涼平のドラゴンフライ並びに大地のSDF艦隊は、目標座標、火星の衛星軌道上へのシフトに成功した。直ちに臨戦態勢に入る。涼平はピクシーの処理能力に頼って、敵日中バイオの艦隊を確認していた。SDFは率直索敵能力に劣る。と!
 戦い寸前だというのに非常通信が入った。金星のSDF艦隊が、日中バイオ艦隊に襲われた、というのだ。敵艦隊は二個師団強。金星のSDF残存部隊の三倍以上だ。
 ピクシーが緊張した声で問う。「対応策を、涼平」
「無論だ、予期していたさ。日中バイオ過激派の規模は解放軍側のSDFの十倍以上、火星へ割く戦力が一個師団だけとは少なすぎる。大地、きみたちSDFは金星へ引き返せ」
 大地はきっぱり断言した。「二兎を追うもの一兎を得ず、だ。スペースディスラプトフォースはジェイルバードに協力し、火星の護衛に専念する」
 涼平は笑って言いのけた。「良いから、行けよ。考えはある」
「すまない! では時雨のクェルガイストだけでもここに残す。SDFは勝つ。戦線が落ち着いたら援護に戻る。それではな!」
 SDF艦隊は、慌ただしく再シフトして消えていった。
 ピクシーは驚嘆した声だ。「涼平、あの『布石』ってこのためだったのね。わたしも気付いてはいたけど、断言はできなかった。わたしの予測能力も役に立たなくなったものね」
「兵は拙くとも拙速を尊ぶ、さ。早ければ良いなら、事前に手を打っておけば問題はないだろ」
「あの新小型大気圏内用ミサイルモスキートを、金星要所無数に配備するなんて。まるで機雷をばら撒くようなものね」
「そう、機雷作戦さ。さしずめ『臆病者の兵器』、かな。極めて安価にして効果的なはず。労力的に、戦闘艇一機作るより安い」
「高気圧の金星では、移動可能高度が高いわ。単純にして有効なトラップね。おまけに爆風の威力の高さは折り紙つき」
「日中バイオもうかつに金星に降下できなくて困るだろう。SDFの勝利は疑いない。さて、この俺たちと時雨だけでも、日中バイオ艦隊を挟撃に向かうか。俺たちジェイルバード艦隊の武装の一割弱はシフトランチャー、無双の威力が発揮される。拿捕した敵艦をことごとく味方艦に変えられるのだからな」
「剣崎教官、僕が突貫して敵の隊伍を乱すね! クェルガイストの機動性の前にはどんな敵も、命中弾どころか照準を合わせることすら至難なはずだもの」
「ああ、まかせる。せいぜい派手に暴れてくれ」
「カーネル時雨戦闘艇クェルガイスト、行くね!」声とともに凄まじい加速度でクェルガイストは飛んで行った。飛行先の敵艦隊戦闘艇隊が、急速に分断された。どうやら大型多弾頭ミサイルと誤認されたな。一機に敵陣を突破し、反転して背後からシフトランチャーを精密狙撃……まさに敵陣を翻弄している。
 対する涼平は遠方の超長距離から、シフト可能な小型艇を撃ちシフト、次々と鹵獲していた。シフト先はジンバレル内部だ。
「背後に新たな敵艦隊シフトアウト!」ピクシーが叫んだ。「一個師団、日中バイオ艦隊の援軍よ、挟撃されるわ」
 涼平は変わらず穏やかだった。「落ち着け、そいつらはおそらく金星での戦いを放棄した連中だ。するとそろそろ……」
 たかだか偵察艇のドラゴンフライ一隻に対し、数十隻の艦艇と数百機の戦闘艇が迫る。だが、涼平は達観していた。
 ピクシーが報告する。「艦隊反応! SDF艦隊、援軍です。一個師団弱、やったわ、金星での戦いから流れて来たのね」
「涼平くん!」恵の声。「あなたの敷設した浮遊機雷のおかげで金星は守られたわ、完勝だった。ありがとう」
「いえいえ、ここまでは予測していたが。日中バイオはまだ戦力があるはず。いまのうちに、敵戦力を削っておきましょう」
 ピクシーが声を上げる。「きゃあ、出たわ、日中バイオ艦隊! そんな、圧倒的多数なんて! 八個師団はいます。日中バイオのほぼ全軍に当たるわ」
「は、絶望的だが、戦力の逐次投入とは愚かな奴らだ。時間差をつけて各個撃破すれば……」
「涼平、前後の二個師団艦隊には間違いなく勝てるけど、背後の敵には無理よ! 八個師団ではわたしたちの四倍いるのよ」
「常道の戦術ならそうだろう。しかし海賊流の一撃離脱戦法を取れば、勝算はある! 寡兵をさらに分散しての消耗戦ならばね」
「涼平はともかく、他の味方には海賊流の戦法なんて知らないし分からないし使えないはずよ」
 涼平は考え込んでいた……それもそうか。このゲリラ戦法は、秘密の保持が大前提にある。味方にすらうかつに漏らせなかったからな、無理もない。正規の戦術とは違う、戦力が少ないことを逆用しての隠密行動。「ここはいったん退くべきかな。補給線となるフュール(木星)方面へ向かって戦線の立て直しを……」
「外軌道にさらに艦影!、二個師団、あら? 機体が日中バイオ製と違う。わたしたちの味方との識別信号を発しています。……通信入りました、多国籍軍と名乗っているわ。ほんとね、まったく地球には秘密結社がいくつあるのかしら? 助かったわ! この戦力比と態勢、士気、武器効率からすると、わたしたちの勝率は六割以上。敗北率は二割未満。おそらく敵は撤退するはず」
 涼平は深々と嘆息していた。挟撃の挟撃の挟撃の挟撃の挟撃(ややこしい!)とは喜劇ではないか?
 ここに勝敗は決した。絶対数で劣るとしても、天の時、地の利、人の和は味方した。
 涼平はピクシーに安全な間合いと回避運動、シフトランチャーでの鹵獲戦術を指示するだけで、後は操縦席にゆったりと座りロングピースの紫煙を燻らせながら、戦いの行方を観察するだけだった。挟撃の優位を生かし各個撃破し片端から削っていく。圧倒していた。
 敵艦隊を総計十個師団艦隊から六個師団以上打ちのめすと、残った敵艦隊は戦闘を諦め、シフトし撤退していった。その間もシフトランチャーを斉射し、鹵獲作戦を徹底した。
 対して味方の損害は、三軍合わせても一個旅団程度だった。鹵獲兵力の方が大きい。
 ジェイルバードとSDF、それに未知の戦力多国籍軍は決定的に絶対数において勝る日中バイオ艦隊相手に、文句のない勝利を収めたのだ。
 しかし日中バイオはいまだ財力を蓄えている。機動戦力を半数失っても、いつかまた衝突するだろう。いまは……一時の勝利に酔いしれておくか。
 戦場を金星へ戻す。叶うならば原住民の独立と解放を……