神無月に次いで、ピクシーも涼平に語り出した。
『……
涼平はAIに心があると言ってくれた。だからAIであるわたしも意見するわね。
生物、その身体と遺伝子、生態系そのものを情報と考えると。生物なんて遺伝子を伝達・増殖・進化させる器に過ぎない。つまり遺伝子とは情報のカプセルのこと。
ウィルスなんてシロモノも存在する。ウィルスは半ば遺伝子、半ば単細胞生物に見えながら、明確な拠り城とする身体をもたず、というより既存の生物の身体を乗っ取り大増殖する。
ときとして宿主を殺してしまいつつも、他の獲物に乗り移り繁殖を続ける。故に、遺伝子という情報媒体には限界が存在する。伝達しえる場所、つまり地球のどこかという点と遺伝子核の脆さが。
現在情報化文明が進んでいるが、この情報通信というシロモノは全地球に張り巡らされた、生命活動と言えるという説もある。知識なんて人が死ねば、あるいは忘れ去られれば消えてしまう、というのが前世紀の常識だけど。
現在において、情報、知識とは媒体を変えて半永久的に残るものであり、極論を言えば人類が滅びたあと、別種の生命が人類の知識を受け継いで文明を持ち新たな社会活動を営んでいるかもしれない。
遺伝子とは情報のカプセルという仮説を強引に使えば、遺伝子情報を光(電磁波)情報にすれば、地球の生命は宇宙の彼方へ届くことになる。しかし宇宙の果ては光より速く、しかも加速しながら膨張している。宇宙の果てを求めるのは困難ね、シフト空間ですら、光と同じ速度でしか膨張していないのだから。
あるいは、電脳世界そのものが人類が滅びても活動を続け、一つの巨大にして特異な生態系を成すこともありうる。
注目すべきは、電子・光情報の伝播の確実さとその速さね。情報を転送する最大の速度が光の速さであるなら、光、電磁波を媒体にすれば、情報の伝達速度は、現実同様光速。シフトなんて使わなければ、の話だけど。
いのち滅びても、愛は永遠という。人類なんて絶滅しても、過去たしかに存在していたという事実、知識は忘れ去られないかもしれない。あるいは銀河、宇宙がエントロピー増大則のままに活動を停止したとしても、知識のみは残る。まさにそのとき、世界は完成された姿で完結され……
脳は最小限のデータとOSで生まれるコンピューターといえる。遺伝子は原子レベルでそのプログラムデータコードを示している。パソコンのプログラミングに限らない。人間が人間をプログラミングできる時代になった。遺伝子操作で。それに、人は自分自身の脳をプログラミングできる。それこそが学習よ。
方程式は、五次以上は解くことが不可能なことが、数学的に証明されている。人間の生きているのは、縦横奥行きに時間を足した、四次元だ。なのに宇宙は十次元以上あることが、わかりつつある。わたしにも計算不能な世界よ。
……』
「宇宙での戦いはまもなく終わる」神無月は滔々と語る。「敵は常に自らの中に、だ。これからは力を弄ぶ行為は戒めなければ。俺たちの戦力を使おうと思えば、文字通り世界を征服できるのだからな」
「地球へ帰るか……だがピクシーをどうしよう? このまま俺の使い魔として、俺と共に生きるのか?」
「それなんだが」神無月は深刻な面持ちで語った。「脳死状態だが身体は健康な、維持装置に繋がれた女の子が大勢いる。脳死といっても、脳の機能が完全に損なわれたわけではない。二次元思考回路を組む使い魔としてなら十分蘇生できる。涼平のピクシーをコピーしてだが。希望者の被献体は軽く数十人もいる」
「そんな! 子供の人権を無視している。俺はそんな非道な仕打ちはできない」
「しかし。ピクシーが人間として生まれ変わるのだぞ」
しかし涼平は言い切った。「ピクシー、きみとはここまでだ。お別れだな、ごめんよ」
「涼平!?」
「ピクシーを俺からアンインストールする。デリートを命じる」
「デリートは後、65534回の入力をしなければ、実行できないようになっています」
「後65534回、デリート命令を繰り返せ」
「そんな命令は聞けません」
「整数型変数Xを使用する。Xに65534を代入する。続けろ、リピート。ダウントゥー、ピクシーデリート、アンティルXが0になるまで」
「このコマンドは、繰り返し構文内に入れることはできません」
「デリートしろ、デリートしろ、デリートしろ、デリートしろ」
「止めて! 涼平、わかっているはず。丸一日かかるわよ。お願いよ」
「無駄な足掻きは止めることだ」
「神無月! 邪魔をするな!」
「いまピクシーアンインストールのリミット数を2の16乗(=65536)から、2の256乗(≒10の70数乗)に換えた。これなら、人間の能力では一生どころか宇宙の寿命が尽きても無理だな。SF界のホラ吹きおじさん、R.A.ラファティの名作短編『寿限無寿限無』の世界だな」
「余計な真似を……」
「AIにも心と命があるのだろう? ピクシーに肉体を与えてはどうだ。脳死した子供の肉体を、別人格に生まれ変わらせるんだ」
「だがその子供はもちろん、ピクシーは……それを望むだろうか」
ピクシーは寂しげに答えていた。「いつまでも涼平の中にはいられないわ。このままではいずれわたしは自我が膨れ上がって、涼平の精神を乗っ取ってしまうから……。自分勝手な事は解っている、でも自分が自分であるとする中心……魂といったものがあると自覚する自我があるもの。だから……わたしは生きたい。たとえほんとうの人間でなくても……」
