王国からも共和国からも遠く離れた砂塵舞う荒野、雑草程度の緑すらまばらな辺境で。魔人の少年ラドゥルは同じく魔人の少女ペオを伴い(と、語れば「おまえがついてきたんだ」、とペオは怒るだろうが)謎の流星雨の跡、隕石の落下地点へ向かっていた。
隕鉄鉱とは高値がつくかな、とも思ったが、ラドゥルにはあまり物欲金銭欲が無かった。自分一人が生きていくだけのために、何故大多数の人間は財産と権力、社会的地位などといったものを求め狂おしく葛藤するのかが理解できない。
それは自分が魔人として、能力に恵まれ過ぎているかも知れないが。悪く言うと向上心も知的好奇心も薄い。ただ生きていくため……護身用に、拳銃の弾丸を仕入れたい。もうあと四発しか残っていないのだ。
銃の弾丸とは一発銀貨一枚程度する、高価なものだ。街民の二、三日分の食費になる。否、銃の値段はシントのような技術のある国ならともかく、こんな法の及ばない無秩序な辺境では人の命の値段より高いとすらされる。辺境は自由に自足生活できる。
隕鉄鉱が幾らするかは解らないが、売り払うとしたら王国だ。魔人はシント共和国へは入れないからな。弾丸は一ダースくらい欲しいところだ。もし余るなら、新しい衣類でも探すかだが。
余計な持ち物を増やしたくないから、ペオにプレゼントするのも良いかな……ふと、自分が少女の保護者している図に苦笑する。いや、違う。愚かで無学な自分なんかに、とうてい不釣り合いだ。さしずめ自分は従者だな。
と、キュート方面からではない南方から、戦闘機もかくやの速さで一騎の飛竜が二人に向かってきた。緊張が駆け抜ける。ん? 乗り手はいないな。ならばまず危険はない。ラドゥルは飛竜とは誇り高く、無益な、不名誉な戦いを避けるものと知っていた。
その飛竜はまっすぐに二人の至近に到着すると、穏やかな声でラドゥルに語り掛けた。「我が名はシザーズ。ラド・ウルよ。あなたに意思さえあれば、わたしはあなたに仕えます。信頼と代償に忠誠を」
「シザーズだって!?」ラドゥルは驚いた。「古代の伝説上、最強を謳われた飛竜じゃないか。繊細で打たれ弱いという唯一の弱点を除けば、速力は最高、機動性も秀逸と聞いた」
「ご存じとは光栄の至りです」
「が、あいにくと、僕はそんな過大な力はいらない」ラドゥルは軽く言いのけた。ペオを示す。「シザーズ、この子を主人として護ってやってくれないか?」
「この女の子を?」シザーズはいささか意外だった様子だ。しかし断言した。「年齢的に未熟過ぎますね。しかし、乗り手を守るのが飛竜の義務。あなたの命とあらば謹んで拝命致しましょう」
ペオは仰天している様子だ。当然だ、自分が竜騎兵になるなどと。普通の少女が叶うどころか予期もするはずもない。
ペオース・ウィン。確かに運命のサイの振り壺はこの魔名の少女を巻き込んで回っているらしいな。ラドゥルはペオに軽く言った。「じゃあここでお別れだね、ペオ」
「え、ラドゥル?」
「女の子と二人乗りなんてできないよ。きみに『体験』があれば、別だけど。違うだろう?」
「一緒にいたかった……いや、隕石を拾う話は?」
ラドゥルはペオにやはり『体験』は無いな、と内心苦笑した。「では、僕は近い方を貰う。きみはやや遠い方を取りに行けばいい」
「そうか……まあまた会えるよな。それから、隕石は落ちたばかりのころは、とんでもない高熱のはずだ。気をつけてな」
ペオの言葉に、ラドゥルは同意した。「そうだね。上空の気温は高いはずだよね、太陽に近いんだから……空の彼方、はるか上からの隕石ならなおさら」
「は? 上空、少なくとも大気圏の気温は低いのが常識だろ。宇宙空間はほぼ絶対零度。光に当たらなければ。まあ厳密にいえば変わってくるが……」
「ならどうして隕石が熱いんだい」
「空気との摩擦熱だ。隕石が大気圏に入ると……」
ラドゥルは、ペオを手で制した。「また専門の言葉だ。きみはほんとうに学があるね」
「常識だって言ったろ。下学して上達したのさ。知を致すは物に格るにあり。ではラドゥル、世話になった。竜騎兵ねえ、この俺が」ペオはためらわず軽やかに、騎竜鞍に上りまたがった。「では飛んでくれるのかい? シザーズとやら」
シザーズは了承し離陸した。猛烈な加速度でたちまちラドゥルの視界から消え失せる。
まったく大胆な子だな。シントにあるような旅客機かなにかで、空を飛んだ過去でもあるのだろうか。空を飛ぶとは、落ちれば即死なのに。恐怖心があって自然だが。ドラゴンそのものも恐ろしい怪物だし。ふむ……普通の人間は、空を飛ぶ、それも戦うのならば意識が逸らされ、頭は半分程度しか働かなくなるものだ。いや、意志の弱い人間なら完全に度を失し、白痴のような状態に追い込まれる。しかしこうしたプレッシャーを跳ねのけ、前線に赴いても冷静に自分の実力を完全に発揮できる『戦士』が稀にいる。騎士ティルスなどその典型だろうな。まさかペオも? あるいは自分は?
