涼平が金星解放軍SDFに参加協力してから、二週間余りが経過していた。いまだ金星外の時間は1999年秋か……。金星の時代は二千万年後、地球の人間たちはどうなっているだろうか考えると、恐ろしい気がする。自分の知る人類と、種そのものが違うかも知れないな……
「涼平?」ピクシーが現れた。「シミュレートした仮説だけど、この金星のすべては、相対時空間の狭間にあるわ。タイムパラドックスを解消する独自の物理法則の中に。わたしたちのいた二十一世紀、抜け出せない1999年、それにここ二千万年後の金星は並行して存在している、パラレルワールド」
「どういうことだ? 理解できない」
「わたしにもわからないわ。あくまで仮説よ」
ここ毎日は、ほとんど時雨との訓練だ。開始後たった三日で、時雨は涼平と互角に戦えるようになっていた。そこで、シミュレーターでは涼平も時雨と同じクェルガイストに変えた。
しかしさらに一週間もたつと、時雨が圧倒し出した。そこで、シミュレーターの敵機を増やすことにした。時雨は1対2でも互角に渡り合えた。さらに敵機を増やし1対3……さすがに時雨も苦戦している。しかし時雨はしのぎ切った!
ここで、時雨のクェルガイストの武装をシフトランチャーに換えた。効果は歴然、3機の敵機を一瞬に始末する時雨だった。それがこの二週間の結果だ。訓練飛行百二十時間強。
時雨はマシンから降りた。「ありがとうございました、教官! ああ、まだ全身がくるくる回っている感覚がするよう」
涼平は穏やかに言った。「時雨は良くやったよ、もう俺が教えることはないな。早くも一人前の戦闘機ドライバーだ」
恵が近付いてきた。「さっそく任務よ、ジンバレルから支援要請が届いたわ。火星衛星軌道上が戦場になるわね」
「霞さん? 応じられたのですか、ではジェイルバードとSDFは完全な同盟関係に」
「もちろん、もとからそういうことよ。これはとっくに予定済みだったわ。エージェント直人の計らいでね」
「直人のやつ……二重スパイではそうとう儲けたのだろうな」
「でも地球での金銭、富、財産など、この宇宙へ上がればなんの意味もないでしょう?」
「そうだな。金銀のような貴金属、レアメタル、宝石……大量に手に入るが地球へ持ち帰ったら財産になるどころか、世界経済をぶち壊しかねない。それより恵さん、支援要請とは?」
「日中バイオの過激派が、ジンバレル奪還作戦を開始したというの。私たちはこれを阻止する。敵戦力は空戦部隊だけで一個師団、ジェイルバードの倍ね。ここでSDFが援軍になる」
「仲間割れか? 過激派ねえ。日中バイオといっても、一枚岩ではないのだな」
「そうよ、なまじ数ばかり多いからね。私たちSDFは正当な後継者の、神無月真琴を支持する少数派よ。元からクーデター動乱では日中バイオの急進派を阻止して、ジェイルバードとも協力して戦っていたのだけど」
「恵さんたちは、『あのとき』集結した味方艦隊の一つだったのか! あれは痛快な眺めだった。世界中には秘密結社がいくつあるんだって半ば呆れて驚いたね、所詮日中バイオも日本の一組織に過ぎなかったわけだ」
涼平は想いを反駁していた。この虚空でいくら武勲を重ねても、地上ではなんの自慢にもならない。いくら地位階級が上がっても、組織外では名誉とは見なされない。それでも戦い抜く。世界を守るために、自分自身の矜持に賭けて!
