王国騎士ティルスが騎士として最後にした仕事は、王国軍人事。王宮玉座謁見室を前に控えた、大会議場にての今回の対シント戦の武勲者表彰と戦死者追悼の催事である。犠牲ばかり大きな戦術的に痛み分け、戦略的に無意味な出兵、だからこそ戦に踏み切ったハガリド王はことさらに、戦功を過大宣伝し広く将兵と民衆に説得する必要があったのだ。
激しく広大な王都を爆撃し、公的私的問わず建築物に機銃掃射を繰り返す帝国機甲戦闘機隊の攻撃続く中での会議である。愚行に思えたティルスだが、あまりの戦死者の数に指揮系統が麻痺しかかっており、急いで人事人選を進める必要があるのは仕方無い。
とくに注目は準勲爵士フーハクの『準男爵爵位授与』承認決議だった。議会は真っ二つに割れたが、ティルスが賛同の意見を強調すると若干名がフーハクに流れ、かろうじて可決された。
シント指揮官機撃墜との大戦果があるものの身元の知れない初老の酒飲み流浪者フーハク相手に古参、新米問わず古くからの門閥高級貴族騎士は反対していたが。一介の平民上がりの一兵士から野戦任官された一代限りの騎士、士爵は揃って賛成していたのだ。武勲を立てれば自分だって貴族になれるかも知れないと。
これに関しては、ティルスは敢えて言及しなかったが、単に兵士の士気を高めるハガリド王の計らいであろうとは認識していた。二匹目のドジョウを狙う下級騎士兵士たちへの建て前だ。この欺瞞に引っ掛かり戦果を競い力み勇む多くの平民上がりの兵士が、その死によって欺かれるだけに終わるだろう。
次いで形式だけ、国王ハガリドから騎士称号を剥奪されるティルスだった。騎士の証たる胸の紋章を剥ぎ取られる。文官から突き渡された辞令には地位剥奪ではなく、密命が記されてある。奇計『埋伏の毒』として、シント共和国に竜騎兵隊を連れ亡命する。同盟し帝国を打ち破った暁には、返す刀でシントも倒す。
成功すれば勲爵士扱いか。いささか都合の勝手すぎる命令だが。魔法の耳目有するシント士官ソングには筒抜けだろうことは、ティルスは誰にも口にしていない。それほど愚かではないつもりだ。
ともあれティルスは数千機というオスゲル帝国の戦闘機隊を、夜中の暗闇の出撃、それも地面すれすれの危険な超低空飛行で振り切って、四百余騎の竜騎兵隊の九割方を脱出させた。竜騎兵と違い、同じ空間に留まり続けることは垂直離着陸機以外の戦闘機には不可能だし、低空では地面にマスクされてしまうため、誘導ミサイルは使えない。戦闘機の機銃で狙うにも飛竜は速度的に遅すぎ難しいから成功し得た飛行だった。
こうしてティルス率いる竜騎兵隊は、シントへの亡命を果たした。ティルスは飛行場に真っ先に着陸するや、管制官たちに敬礼した。彼らも厳粛な答礼をした。間もなくソングがやってきた。二人は穏やかに礼を交わした。互いに事情は表裏分かっているのだから。
「ご協力心から感謝します、騎士ティルス」
「我は騎士の地位を返上した。竜騎兵隊は同盟というより、亡命だからな。我らはシントの指揮下に入る」
「そんな御謙遜を! 竜騎兵隊指揮権は騎士殿……ティルス、貴官の管轄下にありますよ」
「それはまた。誠実な待遇、有難く思います」
「では部下をまとめられ、同盟記念式典会場へ。肉、魚、野菜、果実等の料理の他に酒も用意してあります。それにタバコも」
かくして、宴会の席へ招かれる亡命者たちだった。初めて見るシントの建物内部は、キュートの王宮などと違い鋭角的に設計されているのだな、とティルスは感じていた。機能と費用の兼ね合いの産物か。見習うところ多々だ。座席につき、堅苦しい挨拶抜きに「同盟万歳!」とどっと声が上がり両軍兵士で乾杯となる。
酒杯を手にティルスは疑問を口にした。「このまえの潜入から気になってはいたのだが、シントには農地が無いのだな。どうやって食料を調達しているのか。輸入品なのか? 小さく密集した城塞都市、この面積に二十万人口がいるとは驚きだ」
ソングは笑みで答えてくれた。「輸入品もありますが、シントでは人造食品で賄っているからです。太陽光さえあれば半永久的に稼働続ける植物性・動物性プランクトン合成人造食品工場。糖質、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、繊維質」
