涼平は金星の空を目標座標へ動力の無い翼で気流に乗り、滑空しながら考えていた。飛行兵は史実、それこそ第二次大戦のときだって、各国の軍隊は研究開発しようとしていた。小型モーターでのウルトラライトプレーンないしリトルオートジャイロ、あるいはガス気球で。
 しかし、現実には宙に浮かぶ歩兵は、きわめて爆発物に弱いことが判明した。爆風を遮蔽してくれる大地が無いのは大きな差だ。破片にやられなくても、爆風で態勢を崩し墜死してしまう。まあ当時の技術からして、空中を飛ぶ歩兵の機動性と防御力が極めて低かった原因もあるのだが。
 しかし金星は大気圧が違い過ぎる。爆発物の威力と言えば決定的だ。腕を振るうだけで衝撃波が発生する始末なら、手榴弾でも使ったらどれだけ効果が大きいか。爆発物は密度の高い場所の方が威力は高い。小学校の理科で習う圧力の問題だ。気圧なら圧縮する大気のため爆風は距離によって薄れていく。爆発物の破片そのものなら気圧が高ければ、爆発物の破片は気圧に抑えられ、すぐに威力を失ってしまう。
 だから金星では炭素繊維素材の防護服のおかげで、よほどの至近距離で直撃されたのでなければ破片が体内に貫通することはない。しかしほんの少しの力で生まれる衝撃波は決定的で、ひどい打撲、内出血、骨折、それに気絶は容易に起こるはずだ。
 ピクシーのナビで飛びながら、逐一情報を窺っていた。どうやら追われている一人は、六名の追っ手に間合いを詰められている。SDF隊員ならば助けなければ……あと十五キロメートル!
 ピクシーが警告した。「涼平! おかしいわよ、あれ追っ手の方がSDF識別反応を発しているわ」
「ならば追われている方は俺たちの敵なのかい? ピクシー、SDFとの通信は可能か?」
「いつでもできるわよ……あ、相手から通信!」
(こちら、SDF軍属相川恵。貴方はジェイルバード隊員剣崎涼平ですね、協力を願います、私たちが追っている相手は、ただの民間人や敵兵ではないのです! 無傷で保護したい)
 ピクシーが警告した。「危険よ、相手が逃げ込もうとしている先、軽い嵐が発生しているわ、目には見えないけれど秒速十数メートル。金星の気圧からいくと、地球の津波並の暴風域よ」
 !? 目標人物は突然急加速した! これはなにか爆発物を使ったな。そのまま嵐の上昇気流に乗って舞い上がった! 炸裂弾を使っての加速に加え乱気流に突っ込むことによる離脱とは一見自殺行為に見えるが。できる人物だな。取り逃がしたか。
 とにかく涼平は、SDF隊員たちと合流した。空中で敬礼を交わす。
「申し訳ありません」涼平はまず恵にそう語った。
「貴方の責任じゃないわ、もちろん。私たち九人相手でも敵わなかったのだから」恵は穏やかに笑っていた。七人そろってSDF基地までの飛行航程に入る。
「九人? では残りの三人はまさか……」
「脱落しただけよ、怪我すらしていないわ」
「ただの人間ではないとは、誰なのです?」
「それは出会ってみないと分からないわね。それよりあなたの友人の友人からプレゼント貰ったわ。『シャウト』。素敵な護身具じゃない、私が喜んでいたって後でよろしく伝えてね」
 !直人の密造銃か……シュリーク、スクリーム、それにシャウトのスリーS、いずれも敵を殺しはしない、『叫び』の銃。
 シュリークはエアガンだ。それも、射撃のさい後方に爆風を噴発する無反動銃。弾丸はゴムボール製、敵に痛みを与えることで撃退する。これは金星では用途が変わりそうだな。
 スクリームは普通の火薬式銃だ。二十二口径、ただし弾頭はカルシウム製。人体に命中し負傷させても、弾丸は自然に溶けてしまう。これは絶対に金星では使えない。まあ放置しておけば、誰かがいじくって暴発させてくれるトラップにはなるが、それなら百円ガスライターでも少し改造してガスが一気に燃焼する爆弾にでも変えた方が三桁近く安上がりだ。
 シャウトは弾丸を発射しない、一見全くのモデルガンだ。軽いが炭素クリスタル製の極めて堅い作りをしており、手をガードしてくれる。敵の刃を受け止め絡め折ることができる。いわば鈍器のブラスナックルだ。これを使用するとは、恵隊員は強く優しいのだな。好感が持てる。
 恵は梱包された全長七十センチほどのものを差し出した。「お返しに。こちらがSDFの開発した金星戦用の銃よ。私には無理だけど、剣崎飛曹長、あなたなら扱えるはず」
「涼平と呼んでください。俺も貴方を恵さんと呼びたいから」
「ありがとう、涼平くん。では試し撃ちをしてみなさい、目標はそうね……太陽と逆方向、なにもない水平方向に。扱いはわかるわよね、なめると怪我するわよ!」
 とにかく涼平は小銃を受け取り驚いた。五十口径並と大きく、なんとライフル溝がない。連発式ではない。一発ごとに弾を詰め替える、狙撃銃だ。スナイパーライフルは、決定的な威力を誇る。サブマシンガンやアサルトライフルでは、派手に弾丸をばら撒く割に命中率は低い。照準が狂ってお祭り状態となる。
 これが金星の銃か……弾丸はタングステン、表面は鉛でコーティングされている。弾頭は細長めの徹甲弾で大きく重く、射撃後小さな三つの翼が弓矢の羽根のように開くようになっている。
 小銃そのものはブルパップ式、銃身は滑空式で弾丸は発射されたあと回転することはなく、翼を広げ厚い大気を滑るように飛ぶ。
 水平方向に構え、太陽光と順光に狙い……トリガー!
 ズズン!!!   撃つと肩が外れるかのような反動が来る。
 空中を後ろに吹き飛ばされる。地球なら、象を狩るような威力の銃だ。単純な作りで頑丈、砂塵を浴びても誤作動は少ない。つまり過酷な環境下でも暴発の危険は少ない。命中精度は劣るが、金星の射程百メートルは地球の射程四百メートルにも匹敵するはず。
 弾丸は、炎の矢となり飛び去って行った。二百メートルほど先で、失速して落ちるのがわかった。おまけに風に流されている。有効射程はせいぜい七十メートルまでか。しかしこの破壊力は、これは……
「基地についたら」涼平はこのときばかりは、厳しい口調で尋ねた。「我らの置かれている立場、環境、経緯を教えてもらえるのだろうな、味方も敵事情も。下士官兵風情だからって、理由も聞けずに命令通り戦うなんてできないぜ。俺は自由の戦士だ」
 恵は涼平を誘導した。