時を同じくして、まったく別の場所で三人……いずれ大きく歴史を動かすことになる三人が、まったく同じ質問を受けていた。『銃で敵を狙撃するとき、どこを狙えばよいか』。
凛々しい巨漢で筋骨隆々とした、黄金髪の天性の戦士は騎士の叙勲を受けるとき答えた。『手です。武器を扱えなくなるし、ほんの軽傷であれ苦痛は大きい。戦意を損ないます』碧い眼が澄んでいた。彼の名はティルス。
際立って端整な面持ちの小柄ですらりとした黒い長髪の女性は、准尉の任官試験に答えた。『足です。兵士は弾を受けないよう低い姿勢で進撃しますから、低いとこへ弾を送るのは自然です』翠の眼が輝いた。彼女の名はソング。
眠たそうな柔和な目をした、背ばかりひょろひょろしたぼさぼさの茶髪の少年は、自らの意思無くして徴兵されるとき即答した。『頭です。苦しみを与えず一瞬に殺します』漆黒の瞳が笑っていた。彼の名はラドゥル。
最善は心臓の胸、次善は腹部を期待していた試験官にとって、この発言は論外だったが。後にそれが撃墜王とされる三人の答えとしては、事情は違ってくる。
それはむかし、西暦2112年。全世界で連鎖的に起こった核融合炉事故の大爆発で、当時の『光の文明』は半壊した。かつて、世界の極東に位置し『太陽の麓』と呼ばれていた皇国列島も寸断され、人は人類救済を謳い野心のため支配の座を掛けて争っていた。
それから時は流れ。暗黒の中世並に衰退した文明、跋扈する魑魅魍魎、遺伝子操作で誕生した魔物たち。妖精、悪鬼、飛竜の群れ。人類に生き延びる道はあるのか?!
ここに三人の撃墜王が現れ、時代の流れは急転する。
一人は、魔法操るキュート王国騎士ティール・イス(ティルス)強大な力を持ち、堂々たる正面決戦を当然とする男。いずれ竜騎兵師団を従える、獅子のごとき金髪の猛者。
もう一人は科学技術を守護するシント共和国女性士官ソーン・イング(ソング)知略に長け機動戦術で敵を翻弄する。機甲戦闘機隊を統率することになる、艶やかな黒髪の才媛。
この二人は理想違えずとも激突する運命にある。
最後の一人、くすんだ茶髪の少年ラド・ウル(ラドゥル)といえば。無類な実力を秘めながら、戦乱には背を向け、単騎気ままな漂流を続けていた。
この地に新王国建国の戦いが、始まろうとしていた。これは、戦い得ない相手とは戦わない、名誉に生きた誇り高き大空の騎士たちの物語である。
戦乱は続いていた。各地で無法者の群れが盗賊団を結成し、自称豪族の主となっていた。徒党を組み武力で無力な農民を抑えつけ、搾取し権力者としてのさばる乱世の刻。
大まかに、二大勢力が生まれていた。武力抗争に打ち勝ちのし上がってできた、キュート王国。対して、過去の文明を護り徹底した排他主義で独立を維持できたシント共和国。人口比では十五対一だが、戦力比となると拮抗していた。いずれ対立するのは明白だった。
両国の主張は一つ。混沌の乱世を正し、この地に平和を!
しかし理想違わずとも、両国は相容れない関係にあった。キュートは各地の豪族を制圧し併吞してできた新興の王国、対するにシントは文明半壊以来からずっとかたくなに統一政府を保ってきた。なによりキュートは、文明を滅ぼした科学といったものを異端として迫害する。逆にシントでは、科学技術を守護し魔物を忌み嫌う。対してキュートは飛竜を初めとする魔物を味方につけていた。
その他の中立・独立勢力も無視できなかった。王国にも共和国にもまだ十倍はするのだ。大半は、暴力的な醜悪な領主が統治し、力のない民は怯えて暮らしていた。
キュート国王ハガル・ニイド(ハガリド)は異端な人物であった。身長は平均男性より頭一つ半大きく、引き締まった肉体は贅肉のかけらもなかった。老獪で抜け目なく、体力・知力・精神力とも超人的であった。なにより、百歳を超える年齢というのに心身とも覇気衰えず、その威風堂々たる眼光鋭き老体は見る者を圧倒させる風格があった。
シント共和国総統もまた、見る者をある意味平伏させる容姿をしていた。先天的に、総統は両眼がなかった。加えて、性が欠落していた。男でもなく、女でもない。名前すら与えられなかった。
『第一市民』、それが総統の仮の名だった。機械化された執務室の端末に繋がり、電脳面でシントを統率していた。いや、総統の方が電脳なのかもしれなかった。『それ』の能力は情報化世界と一体化していた。総統の地位について三年になるが、まだ十二歳であった。
総統は、一風変わった任官試験の情報、試験官すら知らない模範解答を閲覧するや、速やかに辞令を下した。ソングに新たに生まれた『魔人』を狩れと。
奇しくも同じ刻、ハガリド王は新任の最精鋭たる誉れ高きティルスに勅命を下していた。シントに対抗し、一人でも多く『魔人』を集めよと。
そのときラドゥルは、徴兵試験から脱走し一路辺境へ逃避行に赴いていた。一瞬の内に拳銃で試験官ら四人の頭を撃ち抜いて。
しかし物語の主人公は、そんな色気のある少女ではなかった。人並み以下の背に体格、十人並みの風貌。色を持つには彼女は早過ぎた。なにより、普通なら思春期の十三歳というのに男にはまるで無関心だった。相手にされないことも知っていた。家、財産。持つものもなにもなかった。着の身ひとつに小指先ほどしかない短剣がすべて。彼女の名は……
「あれ?」少女はふと疑問に駆られた。「俺、名前なんて言ったっけ」
少女は自分が馬鹿であることは自覚していたが、自分の名も忘れるほどであることは知らなかった。それに、ここはどこだ?