ラドゥルは深呼吸した。――では、ここで。ひとりうそぶく。「僕も相棒を呼ぶか。ハーケン、来い」
ラドゥルは極低短波の波動を発振した。空を見上げる……四半刻待つ後。
一騎の飛竜が舞い降りた。「お呼びですか、我が相棒。偉大なるウェーブ・マスターさま」
「死すら恐れて近寄らぬもの。地獄からさえ見放されたもの。そは死の魔物……」ラドゥルは乗り込み、ベルトで固定するや命じた。「ハーケン、飛翔!」
次いで初心に帰る。落ちれば死。力を行使するものの定めを。ラドゥルも空に舞い上がった。目標はまずは隕石、次いでペオの場所、つまりはティルスとソングのいるところだ。
争いや面倒事は嫌いなラドゥルだが、ここは新たな展開が世界に起こると思うと、わくわくしていた。とにかく、真っ先に隕鉄鉱の落ちた現場に向かう。紅い光を発する球体が見つかった。これは熱そうだな、と思い手を恐る恐る伸ばすが。全然、熱気が感じられなかった。指でつついても大丈夫だった。
ラドゥルは未知の金属を拾い上げた。ペオでも間違うのだな。相棒のハーケンに笑い掛ける。白兵戦飛竜ハーケン。敵竜との間合いを詰め、敵味方とも自爆しかねない炎の吐息(ドラゴンの火炎球状の吐息は、目標に当たると爆発する)を封じ鉤爪と牙で戦う、強靭な飛竜に。
「友人になった女の子が、高い空では気温が低いなんてガセネタ信じていたよ」
「え? 上空の気温は低いですよ。わたしは白兵戦専門なので、上空にはあまり上りませんが。試しに高く飛んでみますか?」
ラドゥルはどっと混乱した。「それは風の効果ではないか?」
「いいえ、太陽の光はまず地面を温め、地面の温度が空気を温めるのですよ。相棒、白兵戦だけでなく巴戦も学ばれますか?」
「ええと……ふむ、巴戦か。きみは苦手なのだろう?」
「はい。ですからその窮地に陥らぬよう知っていただきたいのです。物の理による力学の基本です。そもそも飛竜が炎を吐けるのは、胃袋から出る燃焼性のガスに高気圧を瞬間的に掛けて着火するのですよ、これは熱力学。ラドゥル、あなたは魔人として抜きん出ていますから、あえては申さなかったのですが」
どっと混乱に陥る。どこに真実があるやら。難しいことは苦手だった。ただ魔力と得物の逸品七連回転弾倉式拳銃と、なによりハーケンを頼みとしての旅を続けてきた自分には。関係ないさ、と割り切るラドゥルだった。ただそこに自分が在るから生きる。それが普通、当たり前のこと。人生に意味や価値を求めても、結局捕まえられないのも自然。それより隕鉄鉱だ……これはぼろもうけできるかな。
こうして対立する三つの国に三騎の竜騎兵と戦闘機を失った士官、撃墜王たちの舞台は出来上がった。彼らの、ましてや魔人でもない民衆の運命は神すらも見通せないものかもしれない。
隕鉄鉱とは高値がつくかな、とも思ったが、ラドゥルにはあまり物欲金銭欲が無かった。自分一人が生きていくだけのために、何故大多数の人間は財産と権力、社会的地位などといったものを求め狂おしく葛藤するのかが理解できない。
それは自分が魔人として、能力に恵まれ過ぎているかも知れないが。悪く言うと向上心も知的好奇心も薄い。ただ生きていくため……護身用に、拳銃の弾丸を仕入れたい。もうあと四発しか残っていないのだ。
銃の弾丸とは一発銀貨一枚程度する、高価なものだ。街民の二、三日分の食費になる。否、銃の値段はシントのような技術のある国ならともかく、こんな法の及ばない無秩序な辺境では人の命の値段より高いとすらされる。辺境は自由に自足生活できる。
隕鉄鉱が幾らするかは解らないが、売り払うとしたら王国だ。魔人はシント共和国へは入れないからな。弾丸は一ダースくらい欲しいところだ。もし余るなら、新しい衣類でも探すかだが。
