ソングが模擬戦をラドゥルにティルスと二連勝したころ、現実の夜も忍び寄る夕食時となっていた。ソングらケネローの食客兵士たちが十分なもてなしの食事を終えたとき、吉報があった。ペオシィンが意識を取り戻したのだ。ソングはもちろん喜んで面会に向かった。病室、男のティルスやラドゥルは入れない。領主ケネロー婦人も一緒に入ってくれた。
ペオシィンは元気そうだった。糖質点滴なんかでは足りないとばかりに、タンパク質豊富な食事を平らげ成長期の身体に摂り込んでいる。ちょうど食べ終わり、一息吐いて熱い紅茶をゆっくり楽しもうとしていたところらしい。
ペオシィンは二人を見るや、カテーテルで繋がっている自分の排泄液をやや気にして恥じた様子だったが、すぐに笑って喜んでくれた。「御配慮感謝します、領主婦人閣下。ソングもありがとう」
ケネロー婦人はふかぶかとお辞儀した。「ペオシィン、貴女の功績は偉大です。わたくしと市民の恩人です」
「お礼を言われるようなこと、したっけ?」ペオシィンはきょとんとしていた。ケネロー婦人は説明したが、ペオシィンは納得していない。「はあ? 俺がデーモンを倒したって……そもそもデーモンってなんだよ」
「ペオシィン、貴女は魔力に目覚められたのですよ。魔王ペオースを英雄ウィンが破ったという『エナジーバースト』」
「魔力ねえ……俺が」
「貴女の魔力は魔王を斃せるものです。時空間を轢断する」
「時空間を轢断? 物騒だな。仮にほんとうに俺の魔力として、俺に使い方はわからないよ。まぐれとかではないか?」
ケネロー婦人はいつも通り優しく微笑んでいた。「夢の中で力を発揮したのだとすれば、なおさらすごいこと。いずれ完全に貴女の力は引き出せますよ。お手元の貴女の端末をごらんなさいな、二日前の夜の惨状が伺えます」
ペオシィンは端末を開いた。とたんに表情が引きつる。「なんだよこの化け物の群れは! こいつらと戦闘か?」
ソングはうなずいていた。「魔力に頼っては貴女一人しか戦えない。そこでデーモンを倒せることが判明した隕鉄鉱から槍の穂先を作る案が生まれています」
ペオシィンは疑問気だった。「無粋な。槍なんかでは肉迫しなければ使えないから極めて危険だし、竜の機動性を削ぐ。俺ならむしろ砲弾にしてしまい、一撃で致命部を貫く。シントの電算機処理に任せれば、弾道が予測できるから砲弾は回収できる。この方が確実で犠牲も少ないはず」
「良い案ですね、検討させて貰います。ところでペオシィン、余力があったら一局お手合わせ願いませんか?」こうしてペオも模擬戦に誘うソングだった。ペオシィンは快諾した。場所はモニターこそ小型だがこの病室だ。ソングは慢心してはいなかった。知っていたのだ。電算機シミュレーターなんか所詮いいかげんだという事実を。耐久度、なんて減点式のパラメーターからしてインチキだ。装甲の厚い戦車は、小口径の銃弾砲弾をいくら浴びてもびくともしない。対して砲門に一撃直撃を喰らえば、即木端微塵に吹き飛び散るもの。
実戦ではなんといっても、兵士たちの士気と熟練度が左右する。そして士気はシミュレーターでの再現は、ほとんど不可能だ。熟練度に関しても同様。後は指揮官のカリスマ性が大きい。兵士たちにどれだけ信頼されているか。それらをクリアして初めて、理想通りの指揮が行えるのだ。シミュレーターでは無条件に指示通りに兵士は動いてくれるが、実戦はそう単純ではない。ペオシィンならどうか……素人だな、マップ全域に渡ってばらばら無作為に展開するとは……それとも作為はあるのか? 地形に地点、種類ともでたらめに思える。留意すべき点としては補給車が走りまめに燃料を入れているくらいだが。
ここは無論、戦力を集中して分散した敵を各個撃破するべきところだ。すべての敵を倒す必要は無い、砦への突破口が開けば。
しかし攻勢を軽く掛けただけなのに、ペオシィンは直ちに退いた、戦意無いのか。乗ってこないな、ここは圧して……一気に敵の砦に迫る……? 敵戦車が動いた! しまった。補給車を叩かれた! 続けて三隊とも全滅! こんな凡ミスをするとは。戦車が迫るとはコスト的に補給車と引き換えにするには釣り合わないから、想定していなかった。歩兵と装甲車には気を付けていたのだが……これでは砦まで燃料が持たない。とりあえず竜騎兵隊投入で敵戦車は全滅させるが。敵戦闘機が来るまえに離脱。ここで選択肢は自然別れる。積極案か慎重案かだ。慎重に行くなら全部隊を撤収して砦に引き返し、補給をして敵の進撃に備えるところだが、それは撤退時に敵の攻勢を誘う危険があるし、なにより敵の砦まで歩兵以外ろくにたどり着ける航続力は無いのだから、負けずとも勝てない千日手になる。