一面どの方角からも光の差し込まない暗闇の中、目の前の視線の高さに一つの拳大の眩い光の球が浮かんでいた。それは若い女の声で優しげに問い掛ける。
(あなたには夢や理想がありますか?)
そうか、俺は夢を見ているんだな。少女は投げやりにぼやいた。
「現実にあれば世界は違うよ」
(あなたは正義を貫くために戦えますか?)
「まさか。世の中に絶対的な正義などないのに」
(あなたは愛するものを守ることができますか?)
「俺には愛する人などいない。これからもいないだろうよ」
(あなたは神を信じますか?)
「あいにくと俺は無神論者だ。信仰を強要するような、狭量で傲慢なヤツは嫌いだね」
(あなたは運命を受け入れますか?)
「馬鹿馬鹿しい。定められた運命なんか従ってたまるか」
(かなり特異だけど、立派な自我をお持ちだわ。あなたには特別に魔名が授けられます。あなたこそは運命のサイを揺らす振り壺ペオース。勝利の栄光に疾駆すべきウィン。ペオース・ウィン、ペオシィンがあなたの名前です)
「俺の名? そうだっけ」
(さあ、お行きなさい。あなたの存在は、未来を動かすわ)
ペオ、か。俺。なんのことか分からないが、視野は崩れ去った。
唐突に風景が変わる。夕刻の草地まばらな、人気のないなだらかな平原に、『ペオシィン』は立っていた。建物もなにも見当たらない。道さえも。こんな誰もいないような僻地に。俺はさっきまで都会の真ん中に……都会? 思い出せない。なにより。
なんで立ったまま夢を見ていたのか……それにここは? 身に付けているのはベストにスラックスの普段着……普段着じゃない服? それはなんだっけ。
凛々しい巨漢で筋骨隆々とした、黄金髪の天性の戦士は騎士の叙勲を受けるとき答えた。『手です。武器を扱えなくなるし、ほんの軽傷であれ苦痛は大きい。戦意を損ないます』碧い眼が澄んでいた。彼の名はティルス。
際立って端整な面持ちの小柄ですらりとした黒い長髪の女性は、准尉の任官試験に答えた。『足です。兵士は弾を受けないよう低い姿勢で進撃しますから、低いとこへ弾を送るのは自然です』翠の眼が輝いた。彼女の名はソング。
眠たそうな柔和な目をした、背ばかりひょろひょろしたぼさぼさの茶髪の少年は、自らの意思無くして徴兵されるとき即答した。『頭です。苦しみを与えず一瞬に殺します』漆黒の瞳が笑っていた。彼の名はラドゥル。
最善は心臓の胸、次善は腹部を期待していた試験官にとって、この発言は論外だったが。後にそれが撃墜王とされる三人の答えとしては、事情は違ってくる。
それはむかし、西暦2112年。全世界で連鎖的に起こった核融合炉事故の大爆発で、当時の『光の文明』は半壊した。かつて、世界の極東に位置し『太陽の麓』と呼ばれていた皇国列島も寸断され、人は人類救済を謳い野心のため支配の座を掛けて争っていた。
それから時は流れ。暗黒の中世並に衰退した文明、跋扈する魑魅魍魎、遺伝子操作で誕生した魔物たち。妖精、悪鬼、飛竜の群れ。人類に生き延びる道はあるのか?!
ここに三人の撃墜王が現れ、時代の流れは急転する。
一人は、魔法操るキュート王国騎士ティール・イス(ティルス)強大な力を持ち、堂々たる正面決戦を当然とする男。いずれ竜騎兵師団を従える、獅子のごとき金髪の猛者。
もう一人は科学技術を守護するシント共和国女性士官ソーン・イング(ソング)知略に長け機動戦術で敵を翻弄する。機甲戦闘機隊を統率することになる、艶やかな黒髪の才媛。
この二人は理想違えずとも激突する運命にある。
最後の一人、くすんだ茶髪の少年ラド・ウル(ラドゥル)といえば。無類な実力を秘めながら、戦乱には背を向け、単騎気ままな漂流を続けていた。
この地に新王国建国の戦いが、始まろうとしていた。これは、戦い得ない相手とは戦わない、名誉に生きた誇り高き大空の騎士たちの物語である。
戦乱は続いていた。各地で無法者の群れが盗賊団を結成し、自称豪族の主となっていた。徒党を組み武力で無力な農民を抑えつけ、搾取し権力者としてのさばる乱世の刻。
大まかに、二大勢力が生まれていた。武力抗争に打ち勝ちのし上がってできた、キュート王国。対して、過去の文明を護り徹底した排他主義で独立を維持できたシント共和国。人口比では十五対一だが、戦力比となると拮抗していた。いずれ対立するのは明白だった。
両国の主張は一つ。混沌の乱世を正し、この地に平和を!