ここでピクシーが現れた。涼平の目にのみ、実態化する少女。「涼平、計算したのだけれど。涼平がドラゴンフライで、時雨がクェルガイストで、その他SDF艦隊と飛行隊が総力を挙げて敵をジンバレルと挟撃すれば、勝率は既存の戦術内なら九割以上よ」
涼平は電話をする素振りを恵にする。「そうか。だがSDFは総力は割けないだろう。良くて半数」
「そうであれ、勝率は八割近くよ。ただそれでは味方の損害も黙視できなくなる。戦力の四分の一は失うかも。敵を二割以下に叩きのめした後であれ」
「どちらにせよ、ほぼすべて両軍とも無人艦だ。戦意を喪失して瓦解なんかはしないはず、戦術を欠いては力押しのガリガリな消耗戦となるな」
「挟撃する立場だから、機動戦術が決め手となるわね。敵艦隊への接近と、戦闘艇を出撃・回収させるタイミングでかなり戦局が変わるわ。とはいえそんな決断はわたしにはできない。涼平の戦術腕に任せるわね」
涼平はここではっと気づいた。いまの会話通りの作戦の模式図が、一連モニター表示されている。直人かな、あいつコウをSDFにも取り入れたのか。恵は、満足気な笑みを見せている。
結局、SDFの四分の一強、それも最精鋭部隊が派遣されることと決まった。艦隊は戦艦~偵察艦の大小三十六隻、戦闘艇飛行隊は一個連隊を超える。時雨だけは特製戦闘機クェルガイスト、後は量産型戦闘機ヴュルゲルとマルチロール機ゲシュペンスト、攻撃機アウフリーゲルだ。
だが電子戦機ナハトコボルトと偵察機ポルターガイストは、一機もいないな……SDFは情報戦を軽視しているのか? これはもしかすると、やっかいだな。『布石』を打っておくか。ピクシーにとある命令をする。
ドラゴンフライに乗り込み、操縦席に座る。シフト態勢に入り、涼平は遠く惑星へ祈りを捧げていた。
火星マルスよ、偉大なる我が軍神……散り行く定めの戦士たちの魂をお導きあれ。
母なる地球よ、滅びゆくコープスよ、愚行の残滓の前に安らかに眠れ……奉らん。
木星フュールよ、永久に尽きぬ資源の泉ガス・ジャイアント……虚空に迷える小惑星たちを引き寄せ、人々の、生命の守護を担いたまえ……
ピクシーが詠唱する。「シフトシークエンス開始! 時空間全艦同調シフトまで百六十秒。目標、火星衛星外軌道。できるだけ至近距離に現れて、強襲する計画ね」
涼平はロングピースに火をつけた。ピクシーは隠れなかった。紫煙がその虚像を通過する。涼平はゆったりと戦闘前の一服を楽しんでいた。計画を思案する。SDFは情報網が弱い。これを自分はドラゴンフライとピクシーでカバーする。だから取るべき作戦は決まってくる。
戦術によって、戦局は一転するものだ。鍵を握るのは情報だ。兵力に劣っても、手薄な箇所に攻撃を集中し、敵が反撃する前に離脱する海賊流戦法。この戦いも……
「涼平?」ピクシーが現れた。「シミュレートした仮説だけど、この金星のすべては、相対時空間の狭間にあるわ。タイムパラドックスを解消する独自の物理法則の中に。わたしたちのいた二十一世紀、抜け出せない1999年、それにここ二千万年後の金星は並行して存在している、パラレルワールド」
「どういうことだ? 理解できない」
「わたしにもわからないわ。あくまで仮説よ」
ここ毎日は、ほとんど時雨との訓練だ。開始後たった三日で、時雨は涼平と互角に戦えるようになっていた。そこで、シミュレーターでは涼平も時雨と同じクェルガイストに変えた。
しかしさらに一週間もたつと、時雨が圧倒し出した。そこで、シミュレーターの敵機を増やすことにした。時雨は1対2でも互角に渡り合えた。さらに敵機を増やし1対3……さすがに時雨も苦戦している。しかし時雨はしのぎ切った!