余計な持ち物を増やしたくないから、ペオにプレゼントするのも良いかな……ふと、自分が少女の保護者している図に苦笑する。いや、違う。愚かで無学な自分なんかに、とうてい不釣り合いだ。さしずめ自分は従者だな。
と、キュート方面からではない南方から、戦闘機もかくやの速さで一騎の飛竜が二人に向かってきた。緊張が駆け抜ける。ん? 乗り手はいないな。ならばまず危険はない。ラドゥルは飛竜とは誇り高く、無益な、不名誉な戦いを避けるものと知っていた。
その飛竜はまっすぐに二人の至近に到着すると、穏やかな声でラドゥルに語り掛けた。「我が名はシザーズ。ラド・ウルよ。あなたに意思さえあれば、わたしはあなたに仕えます。信頼と代償に忠誠を」
「シザーズだって!?」ラドゥルは驚いた。「古代の伝説上、最強を謳われた飛竜じゃないか。繊細で打たれ弱いという唯一の弱点を除けば、速力は最高、機動性も秀逸と聞いた」
「ご存じとは光栄の至りです」
「が、あいにくと、僕はそんな過大な力はいらない」ラドゥルは軽く言いのけた。ペオを示す。「シザーズ、この子を主人として護ってやってくれないか?」
「この女の子を?」シザーズはいささか意外だった様子だ。しかし断言した。「年齢的に未熟過ぎますね。しかし、乗り手を守るのが飛竜の義務。あなたの命とあらば謹んで拝命致しましょう」
ペオは仰天している様子だ。当然だ、自分が竜騎兵になるなどと。普通の少女が叶うどころか予期もするはずもない。
ペオース・ウィン。確かに運命のサイの振り壺はこの魔名の少女を巻き込んで回っているらしいな。ラドゥルはペオに軽く言った。「じゃあここでお別れだね、ペオ」
「え、ラドゥル?」
「女の子と二人乗りなんてできないよ。きみに『体験』があれば、別だけど。違うだろう?」
「一緒にいたかった……いや、隕石を拾う話は?」
ラドゥルはペオにやはり『体験』は無いな、と内心苦笑した。「では、僕は近い方を貰う。きみはやや遠い方を取りに行けばいい」
「そうか……まあまた会えるよな。それから、隕石は落ちたばかりのころは、とんでもない高熱のはずだ。気をつけてな」
ペオの言葉に、ラドゥルは同意した。「そうだね。上空の気温は高いはずだよね、太陽に近いんだから……空の彼方、はるか上からの隕石ならなおさら」
「は? 上空、少なくとも大気圏の気温は低いのが常識だろ。宇宙空間はほぼ絶対零度。光に当たらなければ。まあ厳密にいえば変わってくるが……」
「ならどうして隕石が熱いんだい」
「空気との摩擦熱だ。隕石が大気圏に入ると……」
ラドゥルは、ペオを手で制した。「また専門の言葉だ。きみはほんとうに学があるね」
「常識だって言ったろ。下学して上達したのさ。知を致すは物に格るにあり。ではラドゥル、世話になった。竜騎兵ねえ、この俺が」ペオはためらわず軽やかに、騎竜鞍に上りまたがった。「では飛んでくれるのかい? シザーズとやら」
シザーズは了承し離陸した。猛烈な加速度でたちまちラドゥルの視界から消え失せる。
まったく大胆な子だな。シントにあるような旅客機かなにかで、空を飛んだ過去でもあるのだろうか。空を飛ぶとは、落ちれば即死なのに。恐怖心があって自然だが。ドラゴンそのものも恐ろしい怪物だし。ふむ……普通の人間は、空を飛ぶ、それも戦うのならば意識が逸らされ、頭は半分程度しか働かなくなるものだ。いや、意志の弱い人間なら完全に度を失し、白痴のような状態に追い込まれる。しかしこうしたプレッシャーを跳ねのけ、前線に赴いても冷静に自分の実力を完全に発揮できる『戦士』が稀にいる。騎士ティルスなどその典型だろうな。まさかペオも? あるいは自分は?
