ソングは改めて考察していた。シント総統の居住する行政ビル地下三十階の特製プライベート・ルーム近辺には、地下三十一、三十二階に中央総電算機があり、地下三十三~三十六階は予備処理装置、予備データバンクとなっている、とされる。しかしそれは半ば神話であり、事実がどうなのかは誰も知らない。誰も踏み入ったことがないのだから。
地下二十八、二十九階は無人で、代わりに地底すらもカバーする無数の探知機が張り巡らされ、高電圧リーダーや、鎮圧ガス、ゴム弾機銃などの非殺傷自動防衛装置がシント中央頭脳に対する侵入者に対して向けられている。
地下二十階には衛兵隊の詰め所があるが、衛兵はそこから下への立ち入りは許されていない。衛兵たちは総統を裏切ってはいないし、任務通り部署を固守した。つまり反乱者への迎撃には赴かず、詰め所を離れなかった。
地上で戦っている別部署の衛兵たちを無視して、である。一見無情なようであるが、軍人としての倫理に基づいた真実の義務である。
使用例がほとんど無いことであるが、地下二十五~二十七階は居住区域となっており、その気なら数百名が一年閉じこもってでも生活できる設備が整っているが、いまの総統以来はずっと無人のままにされている。食糧に水、衣類どころか、食糧を生産する人工タンパクプラント、人工水耕プラント等の生態プラントがあり、呼吸する酸素すら供給できる地下シェルターだ。その二十七階で、ソングとペオは部屋を貰った。
ソングはのびのびと自分の魔力、シーカーセンサー『千里眼、魔法の耳目』の触手を伸ばした。とりあえず、キュート方面へ。空を埋め尽くす軍用機の桁外れの群れ……!? 三千機はいるぞ、竜騎兵隊は無力化されていたが、オスゲルの飛行部隊は健在だったか。必要があるのは理解できるが、ここまで量産する意味がまったく解りやしない!
理由はわかるがほんとうにするとは思わなかった、の自殺兵器の悲劇もこの国の史実はあるし、それよりマシだが。
とにかくまったくの偶然ではあったが、オスゲル帝国は不可侵条約を破り、キュート王国にまさに攻め込もうとしていたのだ! 王国竜騎兵隊が王都に戻るのが三日遅れていれば、王都は陥落していた。一日遅れでも、兵士だけでなく民間人にも多大な出血を強いただろう。ペオは結果的に王国を救ったのだ。
いずれにせよこのままではキュートにオスゲル、戦力比率的にも勝敗は歴然、これはラドゥルにお願いするしかないな、民間人どころか流浪の少年をこき使って悪いが。
同時に妙な言い方となるが、オスゲルの脅威はソングを救ってくれたのだ。この状況下で、ティルスと決闘することはもはや有り得ないから。
いま成すべきは総統選挙と、叛徒どもの抑制、それに半壊した戦力の再編だ。ソングは一文官として総統選挙の準備に入った。戦力の再編については、一時的にペオに任せる。先の戦いで動けなかった対空網機銃座群を復活させる。
叛乱により乱れたシントの治安は、従軍心理医師クワイエット・ラプター二佐率いるメンタルケア部隊により、かなり抑止鎮圧されている。直接の辞令が無いのに佐官の権限で動いたのか……半ば私戦とはいえこの戦果は大きい、民間人にも部下にも犠牲者は出ていないし、彼女の昇進は堅いところだな。
シント共和国は直接民主制である。政治家、代議士は存在しない。議会は議題を国民自らの手で電脳光回線を通して直接投票し、決定している。行政担当の官僚はいるが、かれらにしたって国民の直接投票で選出される。
情報化社会の夢の、ドラスティクに改革された治世体制。文字通り民衆の手で速やかに法案がまとまり、施行されるこの社会は人類史上稀に見る自由と権利の昇華された体現だ。国民総選挙手続きはあっさり終わった。シントの中央情報処理能力の賜物だ。早くも選挙開催賛成票が全国民の4%以上集まり、反対票はそれらの1%に満たなかった。確率的に決定確実だ。
並行して行われた世論調査でも、現在の総統、第一市民を推す声が5割を超えている。まあ反対も2割いるのだが、それは批判的な声は少なく、単に幼い子供を酷使してはいけないとの良識的意見だった。他に対抗馬となりうるカリスマなど、叛徒の中にはいない。つまり総統の留任は決定的だ。
もともと後任者足り得る候補不在にして、閣下に刃向うとは愚かな連中だ。確かに閣下には禁止されていた機密にアクセスしたという罪があるが、その法は神話の時代からの遺物、いまを生きる自分たちに護るべき倫理・道義性など不明だ。
後は軍略……戦闘機は敵が戦闘機でない限り、限界の性能は要求されない。戦闘機とは空の覇者、敵も戦闘機でなければ破壊は至難な存在だから。攻撃機とか地上・海上施設を攻撃するのなら、多少能力が劣っても存分に戦える。
こんなとき、皮肉にもドラゴンをシントで保護させる事態に陥っていた。帝国、王国の竜騎兵が次々と亡命宣言。そんな中、ペオにより総統は電算機から、決定的な機密を引き出していた。
飛竜は、かつての光の文明の時代、このシントの礎を築いたものたちで開発されたと!? 狂気の沙汰である。絶滅したはずの数千万年前、数億年前の恐竜を蘇らせ、人間並の知性に蝙蝠猛禽の翼、灼熱の炎の吐息まで与えるとは!
