……端末に表示されるそれらはどんな悪夢にも現れないような異形の群れだった。手足の数、目玉等各器官の数、首の数、口の牙の凶悪さ、荒縄のように波打つ筋肉……みなばらばらの巨大な怪物たち。ラドゥルは信じ難い思いでつぶやいた。「悪魔……」
ケネロー婦人はうなずいた。「そう、人は古来よりこれを『悪魔』と呼びます、なんとか止めなければ。相手に心はありません。話し合いは不可能ですよ。伝承によると生けるもの見境なく殺戮する。一薙ぎで歩兵小隊まるごと吹き飛び即死させる。倒そうにもいくら矢に刃を撃ち込んでも、たちまち傷は回復してしまう」
ソングは疑問らしい。「戦いは回避できないのですか、罪無くして死んだ人の魂なら、それを滅ぼすなんて無情すぎるわ」
「いいえ、悪魔は魂でも心でもなく、感情の残留物です。わたくしのソウルナビゲートの魔力で明らかです。並の人間に刃向える敵ではありません! そもそも本来の意味で生きてすらいない」
「では戦うとして……勝算は、対抗策は無いのですか?」
かぶりを振るケネロー。「わたくしも生まれて初めての出来事、悪魔たちの実力は未知数です。至難なこと疑いありません」
ソングはティルスに伝えた。「いま、副指揮官レパード二尉に連絡したわ。竜騎兵隊は引き揚げて、シントの防衛に当たること、と。豪雨でジャマーの効果は半減したわね、明朝には無線は回復するはず。総統閣下から防空スクリーンで戦術指揮されるわ」
ティルスはいつになく度を失っていた。「竜騎兵隊のいない王国は戦力的に丸裸だ。槍や弓矢では、並の小銃装備の歩兵隊相手すら無理だ。ましてあんな化け物に勝てるはずはない。名だたる魔人がいてくれたら話は別だが、いまの王国には……」
ソングは寂しげに言った。「ティルス、貴方たち竜騎兵旅団がシントに亡命したのは策略、詭弁だったのね」
「騎士に二言は無い、その通りだ。しかし共通の大義と敵を前に、同盟して戦い抜く誓いは真実だ」
ラドゥルは皮肉気に引用していた。「戦争に大義などいらない。将軍は分け与えられる封土を求めて戦う。兵士の給与は、命を張る値段としては安すぎるが。それでも戦利品の略奪に婦女子への暴行に欲望のまま蛮行を求める」
ティルスは頑として言う。「力とは弱いものを護るためにある。それこそが戦士の矜持」
「違うでしょう、弱者から奪い潤うのが強者、僕は辺境で真実を見てきたよ」
「それは低能で劣悪な辺境の豪族どもであろう、帝国を含む。誇り高き王国騎士兵士とは国という全体を守るためなら、一部たる自分の犠牲は黙視容認するものだ」
「僕は否定できる。王も農奴も同じ人間、なのに前者は優遇され、後者は虐げられてきた。奴隷にされるくらいなら、乞食の方がまだ立派な身分だ。僕は自由人さ。単に流浪者ともいうがね。奴隷でも乞食でもない。ただ生き抜くのみ」
「国とは王という顔あっての存在、国民すべて農奴だけにして国は成り立たないからな」
「王とは軍隊、兵士の力抜きには、その地位を保てないものだ。王も将も兵士も同じ人間、なのに王や将は後方で護られ、兵士は死地に赴かされる」
「将は全軍の責任を負っているからだ。一の民を護るため万兵が盾となる、これこそ戦士の矜持。大義なくして戦えるものか」
「そんなきれいごと、建て前のくせに。責任を負うなら、敗戦の度に将官士官は全員処刑になるはず。現実は戦場で死ぬのは下士官兵だ。王が国民を治めるのではなく、国民在ってからの王国、兵士在ってこその王」
「少年、きみとは分かり合えないものだな。戦士ではないきみには。だが愚劣であれ戦士は義務のため戦う」
ソングがここで割って入った。「いまは仲間割れしている時ではないわ。デーモンを相手にする策を考えましょう」
ラドゥルは胸がすく思いだった。「僕が言いたかったのは、狩りには立派な名分があるってことさ。同族同士の殺し合いは不毛だが、生きるための手段としての狩りに害獣害虫駆除は自然の営みに即している。悪魔を駆除するならなんら問題は無い」
ケネロー婦人は満面の笑みで語った。「貴方たちは素敵な仲間たちね、王国、共和国、辺境……立場の違う三人四人が力を合わせて。皮肉にも各国間の戦いは無くなったわ。共通の倒すべき敵……悪魔どもを前にして」
ラドゥルは嘆息した。「それもこれも、デーモンを倒してなんぼの話。ハーケンで肉弾戦を挑んで粉砕できるものか……」
ソングが警告を発した。「デーモンには有翼のものもいますね、明らかに一体ケネローに一直線に向かっていますよ、攻撃の意志があるのかしら……ここは飛竜で迎撃しましょう!」
「了解した」ラドゥルは即答した。
「異論ない」ティルスも断言した。
ソングは微笑んだ。「では出撃ね、この三騎で。ペオシィンの回復を祈るわ」
「ラドゥル騎、ハーケン、飛翔!」
「ティルス騎、ブレード、飛翔!」
「ソング騎、ニードル、飛翔!」
三騎は舞い上がった。続いてこの小城塞都市国家からも次々と出撃している。見れば街壁の砲台の砲門も開いた。
ケネロー婦人が申し出た。「この都市からも竜騎兵七騎、戦闘機三機出撃させます。まず先に都市の長距離防衛迎撃ミサイルを発します、それまで控えていて下さい」
轟音を上げて、夜空へ火の玉が昇って行った。ミサイルか。しかし……通用するのか? それは凄まじい加速で速くなりたちまち視界の外へ消えて行った……と思うや戻ってきた?!