「よく分からないが……食料を工場で作っているのか。それにしてはこのソテーは格別だ。温野菜一つをとっても旨味がある」
「各種薬品も同様です。かつての光の文明時代、化学薬品は主に化石燃料から合成されましたが、シントでは食料飲料合成工場から抽出します。タバコを初め麻酔薬のようなドラッグも開発できるのですが。下町で危険なドラッグが流通していて、それを避けるために王国からの酒の流通も黙認しているのです」
「逆に王国の裏では相当な高値でタバコが売買されているぞ」
その時だ。照明に赤い光が明滅し、耳触りなアラームが連呼された。これは明らかに敵、空襲警報だな、帝国軍だろう。
迎撃しようと立ち上がるティルスを、ソングは穏やかに制していた。「ご安心を。電算機処理による偏差射撃を行いますから、敵航空機はシント上空には進入不可能です。対してレーダーに映りにくい飛竜が味方とは心強いことです。それより御一献どうぞ」
「ヘンなんとかとはどういう射撃のことだ?」
「簡単に言えば、敵機の距離を機銃弾速度で割り弾丸到達時間を算出し、敵機の速度に掛けて敵機の予想進路を確かめ、三角関数で射角を計算してそのポイントに銃撃するのです」
「なるほど。数式のことはわからないが、獲物の予想位置に矢を送り込むことは狩りでは常識だ。それを完璧に計算するのだな」
「ええ、実際は重力に空気抵抗も考慮しますからさらに精密です」
「それは心強い。我と我の部下たちの騎竜にも応用させよう」
「いえ、騎士どのには、戦闘機搭乗員になってほしいと総統閣下直々のお声がかかっています。最新精鋭機甲戦闘機です。火力、最大速度、加速度、旋回性能、上昇性能が決定的な機体が。弱点は装甲と高空時・低速時の安定性だけです」
「大変な名誉だ、有難く拝命しよう」即答したティルスだが、内心は苛立っていた。電子管制される航空機に乗ることは、命を握られるも同然だからだ。
たしかに戦闘機は一定数一定時間内の戦闘なら飛竜より圧倒的に強いのは間違い無いだろうが……。ハガリド王の辞令が筒抜けであることはこれで明白だ。ティルスは勅命に背こうと、シントへの攻撃はなんとかして避けたかった。だが、その真意をソングに打ち明けることはできない。戦士とは弁解しないものなのだ。
ソングは、はにかんだ様子でティルスに笑い掛けていた。「私は単なるB級パイロットです。騎士どのなら、私なんかよりはるかに優れたパイロットになれるはず」
ティルスは騎士であったが、虚勢を張ることはしない性分だった。努めて穏やかに問う。「我は戦闘機には素人だ。師はどの搭乗員がなさってくれるのか?」
「いきなり戦闘機には乗せませんよ。まずシミュレーターですね」
「なにか、それは」
「模擬訓練装置です。失敗しても命に係わりません。敵も架空の電脳世界上の練習機、最初は離着陸の訓練、次いで旋回飛行、航法飛行、空戦飛行、それから標的射撃に入ります」
「ほう。模擬訓練……では当面の師はいわゆる電脳任せなのか」
「一応、監視教官員は就きます。ですが最初は自由に飛ぶだけの技術を身につけることです。貴官は仮にも竜騎兵でしたから馴染むのも早いはず」
「そうか……我の部下はどうなるのだ? 戦闘機搭乗員にはならないのであろう?」
「竜騎兵隊は無論戦闘機とは違いがあります。独立部隊として、帝国の地上部隊掃討のミッションが下されています。騎士殿には別行動空域から竜騎兵隊指揮をお願いします」
「了解した」短く承諾したティルスだが、内心乱れていた。竜騎兵隊の直接の指揮権をやはり奪われたのだ。だが、それを指摘し糾弾するほどティルスは愚かではなかった。
モニターには、オスゲル戦闘機の千もの群れが殺到していた。しかしミサイルすらシント機銃座の狙撃で破壊されて、近寄る戦闘機は容赦なく撃墜されていた。これがシント鉄壁の護り……電子機器さえ正常なら無敵の理由なのか。
