「おうちに帰りたいよう!」
情けない涙声。これがピクシーのような女の子なら話はわかるが、モニターに現れたのは天を衝くような若い巨漢。それも、古典的(大戦時の各国のそれのごちゃまぜ)なデザインで意匠を凝らして作られた、豪奢な制服の軍人……。
とにかくそいつの、第一声はそれだった。というかいつも、それだった。最初は笑って見ていたピクシーも、いまではいいかげん飽きている。
涼平は嘆息し、答えた。「俺もだ、一典」
モニターとはいえ、ヴァーチャルリアリティーを利用した立体映像だ。親友一典の姿は、まるで直にテーブルをはさんで座って対面しているかのように映る。その背後には、各種モニターがずらりと並ぶ。数名仕事をしている若者も目に入る。
一典は司令室にいるのだ。「ぼくらの時代へ帰るあては?」
「一典すら知らないのなら、俺にわかる道理がないだろう」
「なんでぼくたち、こんなことになっちゃったんだろうね」エグエグとすすり泣きながら、一典は言う。
「希望は、最後まで捨てるな。悪いことばかりは続かないさ」
「{過失は穴掘る罠のごとし}というもんね」
「{禍福は糾える縄のごとし}だ!」訂正する。「一典、おまえには地位に伴う責任があるんだ。それを忘れるなよ。というか、俺なんかに説教されてるようじゃだめだ」
「『宇宙の戦史』にも載っているよ、前線では学校上がりの新米参謀より、むしろ経験豊富な叩き上げの先任軍曹に意見を乞うことって」
「それは、学校上がりの新米少尉にとってだ。一典は違うだろ」
「たしかにね。ぼくたち、学校上がりのキャリア、いないもんね。このザンバラリには」
その代わり叩き上げのベテランもいない、素人の若者ばかりの烏合の衆なのだ。涼平は再度叱責する。「なんだって? 一典、おまえ自分の階級、言ってみろ!」
「元締め」
「元帥、だ!」
「言ってみただけ」
軽く受け流す若者。子供じみた言動の抜けない一典は、元帥だった。弱冠十八歳にして、全長十三キロという超巨大な補給艦、というよりほとんど移動する宇宙要塞である、ジンバレルの司令官。ジンバレルは、酒樽を意味する名の通り、円柱状の建造物だ。現在は火星の衛星軌道を回っている。
火星は人類にとって禁忌の地だ。バイオプラントによるテラ・フォーミング(地球化)が計画されている。この地を地球の開発計画から守るのが、反乱軍だ。火星は自然進化に任せ、いっさいの人間の手を加えてはならない、それが掟、命令事項だった。
それを統帥するのが。どこをどう間違えて、こうなったものやら……一典だった。穏和な平和主義者。大飯喰らいの穀潰し。
ちなみに、一典の部下はと言えば。他に、将軍は一人もいない。士官でも、佐官は一人もいない。で、大尉から下は、いちおう存在する。大尉は七人いる。二人は宙戦機の連隊指揮官であり、さらに二人は母艦艦長であり、一人は総参謀長、それから主計監察官、さらに技官総監だ。どうみても偏った編成ではあるが、とにかく反乱軍は機能していた。
いかにも、あやふやな地位。はたして、砂上の楼閣か。それとも、無冠の帝王か。それが、反乱軍元帥。一典だった。
で、涼平はといえば飛曹長だった。つまり下士官。前線を担当する下士官の中でも一番上位、切り込み隊長だ。勇猛で優秀な兵士として、回りからの信任も厚い。
しかし涼平と一典は、一下士官と司令官。本来なら会話はおろかおめどうりすら、かなわない地位の差のはずではあったが。涼平は十階級以上上の上官に叱責した。
「だったら、いいかげん自分の船の名前くらい、覚えろ。ジンバレルだ! と、いうことで元帥閣下」皮肉を込めて言う。「商品は、お気に召されましたか?」
「うん、貴重な戦力になるよ。代償だけど、直人さんに聞いて」
「あいつに、か。それは後で。一典、戦闘経過のデータファイルも、目を通してくれ」
「え? ぼく、そんなことわかんないよう」
「ま、手短に話す。俺の取ったのは、一撃離脱戦法。目標にシフトし、一撃を与え、再びシフトして離脱する。これはドラゴンフライのような小型艦船に、有効だ。再シフトまでの準備時間が、短いからな。大型艦船ではシフトに必要な亜空間を作るのに、大きさの分だけ時間を喰うから」
「ちょっと待ってよ」
