子を確認した。まずは領主ケネロー婦人、加えてティルス、ソング、ラドゥル、ペオシィン。この五人は恐るべき力有する魔人。加えてラプター、フローラ、レパード、リティン。この四人は常人……とは言い難い才能技能を身につけている。ちなみに客はみな同盟国シントからの食客だ。正確にはティルスはキュート騎士なのだが。
ティルスは母国キュート王国非合法な『タバコ』にいささか酔っていた。吸い終わると、ビールで渇いたのどを潤し語る。「我は騎士だ。武人とは主君の命に掛けて戦うというが、しかし我はいまや違う……自分の矜持に掛けて……大切なもののため、そう仲間から必要とされる時に生き、仲間から必要とされる時に死ぬ。それこそが真なる名誉の道と気付いた。名誉こそ我が命」
ラドゥルはジンをちびちび啜りながら意見した。「それこそが戦士の名誉、か。僕は戦士ではない。いちばん大切なものは自分の命だ。しかし仲間を護るために戦うというのは賛成できる。軍とか国家のためでは欺瞞だが」
「いやラドゥル、我は誤解していた。我の前言は完全な間違いだった。貴官は比類なく立派な戦士だ。単に軍人、兵士としての待遇を嫌っているだけだろう、違うか」
「意味が分からない。戦士と兵士とは違うのか?」
「軍に徴兵されれば誰でも兵士だ。兵士はしょせん戦争の道具、必ずしも戦士ではない。名誉など無く非道な蛮行を働いても、敵を殺す戦争の道具足れば兵士だ……」
ソングは驚いて甲高く叫んだ。「なにを言われるのです、兵士の士気に関わります」
「対して」ティルスはビールのジョッキを高々と掲げた。「愛するものを護るために戦えるなら、たとえ幼児でも堂々たる戦士だよ。それに実力も伴えば騎士。ラドゥル、貴官はむしろ理想的な騎士と言える。どこにも所属しない自由騎士、まさに伝説の騎士だ」
「それを言うならペオだって」ラドゥルは指摘した。「初陣で三騎撃墜、僕が知るだけで計竜騎兵四騎、おまけにデーモンも倒しているから立派な撃墜王だよ」
「俺はなにもしていないぞ。シザーズが強いだけさ、デーモンの件はまるで思い出せないし」ぼやくペオシィンだが、内心照れているのがありありと見て取れる。子供の恋だな。
ティルスは率直に言った。「直接デーモンを倒せる魔力を持つのはペオシィン一尉だけらしいのに、力を行使できないは歯がゆいな。我のマインドブラストも掛けるとして……通じる相手だろうか。精神を持たないものでは無効だ」
「ラドゥルならデーモンを倒せるのではないか? 波動として可視光線、太陽光を操れば」
ペオの言葉にラドゥルは驚いていた。「気付きもしなかった。確かに光の波動も出せるけど、あれはすごい体力使うんだよ。1024機器動かす方がはるかに楽だ。電子機械ってすごく弱い波動に反応してくれるから」
「そうか、可視光線は電波より周波数が高いだけエナジーを喰う理屈だな。すると……出力Wから考えてもカロリー熱量的に人間の体力では太陽光を武器にするような強烈な光線は不可能だな。どのみち力なんて悪戯に無闇に行使するものではない。どんな力であれ」
ここでソングは謝意を述べた。「ティルスは紳士です。その気になれば、どんな他人の心も思うまま操れるのに……私は『あのとき』、あらぬことを心配していましたのに」
このセリフにティルス左となりの席のフローラはくすり、と悪戯に笑った。「あら、それは潔癖なこと。レパード並にティルスちゃんは精神年齢が低いわね」
自分とも釣り合う長身の抜群の体格、加えて燃える薔薇のような紅い艶やかな光沢の長髪流れる女士官に、顔が熱くなるティルスだった。思わずかしこまる。「ありがとう、我はフローラ一尉とは一個差ですから」