ならば、竜騎兵をシントの戦力にするか。戦闘機の攻撃は、常に奇襲でなければいけない。短時間で済ませなくては、燃料を喰い過ぎる。稼働時間に制限があるのだ。
その点、竜騎兵なら長時間飛行できる。製造ならぬ発育も、燃料費維持費ならぬ食費や雑費もコスト的に遙かに廉価。竜騎兵は狩りに遭う危険で弱体化された。戦闘機、戦車もラドゥルの魔力の前に無力。これらがいないとなると、泥臭いが自然陸上歩兵部隊が真価を発揮する。
王国自慢の精鋭主力重装槍兵隊は二十代の年中者を先頭に、その後に十代の年少者、三重目に三十代以上の年長者が務めて構成されるとか。さらに最後衛に鎧を纏わない弓兵隊が敷かれる。重装歩兵といってもハガリド王の指導の下、軽装化が進んでいる。
鎧は胸当てすね当てのみ鋼の板金、他は皮革製。兜の目の視野は広く空き、耳と口も命令を聞き取りやすいよう穴がしてある。結果、機動性、持久力、コストパフォーマンス共に優れた稲妻のような進軍を可能としている。各地の小国を攻め落として回った秘訣だ。武器は長槍と護身用の小剣、それとあまり荷物にならないスリング(石投げ紐)とまったく機能的だ。
槍は剣より決定的に有利。一見突くだけの武器に思えて、太く長い頑丈な柄は木刀以上の打撃力を発揮するから、穂先以内の間合いに踏み込まれても殴りつけ払いされば良いだけのこと。まあそんな歩兵でも、シントの銃火器相手にはおもちゃ同然だが。
陸上白兵戦……ソングはファイルを閲覧し、興味深い点に気付いた。ペオの持つナイフ。調べたら本来スティレットとはとどめの短剣、騎士の着る鎧の継ぎ目を貫く短剣としては長細い武器なのだ。突くのが主眼で、斬るためには刃がついていない。それなのにペオのナイフはあまりに短く、しかも突くようにはできていない……おまけに片刃とはいえ鋭利な刃をしているなんて。敵を殺さずに苦痛で撃退する武器……彼女の度量の広さ深さが知れる。
この武器を総統のプライベート・ルームに預けたとき、自動検査が掛かっていた。あのナイフはなんと単一結晶鋼……光の文明のオーバーテクノロジーの逸品だ。打ち合わせれば、並の長剣すら砕ける。
何故ペオはあれをスティレットと名乗ったか? 入手するときに説明されたのかな……他にはミゼリコルドとかの呼称もある。ま、いまはそれより。
ソングは魔力の検索範囲を伸ばし、帝国の隙を探っていた。拠点の砦は思いのほかすぐ判明できた。山岳森林の険阻な地形にある上、堅牢な要塞だ。玉座に座る豪奢な衣の三十半ばほどの男と、愛人と思える肌もあらわな年端のいかない可憐な細身の美少女が見えた。そのいたわしさにもう確認は止めた。
はっと帝国の致命部に気付く。敵国拠点への安全な航路さえ明確につかめれば良い。辺境を護る戦力など無視し、首都へ一直線、強襲する。オスゲルはただの一撃で陥落する! いかに強大な戦力を抱えようが、皇帝さえ斃せば薬籠中のものだ。
単に拠点中枢を破壊すれば良いのだ、なにも乗っ取って制圧する必要はない。そんなことをしたら味方だけでなく敵にも余計な犠牲に出費に時間がかさむだけだ。なまじ軍事体制下の帝国、軍上層部の指揮系統が麻痺すれば、腐敗した帝国のこと、権力者の派閥争いに平民の謀反で勝手に自滅するのは予想つく。
この作戦は、もともと王国相手に練られていた。しかし王国の基盤地歩は堅く破壊するには困難と見送られてきた。しかし帝国の土台は根本から末端まで腐り病んでいる。帝国の軍事的脅威も、その程度のものだ。しかし……無論『言うは易し』である。
キュート相手には千日手(ステイルメイト)になるところが、オスゲル相手には暗剣殺(サドンデス)となるかな……
ソングは総統に作戦会議を開き、将官士官に闊達なる意見の交換することを提案した。
地下二十八、二十九階は無人で、代わりに地底すらもカバーする無数の探知機が張り巡らされ、高電圧リーダーや、鎮圧ガス、ゴム弾機銃などの非殺傷自動防衛装置がシント中央頭脳に対する侵入者に対して向けられている。
地下二十階には衛兵隊の詰め所があるが、衛兵はそこから下への立ち入りは許されていない。衛兵たちは総統を裏切ってはいないし、任務通り部署を固守した。つまり反乱者への迎撃には赴かず、詰め所を離れなかった。
