ラドゥルは単騎、辺境の空にあった。平和的な居場所を求めて……。ちなみに愛用の拳銃だが、総統のプライベート・ルームに入る時に預けてから、丁寧に掃除調整されていた。一流の技師の技だ。弾丸も頼んでもいないのに、二百発も補充してくれていた。流浪の狩人は若干、自分の身なりを整える欲が出た。そこで僻地を転々とし装備を整え、今夜。
 ラドゥルはナイフとフォークで、手の込んだ調理がされた肉汁溢れる調味料の味わいの良い、美味な肉料理に齧り付いていた。純金の小さく薄っぺらい欠片を差し出すだけで、オスゲル帝国辺境の宿酒場村人は目を丸くして豪勢に持て成してくれた。
 飲み口すっきりな上物の酒も出され、いささか酔っ払った。香り高いタバコも久々に吸った。心地よい酩酊感に襲われる。おまけにお酌は二十代半ばの綺麗で好い香りのする容姿と服装の肉感的な艶っぽい女性。おそらく小さい子供を持っているな、と想像する。ラドゥルの年齢は精力盛んだが、妻帯にするには未熟に見られて当然だ。対して少女なら年頃。同年代の少女が村にいるとしても出ないわけだ。
 女性は聞いてくる。「あなた、なにを生業に?」
「狩人だよ」ラドゥルは軽く答えた。
「士族の坊やかと思ったわ。狩人? それにしてはずいぶん羽振りが良いのね。弓矢も持っていないらしいのに」
「ああ、僕は罠師なんだ。食用以外には珍しい辺境の獲物を傷つけず生きたまま捕らえてね、金持ちに売り渡す。良い金になるんだよ。特に飼い馴らせる猛獣の子供はね」
「罠師か、すごいのね。大変な仕事なのでしょう?」
「いや、この」と、ラドゥルは腰にしたがっしりした鋭利なナイフを指差す。「刃物とロープ、手軽な網とかあれば簡単なものさ」
「あら、ではドラゴンも捕まえられるのかしら?」悪戯な問い。
「いいや。僕のような実力者には、ドラゴンの方から頭を下げて仲間になりに来るものさ」はっとしてしゃべり過ぎたことに気付く。なにも事実を全部話す必要は無いではないか。しかしこの発言に、酒場のみんなはどっと笑っている。楽しいひと時は過ぎた。
 ラドゥル一人には広い寝室を借り、いずれ消えるランプの光の下慣れない柔らかく温かいベッドで安らかにゆったり一泊する……吸い込まれるかのような快適な睡眠。が!
 二日酔いに痛む頭を抱え朝起きると胸元の重みが無い。財布が空、金が消えた。はは、盗まれたか……帝国も治安悪いのだな。
 が、問題は無い。その金塊は金貨に直せば十枚はするだろうが、所持金の五十分の一にも満たないのだ。金塊の大半はハーケンに預けてあるし、小額なものの予備の財布もある。犯人は? ここで、金が盗まれた、などと喚き散らすは馬鹿のすることだ。
 辺境の掟、自分の身は自分「だけ」で守れ。胸元を気付かれずに探られたのだから、殺されなかっただけ幸運というものだ。
 なにより用心したのは、致命的な拳銃を気付かれていないことだ。だから拳銃は衣服に隠していたし、寝ているときは枕の下にしたし、撃てないよう鍵をして、自分は護身にナイフを使うと思い込ませるためナイフを常に腰帯の右に差してあった。
 金塊など、流れの少年が持ち運ぶ財産ではない。盗人疑惑も避ける必要があった。だから先日ハーケンに乗りシントを去った後慎重に、事前に辺境の秘湯温泉に入浴し清潔にし、辺境近い小さな町で持っていた銅貨で簡素だが新しい衣服を購入し着替え、きちんとした理髪店で散髪し、それから改めて別の街で金塊の欠片を払いこざっぱりした真新しい皮革の服に靴を購入した。身に着込むや、鏡に照らす。我ながら貴公子然とした身なりとなった。ここでごろつき連中にからまれそうになったが、敵三人の足元への素早い手際抜き撃ち三連威嚇射撃で撃退した。以前なら一発だけだったな、と苦笑する。弾丸とは銀貨より高いのに、金持ちになったものだ。
