「ピクシー、起きて」涼平は穏やかにいうと、船内に実体化する少女に微笑んだ。「次の作戦を立てるよ、コウと連絡をとってくれ」
「わたしコウ嫌いなの、知っているでしょ」
 ピクシーの声は不機嫌だった。同じAI同士何故仲が悪いのか、疑問に思った。しかしピクシーの意見としては、コウは「トロい」くせに「頭が良い」のが鼻につくのだ。
 確かに、処理速度的にはコウはピクシーより一万分の一も遅い。しかし知識量と分析力は、人間をはるかに上回る。いってしまえば、それはコウが巨大過ぎるからだ。ピクシーが人間の子供サイズなのに、コウはいまどき部屋一つ分を占めるスケールのスーパーコンピューターだ。しかもコウは単体ではない。思考を司る「コウ」、感情を有する「ナミ」、自我を主張する「ケンジ」の三位一体で一つの人格を構成する。
 これが、ジェイルバードが開発した最初のAIだ。製作者は不明。直人は機械工エンジニアとして優れるが、かれにしたってとても作れないシロモノだ。一説によるとランバージャックという少年が二十一世紀初期に一人で構築したシステムというが?
 とにかくジェイルバードの実質的な総参謀長は、人間ではなくこのコウなのだ。処理速度が遅いのは、思考に人間のような迷いや雑念、葛藤を抱くためという。
(わたしから話そう)男の低い声がした。コウだ。
 ピクシーは反論した。「話すって、余計手間じゃない。精一杯の速度で、通信してよ」
(涼平を介さないわけにはいかない)
「涼平はいいの、わたしとは以心伝心だから」
「ピクシー、わがままいわないで」涼平はピクシーをなだめた。「コウ、情報はつかめたのか?」
(敵戦力の概要は、不明だ。上限下限、共に一桁近くもの誤差がある。彼我戦力比五倍から三百倍の範囲内だ。これでは正面決戦は危険過ぎるだろう。だが、敵の技術レベルとしては我らより劣っている。敵基地の盗聴データを送る)
 ……
「お疲れさまでした、大地隊長」
「ありがとう、恵さん。良くやってくれた。だが、上にはわからなかったようだ」
「悪い知らせ?」
「残念ながら。反乱軍のちっぽけな船相手にご大層にイージス艦、戦闘機三機まで投入して戦果無し、ではね。異動が決まった。新天地送り、だ」
「それはそれは。思い切りよく飛ばされたわね。左遷というより、栄転というべきかしら?」
「それも、陸戦隊員として、だ!」
「!? あの、新天地の解放軍に、加わるということ? 戦国時代に、タイムトリップね。剣と弓矢で、戦えと?」
「そうだ。途方も無い話しだろう?」諦めたように、大地は言う。「きみは、正規の軍属ではない。辞令は拒否することができる」
「大地。わたしたちは、部下上官という以前に、仲間。わたしは、隊長に従う。今回も」
「ありがとう……すまない」戸惑いがちの声を返す大地。「きみは本来なら、自分ごときが指揮できるような、人間ではない。あのクーデター動乱に、最も貢献した巨大戦艦、メテオの航法長だったのだから……佐官クラスなのに」
「それを言うのなら。反乱軍とされる、かれらだって。かつては肩を並べて戦った、仲間だったのですけどね」
「あなたにとっては、そうでしょうが。自分に取っては仇敵です」
「それは、心外です。元自衛官のあなたが。何故ですか?」
「あいつらは、戦いの間、ずっと自分を捕虜にしていたのですから」
「そうなんですか? ほう……すると、あの『組織』に」
「そう……あの、組織……」
「パラノイア?」
「いえ、大丈夫です」
「強がらずとも。わたしも、似たようなものです」
「そうですか。あなたは自衛隊には派遣されてきただけです。だから、あなたを戦いに連れていくのは、本意ではないのですが」
「あなたにはなくとも。わたしには、付いていく理由があります。わかっているはずです」
「そう……これは、束縛された民衆を解放するための、正義の戦い。それは、わかっているつもり、ですが……」
「わたしたちを認めない勢力もいる。わたしたちを侵略者と見なす、反乱軍」
「そう。明らかな、内政干渉だとね。われらの行いは、地球なら違法行為、だと」
「しかたないのです、ぐずぐずできません。新天地を侵略しようとする勢力は、いくらでも地上にあるのですから」
「そうですね。そいつらに比べれば、反乱軍はよっぽどマシだ」
「だから新天地の、文明レベルを引き上げる必要が、あるのですよ。地球のよくある原油産出国の二の舞いは、いけませんからね。後から乗り込んできた外人が、資源の権利を手に働きもせず大富豪となり、原住民は冷遇され貧しい労働者……。こうならぬよう新天地を、原住民自らの手で自立できるように成長させる。これが、わたしたちの大義です」
「そう……それは、知っています。知っているんだ……」
「ですが、上層部の増長も黙視できません。無人機甲艦隊の戦力を良いことに、まさか独裁体制を敷こうとしているとは」
「その話は禁句です。先の作戦行動を、整理しよう。まず、われわれは敵船の拿捕を命じられて出撃した。その経緯を」