ラプターは指摘する。「ふむ、騎士道とは興味深いところだな。ところでティルス一尉、『心が若い』、と『精神年齢が低い』、はまるで違うぞ」
ティルスは我ながらきょとんとしていた。「そうなのか? どう違うのだ?」
ラプターは苦笑している。「聞くは一時の恥とはいうが、この件ばかりは聞くのではなく自分で調べよ」
ペオシィンはぽつり、といった。「大人の会話は難しいのかな。それとも単なる意地悪か?」
ラプター、フローラ、レパードは爆笑していた。ラドゥルはドライジンにむせ、軽く咳こんだ。ソングとリティンはうつむいて聞かなかった振りをしているらしい。
ティルスはペオシィンと視線を交わしたが、場の空気の流れが読めなかった。一方ケネロー婦人はにこにこと若者たちの青春を肴にワインを楽しんでいた。
そんななごやかな宴会たけなわなころ、ケネロー婦人は切り出した。「本題に入ってよろしいですか、みなさん。独立都市として新生したわたくしたちですが、問題は山積みです」
ティルスは肯いた。「デーモンはもちろん、王国と帝国に板挟みのこの都市ではな」
ケネロー婦人はかぶりを振る。「危険なのはむしろ来るべき独立国家の連合、連邦制……実質、最強都市の独裁政権になってしまいますから。独立都市に必要なのは対等な同盟です。『自由自治権都市同盟立憲君主国』が理想です」
「独立した解放区といっても、もとは大小豪族かキュートやオスゲルの植民地のような国さ。暴力的な支配勢力を一掃する必要がある。自国の独立を守りつつ、急激に改革が進んで行くのが理想だな、それをこんな時に」
「こんな時とは賛同しかねるな、これは好機だ」ラプターは軽く否定した。滔々と述べる。「魔人ではない常人の意地さ。キュートやその他の豪族の徴兵制に対し、シントの志願兵制は誠に自由と民衆主権の見地で人道的だ。対するにオスゲルは貴族の統括による傭兵隊……つまり私兵が徴兵兵士より多い。ここに付け入る隙がある。つまり内紛の種を撒ける。心理戦隊より密偵を散らして陽動する」
ティルスは賛成を示し肯いていたが、一方で思考は危険な方向を進んでいた。シントは暴虐事件が少ないので民意が高い。キュートがオスゲルに反抗するのはともかく、局地的にでも勝たれては困る。戦略政略戦争と、国家の存亡を賭けた国民戦争の差異。
ここに士気の差か。しかしシント軍人とは親しくなれた。可憐な才媛ソング、魅惑的な美女フローラ、好き有能な鋭いラプター、勇敢で忠実なレパード。この絆失いたくない。
ケネロー婦人は断言した。「オスゲルに対抗する端緒を掴み、対するに敵う機録を得る。年来の願いが叶うときです。ソングとラドゥルの魔力を使って帝国とモニター通信し、皇帝に和解、講和、休戦を求めるのです。場合によってはティルスの魔力も有効でしょう」
場の一同は数瞬の絶句、それから騒然に転じた。ティルスはケネロー婦人の魔力、ソウルナビゲートを意識していた。人心掌握というが、その魔力を使った素振りは無い。この貴婦人、美しく歳を取った天賦のカリスマなのだな。
ラプターは意見していた。「現時点ここに集うメンバーで最高の権力者はティルスだ。竜騎兵旅団隊長なのだからな。しかし、その地位をフーハク準男爵に任せたいと……わかった、デーモンを素手で倒した天下無双、探すべきだな」
戯言と真面目な会議を交差し、酒宴は続いた。もともと夕刻から始まった宴会、長く夜はあった。各自食事は十分に堪能した。酒と同時にまだカロリーオフのつまみがつつかれた。ティルスはタバコの酩酊感に、隣のフローラを痛く意識し幸せに包まれていた。