ラドゥルは深呼吸した。――では、ここで。ひとりうそぶく。「僕も相棒を呼ぶか。ハーケン、来い」
ラドゥルは極低短波の波動を発振した。空を見上げる……四半刻待つ後。
一騎の飛竜が舞い降りた。「お呼びですか、我が相棒。偉大なるウェーブ・マスターさま」
「死すら恐れて近寄らぬもの。地獄からさえ見放されたもの。そは死の魔物……」ラドゥルは乗り込み、ベルトで固定するや命じた。「ハーケン、飛翔!」
次いで初心に帰る。落ちれば死。力を行使するものの定めを。ラドゥルも空に舞い上がった。目標はまずは隕石、次いでペオの場所、つまりはティルスとソングのいるところだ。
争いや面倒事は嫌いなラドゥルだが、ここは新たな展開が世界に起こると思うと、わくわくしていた。とにかく、真っ先に隕鉄鉱の落ちた現場に向かう。紅い光を発する球体が見つかった。これは熱そうだな、と思い手を恐る恐る伸ばすが。全然、熱気が感じられなかった。指でつついても大丈夫だった。
ラドゥルは未知の金属を拾い上げた。ペオでも間違うのだな。相棒のハーケンに笑い掛ける。白兵戦飛竜ハーケン。敵竜との間合いを詰め、敵味方とも自爆しかねない炎の吐息(ドラゴンの火炎球状の吐息は、目標に当たると爆発する)を封じ鉤爪と牙で戦う、強靭な飛竜に。
「友人になった女の子が、高い空では気温が低いなんてガセネタ信じていたよ」
「え? 上空の気温は低いですよ。わたしは白兵戦専門なので、上空にはあまり上りませんが。試しに高く飛んでみますか?」
ラドゥルはどっと混乱した。「それは風の効果ではないか?」
「いいえ、太陽の光はまず地面を温め、地面の温度が空気を温めるのですよ。相棒、白兵戦だけでなく巴戦も学ばれますか?」
「ええと……ふむ、巴戦か。きみは苦手なのだろう?」
「はい。ですからその窮地に陥らぬよう知っていただきたいのです。物の理による力学の基本です。そもそも飛竜が炎を吐けるのは、胃袋から出る燃焼性のガスに高気圧を瞬間的に掛けて着火するのですよ、これは熱力学。ラドゥル、あなたは魔人として抜きん出ていますから、あえては申さなかったのですが」
どっと混乱に陥る。どこに真実があるやら。難しいことは苦手だった。ただ魔力と得物の逸品七連回転弾倉式拳銃と、なによりハーケンを頼みとしての旅を続けてきた自分には。関係ないさ、と割り切るラドゥルだった。ただそこに自分が在るから生きる。それが普通、当たり前のこと。人生に意味や価値を求めても、結局捕まえられないのも自然。それより隕鉄鉱だ……これはぼろもうけできるかな。
こうして対立する三つの国に三騎の竜騎兵と戦闘機を失った士官、撃墜王たちの舞台は出来上がった。彼らの、ましてや魔人でもない民衆の運命は神すらも見通せないものかもしれない。