しかし理想違わずとも、両国は相容れない関係にあった。キュートは各地の豪族を制圧し併吞してできた新興の王国、対するにシントは文明半壊以来からずっとかたくなに統一政府を保ってきた。なによりキュートは、文明を滅ぼした科学といったものを異端として迫害する。逆にシントでは、科学技術を守護し魔物を忌み嫌う。対してキュートは飛竜を初めとする魔物を味方につけていた。
その他の中立・独立勢力も無視できなかった。王国にも共和国にもまだ十倍はするのだ。大半は、暴力的な醜悪な領主が統治し、力のない民は怯えて暮らしていた。
キュート国王ハガル・ニイド(ハガリド)は異端な人物であった。身長は平均男性より頭一つ半大きく、引き締まった肉体は贅肉のかけらもなかった。老獪で抜け目なく、体力・知力・精神力とも超人的であった。なにより、百歳を超える年齢というのに心身とも覇気衰えず、その威風堂々たる眼光鋭き老体は見る者を圧倒させる風格があった。
シント共和国総統もまた、見る者をある意味平伏させる容姿をしていた。先天的に、総統は両眼がなかった。加えて、性が欠落していた。男でもなく、女でもない。名前すら与えられなかった。
『第一市民』、それが総統の仮の名だった。機械化された執務室の端末に繋がり、電脳面でシントを統率していた。いや、総統の方が電脳なのかもしれなかった。『それ』の能力は情報化世界と一体化していた。総統の地位について三年になるが、まだ十二歳であった。
総統は、一風変わった任官試験の情報、試験官すら知らない模範解答を閲覧するや、速やかに辞令を下した。ソングに新たに生まれた『魔人』を狩れと。
奇しくも同じ刻、ハガリド王は新任の最精鋭たる誉れ高きティルスに勅命を下していた。シントに対抗し、一人でも多く『魔人』を集めよと。
そのときラドゥルは、徴兵試験から脱走し一路辺境へ逃避行に赴いていた。一瞬の内に拳銃で試験官ら四人の頭を撃ち抜いて。
しかし物語の主人公は、そんな色気のある少女ではなかった。人並み以下の背に体格、十人並みの風貌。色を持つには彼女は早過ぎた。なにより、普通なら思春期の十三歳というのに男にはまるで無関心だった。相手にされないことも知っていた。家、財産。持つものもなにもなかった。着の身ひとつに小指先ほどしかない短剣がすべて。彼女の名は……
「あれ?」少女はふと疑問に駆られた。「俺、名前なんて言ったっけ」
少女は自分が馬鹿であることは自覚していたが、自分の名も忘れるほどであることは知らなかった。それに、ここはどこだ?
一面どの方角からも光の差し込まない暗闇の中、目の前の視線の高さに一つの拳大の眩い光の球が浮かんでいた。それは若い女の声で優しげに問い掛ける。
(あなたには夢や理想がありますか?)
そうか、俺は夢を見ているんだな。少女は投げやりにぼやいた。
「現実にあれば世界は違うよ」
(あなたは正義を貫くために戦えますか?)
「まさか。世の中に絶対的な正義などないのに」
(あなたは愛するものを守ることができますか?)
「俺には愛する人などいない。これからもいないだろうよ」
(あなたは神を信じますか?)
「あいにくと俺は無神論者だ。信仰を強要するような、狭量で傲慢なヤツは嫌いだね」
(あなたは運命を受け入れますか?)
「馬鹿馬鹿しい。定められた運命なんか従ってたまるか」
(かなり特異だけど、立派な自我をお持ちだわ。あなたには特別に魔名が授けられます。あなたこそは運命のサイを揺らす振り壺ペオース。勝利の栄光に疾駆すべきウィン。ペオース・ウィン、ペオシィンがあなたの名前です)
「俺の名? そうだっけ」
(さあ、お行きなさい。あなたの存在は、未来を動かすわ)
ペオ、か。俺。なんのことか分からないが、視野は崩れ去った。
唐突に風景が変わる。夕刻の草地まばらな、人気のないなだらかな平原に、『ペオシィン』は立っていた。建物もなにも見当たらない。道さえも。こんな誰もいないような僻地に。俺はさっきまで都会の真ん中に……都会? 思い出せない。なにより。
なんで立ったまま夢を見ていたのか……それにここは? 身に付けているのはベストにスラックスの普段着……普段着じゃない服? それはなんだっけ。