日は昇り、晴天の春の空を明るく照らし出していた。ラドゥルは悪夢のようなハガリド王の一騎打ちから解放されて、つくづく安堵していた。しかし、ハガリド王にはペオの存在も知られてしまった。次に見合うときは、ペオも狙われるだろう。軽い自己嫌悪に見舞われる。こんな年端のいかない女の子に借りを作るとは。
しかもペオはおそらく生まれて初めてだろうに、敵竜騎兵を三騎も墜として……いくら最強とされるドラゴン、シザーズを駆ってのこととはいえ常軌を逸している。
ラドゥルとペオはここではたと困った。互いの隕鉄鉱が何故か反発し合っているのだ、上手く近寄れない。結局、ラドゥルは自分の方の石をハーケンに預け、地面に降りての再会となった。
この鉱石は宇宙船の欠片というが、宇宙戦争すらしていた過去の技術力……科学力、知識とはいかほどのものだろう。とにかくハーケンには一仕事してもらう。
ハーケンはこの朝にごく短時間で狩りを済ませ、獰猛な猪を仕留め捕らえていた。大人の猪で大きい。先日ティルスの仕留めた大ネズミに並び、大物を狩れる幸せな機会だな。
猪ならば野生の豚、悪くない素材だ。もっとも雑菌の多い肉だから、十分に火を通さなくては。短刀で毛皮を剥ぎ、肉を切り出す。焚き木となる枯木もハーケンに任せる。無論着火はその吐息だ。昔から、『焚き木も山の賑わい』というものだ……?
野外生活の長いラドゥルは、食べられる上、健康に薬効ある香り豊かな植物を知っていた。自然の野菜類を切り集める。
と、ペオが割って入った。「この栗……ドングリみたいだな、食べられるのか?」
「なにを当たり前のことを聞くんだい、ペオ。ドングリだけど。まあ街の人はあまり食べないか。農村じゃ当たり前だよ」
「俺は喰えないって習った気がするなあ……あれ、この巻貝タニシみたいだな」
「タニシだけど、それがどうかしたの? 良いダシが取れるよ」
ペオには初めての体験らしい。とにかく鍋に入れて煮込む。今回は塩もあるし、火酒も調味料となり食べ応えのある朝食となった。二人と二頭は、十分な食事を済ませた。
二頭の竜にとって、人間と同じ調理された食事を口にすることは、滅多にない経験だ。ハーケンもシザーズも旺盛な食欲を見せ、乗り手に改めて親愛の情を満足気に語っていた。
「こうしてみると、野宿も悪くないな」
満ち足りた様子で青空を仰ぐペオの言葉に、ラドゥルは疑問に思った。この少女、戦い慣れているのか? ましてや人を殺し慣れて……竜騎兵として人を先に三人殺したことを、自覚して? 思い返す。初めて目の前で人が殺された時の自分など、おぞましさに嘔吐していたものだ。それには触れずラドゥルは返事した。「僕なんて、街や村でずっと暮らすなんて考えられないよ」
「まさか街に暮らせないとはね……。聞いては悪いがおまえは一文不通なのか」
「読み書きできないかってことかい。簡単な文字なら読めるよ。でも書くなんて滅多にした試しはないなあ。初歩の算術すら手が届かない。足し引きはともかく乗除って難しいね」
「ならば間違っても金貸しなんかは利用しないことだな。なんにしても、良い方向になった、一陽来復だ。おまえは雲のようだな。雲煙過眼で世事にこだわらない。雲中白鶴」
「わからないけれど、褒めてくれているのかい」ラドゥルは我ながら間抜けな質問をしていることは感じたが、ペオは真面目な顔から破顔一笑した。「からかっているだけさ」
ラドゥルはペオの竜騎兵としての側面に、ある伝承を思い返していた。『虐げられる一人を護るためならば、全世界を敵に回す』、組織。神話の時代から続くそれは名を『籠の鳥』……この少女も、そうなのだろうか。伝説の……魔王率いる十二人の魔法使い。
魔王……『人の子として人の姿を持って生まれ、人にして人に在らざるもの。乱世に出現を待ち望まれる魔物たちの王』