ソングは驚愕の声だ。「ミサイルは跳ね返されたわ! 発射地点に遡っている。ラドゥル、貴方の力で落として下さい」
「なんてこった!」ラドゥルは指示通り、ミサイルを空中爆発させた。「これでは戦闘機のミサイルも使えないな、接近戦での機銃や火炎放射で倒せる相手か!? え? 避けろみんな!」
彼方から蒼き雷光の筋が何百条も超高速で迸ってきた。恐ろしい炸裂音が次々と耳を劈く。と、都市の不運な竜騎兵が直撃を受け炎上した。兵、竜とも断末魔の声が夜空に寒々と痛ましい。まだ視界の外というのに一騎脱落した……デーモン一匹にこんなに苦戦するなんて! 数千匹との総力戦ともなれば勝算が無いではないか! 雷撃はまさに暴風雨のごとく続き、ケネローの堅牢なはずの街壁を、内部の建物を容易く粉砕していた。
ケネローわずか千名足らずの市民にもすでに数十人も犠牲が出ている! これではシントやキュートはどうしている?
デーモンの姿が見えた。足が三本、腕は五本。翼四枚、頭は四つ目の雄牛のようでいて身体は肥えた熊のような……雷光を吐きながら、空に翼打ち、悠々と近付いてくる。
ティルスは命じる。「散開せよ、近接戦闘用意! 格闘戦なら竜騎兵の独壇場だ。我が突っ込む、死角から続け!」
竜騎兵より速度のある戦闘機が、三機続けてデーモンを真正面から機銃掃射した。手慣れた一撃離脱、デーモンの電撃を受けずに距離と高度を取る。しかしデーモンの動きは変わらない。
次いで竜騎兵隊が突入した。デーモンにくっつくような至近距離から炸裂する火炎弾を噴き掛ける。だが手ごたえは薄い……! 与えたはずの打撃の傷口が、見る見る治っていく。おまけに。
デーモンの反撃は熾烈だった。鞭のようにしなる触手が何十本も細長く伸び宙をはたき、都市の竜騎兵二騎をさらに落としていた。ラドゥルはこの危険な数瞬、唇を噛みしめ戦況を見守った。
と、突然デーモンは羽ばたきを止め墜落した。おぞましい苦痛の嗚咽を上げながら……
なにが起こった? 大した負傷はしていないはずなのに……デーモンは地面に落ち、動きは止まった。末端の筋肉がぴくぴくと痙攣しているが、死の兆候であろう。何故だ?
