「ピクシー、起きて。出番だ。新型ミサイルの、スペックが送られてきた。戦術パターンを組んでくれ」
 すぐに少女は、涼平の左となりに実体化した。ふわああ、と、息を付いて、両手を挙げ伸びをする、ピクシー。
「涼平? なにこれ」
「ドラゴンフライに装備する、新兵器」
「こんなの、役に立たないわよ。あ」ピクシーの顔が、こわばった。「まさか、防空網のない民間施設を狙うの?」
「違うよ、そんなことはしない。安心して、ピクシー。これは立派な決戦兵器さ」
「だって、それなら……簡単に撃墜されちゃう。オペレーターがわたしじゃなくても、絶対」
「ところが。シミュレーション、してみ」
「もちろん、やってるけど。なんどやっても、予測結果は同じよ。なにか秘密があるの?」
「地球、ということを前提に要素を設定してシミュレートしてみて。そうすればわかるよ」
「? 駄目、やっぱりわたしには、わからない」
「ヒント。このミサイル、なぜかまっすぐ飛ばず、迷走するようになってるでしょ。そこを客観的に」
「迷走、といっても。こんな低速では、敵弾を回避できないわよ。障害物を利用してもいないし。むしろ、無駄な動きみたい」
「まだわからない? このミサイルが、識別不能だとしたら?」
「え? ステルス機能、無いわよ。あ! もしかして……わかった、わかったんだから!」ピクシーは驚愕の表情で、熱っぽく言う。「このミサイルは、鳥とかと見分け付かない。そこがポイントね。レーダーに写っても、ミサイルと判別できない。すごいわ……わたしなんて、思いつきもしなかった。これを開発した人って、人間で言う{天才}って分類?」
「あいつが? いや、あいつはそれと紙一重の方だ」
「○○○○?」
「それ、口に出しちゃ駄目。……それとも、天災ってやつかな」涼平は苦笑していた。
 ピクシーはプーとふくれた。「あ、またわたしに分からない事で、笑ってるぅ!」
「ごめんね、ピクシー。評価を頼むよ」
「有効な兵器ね。少なくとも、現時点では。例を挙げるとミサイル開発競争の対抗策として発明された、ステルス(レーダーに映りにくい素材、形状の技術)は、たしかに誕生当時では画期的だったけど、結局ステルス戦闘機は無敵とはなれなかった。たしかにレーダーには映りにくいんだけど、どうしてもほんの小鳥ほどの反応は残ってしまう。そして、時速千キロで飛ぶ小鳥なんて、いない。だからそこに、つけいる隙がある。この兵器についても、おそらく」
「では、対抗兵器も、いずれできると」
「そうね。わたしには、開発期間は予測できないけど」
 生まれつき目の見えない人には、言葉でいくら説明しても、目の見える人にとっては常識的な概念が理解できないことがあるという。「色」は当たり前だが、他には例えば、「空」「地平線」とか。どんなものなのか、把握できないのだ。空間を認識する方法が、目の見える人と異なるためだろうか。
 そして、まさしくAIであるピクシーにも、似たような事が言えるのだ。だからいくらピクシーは頭が良くても、涼平がいなければ完全には船を動かせない。情報の種々選択ができない点が、致命的だ。戦闘に際し客観的に、{敵機}{敵弾}{障害物}等などの、座標、相対速度を計算する。完璧に答えは分かるはずなのに、ピクシーには最善な決断がなにか、わからない。取るべき行動。移動、回避、攻撃の優先順位が決められないのだ。
 無論プログラムを変更して、ピクシーにそれらを決断させることはできる。だが、ためしにさせても、結果はお粗末なものだった。もちろん敵弾をかわせと命じれば、ただそれだけの仕事は、ピクシーは人間にはできない正確さで、完璧に行う。だが臨機応変な、応用戦術は取れない。例えば回避の最中に、進退に不利なポジションになり、涼平が進路変更を命じるなんてことは、たびたびだ。
 まったく。頼りになると同時に、お守りの必要なお嬢さん、だ。
「ねえ、涼平には、開発期間分かるの?」
「だいたいは。対抗方法があるのだとすれば、存在が知られてから実戦配備されるまで、三カ月から一年、だな」
「え? 対抗方法、それがなにかを計算に入れないで、言っているの?」
「ああ。適当だけどね」
「わからないわ。人間の考えは。でも、結構正確なのよね……。なんにしても、そのミサイル、装備するのよね」
「もちろん。戦術プログラムは済んだかい?」
「もちろん、とっくよ。優秀な成績だわ」
「では、発注、頼むよ。取りあえず、8基もらおう」
「了解。発注したわ……ねえ、その兵器に、名前つけない?」
「そうだね……そうだ、{モスキート}と呼ぼう」
「なにか、所以あるの?」
「誰かさんが言っていたんだ。{ハエの様に舞い、カの様に刺す}ってね」
「新しい格言?」
「ただの戯言だよ。信じちゃだめ」
「そうなの? あ、モスキート、シフトされて来たわ。回収しましょう。……!? 至近に新たなクレバス(時空間の歪み)、発生! 大きい! 護衛艦クラス一艦、シフトして来るわよ!」
