圧倒的なオスゲル帝国の攻撃からの対処にペオは発案した。「ラドゥルに連絡して、ソングのシーカーセンサーと同調して電磁波を操り、偽情報を流すんだ。例えば帝国レーダーに多数の未確認機が大陸方面から接近している、とかね。キュート王国とシント共和国を狙っていた戦力は、母国防衛のために攻撃を止めて引き返さなければならなくなるだろう」
 しかしソングはかぶりを振った。「ラドゥルを発見できません。ここは次善の策として、王国上空にジャマーを撒きます。特定の施設への砲撃はできなくなるはず」
 ラプターこと朋村は補足した。「その場合、偵察機無線連絡による誘導砲火が心配だな。いまキュートの制空権は帝国にある。何千機もの帝国戦闘機が王国上空を舞っている。ジャマーで通信すら完全に封じ込めれば問題ないが、ソング、どうか?」
「おそらく、ジャマーではディジタル回線は完璧に封じられるでしょうが……もし、アナログなら。ノイズがそうとう混ざっても、古代のモールス信号なら届きます。帝国にそこまでできる技官がいたら、の話ですが」
「ふむ、すると無駄かもしれんが、やってみる価値はあるな」
 ペオは反論した。「ジャマーって、妨害電波発生機だろう? どうやってあの制空権を握られている王国上空から、そんなものを無事に撒くのか。工作機が多数犠牲になるのでは?」
 朋村は悪戯に笑った。「ここは突貫工事で敵に習おう。シントの弾道ミサイルを使う。弾頭をジャマーにして。どうせ超大型の戦略ミサイルなんて、前時代から使われもしないまま放置されて老朽化甚だしい。有効手段として派手に使ってやろう。総統閣下、これは攪乱用であって攻撃用ではありません。どうか御裁可を」
 総統は物憂げに語った。「良いでしょう、貴官に一任します。維持管理費ばかりかかるお荷物でしたからね、たしかにこの機会に使うべきです」
 ペオはぞっとしていた。戦略弾道ミサイル! そんなシロモノが眠っていたのか……核弾頭を搭載していておかしくないな。非核三原則はどこへ?
 ティルスが苛々とぼやいた。「というか、敵はそもそもどこから砲撃しているんだ? これは帝国領地内からではとても遠すぎないか、考えられない。ソング殿?」
「逆進探知しました。海上からです! これは戦艦主砲です。王国の領海内に帝国艦隊が集結しています、これはシントの力を持ってしても、防ぎようがありません」
 ペオはぎょっとした。戦艦! 海からの攻撃とは失念していた。王都を射程に収めたか! 無差別砲撃される。当然視界の外だから、これはラドゥルでも抑えられない!
 いまはシントの防衛スクリーンを間借りして対応しなければ。オスゲルは戦力を集結させていたのか! 鬼哭啾啾の異様な気に包まれていた。なんと恐ろしい旗鼓堂々たるは、このことだ。整然とした軍。
「戦艦だと? どこから調達したものやら……オスゲルなんかに建造できるシロモノではない。それにしたって、射程からしてろくに届かないだろう? 無学な我でもわかる。初速と落下加速度を掛け合わせれば単純な計算だ」
 ソングは説明した。「いいえ、騎士殿。単に重力で計算するなら、最大射程の仰角は45度ですが。実際は空気抵抗が邪魔するため、銃弾なら40度程度が最も飛ぶ。逆に、口径の大きな砲では50度以上の仰角が、とつぜん極端に射程が長くなる。なぜなら高く撃ち上げられることから、大気の薄い層を飛ぶから。いわゆる長距離砲ですね」
「その戦艦とやらを撃沈できないか? 件のミサイルとかで」
「いいえ」ソングはこれも否定した。「戦略弾道ミサイルの攻撃使用は光の文明時代から国際法で堅く禁じられています。いまその法が生きているかは不明ですが、この『禁忌』を破ればどうなるか……想像もできません」
「法とは融通が利かないものだな、まあ騎士の掟も同じだが」
 ペオは思いあぐねていた。危険だが、竜騎兵により肉薄して封じるか……。しかし戦艦とは巨大、戦闘機や戦車を相手にするのとはわけが違う。
「三善の策ですが、機甲戦闘機隊、第一連隊第二大隊第四中隊十六機、出撃用意!」ソングは命じていた。「少数精鋭のミサイルより速い超高速一撃離脱の一点集中で戦艦群のレーダーを狙うのです、それを封じれば精密砲撃はできなくなる。ティルス客員指揮官(ゲストコマンダー)、戦闘機での初陣を飾ってください」
 ティルスは了承の印に最敬礼した。圧倒的な帝国の防空網の中を突っ切る恐ろしく大博打な任務であることを承知で。
「対抗するに戦艦を持ってとあれば、脅迫だな。砲艦外交ってやつさ」ペオは皮肉に言い放った。「弱肉強食は国際社会の掟」
「どこに大義が、武力を背景に弱い国を脅してなど!」否定するティルス。
 だが、ペオは軽く引用していた。「かつての文明前期。武力による領土拡張は、人口増加による当たり前の政策だった。神から与えられた明白な運命、大義だった。だがこんな衰退した文明にあっては、遠征の動機と成りえないな。しかし強者は弱者から奪うものだ、強い国が他国の経済的特権を持つのは当たり前だ。ティルス、おまえほどの騎士が戯言を」
「力は弱きものを救うためにあると我は習った。が、オスゲル帝国の倣いもある……愚民政策、貧民政策を行っている。自国民の平均寿命たったの三十歳とは愚劣悪辣な」
 総統の声が割って入った。「過去の歴史からすると、文明の華開いたはずの産業革命の時代、過酷な炭鉱労働者の寿命は二十歳だったとすらいいます。もっとも中産階級の平民の寿命が四十から五十だったのですがね。この点は王国も同じ。対してシント市民は九十ほどまで生きられます」
「我がキュートはオスゲルに拉致された抑留民がいるから保護のための出兵は当然だ。シントもまたそうであろう?」
 総統は引用した。「オスゲルの大義は……固有の資源がほとんどなく、外国に求めざるを得なかった。戦争の動機は安全保護の必要性に迫られてのことでしょうね。経済的に追い詰められた辺境の住民が、実力、武力によって資源を確保する。オスゲルの大義。焦っていた。自衛戦争。このままではキュートに支配されてしまう。食い潰されてしまう。ここで、シントの技術があれば食糧危機なんてないのに、という事実に飛び付いた」
 ペオは皮肉気に反芻していた。半植民地、半封建主義の状態。政策の限界、財政は火の車。借金戦争……拭えない帝国文明の汚辱。新たな流通路を作り、その流域に住宅街を作る。軍需による経済成長は、国民の生活、生家、自由の犠牲の上成り立っていた。
 シントの弱点は平和に慣れ戦意が無いことに尽きる。補給を始め通信機能が生き連絡が自在に取れるのだから、加えて速力、機動性があるのだから流動的に分散した戦力を集中でき、好餌運用可能となる。情報網の含蓄でも他に類を見ない。故に。
 礼楽刑政は社会の秩序を守るために欠かせない。礼節、音楽、刑法、行政。帝国にはすべて欠けている、すると。この危急存亡のときに、機略縦横に巡らして窮余一策に出たこの行為が国の違う魔人四人からなる帝国への潜入……。結論は見えていた。だから。
 ペオは持論を述べ始めた。「正をもって対峙し、奇をもって制するが兵法の常道、正も奇もここは使い方明らかだ……」