 辺境を巡る流れの闇商人からなかなか大きい金の欠片で拳銃の予備部品を購入する。弾丸は普段この商人から入手している。その四十代半ばの寡黙な闇商人は、ラドゥルにとって四年来の馴染みだった。ラドゥルの拳銃の腕を知っており、かつ闇世界の仁義としていちいち客の素性や生い立ち、武器を買う目的や金の出所などを詮索しない。金に力の切れ目が縁の切れ目だろうが、ちゃんとした計算のできる男だ。名前すら互いに名乗らないが、そこは二人ともはっきりと打算で割り切っている。
 実の所、いまの拳銃はラドゥルの母を射殺した暴漢のものなのだ。ラドゥルの魔力はそこで発動し、強烈な光の波動で小銃を暴発させて暴漢を殺しめた。拳銃を奪い、周囲のごろつき七名を文字通り秒殺した。七発全て一撃で頭を撃ち抜いて。
 生まれて初めてというのに、不思議なくらい拳銃は自在に扱えた。それから大混乱となり、ごろつき同士で撃ち合いが始まった。誰も、ほんの十一、二歳ほどの子供の仕業とは思わなかったのだ。
 その時に……大変な殺戮の暴風雨がようやく治まった現場に、この闇商人の男は現れた。慎重に、ごろつきどもの遺体の傷と確認し、銃を回収して回る。一丁金貨何十枚もする鹵獲品だ。それを淡々と物色する。それらを済ませると。
 茫然と自分を失い立ちつくしていたラドゥルに、商人は語りかけてくれたのだ。慰めでも非難でもなく冷静に。「坊やの仕事か、大したものだな。その拳銃の弾をやるよ、代金は出世払いで良い。とりあえず五ダース、持っていきな」
 ……だからラドゥルにとって忘れられない恩人なのである。たとえ武器を扱う死の商人とはいえ……ラドゥルは銃弾で狩りを始めたが、一発必中とはいえ当初は弾丸の値に釣り合うのがせいぜいの獲物しか仕留められなかった。単に大きいだけでは価値が無いのだ。自足の食料にはなるが。
 それでも、四半年後には儲けが出、銃弾費が払えるくらいの珍獣を仕留めていた。商人は頭を下げるラドゥルに、「出世払いってなんのことだ?」とうそぶくや、銃弾費を請求せず獲物の身体だけを引き取ってくれた。価値のある獲物の種類も、肉を燻す技術も、皮をなめし革にする技術も、この商人から教わった。以来信頼する相手なのだ。
 当初、自分の魔力は銃火器を暴発させたり、金属片を熱し火災を生じさせたりするものだとばかり思っていた。しかし、それは超短波の波動を力いっぱい使ったときのみのことで、軽く波長の長い波動なら、電波通信を妨害できると気付いた。結果、相棒騎竜ハーケンと出逢えた。さらに、魔力をあらゆる電子機器を操るに有効とするのに三年を要し、いまに到る。
 拳銃に常時収めている弾は回転弾倉に収まる七発のみ、残りはハーケンに持たせてある。ハーケンに騎乗し飛び去り、今朝を迎えた宿に着いたというわけだ。金属製の小さな弾丸は硬貨と間違われ易いから、危険なのだ。
 拳銃の寿命はおよそ弾丸三千発とも知っていた。もっとも弾倉と銃身、ネジにバネを取り換えれば、使用後に丁寧に分解掃除し手入れを怠らなければ二十年くらいは軽く持つとも聞いた。
 いくら馬鹿な自分にも今や分かる。商人はシントとコネを持ち、かつ王国帝国その他とも取引をする多重諜報工作員だ。銃器類の出所と、売り払い先を考えれば自明の理だ。
 同時に商人には、ラドゥルが竜騎兵であることは発覚している! 商人はラドゥルの顔を確認した次に、決まって視線を脚に落とすのだ。思えば馬ならぬドラゴンに乗る時に特有な鞍の型がついていることを確認されている。しかし魔人であることまでは知られていないだろうが……
 そんなことを疑問に思いながら、宿に村をうやむやに去り、やや離れた木々の茂る隠れ場所としたハーケンの下へ歩いていると、ふいに声を掛けられた。中年の女性の声。
「ケネロー婦人と申します。貴方はお若いのに紳士ですわね、失礼ながら盗みの一件は見てしまいましたよ。わたくしなどには口を挟めなかったのですが」
 見れば優しげな顔のいかにも淑女に見える、辺境には似つかない瀟洒な衣を纏った貴婦人だった。好印象を誰からも受けそうな温和な婦人だ。ラドゥルはふと、亡き父母を回想していた。