一見平凡な大学生、美嶋泰雄は実家から離れた、安アパートの一室で一人ベッドに寝転びながら、携帯小説を読んでいた。ドアに何度も響くノックの音を無視しながら。外から悲痛な大声がする。

「泰雄ちゃん、いるんでしょう? お金貸してよう! あるんでしょ、何千万円も。二千万で良いから貸してよう! いや、一千万円でも良いから~っ!」

 声の主は次元万作、通称時雨。泰雄の高校時代の先輩だ。狭くペラペラな声響くアパートでこんな話題されたら、無論泰雄は大迷惑である。

 と、ここで携帯の画面に割り込みメールが入った。確認する……!? 泰雄は全身の血が引くのを感じていた。泰雄は数瞬考えたが、決断を下した。アパートを出る準備をする。

 冬の近い晩秋、セーターの上に耐水コート。コートの右ポケットの中にはアクセサリー『魔法のアンク』がある。黄金色をしていて手の平サイズだが、真鍮製の御守りにして護身武器、ブラスナックルなのである。

 ブーツを履き、ドアを開ける。自分の銀行預金通帳は、管理費用が若干出るものの、信用金庫に保管してあるし、実印はダミーの三文判と区別できないようしまってある。財布の中のカードだけ守ればいい。

 泰雄は外へ出た。たちまち時雨が縋ってくる。「泰雄ちゃん、お金貸してくれる? デフレ景気だから無利子にしてくれないかなあ」

「それより先輩。借金の具合は?」

 時雨は語った。「街金の口座を移したよ。年利20%より、月利5%はお得だからね。良くトイチの利子ってあるから31対1.05とは遙かに良心利率だよね」

 泰雄は怒鳴っていた。「アホか、先輩。1.05を一年間分、つまり12乗してみろ! 月利5%は年利換算だと80%近くの暴利だぞ! すぐに契約解除してまともな年利10%以下の銀行に移行しろ。先輩は大企業勤務ですでに主任の末端管理職、銀行は信用して応じてくれるはずだ」

「じゃあ電話貸して……、……、……、あれ? 街金、何回電話しても出ないよ。番号は間違いないのに」

「やはりな、出向くぞ、その街金へ! まあどんな相手かは想像がつくからな」

 二人はアパートから、泰雄の二人乗りの軽自動車で駅付近の街へ向かった。

「閉まっているな、こんな平日の昼間なのに! これはあからさまな悪徳闇金だ。利息が元金の何倍にも膨れ上がってから、法外な金を要求してくるな」

「ええっ! 僕ちゃんどうしよう……」

「時雨先輩は、警備員幹部候補、それも暴力団対策班ではなかったか?」

「そうだけど……」

「よし、相手は明らかに暴力団だ。義理も筋も通さねえ、ヤクザの名前も語れない人間のカスどもだ。この機に一掃しようぜ! それなら借金返さずに済むし、先輩の実績にもなるはず」

「おお、素晴らしい英断だ! 泰雄ちゃんも漢だねえ。協力してくれてありがとう」

 泰雄はさきほどメールに来た『事実』を黙秘していた。密造酒製造・売買の罪で書類送検、刑事事件、簡易裁判で想定有罪、懲役二年、執行猶予無し見込み。

 ないし示談なら追徴金約四億円。泰雄はもちろん、青春時代の貴重な二年間を牢獄で暮らす気はなかった。

 酒で儲けたのは五千万円強、過去の戦果の預金は二億円弱。残りの一億五千万をなんとか稼がなくてはな。

 と、言うわけで泰雄は断言した。「事は重大だ。まず戦力を結集する。ジェイルバード隊員を集めようぜ。真琴先輩、小百合先輩、千秋と雫華女史」

 スマホで連絡するや、すぐに新都心街中の路上で、千秋と雫華が合流した。この二人はもとから時雨を探していたらしい。

 千秋は、封筒を開け、真新しい折れ目の無いピン札の束を時雨に手渡す。「はい、時雨ちゃん」

 時雨はきょとんと問う。「え、このお金貰っていいの? なんのお金?」

「ミノタウロスを倒してくれた謝礼よ、褒賞金百万円貰えたの、公安当局と大学から時雨ちゃん宛てに」

 泰雄は時雨の借金からすれば、百万なんて可愛いな、とつくづく思った。比率からすれば、一万円集めようとしている子供が、十円貰うようなものだからな。絶対的な数字としては、百万は大金だが……

 時雨は疑問気だ。「え、ミノタウロス? 牛頭人間のミノス王のあれ? 僕そんなモンスター倒して無いよ?」

 普段冷静な雫華が驚いた声を上げた。「するとあのハアゲンティとかいう悪魔が倒した? だからあのとき、あの悪魔あんなにふらふらだったのか……」

 泰雄はやれやれと言った。「とことん好い悪魔だったな……悪い事をした。元はと言えば時雨が……いや、悪魔の逃亡を見逃してしまった俺の責任だ」

 バラバラバラバラ……   空にモーター音がする。ここで、真琴と小百合が到着した。真琴の操縦する二人乗り小型オートジャイロで。

 真琴は切り出した。「で、どう攻めるつもりだ?」

 しかし小百合は気に掛けていない。甘ったるい声を上げる。「泰雄ちゃん、ワインで儲けたのでしょう~わたくしに貢ぎなさい~ わたくしに貢ぎなさい~」

 泰雄はぐったりしていた。入学コンパ時の大騒動で、泰雄たち六人は世界すべての利権を握ったのに、あっさりとほぼ全部……99.99%以上の資金を慈善活動に寄付してしまったのが、この小百合と雫華なのだ。

