「ハーケンは一騎当千? もしやあの騎士、ティルスより強いのか?」
「もちろん」断言するラドゥルだった。「だが僕も相棒も余計な戦いはしない主義でね」
「ラドゥル、おまえはただの少年ではないのだな」
「そちらこそ。僕らは魔人だからね。ところで日は沈むよ。食事にしないかい?」
「食事っていっても、どうせネズミの肉だろ。人間のまともな喰い物じゃないよ」
「ひどいな、そんな贅沢を言って。大ネズミはここいらでは極上の素材の一つだよ。だいいち、こんな野宿では普通、焼いたり煮焚きせず生で噛り付くものさ」
 ペオはその光景を想像し、ぞっとした。ラドゥルはきょとん、と言い放った。「なにを怯えているんだい? きみみたいな勇敢な子が」
「生き血に生肉食うのかよ! どこの蛮人だ」勇敢、との言葉にペオは声を荒げていた。
「辺境には、野獣だけではなく無頼で無法の流れ者も多い……僕のようにね。煙を熾すのは危険なんだ。それに、新鮮な生肉生魚はよけいな調理よりはるかに美味しいよ」
 それもそうだ。刺身や寿司、レア焼きのステーキは好きだったな……? いつの記憶だろう。自分はそんな恵まれた平和の中に生きていたのか? しかし、常になんらかの重圧に追い掛け回されて苦しんでいた気がする。そんな時は愛用のスティレットを振り回し……記憶が断片的に浮かぶ。しかし完全には分からない。
 ペオは諦めて、この少年の『好意』に与ることとした。恥ずかしくもお返しもできず甘えっぱなしではある。「わかった、取りあえず食事を頂くよ。悪いな、世話になって」
「火酒があるんだ。きみもどうだい?」
「俺は酒も煙草もしないよ。未成年だからな」
「みせいねんってなんだい」
「あ……わからない。唐突に知らない言葉が漏れるんだ。古語かな」
「古語ねえ。単に死語っていわないか? ちなみにシントでは酒は蔑視されている。人間の理性を歪め人格を破綻さしめると。下級労働者階級の飲み物だ。対するに煙草はキュートでは毒物とされている。肺どころか全身に悪影響を及ぼす。無法者の悪趣味な嗜好品だ」
「俺はソングを助けたいんだ。シントの戦闘機を追えば逢えるだろう? もはや無事助かったようなもの。ティルスは人質を取るような卑劣な真似はすまい。違うか」
「ティルスは魔人にして騎士、確かに強い。しかし生身で複数の機甲戦闘機を相手にできるわけはない。すると答えはひとつ」ラドゥルは手刀で自分の首を切る仕草をした。「彼のような騎士は捕虜にされるくらいなら、死を選ぶ。逃走も決してしないだろう」
 ならば、今度は騎士を助ける必要がある。ペオは考えこんでいた。はっと気づく。「ラドゥル、おまえの能力は電磁波……いや、波動を自由に操れるのだろう?」
「そうだけど、シントの戦闘機を誤爆させるのは避けたいよ」
「そこまでしなくていい。シントの戦闘機のレーダー……探知機に、多数のオスゲル戦闘機が迫っているかのような偽情報を流せないか」
「それはいい。僕なんて気付きもしなかった。きみは策略家だね」
「俺のいた国では、このくらいの計略子供でも当たり前だったような感じがする。ラドゥル、おまえに弱点は無いのか?」
「僕は戦闘機相手には無敵なんだろうな、戦闘機に限らず外部から波動で動かせる機器相手には。でも、その力にも限度がある。一度に千。正確には1024機器だ。なんでこんな半端な数なんだろう?」
「二進対数かよ! 2の10乗は実に区切りの良い数だ。その力、国ひとつ楽に潰せるぞ」
「なに数、だって? 国ひとつねえ。でも僕の力は生身の人間や、竜騎兵には無力だよ」
「俺はソングにはお礼をしたい。そのためにラドゥルには借りを作るが」
「僕のことは気にしないで。それより食事の手が止まっているよ」
 ほんとうに天然で自然体の優しい少年だな。ペオはいつのまにか、焼きざましのネズミ肉に齧りつくのに抵抗はなくなっていた。空腹は最高の調味料との言い回しに失笑する。食べながらラドゥルに訴える。「一瀉千里にはうまくいくまいが、一旦緩急の時だ」
「一、なん……だって?」
「一刻を争うと言っているんだ」
「初めからそういえば。それこそ時間の無駄だよ」ぼやくラドゥル。「僕の能力にも制限があってね、視界に入っている機器しか狙えない」
「有視界のみか。レーダーにどの道映らないステルス機を相手にするならば関係ないか」
「またわけのわからない専門用語使って。れーだー? それって波動のことかい? きみに学があるのはわかるけど」
「落ちこぼれさ。学校では劣等生だった」
「学校!? きみは学士なのかい」
「あ……思い出せない。俺は平凡な学校にいつも通っていたかのような記憶があるんだ」
「学校に入れるなんて、きみは金持ちの令嬢だったのかもね」
「平凡な生まれに思うがな」
「金持ちは当たり前にそう言うものさ。恵まれているのを自覚しないでね」
「ただ単に、ここは辺境だし国も衰退しているだけだろうよ。それを言うなら、ここは外国らしいのになんで日本語が通じるんだ?」
「にほんご? この国の言葉がかい」
「また口に出たな。思い出せないんだが……」
「この国は、世界の東の最果てにある島国だっていうよ。それより、今日の日ももう沈む。シントの戦闘機隊はひとまず引き返すだろう」
「たしかに、夜に低空を亜音速飛行するのは危険だからな」
「良く知っているね。対して、ドラゴンは夜目が効くんだ。夜間なら、竜騎兵が戦闘機を撃墜したことも多々あるらしいしね」
 その時だった。光の筋が幾条も、夕暮れの紅い空を流れた。ペオはその光景に魅入られた。光の雨だ。「流れ星か、まだ日は沈んでいないのに。あれ? ずいぶん大きい」
 大きく輝いた一個は、二人が数刻で歩いていけるくらいの距離に落ちたらしく、派手な、射るような閃光とつんざく恐ろしい爆音を発した。次いで地響きが足元をくすぐる。
 流星は後から後から流れ、止まらない。流星雨だ。直撃を喰らえば、即死だな。雷に打たれる確率とどちらが上かな。いや、統計的には雷だろうな。雨とはいっても局地的な隕石。数十万発は降ってはいるが、地上に達するまでに大半が燃え尽きてしまうだろう。
 ラドゥルは、思わしげに語った。「あの流星はただの隕石ではない可能性が高いな。隕鉄鉱か。すると、あれを求める輩が殺到するぞ」
「なんだ、隕鉄鉱って」
「伝説では、宇宙船の欠片とされている」
「宇宙船? デブリってやつかな」ペオはラドゥルの知識に驚いた。
「伝説では、光の文明の時代宇宙戦争があって、撃沈された宇宙戦艦の破片が降り注ぐとされる。占星術師によると、周期的にこの光の雨は降るんだ。僕も生まれて初めて見たけどね」言うや、ラドゥルは歩き出した。先ほど落ちた隕石の方に向かって。
「ラドゥル、どうするんだ?」
「拾いに行くんだよ。きっと街では高値で売れるからね。ペオ、ついてくるだろう?」
「わかった。金が入るのなら、もっとマシな喰い物にあり付けるだろうし。が、先の話に戻るぞ。ソングとティルスを助けなくては」言いつつこの気配りに深く感謝していた。