帝国軍が撤退するのに、四半時間を要さなかった。その間ティルスたちは満足な食事と酒タバコに酔いしれ、壁一面に映像表示される上空の戦いを、芝居劇でも楽しむかのように堪能していた。先日まで敵対していた王国共和国両兵士が語り合いながら。
激しく広大な王都を爆撃し、公的私的問わず建築物に機銃掃射を繰り返す帝国機甲戦闘機隊の攻撃続く中での会議である。愚行に思えたティルスだが、あまりの戦死者の数に指揮系統が麻痺しかかっており、急いで人事人選を進める必要があるのは仕方無い。
とくに注目は準勲爵士フーハクの『準男爵爵位授与』承認決議だった。議会は真っ二つに割れたが、ティルスが賛同の意見を強調すると若干名がフーハクに流れ、かろうじて可決された。
シント指揮官機撃墜との大戦果があるものの身元の知れない初老の酒飲み流浪者フーハク相手に古参、新米問わず古くからの門閥高級貴族騎士は反対していたが。一介の平民上がりの一兵士から野戦任官された一代限りの騎士、士爵は揃って賛成していたのだ。武勲を立てれば自分だって貴族になれるかも知れないと。
これに関しては、ティルスは敢えて言及しなかったが、単に兵士の士気を高めるハガリド王の計らいであろうとは認識していた。二匹目のドジョウを狙う下級騎士兵士たちへの建て前だ。この欺瞞に引っ掛かり戦果を競い力み勇む多くの平民上がりの兵士が、その死によって欺かれるだけに終わるだろう。
次いで形式だけ、国王ハガリドから騎士称号を剥奪されるティルスだった。騎士の証たる胸の紋章を剥ぎ取られる。文官から突き渡された辞令には地位剥奪ではなく、密命が記されてある。奇計『埋伏の毒』として、シント共和国に竜騎兵隊を連れ亡命する。同盟し帝国を打ち破った暁には、返す刀でシントも倒す。
成功すれば勲爵士扱いか。いささか都合の勝手すぎる命令だが。魔法の耳目有するシント士官ソングには筒抜けだろうことは、ティルスは誰にも口にしていない。それほど愚かではないつもりだ。
ともあれティルスは数千機というオスゲル帝国の戦闘機隊を、夜中の暗闇の出撃、それも地面すれすれの危険な超低空飛行で振り切って、四百余騎の竜騎兵隊の九割方を脱出させた。竜騎兵と違い、同じ空間に留まり続けることは垂直離着陸機以外の戦闘機には不可能だし、低空では地面にマスクされてしまうため、誘導ミサイルは使えない。戦闘機の機銃で狙うにも飛竜は速度的に遅すぎ難しいから成功し得た飛行だった。
こうしてティルス率いる竜騎兵隊は、シントへの亡命を果たした。ティルスは飛行場に真っ先に着陸するや、管制官たちに敬礼した。彼らも厳粛な答礼をした。間もなくソングがやってきた。二人は穏やかに礼を交わした。互いに事情は表裏分かっているのだから。
「ご協力心から感謝します、騎士ティルス」
「我は騎士の地位を返上した。竜騎兵隊は同盟というより、亡命だからな。我らはシントの指揮下に入る」
「そんな御謙遜を! 竜騎兵隊指揮権は騎士殿……ティルス、貴官の管轄下にありますよ」
「それはまた。誠実な待遇、有難く思います」
「では部下をまとめられ、同盟記念式典会場へ。肉、魚、野菜、果実等の料理の他に酒も用意してあります。それにタバコも」
かくして、宴会の席へ招かれる亡命者たちだった。初めて見るシントの建物内部は、キュートの王宮などと違い鋭角的に設計されているのだな、とティルスは感じていた。機能と費用の兼ね合いの産物か。見習うところ多々だ。座席につき、堅苦しい挨拶抜きに「同盟万歳!」とどっと声が上がり両軍兵士で乾杯となる。
酒杯を手にティルスは疑問を口にした。「このまえの潜入から気になってはいたのだが、シントには農地が無いのだな。どうやって食料を調達しているのか。輸入品なのか? 小さく密集した城塞都市、この面積に二十万人口がいるとは驚きだ」
ソングは笑みで答えてくれた。「輸入品もありますが、シントでは人造食品で賄っているからです。太陽光さえあれば半永久的に稼働続ける植物性・動物性プランクトン合成人造食品工場。糖質、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、繊維質」