地上で戦っている別部署の衛兵たちを無視して、である。一見無情なようであるが、軍人としての倫理に基づいた真実の義務である。
使用例がほとんど無いことであるが、地下二十五~二十七階は居住区域となっており、その気なら数百名が一年閉じこもってでも生活できる設備が整っているが、いまの総統以来はずっと無人のままにされている。食糧に水、衣類どころか、食糧を生産する人工タンパクプラント、人工水耕プラント等の生態プラントがあり、呼吸する酸素すら供給できる地下シェルターだ。その二十七階で、ソングとペオは部屋を貰った。
ソングはのびのびと自分の魔力、シーカーセンサー『千里眼、魔法の耳目』の触手を伸ばした。とりあえず、キュート方面へ。空を埋め尽くす軍用機の桁外れの群れ……!? 三千機はいるぞ、竜騎兵隊は無力化されていたが、オスゲルの飛行部隊は健在だったか。必要があるのは理解できるが、ここまで量産する意味がまったく解りやしない!
理由はわかるがほんとうにするとは思わなかった、の自殺兵器の悲劇もこの国の史実はあるし、それよりマシだが。
とにかくまったくの偶然ではあったが、オスゲル帝国は不可侵条約を破り、キュート王国にまさに攻め込もうとしていたのだ! 王国竜騎兵隊が王都に戻るのが三日遅れていれば、王都は陥落していた。一日遅れでも、兵士だけでなく民間人にも多大な出血を強いただろう。ペオは結果的に王国を救ったのだ。
いずれにせよこのままではキュートにオスゲル、戦力比率的にも勝敗は歴然、これはラドゥルにお願いするしかないな、民間人どころか流浪の少年をこき使って悪いが。
同時に妙な言い方となるが、オスゲルの脅威はソングを救ってくれたのだ。この状況下で、ティルスと決闘することはもはや有り得ないから。
いま成すべきは総統選挙と、叛徒どもの抑制、それに半壊した戦力の再編だ。ソングは一文官として総統選挙の準備に入った。戦力の再編については、一時的にペオに任せる。先の戦いで動けなかった対空網機銃座群を復活させる。
叛乱により乱れたシントの治安は、従軍心理医師クワイエット・ラプター二佐率いるメンタルケア部隊により、かなり抑止鎮圧されている。直接の辞令が無いのに佐官の権限で動いたのか……半ば私戦とはいえこの戦果は大きい、民間人にも部下にも犠牲者は出ていないし、彼女の昇進は堅いところだな。
シント共和国は直接民主制である。政治家、代議士は存在しない。議会は議題を国民自らの手で電脳光回線を通して直接投票し、決定している。行政担当の官僚はいるが、かれらにしたって国民の直接投票で選出される。
情報化社会の夢の、ドラスティクに改革された治世体制。文字通り民衆の手で速やかに法案がまとまり、施行されるこの社会は人類史上稀に見る自由と権利の昇華された体現だ。国民総選挙手続きはあっさり終わった。シントの中央情報処理能力の賜物だ。早くも選挙開催賛成票が全国民の4%以上集まり、反対票はそれらの1%に満たなかった。確率的に決定確実だ。
並行して行われた世論調査でも、現在の総統、第一市民を推す声が5割を超えている。まあ反対も2割いるのだが、それは批判的な声は少なく、単に幼い子供を酷使してはいけないとの良識的意見だった。他に対抗馬となりうるカリスマなど、叛徒の中にはいない。つまり総統の留任は決定的だ。
もともと後任者足り得る候補不在にして、閣下に刃向うとは愚かな連中だ。確かに閣下には禁止されていた機密にアクセスしたという罪があるが、その法は神話の時代からの遺物、いまを生きる自分たちに護るべき倫理・道義性など不明だ。
後は軍略……戦闘機は敵が戦闘機でない限り、限界の性能は要求されない。戦闘機とは空の覇者、敵も戦闘機でなければ破壊は至難な存在だから。攻撃機とか地上・海上施設を攻撃するのなら、多少能力が劣っても存分に戦える。
こんなとき、皮肉にもドラゴンをシントで保護させる事態に陥っていた。帝国、王国の竜騎兵が次々と亡命宣言。そんな中、ペオにより総統は電算機から、決定的な機密を引き出していた。
飛竜は、かつての光の文明の時代、このシントの礎を築いたものたちで開発されたと!? 狂気の沙汰である。絶滅したはずの数千万年前、数億年前の恐竜を蘇らせ、人間並の知性に蝙蝠猛禽の翼、灼熱の炎の吐息まで与えるとは!