ソングが叫んだ。「魔力検知できました。デーモンを屠ったのはエナジーバーストです! 神話上最強の時空間魔法……」
「え? まさか伝説の! 時空を貫通轢断粉砕するという」ティルスは愕然と言う。「しかし、いったい誰の魔法だ」
「ペオシィンの魔法です。文字通り悪魔ペオースを英雄ウィンが破った」ソングは驚嘆していた。「他のデーモンどもの姿が次々と消えていきます。怯んだのでしょうか。これは?」
ラドゥルはつぶやいた。朝、か。白む東の空目掛け引用する。「『聖なる日の光に、悪魔どもの力は半減する』、民間の伝承ではそうある」
「ではこれで勝ったのですね、悪魔が滅び地上から悪が追放されて……」
「違うな」ラドゥルはいつになく辛辣に言った。「愚かしい戦争続く限り、悪魔は現れる。僕らは悪魔を決して倒してはいない。なんの解決にもなってはいない。悪魔はいくらでもいる。人々の心の隙間に」
「そう……私の心に。みんなの……そして貴方の心に?」
「それが現実さ」ラドゥルは言い捨てた。「ほんとうの戦乱はこれからだ。さらに強大な悪魔が立ち塞がっても不思議ではない」
「それでも日は昇るわ。いつまでも」
ラドゥルは好ましい魅力的な女士官に、態度を和らげ微笑んだだけだった。
ケネロー婦人はうなずいた。「そう、人は古来よりこれを『悪魔』と呼びます、なんとか止めなければ。相手に心はありません。話し合いは不可能ですよ。伝承によると生けるもの見境なく殺戮する。一薙ぎで歩兵小隊まるごと吹き飛び即死させる。倒そうにもいくら矢に刃を撃ち込んでも、たちまち傷は回復してしまう」
ソングは疑問らしい。「戦いは回避できないのですか、罪無くして死んだ人の魂なら、それを滅ぼすなんて無情すぎるわ」
「いいえ、悪魔は魂でも心でもなく、感情の残留物です。わたくしのソウルナビゲートの魔力で明らかです。並の人間に刃向える敵ではありません! そもそも本来の意味で生きてすらいない」
「では戦うとして……勝算は、対抗策は無いのですか?」
かぶりを振るケネロー。「わたくしも生まれて初めての出来事、悪魔たちの実力は未知数です。至難なこと疑いありません」
ソングはティルスに伝えた。「いま、副指揮官レパード二尉に連絡したわ。竜騎兵隊は引き揚げて、シントの防衛に当たること、と。豪雨でジャマーの効果は半減したわね、明朝には無線は回復するはず。総統閣下から防空スクリーンで戦術指揮されるわ」
ティルスはいつになく度を失っていた。「竜騎兵隊のいない王国は戦力的に丸裸だ。槍や弓矢では、並の小銃装備の歩兵隊相手すら無理だ。ましてあんな化け物に勝てるはずはない。名だたる魔人がいてくれたら話は別だが、いまの王国には……」
ソングは寂しげに言った。「ティルス、貴方たち竜騎兵旅団がシントに亡命したのは策略、詭弁だったのね」
「騎士に二言は無い、その通りだ。しかし共通の大義と敵を前に、同盟して戦い抜く誓いは真実だ」
ラドゥルは皮肉気に引用していた。「戦争に大義などいらない。将軍は分け与えられる封土を求めて戦う。兵士の給与は、命を張る値段としては安すぎるが。それでも戦利品の略奪に婦女子への暴行に欲望のまま蛮行を求める」
ティルスは頑として言う。「力とは弱いものを護るためにある。それこそが戦士の矜持」
「違うでしょう、弱者から奪い潤うのが強者、僕は辺境で真実を見てきたよ」
「それは低能で劣悪な辺境の豪族どもであろう、帝国を含む。誇り高き王国騎士兵士とは国という全体を守るためなら、一部たる自分の犠牲は黙視容認するものだ」
「僕は否定できる。王も農奴も同じ人間、なのに前者は優遇され、後者は虐げられてきた。奴隷にされるくらいなら、乞食の方がまだ立派な身分だ。僕は自由人さ。単に流浪者ともいうがね。奴隷でも乞食でもない。ただ生き抜くのみ」
「国とは王という顔あっての存在、国民すべて農奴だけにして国は成り立たないからな」
「王とは軍隊、兵士の力抜きには、その地位を保てないものだ。王も将も兵士も同じ人間、なのに王や将は後方で護られ、兵士は死地に赴かされる」
「将は全軍の責任を負っているからだ。一の民を護るため万兵が盾となる、これこそ戦士の矜持。大義なくして戦えるものか」
「そんなきれいごと、建て前のくせに。責任を負うなら、敗戦の度に将官士官は全員処刑になるはず。現実は戦場で死ぬのは下士官兵だ。王が国民を治めるのではなく、国民在ってからの王国、兵士在ってこその王」
「少年、きみとは分かり合えないものだな。戦士ではないきみには。だが愚劣であれ戦士は義務のため戦う」
ソングがここで割って入った。「いまは仲間割れしている時ではないわ。デーモンを相手にする策を考えましょう」
ラドゥルは胸がすく思いだった。「僕が言いたかったのは、狩りには立派な名分があるってことさ。同族同士の殺し合いは不毛だが、生きるための手段としての狩りに害獣害虫駆除は自然の営みに即している。悪魔を駆除するならなんら問題は無い」
ケネロー婦人は満面の笑みで語った。「貴方たちは素敵な仲間たちね、王国、共和国、辺境……立場の違う三人四人が力を合わせて。皮肉にも各国間の戦いは無くなったわ。共通の倒すべき敵……悪魔どもを前にして」
ラドゥルは嘆息した。「それもこれも、デーモンを倒してなんぼの話。ハーケンで肉弾戦を挑んで粉砕できるものか……」
ソングが警告を発した。「デーモンには有翼のものもいますね、明らかに一体ケネローに一直線に向かっていますよ、攻撃の意志があるのかしら……ここは飛竜で迎撃しましょう!」
「了解した」ラドゥルは即答した。
「異論ない」ティルスも断言した。
ソングは微笑んだ。「では出撃ね、この三騎で。ペオシィンの回復を祈るわ」
「ラドゥル騎、ハーケン、飛翔!」
「ティルス騎、ブレード、飛翔!」
「ソング騎、ニードル、飛翔!」
三騎は舞い上がった。続いてこの小城塞都市国家からも次々と出撃している。見れば街壁の砲台の砲門も開いた。
ケネロー婦人が申し出た。「この都市からも竜騎兵七騎、戦闘機三機出撃させます。まず先に都市の長距離防衛迎撃ミサイルを発します、それまで控えていて下さい」
轟音を上げて、夜空へ火の玉が昇って行った。ミサイルか。しかし……通用するのか? それは凄まじい加速で速くなりたちまち視界の外へ消えて行った……と思うや戻ってきた?!
