ソングに任されたのは、四個小隊十六機の戦闘機だった。ソングはまた驚かされた。音より速く飛ぶことだって可能な単座重戦闘機が配備されている。コストは一般的な小型軽量戦闘機の五倍はする。性能としても高性能の電子戦機器に、ファイア・アンド・フォアゲット式(完全自動追尾)大型長距離ミサイルを装備している。
 こうした重戦闘機はいずれ敵となるかもしれない、キュート王国の竜騎兵を相手にするには失速速度が高すぎ、旋回半径も大きいことから向かない。対戦闘機・対攻撃機用の戦闘機なのだ。もっとも偵察任務や地上施設・海上艦艇攻撃には活躍するだろう。しかし電波照射にせよ熱源追尾にせよ、ミサイルは竜騎兵を落すには不向きなのだ。
 それに、百余名もの中隊の部下たち。士官学校上がりの将校パイロットはいなかった。パイロットに整備員、管制要員等。全員、下士官。士官はソング一人だし、兵士もいない。飛行隊小隊長は先任曹長が任じられていた。他のパイロットは軍曹に伍長。
 いずれもソングよりはるかに年上。二等空士からの叩き上げの熟練搭乗員だ。空戦技量にしたって、恥ずかしながらソングよりはるかに練達している。実戦を潜り抜けてきた猛者たちだ。対するにソングは新米士官。教習での出撃をこなしたことは数回あるものの、空戦となったことは一度もなかった。武勲実績にしたって部下の方が無論上だ。
 中隊の結成式を、シント空軍基地滑走路上で簡単に執り行う。部下たちは一直線に並んで直立し、十歳以上も年下のソングに最敬礼していた。自分に忠誠や敬意を払っているわけではないことを、ソングは知っていた。すべては総統の命令だ。
 ソングは短い訓示を述べるや、すぐに式を終え解散させた。訓示……『機械は作り直せば補充できますが、人間はそうではない。各個の判断で、機体を捨てて構わない。なんとしても生き残ること』
 これは部下たちにとっては、好感を得られた様子だった。ソングに実績がないことを、部下たちは問題としなかった。実績を積むには任務をこなす以外にはない、その当たり前の事実からだ。てっきり軽視されるものと思っていたから、有難かった。前線で新米士官が相談すべきは、部下、叩き上げの先任軍曹なのだから。
 ソングは次いで、中隊全機で直ちに捜索任務に出撃した。十六機の戦闘機を、すべて一機ずつ散らしてだ。敵と遭遇したら、劣勢ならば逃げるよう厳命して。
 こうしてソングは単機、空にあった。高速で辺境上空を飛び、熱源探査機を確かめる。ところどころにしか草地の無い、荒れたこの地にはさして獣もいない。春の陽気に熱源がマスクされてしまう地表は、至近距離で探査するしかない。
 捜索を続けたが、やはり獣としか判別できない反応がぽつりぽつりとあるだけだった。しかし、より広範囲を監視する電磁気探査機には、一騎の竜騎兵反応があった。キュートの手先か?! 竜騎兵は近寄ってくるが、相手にする理由はない。どのみち飛竜などでは、巡航速度ならともかく、最大戦速時の戦闘機に追い付けないのだ。対して、ミサイルも飛竜相手にはロックできない。
 ?! 突然、自機の一基のミサイルが電波照射を開始した。勝手に発射しようとしている。電子機器に異常か? 手を打つ間もなく、ミサイルは推進を開始した。もっとも、機体から切り離されてはいない。ソングの機体はぐらり、と傾いた。
 切り離さなくては! 発射四秒後、この長距離ミサイルは起爆システムが作動するのだ。暴発してしまう! しかし。
 発射しない、切り離せない、間に合わない! ソングはとっさにイジェクトキーを入れた。風防が吹き飛び脱出装置が作動し、圧縮ガス噴射で座席ごと空に投げ出される。一瞬後、轟音とともに機体は爆発していた。爆風で舞い上げられる。
 自爆とは。なんという醜態か! この戦闘機一機のコストだけで、シント国民全財産の四半日分にはなる。空中で悪態を吐く。が、次の瞬間もっと恐ろしいことがわかった。パラシュートが開かない!
 墜ちる! 地面に叩きつけられる。何故、どうしてこんな不備が続いたんだ? ありえない! 脳裏にどっと妄想が浮かぶ。事故か作為か、私は陥れられたのか? 地位を妬む部下の仕業か。それとも総統閣下はすべてを知って?
 ソングが死を意識した瞬間だった。黒い影が頭上から射した。落下の風圧から、ぐっと身体を持ち上げられる。はっとして上を確かめる。……最悪の事態だった。ソングは飛竜の爪に捕まえられていた。キュートの竜騎兵に助けられた……いや、捕虜になったのだ。竜はゆっくりと地上へ螺旋を描いて降下する。むき出しの乾いた地面に、ソングは優しく降ろされた。竜騎兵は隣りへ着地した。
 飛竜の上にある、竜の主を見てソングは血の気が引いた。天を衝くような巨漢。例え竜なくとも、武器無しではソングに敵うわけはない。せめて拳銃があれば! しかしいまはナイフすらない。爪と歯で戦うような、粗野な女ではソングはなかった。
 訓練では素手の格闘技やナイフ戦闘も行っていたが、士官どころか一兵士としてすら落第の成績しか収められなかった。学科では断トツ首位だったソングの士官学校時の汚点だ。
 黒い制服を纏う王国竜騎兵は、戸惑った口調で誰何した。「怪我はないようだな。我はキュート王国騎士、竜騎兵ティール・イス。では貴官の名前と所属を聞かせてもらう」
 敵とはいえ命の恩人に、非礼あるわけにはいかない。ソングは答えた。声が震えた。「シント共和国防衛軍空戦隊機甲戦闘機中隊長、ソーン・イング、ソング准尉だ」
 ソングの答えに、はっと竜騎兵は顔を強張らせた。彼は問う。「ソーン・イング? ルーン文字ではないか! 魔人か……まさかシントに。よもや王国からの裏切り者か?」
「私は初めからシントの市民だ」
「……なるほど。たしかに、そうらしいな。とりあえず貴官には眠って頂こう。シントに育ったのでは魔力も操れまい? 違うなら貴官は嘘を吐いている」
 巨漢の竜騎兵は彫りの深い精悍な顔に微笑を浮かべ、優しい瞳でソングの眼を覗き込んだ。何故かたちまち、吸い込まれるような睡魔が襲ってきた。魔法か! こんな男に……キュートの蛮人に、意識のないまま凌辱される! その恐怖にソングはおののいていた。