これは実戦では悪くない戦略で、模擬戦でなければソングは慎重案を採ったろう。しかし新人への示威戦闘でそれは許されない。ならば積極案を押し通すまで。とりあえず、燃料が尽きるまでひたすら攻撃あるのみ! それから燃料の心配のない歩兵隊を差し向けるしか手は無い。ペオシィンは乗ってこないな、ことごとく回避離脱だと?! しまった、完全に手玉に取られた。まさか模擬戦闘でこの私が……
模擬戦闘の時間は、一刻も掛からず極めて短かった。ソングは頭を深く下げ、かつて経験したことのないセリフを言う。「投了します、私の負けです。ペオシィン一尉」
ペオはきょとんと聞いた。「なんだ、損害総数ではこちらが上だぞ? 俺の戦車は全滅」
「意地の悪いセリフは正直辛いです、この環境で戦ったら、私が完敗すること明らかでしょう? 逃げることも反撃することもできない……シミュレーターで敗北するなんて、士官学校一年第一期以来無かった事です」
「ウォーゲームなら慣れているのでね。それに俺なら中盤から敵味方を入れ替えても勝てると思う」
「つまり私にも勝算があったと?」
「砲兵隊を一個小隊単位のばらばらに分けて、輸送機を一機ずつ散らして同時に多々のポイントで敵主力の装甲車竜騎兵を強襲……隊伍を乱し弱った敵には呼応して戦車装甲車なり竜騎兵なりを差し向ける。砲兵には歩兵が殺到するだろうが、同じく歩兵並びに任務用済みの空っぽの輸送機で迎撃する。補給が続かないから一気に、分散した敵戦力が集結する間を与えないで叩く」
ソングは痛いほど戦慄していた。理屈では、ペオシィンが正攻法を使ったことは解る。しかし外見的には奇策にしか映らないのだから、実戦で使えたものか。この私を完膚無きにまで追い詰めるとは……著しいコンプレックスを感じるソングだった。自分には戦略指揮能力しかなかったのに! ソングはいま十九歳、士官学校へ入ったのは十六の時、なのにペオシィンはまだ十三歳、決定的な実力の差。器の桁が違う! シント総統閣下をも及ばない電算機処理能力、騎士ティルスのような巨漢にも物怖じしない覇気、どこをとっても……末恐ろしい少女だ。これが過去文明人の実力なのか……
ペオシィンは元気そうだった。糖質点滴なんかでは足りないとばかりに、タンパク質豊富な食事を平らげ成長期の身体に摂り込んでいる。ちょうど食べ終わり、一息吐いて熱い紅茶をゆっくり楽しもうとしていたところらしい。
ペオシィンは二人を見るや、カテーテルで繋がっている自分の排泄液をやや気にして恥じた様子だったが、すぐに笑って喜んでくれた。「御配慮感謝します、領主婦人閣下。ソングもありがとう」
ケネロー婦人はふかぶかとお辞儀した。「ペオシィン、貴女の功績は偉大です。わたくしと市民の恩人です」
「お礼を言われるようなこと、したっけ?」ペオシィンはきょとんとしていた。ケネロー婦人は説明したが、ペオシィンは納得していない。「はあ? 俺がデーモンを倒したって……そもそもデーモンってなんだよ」
「ペオシィン、貴女は魔力に目覚められたのですよ。魔王ペオースを英雄ウィンが破ったという『エナジーバースト』」
「魔力ねえ……俺が」
「貴女の魔力は魔王を斃せるものです。時空間を轢断する」
「時空間を轢断? 物騒だな。仮にほんとうに俺の魔力として、俺に使い方はわからないよ。まぐれとかではないか?」
ケネロー婦人はいつも通り優しく微笑んでいた。「夢の中で力を発揮したのだとすれば、なおさらすごいこと。いずれ完全に貴女の力は引き出せますよ。お手元の貴女の端末をごらんなさいな、二日前の夜の惨状が伺えます」
ペオシィンは端末を開いた。とたんに表情が引きつる。「なんだよこの化け物の群れは! こいつらと戦闘か?」
ソングはうなずいていた。「魔力に頼っては貴女一人しか戦えない。そこでデーモンを倒せることが判明した隕鉄鉱から槍の穂先を作る案が生まれています」
ペオシィンは疑問気だった。「無粋な。槍なんかでは肉迫しなければ使えないから極めて危険だし、竜の機動性を削ぐ。俺ならむしろ砲弾にしてしまい、一撃で致命部を貫く。シントの電算機処理に任せれば、弾道が予測できるから砲弾は回収できる。この方が確実で犠牲も少ないはず」