ソングは驚愕の声だ。「ミサイルは跳ね返されたわ! 発射地点に遡っている。ラドゥル、貴方の力で落として下さい」
「なんてこった!」ラドゥルは指示通り、ミサイルを空中爆発させた。「これでは戦闘機のミサイルも使えないな、接近戦での機銃や火炎放射で倒せる相手か!? え? 避けろみんな!」
彼方から蒼き雷光の筋が何百条も超高速で迸ってきた。恐ろしい炸裂音が次々と耳を劈く。と、都市の不運な竜騎兵が直撃を受け炎上した。兵、竜とも断末魔の声が夜空に寒々と痛ましい。まだ視界の外というのに一騎脱落した……デーモン一匹にこんなに苦戦するなんて! 数千匹との総力戦ともなれば勝算が無いではないか! 雷撃はまさに暴風雨のごとく続き、ケネローの堅牢なはずの街壁を、内部の建物を容易く粉砕していた。
ケネローわずか千名足らずの市民にもすでに数十人も犠牲が出ている! これではシントやキュートはどうしている?
デーモンの姿が見えた。足が三本、腕は五本。翼四枚、頭は四つ目の雄牛のようでいて身体は肥えた熊のような……雷光を吐きながら、空に翼打ち、悠々と近付いてくる。
ティルスは命じる。「散開せよ、近接戦闘用意! 格闘戦なら竜騎兵の独壇場だ。我が突っ込む、死角から続け!」
竜騎兵より速度のある戦闘機が、三機続けてデーモンを真正面から機銃掃射した。手慣れた一撃離脱、デーモンの電撃を受けずに距離と高度を取る。しかしデーモンの動きは変わらない。
次いで竜騎兵隊が突入した。デーモンにくっつくような至近距離から炸裂する火炎弾を噴き掛ける。だが手ごたえは薄い……! 与えたはずの打撃の傷口が、見る見る治っていく。おまけに。
デーモンの反撃は熾烈だった。鞭のようにしなる触手が何十本も細長く伸び宙をはたき、都市の竜騎兵二騎をさらに落としていた。ラドゥルはこの危険な数瞬、唇を噛みしめ戦況を見守った。
と、突然デーモンは羽ばたきを止め墜落した。おぞましい苦痛の嗚咽を上げながら……
なにが起こった? 大した負傷はしていないはずなのに……デーモンは地面に落ち、動きは止まった。末端の筋肉がぴくぴくと痙攣しているが、死の兆候であろう。何故だ?
ソングが叫んだ。「魔力検知できました。デーモンを屠ったのはエナジーバーストです! 神話上最強の時空間魔法……」
「え? まさか伝説の! 時空を貫通轢断粉砕するという」ティルスは愕然と言う。「しかし、いったい誰の魔法だ」
「ペオシィンの魔法です。文字通り悪魔ペオースを英雄ウィンが破った」ソングは驚嘆していた。「他のデーモンどもの姿が次々と消えていきます。怯んだのでしょうか。これは?」
ラドゥルはつぶやいた。朝、か。白む東の空目掛け引用する。「『聖なる日の光に、悪魔どもの力は半減する』、民間の伝承ではそうある」
「ではこれで勝ったのですね、悪魔が滅び地上から悪が追放されて……」
「違うな」ラドゥルはいつになく辛辣に言った。「愚かしい戦争続く限り、悪魔は現れる。僕らは悪魔を決して倒してはいない。なんの解決にもなってはいない。悪魔はいくらでもいる。人々の心の隙間に」
「そう……私の心に。みんなの……そして貴方の心に?」
「それが現実さ」ラドゥルは言い捨てた。「ほんとうの戦乱はこれからだ。さらに強大な悪魔が立ち塞がっても不思議ではない」
「それでも日は昇るわ。いつまでも」
ラドゥルは好ましい魅力的な女士官に、態度を和らげ微笑んだだけだった。