余計なこと一切素知らぬ感じで、ペオは案じている。「ああ、ソングは無事かなあ。ティルスは単独でも強いだろうが」
(こちらシント共和国軍准尉ソーン・イング、私は無事です)
突然のソングの声に、ラドゥルとペオは驚いた。しかし、声の元が判然としない。
声は続いた。(私はシントに帰還しました。この声は……私の魔力により伝えられています。御好意感謝します)
「遠隔会話ができるのか、ソング殿。通信機も使わず」ラドゥルは問うた。
ソングの返答は意外だった。(私の魔力は、ラドゥル、貴方の魔力に強く依存します。貴方も魔人だったことは、失礼ですがもう私には露見してしまいました)
「シントでは魔人を排除する。貴官は僕の敵となるか」
(いいえ、私同様、貴方も例外です。自在な電磁波を発し、操れる唯一の人間とあれば。秘密を明かせば、私の能力の範囲は貴方の能力の範囲内なのです)
ラドゥルは当惑していた。自己の魔力は使い方によれば、まさに世界を征服できる。しかし、ラドゥルは権力争いなどとは無縁だった……というより軽蔑していた。否、それどころか憎んでいたのだ。この世に戦争、同胞同士の愚かしい殺し合いといったものが無くならない、ただその一点のために。
(吉報と凶報があります)ソングは告げた。(シント総統の策略で、オスゲルの竜騎兵はほとんどいなくなりました。迷信深い地方広がる帝国に対して劇的な策略でした。ですが、悪いことに。帝国はシントへの報復に、キュートに戦闘機を大量に譲りました。帝国と王国の不可侵条約と引き換えに。いまやキュートはシントを狙っているのです)
「僕には関係のない話だね」
(お願いですラドゥル、魔人ウェーブ・マスター。貴方の力ならシントを勝利に導ける)
「一殺多生ってやつだ」ペオが語りかけてきた。「ソングに協力したらどうだ?」
「断る」ラドゥルは断言した。「排他的な鎖国政策を取っているシントが勝ったとしても、焦土が残るだけだ。生じる難民も孤児も敗残兵も救えない。キュートは瓦解し、辺境同様無法地帯になるのが目に見えている」
(そうはならないかもしれません。いまキュートでは王子殿下が殺されたと、大騒ぎなのです。シントが殺したと。そんな事実はありません。侵略の大義名分を作るための、大嘘です。問題なのは、その王子とやらがあの騎士ティルスだという事実なのです)
「騎士どのが王子さま!? え、ティルスは殺されたのか」
(生きています。ティルスは王国騎士に戻りたくても戻れない事態に陥っています。自分の行方不明が、死として利用されたとあっては)ソングの声は弱くなっていた。(すみません、いささか消耗し過ぎました。ラドゥル、ペオシィン、どうかこの一大事に立ってください。それに……ラドゥル、あなたは貸しがあったはず)ソングの声は途絶えた。
ラドゥルは決意を思いあぐねていた。あの高潔な騎士が王となり得るならば……
しかもペオはおそらく生まれて初めてだろうに、敵竜騎兵を三騎も墜として……いくら最強とされるドラゴン、シザーズを駆ってのこととはいえ常軌を逸している。
ラドゥルとペオはここではたと困った。互いの隕鉄鉱が何故か反発し合っているのだ、上手く近寄れない。結局、ラドゥルは自分の方の石をハーケンに預け、地面に降りての再会となった。
この鉱石は宇宙船の欠片というが、宇宙戦争すらしていた過去の技術力……科学力、知識とはいかほどのものだろう。とにかくハーケンには一仕事してもらう。
ハーケンはこの朝にごく短時間で狩りを済ませ、獰猛な猪を仕留め捕らえていた。大人の猪で大きい。先日ティルスの仕留めた大ネズミに並び、大物を狩れる幸せな機会だな。
猪ならば野生の豚、悪くない素材だ。もっとも雑菌の多い肉だから、十分に火を通さなくては。短刀で毛皮を剥ぎ、肉を切り出す。焚き木となる枯木もハーケンに任せる。無論着火はその吐息だ。昔から、『焚き木も山の賑わい』というものだ……?