「戦術のポイントは、ドラゴンフライがシフト後に移動せず自由落下したこと。これにより、敵レーダーに捕らえられてからも、相手からはこちらが人工物なのか、攻撃する意図があるのかわからなかった。同時に攻撃まで識別信号を発していなかったのは、無論だが。宇宙では国際法は適用されないんだ。{死んだ振り作戦}。このくらいの、策を弄せ」
「うぅ……」
「それから、俺が敵ミサイル到達前に、離脱した事もポイントだ。大気圏を挟んだあの状況では、ビーム兵器は使用不能。反面ミサイルは絶対的に有効、命中すれば確実に死だが、到達に時間がかかるのでその前にシフトすればいい。唯一敵が使用できたのはマスドライバー・キャノンだが、軽快な小型艇に対し命中率は低い」
「勘弁してよう。ぼくもう元帥辞めるもん! 直人さんに回すね」
「あ、待て一典!」
再びモニターが切り替わり、小柄で細身の間延びした丸顔の青年が表示された。だらけたTシャツ姿。いるのは普通の民家の部屋の中だ。タンスや本棚が見える。
このアナーキストを自称する直人は軍属を嫌がっていた。いちおう軍属で肩書は四等工兵扱い。つまり見習い訓練兵、予備役の兵士。一般の兵隊である二等兵より二階級低い。
直人は涼平を見ると、にやりと笑った。「よう、元気か? 少女誘拐犯!」
「死が恐ろしくないか、直人。殺されたいか?」
不機嫌な声に、直人は肩を竦めた。「怖いけど。そこから、おれに手出しできるかい?」
「ああ。おまえは、地上にいられて、いいよな」
地上。直人は地球にいるのだ。日本の新都心の当たり前の民家に。涼平と同い年の二十一歳の青年。表向き当たり前の工員として働いているが、影では反乱軍に内通するレジスタンスだ。直人はエンジニアの人脈が広い。自堕落な大酒呑みの無神論者。
「いいことないって。がんじがらめだよ」
「俺にいわせりゃ、自由だ。贅沢だよ」
「無限の大空にいるのに、か?」
「体験すればわかるさ。一典なんてもう辞めるって泣いてたぜ」
「元帥閣下様だろ、敬称で呼べよ。御一典さまって」
「おかず海苔……まったく。地上は気楽でいいな」
「ま、そういうことにしておこう。お嬢さんの調子はどうだ?」
「ああ、よくやってくれているよ。悪かったな、誘拐犯で」
「ツケは、いずれまとめて払ってもらうよ。今はいいさ」
「そうか。なら、用件だな。直人、取引材料があるのか?」
「画期的な新兵器ができたんで、それを売り込みにさ。ま、ミサイルなんだけど。宇宙戦用ではない。大気圏内低空用、対象は地上施設。艦船程度の低速ならば移動目標も狙える。特徴として、まず絶対に迎撃されない。つまり対ミサイル兵器に撃ち落とされず、必ず目標に命中する」
「それは、なぜだ?」
「速度に秘密がある。なんと巡航速度、50キロ」
「大気圏内をマス・ドライバー並の秒速50キロ!? たしかにそれなら、対空兵器に迎撃は困難だ。そんなの、どうやって実現したんだ?」
「これが秒速、じゃないんだな。時速50キロメートル」
「は?」目が点になる涼平。当たり前であるが、秒速と時速の差は3600倍だ。「どあほう! そんな鈍いミサイル使えるか!」
「はははは。良く、考えてみな」
「!」思い当たった。「そうだな、それは使える。おまけに低コストで小型か。シフトランチャーで射出すれば無敵だな。ドラゴンフライにもってこいだ。さっそく配備してくれ」
「誘導プログラムの方はお嬢さんに頼みな。じゃあな、似非フェミニスト!」
モニターからウィンドゥが消えた。映るのは、虚空と無機質に光る星々のみ。軽いノスタルジアに、襲われた。うすら寒い喪失感と、逆に柔らかく暖かい思いが胸に渦巻く。かつての仲間と通信すると、いつもこうだ。だが、後戻りはできない……。思いを振り払うように首を振る。
情けない涙声。これがピクシーのような女の子なら話はわかるが、モニターに現れたのは天を衝くような若い巨漢。それも、古典的(大戦時の各国のそれのごちゃまぜ)なデザインで意匠を凝らして作られた、豪奢な制服の軍人……。
とにかくそいつの、第一声はそれだった。というかいつも、それだった。最初は笑って見ていたピクシーも、いまではいいかげん飽きている。
涼平は嘆息し、答えた。「俺もだ、一典」
モニターとはいえ、ヴァーチャルリアリティーを利用した立体映像だ。親友一典の姿は、まるで直にテーブルをはさんで座って対面しているかのように映る。その背後には、各種モニターがずらりと並ぶ。数名仕事をしている若者も目に入る。