「敵船、通称クロゴキブリ。宇宙海賊ですね。クロについて掴んだ情報は、以下の通りです。規模は単座戦闘艇。ドライブ推力はまだ推定できませんが、戦闘機並みの加速すら、短時間なら可能とは確認済み。シフトドライブは、通常より五割程度出力が高い模様。短時間での出現・離脱が可能で、その戦い方から{ゴキブリ}と称されたわけですが。これだけでも、高性能機です。しかし、未知の能力があること、間違いありません。まず、武装。これがなんなのかは、未確認です。その武装についてですが。クロは無人戦闘機クェルガイストのテスト飛行の際に現れ、その武装で戦闘機を攻撃しました。結果、戦闘機は跡形もなく消滅。高熱により蒸発したとすら、思われます。問題はその武装、兵器です。全く新種の兵器と考えられます。推定されるのは、シフトランチャーかと」
「シフトランチャー? それは、初耳だ。説明を」
「われらには、まだ開発されていない兵器です。シフトを攻撃に使う兵器で、爆弾を目標地点にピンポイントでシフトさせるんです」
「なるほど。そんなもの喰らえば、獲物は内部から爆発……跡形もないな。だが、対策はあるだろう?」
「ええ。シフトは、妨害が可能ですから。シフトドライブのような、量子フィールドを張り巡らせば」
「つまり、シフトができない戦闘機は倒せたが、シフト可能なイージス艦は、倒せない、ということだな。なるほど、それでか。だからあのとき、攻撃を喰らっても艦は無傷だった。しかし、逆にこっちのシフトも一時的に封じられてしまったわけだ」
「わたしたちの、読み通りでしたね。クロは、最初から逃げにかかっていました。クロは、長距離戦闘には向いていますが、戦闘機を相手にする接近戦は、不得手ということです。この点は、普通の小型船と変わりませんね」
「それは、ありがたいが。もうひとつ疑問がある。最初から逃げていた、ということだ。われわれがシフトしてくるのを、なんで知っていたのか?」
「この点もわれらは遅れていますね。敵は、時空間の歪みをスキャンするレーダーを備えているのでしょう。それも、パッシブです。アクティブならば対処の方もありますが、これでは」
「やはりそうか。やれやれ。そうだとしたら、どうやったら、あのゴキブリを捕まえられるんだ?」
「もっと、悪い報告があるのですが。クロが現場に残していった兵器です。スペックを見てください」
「画期的な新兵器だな。報告は?」
「当然したのですが、駄目です。有効性が、上層部には分からなかったようですね」
「頭の堅い奴等だ。こんな兵器が! 既存の兵器では絶対に防衛できない。全面戦争が起これば、世界は終わりだ……しかたない。気が進まないが、辞令を伝えよう。とりあえず、恵、きみだけだ」
「なんなりと」
「恵。進駐軍陸戦部隊、兵士を命じる。最初の任務は、おって通達される。自室にて待機せよ。新天地との通信では、合言葉を用いる。敵に盗用されないように」
「合言葉? そんなセキュリティで、いいの? IDカード、パスワード、声紋コード、いろいろ手段はあるのに」
「郷に入りては、郷にしたがえ、だよ」
「わかったわ。どのような合言葉?」
「合言葉は{くたばれ}に対し{便所虫}、だ」
「便所虫って、たしかオケラよ? ゴキブリとは違うけど」
「語呂がよければ、なんだっていいさ」
……
「俺をゴキブリ呼ばわりか」録音を聞き終え、涼平は思わず苦笑した。
 ピクシーも怒っている。「ひどい! 便所虫だなんて」
「なんにせよ、敵の動きはつかめた。技術レベルがあれではな。まさかシフトランチャーを攻撃兵器と思っているとは。それにしても独裁か。時代の逆行だな、人格と品性を疑うね」
(対抗策があるのか、涼平)
「戦力差は詰めようが無い。これまでの海賊流に間違いはないよ」
(だが、涼平。おまえほどの戦術能力を持った戦士は、ジェイルバードにはそうはいない。敵にもだがな)
 コウの問いに涼平は返した。「つまり俺に武装艦隊指揮官をやれってことだろう? もうごめんだね、目の前で敵味方が爆散して蒸発するのを見るのは」
(それもまた、責任感だな。では次回の作戦も単機で行うか)
「そうさせてもらう。後はジンバレルと交渉してくれ」内心、自嘲する。責任逃れなだけさ。それは自覚している。
 この通信からも、敵からは座標がバレたろう。ドラゴンフライは緊急退避用のβポイントに移動した。後は追いかけてくる敵の戦力を判断し、進退を見極めるだけだ。機動性に優るドラゴンフライにとって、戦うか、退くか。これだけで勝敗の八割方が決まる。
 涼平は事前に、小惑星帯の軌道上の秘密補給庫から、膨大な武装コンテナをドラゴンフライにくくりつけていた。六連装ミサイルポッド九基、全弾対艦ミサイル、五十四発。
 これはドラゴンフライの自重の六倍もあり、巡洋艦の武装に匹敵する。それをシフトランチャーを逆さに使い、目標座標に次々と送り込んでいく。
 敵は、戦力を増強してくるだろうか。それとも戦術を変えてくるか。いずれにせよ派手な花火が始まることは、わかりきっていた。