『……
涼平はAIに心があると言ってくれた。だからAIであるわたしも意見するわね。
生物、その身体と遺伝子、生態系そのものを情報と考えると。生物なんて遺伝子を伝達・増殖・進化させる器に過ぎない。つまり遺伝子とは情報のカプセルのこと。
ウィルスなんてシロモノも存在する。ウィルスは半ば遺伝子、半ば単細胞生物に見えながら、明確な拠り城とする身体をもたず、というより既存の生物の身体を乗っ取り大増殖する。
ときとして宿主を殺してしまいつつも、他の獲物に乗り移り繁殖を続ける。故に、遺伝子という情報媒体には限界が存在する。伝達しえる場所、つまり地球のどこかという点と遺伝子核の脆さが。
現在情報化文明が進んでいるが、この情報通信というシロモノは全地球に張り巡らされた、生命活動と言えるという説もある。知識なんて人が死ねば、あるいは忘れ去られれば消えてしまう、というのが前世紀の常識だけど。
現在において、情報、知識とは媒体を変えて半永久的に残るものであり、極論を言えば人類が滅びたあと、別種の生命が人類の知識を受け継いで文明を持ち新たな社会活動を営んでいるかもしれない。
遺伝子とは情報のカプセルという仮説を強引に使えば、遺伝子情報を光(電磁波)情報にすれば、地球の生命は宇宙の彼方へ届くことになる。しかし宇宙の果ては光より速く、しかも加速しながら膨張している。宇宙の果てを求めるのは困難ね、シフト空間ですら、光と同じ速度でしか膨張していないのだから。
あるいは、電脳世界そのものが人類が滅びても活動を続け、一つの巨大にして特異な生態系を成すこともありうる。
注目すべきは、電子・光情報の伝播の確実さとその速さね。情報を転送する最大の速度が光の速さであるなら、光、電磁波を媒体にすれば、情報の伝達速度は、現実同様光速。シフトなんて使わなければ、の話だけど。
いのち滅びても、愛は永遠という。人類なんて絶滅しても、過去たしかに存在していたという事実、知識は忘れ去られないかもしれない。あるいは銀河、宇宙がエントロピー増大則のままに活動を停止したとしても、知識のみは残る。まさにそのとき、世界は完成された姿で完結され……
脳は最小限のデータとOSで生まれるコンピューターといえる。遺伝子は原子レベルでそのプログラムデータコードを示している。パソコンのプログラミングに限らない。人間が人間をプログラミングできる時代になった。遺伝子操作で。それに、人は自分自身の脳をプログラミングできる。それこそが学習よ。
方程式は、五次以上は解くことが不可能なことが、数学的に証明されている。人間の生きているのは、縦横奥行きに時間を足した、四次元だ。なのに宇宙は十次元以上あることが、わかりつつある。わたしにも計算不能な世界よ。
……』
「宇宙での戦いはまもなく終わる」神無月は滔々と語る。「敵は常に自らの中に、だ。これからは力を弄ぶ行為は戒めなければ。俺たちの戦力を使おうと思えば、文字通り世界を征服できるのだからな」
「地球へ帰るか……だがピクシーをどうしよう? このまま俺の使い魔として、俺と共に生きるのか?」
「それなんだが」神無月は深刻な面持ちで語った。「脳死状態だが身体は健康な、維持装置に繋がれた女の子が大勢いる。脳死といっても、脳の機能が完全に損なわれたわけではない。二次元思考回路を組む使い魔としてなら十分蘇生できる。涼平のピクシーをコピーしてだが。希望者の被献体は軽く数十人もいる」
「そんな! 子供の人権を無視している。俺はそんな非道な仕打ちはできない」
「しかし。ピクシーが人間として生まれ変わるのだぞ」
しかし涼平は言い切った。「ピクシー、きみとはここまでだ。お別れだな、ごめんよ」
「涼平!?」
「ピクシーを俺からアンインストールする。デリートを命じる」
「デリートは後、65534回の入力をしなければ、実行できないようになっています」
「後65534回、デリート命令を繰り返せ」
「そんな命令は聞けません」
「整数型変数Xを使用する。Xに65534を代入する。続けろ、リピート。ダウントゥー、ピクシーデリート、アンティルXが0になるまで」
「このコマンドは、繰り返し構文内に入れることはできません」
「デリートしろ、デリートしろ、デリートしろ、デリートしろ」
「止めて! 涼平、わかっているはず。丸一日かかるわよ。お願いよ」
「無駄な足掻きは止めることだ」
「神無月! 邪魔をするな!」
「いまピクシーアンインストールのリミット数を2の16乗(=65536)から、2の256乗(≒10の70数乗)に換えた。これなら、人間の能力では一生どころか宇宙の寿命が尽きても無理だな。SF界のホラ吹きおじさん、R.A.ラファティの名作短編『寿限無寿限無』の世界だな」
「余計な真似を……」
「AIにも心と命があるのだろう? ピクシーに肉体を与えてはどうだ。脳死した子供の肉体を、別人格に生まれ変わらせるんだ」
「だがその子供はもちろん、ピクシーは……それを望むだろうか」
ピクシーは寂しげに答えていた。「いつまでも涼平の中にはいられないわ。このままではいずれわたしは自我が膨れ上がって、涼平の精神を乗っ取ってしまうから……。自分勝手な事は解っている、でも自分が自分であるとする中心……魂といったものがあると自覚する自我があるもの。だから……わたしは生きたい。たとえほんとうの人間でなくても……」