「よく分からないが……食料を工場で作っているのか。それにしてはこのソテーは格別だ。温野菜一つをとっても旨味がある」
「各種薬品も同様です。かつての光の文明時代、化学薬品は主に化石燃料から合成されましたが、シントでは食料飲料合成工場から抽出します。タバコを初め麻酔薬のようなドラッグも開発できるのですが。下町で危険なドラッグが流通していて、それを避けるために王国からの酒の流通も黙認しているのです」
「逆に王国の裏では相当な高値でタバコが売買されているぞ」
その時だ。照明に赤い光が明滅し、耳触りなアラームが連呼された。これは明らかに敵、空襲警報だな、帝国軍だろう。
迎撃しようと立ち上がるティルスを、ソングは穏やかに制していた。「ご安心を。電算機処理による偏差射撃を行いますから、敵航空機はシント上空には進入不可能です。対してレーダーに映りにくい飛竜が味方とは心強いことです。それより御一献どうぞ」
「ヘンなんとかとはどういう射撃のことだ?」
「簡単に言えば、敵機の距離を機銃弾速度で割り弾丸到達時間を算出し、敵機の速度に掛けて敵機の予想進路を確かめ、三角関数で射角を計算してそのポイントに銃撃するのです」
「なるほど。数式のことはわからないが、獲物の予想位置に矢を送り込むことは狩りでは常識だ。それを完璧に計算するのだな」
「ええ、実際は重力に空気抵抗も考慮しますからさらに精密です」
「それは心強い。我と我の部下たちの騎竜にも応用させよう」
「いえ、騎士どのには、戦闘機搭乗員になってほしいと総統閣下直々のお声がかかっています。最新精鋭機甲戦闘機です。火力、最大速度、加速度、旋回性能、上昇性能が決定的な機体が。弱点は装甲と高空時・低速時の安定性だけです」
「大変な名誉だ、有難く拝命しよう」即答したティルスだが、内心は苛立っていた。電子管制される航空機に乗ることは、命を握られるも同然だからだ。
たしかに戦闘機は一定数一定時間内の戦闘なら飛竜より圧倒的に強いのは間違い無いだろうが……。ハガリド王の辞令が筒抜けであることはこれで明白だ。ティルスは勅命に背こうと、シントへの攻撃はなんとかして避けたかった。だが、その真意をソングに打ち明けることはできない。戦士とは弁解しないものなのだ。
ソングは、はにかんだ様子でティルスに笑い掛けていた。「私は単なるB級パイロットです。騎士どのなら、私なんかよりはるかに優れたパイロットになれるはず」
ティルスは騎士であったが、虚勢を張ることはしない性分だった。努めて穏やかに問う。「我は戦闘機には素人だ。師はどの搭乗員がなさってくれるのか?」
「いきなり戦闘機には乗せませんよ。まずシミュレーターですね」
「なにか、それは」
「模擬訓練装置です。失敗しても命に係わりません。敵も架空の電脳世界上の練習機、最初は離着陸の訓練、次いで旋回飛行、航法飛行、空戦飛行、それから標的射撃に入ります」
「ほう。模擬訓練……では当面の師はいわゆる電脳任せなのか」
「一応、監視教官員は就きます。ですが最初は自由に飛ぶだけの技術を身につけることです。貴官は仮にも竜騎兵でしたから馴染むのも早いはず」
「そうか……我の部下はどうなるのだ? 戦闘機搭乗員にはならないのであろう?」
「竜騎兵隊は無論戦闘機とは違いがあります。独立部隊として、帝国の地上部隊掃討のミッションが下されています。騎士殿には別行動空域から竜騎兵隊指揮をお願いします」
「了解した」短く承諾したティルスだが、内心乱れていた。竜騎兵隊の直接の指揮権をやはり奪われたのだ。だが、それを指摘し糾弾するほどティルスは愚かではなかった。
モニターには、オスゲル戦闘機の千もの群れが殺到していた。しかしミサイルすらシント機銃座の狙撃で破壊されて、近寄る戦闘機は容赦なく撃墜されていた。これがシント鉄壁の護り……電子機器さえ正常なら無敵の理由なのか。
帝国軍が撤退するのに、四半時間を要さなかった。その間ティルスたちは満足な食事と酒タバコに酔いしれ、壁一面に映像表示される上空の戦いを、芝居劇でも楽しむかのように堪能していた。先日まで敵対していた王国共和国両兵士が語り合いながら。