 泰雄は小百合を無視して、真琴に尋ねた。「先輩は天才ハッカーと聞きく。闇金事務所の端末をクラックして、御破算にできないか?」

 真琴はくくっと笑った。「クラックできるものなら、とっくにしているさ。あの悪徳業者の端末はおそらく、ネット環境にない。いまどきスタンド・アローンだ。いや、下手をすると帳簿付けかも」

 時雨は答えた。「紙の手書き帳簿は無いと思うよ、ちゃんとプリントアウトされた書類来るもの」

 雫華は決然と言った。「ならば直に乗り込むか!」

「賛成!」即答する時雨だった。

 真琴は意見した。「万全な対処を持って、完全遂行としよう。完全犯罪ではなく、任務遂行だ。まず俺が、監視カメラ盗聴マイクその他をシャットする……いや、逆用して内部事情を探る。次いでPC端末を操作してセキュリティーを破り、悪事の証拠を押さえる」

「悪事って?」

「調べたのだが、あの闇金は金利計算ができない顧客を騙し、ただでさえ高い金利に加え実際の返済額以上の金を巻き上げている。つまり、月利5%のところを毎月15%ずつ返しても、借金は減っているはずなのに返済金は変わらず、十カ月間毎月同額ぼったくる」

 泰雄はいらついていた。自分だって追徴金支払うには、金融機関を利用するしかないのだから。しかし単なる後ろ盾ない大学生相手に、一億五千万円のローンを組んでくれるまともな銀行は無い。

 だから決意を固めた。ここは手段を選ばないどころか、選ぶしかないな。つまり唯一の十八番の悪魔召喚を! 後は野となれ山となれだ!

「千秋!」泰雄は声を上げた。「総力戦で行くぜ、サポート頼むよ魔法少女!」

「了解、悪魔使い。派手に暴れましょう。愛しい時雨ちゃんのためだもの。私頑張る」

「おいたはいけませんよ~わたくし今回はプリキュアで決めようかしら」穏やかにのんびりと言う小百合レイヤーミスキャンパス。

 雫華はふっとつぶやいた。「ほう、下らないどころか存分に楽しませてもらえるようだが、暴走しそうだな。では今回私は抑え役か」

 真琴は問う。「泰雄、情報収集や情報操作に相応しいような悪魔いないか?」

 泰雄は数瞬考えてから答えた。「ん……グラーシャ・ラボラス伯爵が適任かな。術者の姿を透明にし、敵と和解し、数学等技術知識に通じているから。ちなみにその悪魔は流血を生む。ガチに心強い味方だ」

 雫華が聞いてきた。「泰雄くん。今回は悪魔暴走の危険はないだろうな?」

「万全の態勢で臨む。そいつはグリフォンの翼をした犬の姿で現れる。後はアスタロス公爵。秘密を探し出すことができる。フェネクス侯爵も科学知識……」泰雄はここではっと気付いた。

 ベリス公爵がいた! あらゆる金属を黄金に変える。こいつを召喚すれば……世界の利権は思いのままだ! 権力、財産、女……なんでも手に入る! 

 泰雄は再び世界征服の野望に燃え、以前仕上げた魔法陣の描かれたシートを地面に広げるや、所定位置について白昼の公共堂々、悪魔召喚の儀式を開始した……

 ……、呪文の詠唱が終わるや、真紅の装束の赤い軍馬に乗った恐怖の公爵が現れた。泰雄は命じた。「直ちにあらゆる金属を黄金に変えてくれ!」

 悪魔は意外にも、あっさりと引き受けた。「了解した。あらゆる金属だな、確かに果たす」

 台詞と同時に、違和感が襲った。まず、街から一切の明かりが消えた、というか電気機器が止まった。

 ずずん、と家屋の破壊音。どすん、と車両の衝撃音。ぷつっと、泰雄のスラックスのベルトの金具が壊れた。

 千秋や小百合、雫華も、バッグの金具が壊れたり、服のファスナーが弾けたりして肌を露にしている。

 泰雄はぞっとした。地球上のすべての金属が、純金に変わってしまったのか! なんてことだ、これでは大惨事だし、金に価値なんて無くなる!

 ぐったりと千秋に言う。「もとの世界へ戻してくれないか?」

「そうね……でも、あらゆる金属が黄金に変わったなら、この世界にはもう核物質、核汚染はないはずよ!」楽観的な千秋であった。

 雫華が叫んだ。「ドアホう、体内のミネラルまで純金に変わったら、どんな生き物もやがて死ぬぞ。鉄分が無かったら血液は酸素を運べないとかさまざまな弊害が出る。もとにもどせ! 世界の終わりだ」

  

(終)