「良い案ですね、検討させて貰います。ところでペオシィン、余力があったら一局お手合わせ願いませんか?」こうしてペオも模擬戦に誘うソングだった。ペオシィンは快諾した。場所はモニターこそ小型だがこの病室だ。ソングは慢心してはいなかった。知っていたのだ。電算機シミュレーターなんか所詮いいかげんだという事実を。耐久度、なんて減点式のパラメーターからしてインチキだ。装甲の厚い戦車は、小口径の銃弾砲弾をいくら浴びてもびくともしない。対して砲門に一撃直撃を喰らえば、即木端微塵に吹き飛び散るもの。
実戦ではなんといっても、兵士たちの士気と熟練度が左右する。そして士気はシミュレーターでの再現は、ほとんど不可能だ。熟練度に関しても同様。後は指揮官のカリスマ性が大きい。兵士たちにどれだけ信頼されているか。それらをクリアして初めて、理想通りの指揮が行えるのだ。シミュレーターでは無条件に指示通りに兵士は動いてくれるが、実戦はそう単純ではない。ペオシィンならどうか……素人だな、マップ全域に渡ってばらばら無作為に展開するとは……それとも作為はあるのか? 地形に地点、種類ともでたらめに思える。留意すべき点としては補給車が走りまめに燃料を入れているくらいだが。
ここは無論、戦力を集中して分散した敵を各個撃破するべきところだ。すべての敵を倒す必要は無い、砦への突破口が開けば。
しかし攻勢を軽く掛けただけなのに、ペオシィンは直ちに退いた、戦意無いのか。乗ってこないな、ここは圧して……一気に敵の砦に迫る……? 敵戦車が動いた! しまった。補給車を叩かれた! 続けて三隊とも全滅! こんな凡ミスをするとは。戦車が迫るとはコスト的に補給車と引き換えにするには釣り合わないから、想定していなかった。歩兵と装甲車には気を付けていたのだが……これでは砦まで燃料が持たない。とりあえず竜騎兵隊投入で敵戦車は全滅させるが。敵戦闘機が来るまえに離脱。ここで選択肢は自然別れる。積極案か慎重案かだ。慎重に行くなら全部隊を撤収して砦に引き返し、補給をして敵の進撃に備えるところだが、それは撤退時に敵の攻勢を誘う危険があるし、なにより敵の砦まで歩兵以外ろくにたどり着ける航続力は無いのだから、負けずとも勝てない千日手になる。
これは実戦では悪くない戦略で、模擬戦でなければソングは慎重案を採ったろう。しかし新人への示威戦闘でそれは許されない。ならば積極案を押し通すまで。とりあえず、燃料が尽きるまでひたすら攻撃あるのみ! それから燃料の心配のない歩兵隊を差し向けるしか手は無い。ペオシィンは乗ってこないな、ことごとく回避離脱だと?! しまった、完全に手玉に取られた。まさか模擬戦闘でこの私が……
模擬戦闘の時間は、一刻も掛からず極めて短かった。ソングは頭を深く下げ、かつて経験したことのないセリフを言う。「投了します、私の負けです。ペオシィン一尉」
ペオはきょとんと聞いた。「なんだ、損害総数ではこちらが上だぞ? 俺の戦車は全滅」
「意地の悪いセリフは正直辛いです、この環境で戦ったら、私が完敗すること明らかでしょう? 逃げることも反撃することもできない……シミュレーターで敗北するなんて、士官学校一年第一期以来無かった事です」
「ウォーゲームなら慣れているのでね。それに俺なら中盤から敵味方を入れ替えても勝てると思う」
「つまり私にも勝算があったと?」
「砲兵隊を一個小隊単位のばらばらに分けて、輸送機を一機ずつ散らして同時に多々のポイントで敵主力の装甲車竜騎兵を強襲……隊伍を乱し弱った敵には呼応して戦車装甲車なり竜騎兵なりを差し向ける。砲兵には歩兵が殺到するだろうが、同じく歩兵並びに任務用済みの空っぽの輸送機で迎撃する。補給が続かないから一気に、分散した敵戦力が集結する間を与えないで叩く」
ソングは痛いほど戦慄していた。理屈では、ペオシィンが正攻法を使ったことは解る。しかし外見的には奇策にしか映らないのだから、実戦で使えたものか。この私を完膚無きにまで追い詰めるとは……著しいコンプレックスを感じるソングだった。自分には戦略指揮能力しかなかったのに! ソングはいま十九歳、士官学校へ入ったのは十六の時、なのにペオシィンはまだ十三歳、決定的な実力の差。器の桁が違う! シント総統閣下をも及ばない電算機処理能力、騎士ティルスのような巨漢にも物怖じしない覇気、どこをとっても……末恐ろしい少女だ。これが過去文明人の実力なのか……