野外生活の長いラドゥルは、食べられる上、健康に薬効ある香り豊かな植物を知っていた。自然の野菜類を切り集める。
と、ペオが割って入った。「この栗……ドングリみたいだな、食べられるのか?」
「なにを当たり前のことを聞くんだい、ペオ。ドングリだけど。まあ街の人はあまり食べないか。農村じゃ当たり前だよ」
「俺は喰えないって習った気がするなあ……あれ、この巻貝タニシみたいだな」
「タニシだけど、それがどうかしたの? 良いダシが取れるよ」
ペオには初めての体験らしい。とにかく鍋に入れて煮込む。今回は塩もあるし、火酒も調味料となり食べ応えのある朝食となった。二人と二頭は、十分な食事を済ませた。
二頭の竜にとって、人間と同じ調理された食事を口にすることは、滅多にない経験だ。ハーケンもシザーズも旺盛な食欲を見せ、乗り手に改めて親愛の情を満足気に語っていた。
「こうしてみると、野宿も悪くないな」
満ち足りた様子で青空を仰ぐペオの言葉に、ラドゥルは疑問に思った。この少女、戦い慣れているのか? ましてや人を殺し慣れて……竜騎兵として人を先に三人殺したことを、自覚して? 思い返す。初めて目の前で人が殺された時の自分など、おぞましさに嘔吐していたものだ。それには触れずラドゥルは返事した。「僕なんて、街や村でずっと暮らすなんて考えられないよ」
「まさか街に暮らせないとはね……。聞いては悪いがおまえは一文不通なのか」
「読み書きできないかってことかい。簡単な文字なら読めるよ。でも書くなんて滅多にした試しはないなあ。初歩の算術すら手が届かない。足し引きはともかく乗除って難しいね」
「ならば間違っても金貸しなんかは利用しないことだな。なんにしても、良い方向になった、一陽来復だ。おまえは雲のようだな。雲煙過眼で世事にこだわらない。雲中白鶴」
「わからないけれど、褒めてくれているのかい」ラドゥルは我ながら間抜けな質問をしていることは感じたが、ペオは真面目な顔から破顔一笑した。「からかっているだけさ」
ラドゥルはペオの竜騎兵としての側面に、ある伝承を思い返していた。『虐げられる一人を護るためならば、全世界を敵に回す』、組織。神話の時代から続くそれは名を『籠の鳥』……この少女も、そうなのだろうか。伝説の……魔王率いる十二人の魔法使い。
魔王……『人の子として人の姿を持って生まれ、人にして人に在らざるもの。乱世に出現を待ち望まれる魔物たちの王』
余計なこと一切素知らぬ感じで、ペオは案じている。「ああ、ソングは無事かなあ。ティルスは単独でも強いだろうが」
(こちらシント共和国軍准尉ソーン・イング、私は無事です)
突然のソングの声に、ラドゥルとペオは驚いた。しかし、声の元が判然としない。
声は続いた。(私はシントに帰還しました。この声は……私の魔力により伝えられています。御好意感謝します)
「遠隔会話ができるのか、ソング殿。通信機も使わず」ラドゥルは問うた。
ソングの返答は意外だった。(私の魔力は、ラドゥル、貴方の魔力に強く依存します。貴方も魔人だったことは、失礼ですがもう私には露見してしまいました)
「シントでは魔人を排除する。貴官は僕の敵となるか」
(いいえ、私同様、貴方も例外です。自在な電磁波を発し、操れる唯一の人間とあれば。秘密を明かせば、私の能力の範囲は貴方の能力の範囲内なのです)
ラドゥルは当惑していた。自己の魔力は使い方によれば、まさに世界を征服できる。しかし、ラドゥルは権力争いなどとは無縁だった……というより軽蔑していた。否、それどころか憎んでいたのだ。この世に戦争、同胞同士の愚かしい殺し合いといったものが無くならない、ただその一点のために。
(吉報と凶報があります)ソングは告げた。(シント総統の策略で、オスゲルの竜騎兵はほとんどいなくなりました。迷信深い地方広がる帝国に対して劇的な策略でした。ですが、悪いことに。帝国はシントへの報復に、キュートに戦闘機を大量に譲りました。帝国と王国の不可侵条約と引き換えに。いまやキュートはシントを狙っているのです)
「僕には関係のない話だね」
(お願いですラドゥル、魔人ウェーブ・マスター。貴方の力ならシントを勝利に導ける)
「一殺多生ってやつだ」ペオが語りかけてきた。「ソングに協力したらどうだ?」
「断る」ラドゥルは断言した。「排他的な鎖国政策を取っているシントが勝ったとしても、焦土が残るだけだ。生じる難民も孤児も敗残兵も救えない。キュートは瓦解し、辺境同様無法地帯になるのが目に見えている」
(そうはならないかもしれません。いまキュートでは王子殿下が殺されたと、大騒ぎなのです。シントが殺したと。そんな事実はありません。侵略の大義名分を作るための、大嘘です。問題なのは、その王子とやらがあの騎士ティルスだという事実なのです)
「騎士どのが王子さま!? え、ティルスは殺されたのか」
(生きています。ティルスは王国騎士に戻りたくても戻れない事態に陥っています。自分の行方不明が、死として利用されたとあっては)ソングの声は弱くなっていた。(すみません、いささか消耗し過ぎました。ラドゥル、ペオシィン、どうかこの一大事に立ってください。それに……ラドゥル、あなたは貸しがあったはず)ソングの声は途絶えた。
ラドゥルは決意を思いあぐねていた。あの高潔な騎士が王となり得るならば……