ならば、竜騎兵をシントの戦力にするか。戦闘機の攻撃は、常に奇襲でなければいけない。短時間で済ませなくては、燃料を喰い過ぎる。稼働時間に制限があるのだ。
その点、竜騎兵なら長時間飛行できる。製造ならぬ発育も、燃料費維持費ならぬ食費や雑費もコスト的に遙かに廉価。竜騎兵は狩りに遭う危険で弱体化された。戦闘機、戦車もラドゥルの魔力の前に無力。これらがいないとなると、泥臭いが自然陸上歩兵部隊が真価を発揮する。
王国自慢の精鋭主力重装槍兵隊は二十代の年中者を先頭に、その後に十代の年少者、三重目に三十代以上の年長者が務めて構成されるとか。さらに最後衛に鎧を纏わない弓兵隊が敷かれる。重装歩兵といってもハガリド王の指導の下、軽装化が進んでいる。
鎧は胸当てすね当てのみ鋼の板金、他は皮革製。兜の目の視野は広く空き、耳と口も命令を聞き取りやすいよう穴がしてある。結果、機動性、持久力、コストパフォーマンス共に優れた稲妻のような進軍を可能としている。各地の小国を攻め落として回った秘訣だ。武器は長槍と護身用の小剣、それとあまり荷物にならないスリング(石投げ紐)とまったく機能的だ。
槍は剣より決定的に有利。一見突くだけの武器に思えて、太く長い頑丈な柄は木刀以上の打撃力を発揮するから、穂先以内の間合いに踏み込まれても殴りつけ払いされば良いだけのこと。まあそんな歩兵でも、シントの銃火器相手にはおもちゃ同然だが。
陸上白兵戦……ソングはファイルを閲覧し、興味深い点に気付いた。ペオの持つナイフ。調べたら本来スティレットとはとどめの短剣、騎士の着る鎧の継ぎ目を貫く短剣としては長細い武器なのだ。突くのが主眼で、斬るためには刃がついていない。それなのにペオのナイフはあまりに短く、しかも突くようにはできていない……おまけに片刃とはいえ鋭利な刃をしているなんて。敵を殺さずに苦痛で撃退する武器……彼女の度量の広さ深さが知れる。
この武器を総統のプライベート・ルームに預けたとき、自動検査が掛かっていた。あのナイフはなんと単一結晶鋼……光の文明のオーバーテクノロジーの逸品だ。打ち合わせれば、並の長剣すら砕ける。
何故ペオはあれをスティレットと名乗ったか? 入手するときに説明されたのかな……他にはミゼリコルドとかの呼称もある。ま、いまはそれより。
ソングは魔力の検索範囲を伸ばし、帝国の隙を探っていた。拠点の砦は思いのほかすぐ判明できた。山岳森林の険阻な地形にある上、堅牢な要塞だ。玉座に座る豪奢な衣の三十半ばほどの男と、愛人と思える肌もあらわな年端のいかない可憐な細身の美少女が見えた。そのいたわしさにもう確認は止めた。
はっと帝国の致命部に気付く。敵国拠点への安全な航路さえ明確につかめれば良い。辺境を護る戦力など無視し、首都へ一直線、強襲する。オスゲルはただの一撃で陥落する! いかに強大な戦力を抱えようが、皇帝さえ斃せば薬籠中のものだ。
単に拠点中枢を破壊すれば良いのだ、なにも乗っ取って制圧する必要はない。そんなことをしたら味方だけでなく敵にも余計な犠牲に出費に時間がかさむだけだ。なまじ軍事体制下の帝国、軍上層部の指揮系統が麻痺すれば、腐敗した帝国のこと、権力者の派閥争いに平民の謀反で勝手に自滅するのは予想つく。
この作戦は、もともと王国相手に練られていた。しかし王国の基盤地歩は堅く破壊するには困難と見送られてきた。しかし帝国の土台は根本から末端まで腐り病んでいる。帝国の軍事的脅威も、その程度のものだ。しかし……無論『言うは易し』である。
キュート相手には千日手(ステイルメイト)になるところが、オスゲル相手には暗剣殺(サドンデス)となるかな……
ソングは総統に作戦会議を開き、将官士官に闊達なる意見の交換することを提案した。