「全システム、起動。識別、急いで」
「まだ、わからないわ」
「ああ、いや。間違いなく敵だよ。味方が来る理由はないから。それ以外の船が通りかかる確率も、限りなく低いしね」
「さっきの通信から、座標がバレたのね」
「報復攻撃さ。種類は?」
「識別処理の結果は、護衛艦だけど」
「ならば、逃げよう。緊急退避用のγポイントへ、飛ぼう」
「え、一戦もしないで? 護衛艦なんて、涼平には楽勝でしょ」
「敵は宙戦機を搭載している可能性がある。危険は冒せない」
「わかったわ。シフトドライブ、作動。システム休んでいたからウォームするのに、かなりかかるわよ! シフトまで135秒。もったいないけど、モスキートは諦めるのよね」
 涼平は操縦席から立ち上がった。腕組みをして、事態を見守る。
 敵が来る前に逃げられるろうか。おそらくドラゴンフライが最も苦手とする敵は、近接戦闘用の、戦闘機だ。単座軽量の、宇宙戦闘機。それはドラゴンフライと、武装の点で互角。なのに機動性はより上回る。なぜなら戦闘機には狭いコクピットだけで、居住スペースはないし、シフト(空間跳躍)能力もないからだ。
 至近距離から同時に多数の敵戦闘機に攻撃されれば、ドラゴンフライはあっけなく沈むだろう。反面戦闘機は、航続距離が短く、単独行動はできない。俺の勝機は周到な偵察と戦略で、戦闘機を相手にしないことだ。
 モニターがレッド表示された。警告がスクリーンを流れていく。間に合わないことを悟り、涼平はドラゴンフライの向きをクレバスに真正面に向くように旋回した。同時に機体に負荷を掛けない限りの、限界の速度で後退する。接近戦は大型艦船には有効だが、戦闘機には敵うはずないからだ。それでも距離、500キロ足らず。人間の視野では十倍も外だが、宇宙戦闘の尺度としては近すぎる。そして見るうちに、モニターのクレバスが収縮を始めた。
「来たな」涼平はつぶやいた。サングラスをかけ、仮想空間を睨み臨戦体勢に入る。
 ピクシーも緊張した声だ。「本艦シフトまで、67秒……間に合わない! 敵艦、シフトアウト! 確認、自衛隊のイージス艦だわ。ランチチューブ、一基発見。宙戦機、1機から3機搭載している模様……きゃあ!」悲鳴をあげるピクシー。「最悪! 敵宙戦機、3機の射出を確認。いずれも、戦闘機ヴュルゲル型と判別、接近中! 敵から、通信!」
 ウィンドゥに、精悍な顔つきの青年が映る。まとっているのは灰色のスーツだ。背景は、殺風景な管制室。護衛艦は遠隔誘導なのだ。
「テロリストども、降伏しろ! 勝ち目はないぞ」
 鋭い脅し。相手はしつこいほど見覚えのある、顔だった。中河大地。ジェイルバードに並ぶ私設海軍の犬。涼平は毒づいてやった。
「大地。正義の味方を気取るご機嫌は良いか?」
 レーダーを確認する。ん? 敵はミサイルは使用していない。レーザーキャノンも、マスドライバー・キャノンも使っていない。唯一、戦闘機の接近のみ。つまり、こちらを生け捕りにする気だ。それなら……。内心快哉を挙げる。しかしピクシーは不安げだ。
「どうするの、涼平」
「どうするって。逃げるしかないでしょ。マス・ドライバーを使い敵機を撃墜するのは、俺たちの本意に反する。すると武装は、攻撃用ではないシフトランチャーだけ。ま、それで応戦するか」
「宙戦機を撃つのね」
「違うよ。イージス艦を、狙って」
「え? この艦のシフトランチャーの力では、イージス艦を完全にシフトできないわよ。衝撃は与えられるけど、破壊はできないし」
「ま、この状況では、やむをえないさ。撃って」
「発射! もちろん、命中。シフトまで、25秒。敵機接近、回避運動開始……敵機にロックされた! レールガン、来るわ!」
「なら、助かったな」
「なんで? こんな至近距離じゃ、攻撃かわせないわ! きゃあ」
叫ぶ、ピクシー。至近を弾丸がかすめたのだ。
「6……5……4……ほらね。1……シフトエンター」
 涼平が言うと同時に、真っ白な光に視界が染まり、次いで暗転。レーダーには、なんの反応もない。虚空、虚無にドラゴンフライはただよっていた。脱出は成功したのだ。
 外には目まぐるしい速さで、ぐるぐると星空が回転している。回避運動の激しさを物語る。人工重力補正がなければ、遠心力で押しつぶされているところだ。スタビライザーが作動し、回転は収まった。
「よく、助かったわ」泣きそうな声でピクシーは言う。
 涼平は笑い飛ばした。「あいつの腕のほどは、あんなもんだよ」
「追撃、受けないかしら? あ! シフトランチャーの発射は、敵艦のシフトを妨げる為、だったのね。すごい判断だわ。涼平」
「大人の男なら、だれだってこれくらい思いつくさ」
「ひっどぉい! わたしが絶対になれないからって」
 笑ってなだめる涼平だった。孤独な、宇宙。しかし、虚無ではなかった。涼平に、相棒たちがいる限り。