ここで、時雨のクェルガイストの武装をシフトランチャーに換えた。効果は歴然、3機の敵機を一瞬に始末する時雨だった。それがこの二週間の結果だ。訓練飛行百二十時間強。
時雨はマシンから降りた。「ありがとうございました、教官! ああ、まだ全身がくるくる回っている感覚がするよう」
涼平は穏やかに言った。「時雨は良くやったよ、もう俺が教えることはないな。早くも一人前の戦闘機ドライバーだ」
恵が近付いてきた。「さっそく任務よ、ジンバレルから支援要請が届いたわ。火星衛星軌道上が戦場になるわね」
「霞さん? 応じられたのですか、ではジェイルバードとSDFは完全な同盟関係に」
「もちろん、もとからそういうことよ。これはとっくに予定済みだったわ。エージェント直人の計らいでね」
「直人のやつ……二重スパイではそうとう儲けたのだろうな」
「でも地球での金銭、富、財産など、この宇宙へ上がればなんの意味もないでしょう?」
「そうだな。金銀のような貴金属、レアメタル、宝石……大量に手に入るが地球へ持ち帰ったら財産になるどころか、世界経済をぶち壊しかねない。それより恵さん、支援要請とは?」
「日中バイオの過激派が、ジンバレル奪還作戦を開始したというの。私たちはこれを阻止する。敵戦力は空戦部隊だけで一個師団、ジェイルバードの倍ね。ここでSDFが援軍になる」
「仲間割れか? 過激派ねえ。日中バイオといっても、一枚岩ではないのだな」
「そうよ、なまじ数ばかり多いからね。私たちSDFは正当な後継者の、神無月真琴を支持する少数派よ。元からクーデター動乱では日中バイオの急進派を阻止して、ジェイルバードとも協力して戦っていたのだけど」
「恵さんたちは、『あのとき』集結した味方艦隊の一つだったのか! あれは痛快な眺めだった。世界中には秘密結社がいくつあるんだって半ば呆れて驚いたね、所詮日中バイオも日本の一組織に過ぎなかったわけだ」
涼平は想いを反駁していた。この虚空でいくら武勲を重ねても、地上ではなんの自慢にもならない。いくら地位階級が上がっても、組織外では名誉とは見なされない。それでも戦い抜く。世界を守るために、自分自身の矜持に賭けて!
ここでピクシーが現れた。涼平の目にのみ、実態化する少女。「涼平、計算したのだけれど。涼平がドラゴンフライで、時雨がクェルガイストで、その他SDF艦隊と飛行隊が総力を挙げて敵をジンバレルと挟撃すれば、勝率は既存の戦術内なら九割以上よ」
涼平は電話をする素振りを恵にする。「そうか。だがSDFは総力は割けないだろう。良くて半数」
「そうであれ、勝率は八割近くよ。ただそれでは味方の損害も黙視できなくなる。戦力の四分の一は失うかも。敵を二割以下に叩きのめした後であれ」
「どちらにせよ、ほぼすべて両軍とも無人艦だ。戦意を喪失して瓦解なんかはしないはず、戦術を欠いては力押しのガリガリな消耗戦となるな」
「挟撃する立場だから、機動戦術が決め手となるわね。敵艦隊への接近と、戦闘艇を出撃・回収させるタイミングでかなり戦局が変わるわ。とはいえそんな決断はわたしにはできない。涼平の戦術腕に任せるわね」
涼平はここではっと気づいた。いまの会話通りの作戦の模式図が、一連モニター表示されている。直人かな、あいつコウをSDFにも取り入れたのか。恵は、満足気な笑みを見せている。
結局、SDFの四分の一強、それも最精鋭部隊が派遣されることと決まった。艦隊は戦艦~偵察艦の大小三十六隻、戦闘艇飛行隊は一個連隊を超える。時雨だけは特製戦闘機クェルガイスト、後は量産型戦闘機ヴュルゲルとマルチロール機ゲシュペンスト、攻撃機アウフリーゲルだ。
だが電子戦機ナハトコボルトと偵察機ポルターガイストは、一機もいないな……SDFは情報戦を軽視しているのか? これはもしかすると、やっかいだな。『布石』を打っておくか。ピクシーにとある命令をする。
ドラゴンフライに乗り込み、操縦席に座る。シフト態勢に入り、涼平は遠く惑星へ祈りを捧げていた。
火星マルスよ、偉大なる我が軍神……散り行く定めの戦士たちの魂をお導きあれ。
母なる地球よ、滅びゆくコープスよ、愚行の残滓の前に安らかに眠れ……奉らん。
木星フュールよ、永久に尽きぬ資源の泉ガス・ジャイアント……虚空に迷える小惑星たちを引き寄せ、人々の、生命の守護を担いたまえ……
ピクシーが詠唱する。「シフトシークエンス開始! 時空間全艦同調シフトまで百六十秒。目標、火星衛星外軌道。できるだけ至近距離に現れて、強襲する計画ね」
涼平はロングピースに火をつけた。ピクシーは隠れなかった。紫煙がその虚像を通過する。涼平はゆったりと戦闘前の一服を楽しんでいた。計画を思案する。SDFは情報網が弱い。これを自分はドラゴンフライとピクシーでカバーする。だから取るべき作戦は決まってくる。
戦術によって、戦局は一転するものだ。鍵を握るのは情報だ。兵力に劣っても、手薄な箇所に攻撃を集中し、敵が反撃する前に離脱する海賊流戦法。この戦いも……