一典は司令室にいるのだ。「ぼくらの時代へ帰るあては?」
「一典すら知らないのなら、俺にわかる道理がないだろう」
「なんでぼくたち、こんなことになっちゃったんだろうね」エグエグとすすり泣きながら、一典は言う。
「希望は、最後まで捨てるな。悪いことばかりは続かないさ」
「{過失は穴掘る罠のごとし}というもんね」
「{禍福は糾える縄のごとし}だ!」訂正する。「一典、おまえには地位に伴う責任があるんだ。それを忘れるなよ。というか、俺なんかに説教されてるようじゃだめだ」
「『宇宙の戦史』にも載っているよ、前線では学校上がりの新米参謀より、むしろ経験豊富な叩き上げの先任軍曹に意見を乞うことって」
「それは、学校上がりの新米少尉にとってだ。一典は違うだろ」
「たしかにね。ぼくたち、学校上がりのキャリア、いないもんね。このザンバラリには」
その代わり叩き上げのベテランもいない、素人の若者ばかりの烏合の衆なのだ。涼平は再度叱責する。「なんだって? 一典、おまえ自分の階級、言ってみろ!」
「元締め」
「元帥、だ!」
「言ってみただけ」
軽く受け流す若者。子供じみた言動の抜けない一典は、元帥だった。弱冠十八歳にして、全長十三キロという超巨大な補給艦、というよりほとんど移動する宇宙要塞である、ジンバレルの司令官。ジンバレルは、酒樽を意味する名の通り、円柱状の建造物だ。現在は火星の衛星軌道を回っている。
火星は人類にとって禁忌の地だ。バイオプラントによるテラ・フォーミング(地球化)が計画されている。この地を地球の開発計画から守るのが、反乱軍だ。火星は自然進化に任せ、いっさいの人間の手を加えてはならない、それが掟、命令事項だった。
それを統帥するのが。どこをどう間違えて、こうなったものやら……一典だった。穏和な平和主義者。大飯喰らいの穀潰し。
ちなみに、一典の部下はと言えば。他に、将軍は一人もいない。士官でも、佐官は一人もいない。で、大尉から下は、いちおう存在する。大尉は七人いる。二人は宙戦機の連隊指揮官であり、さらに二人は母艦艦長であり、一人は総参謀長、それから主計監察官、さらに技官総監だ。どうみても偏った編成ではあるが、とにかく反乱軍は機能していた。
いかにも、あやふやな地位。はたして、砂上の楼閣か。それとも、無冠の帝王か。それが、反乱軍元帥。一典だった。
で、涼平はといえば飛曹長だった。つまり下士官。前線を担当する下士官の中でも一番上位、切り込み隊長だ。勇猛で優秀な兵士として、回りからの信任も厚い。
しかし涼平と一典は、一下士官と司令官。本来なら会話はおろかおめどうりすら、かなわない地位の差のはずではあったが。涼平は十階級以上上の上官に叱責した。
「だったら、いいかげん自分の船の名前くらい、覚えろ。ジンバレルだ! と、いうことで元帥閣下」皮肉を込めて言う。「商品は、お気に召されましたか?」
「うん、貴重な戦力になるよ。代償だけど、直人さんに聞いて」
「あいつに、か。それは後で。一典、戦闘経過のデータファイルも、目を通してくれ」
「え? ぼく、そんなことわかんないよう」
「ま、手短に話す。俺の取ったのは、一撃離脱戦法。目標にシフトし、一撃を与え、再びシフトして離脱する。これはドラゴンフライのような小型艦船に、有効だ。再シフトまでの準備時間が、短いからな。大型艦船ではシフトに必要な亜空間を作るのに、大きさの分だけ時間を喰うから」
「ちょっと待ってよ」
「戦術のポイントは、ドラゴンフライがシフト後に移動せず自由落下したこと。これにより、敵レーダーに捕らえられてからも、相手からはこちらが人工物なのか、攻撃する意図があるのかわからなかった。同時に攻撃まで識別信号を発していなかったのは、無論だが。宇宙では国際法は適用されないんだ。{死んだ振り作戦}。このくらいの、策を弄せ」
「うぅ……」
「それから、俺が敵ミサイル到達前に、離脱した事もポイントだ。大気圏を挟んだあの状況では、ビーム兵器は使用不能。反面ミサイルは絶対的に有効、命中すれば確実に死だが、到達に時間がかかるのでその前にシフトすればいい。唯一敵が使用できたのはマスドライバー・キャノンだが、軽快な小型艇に対し命中率は低い」
「勘弁してよう。ぼくもう元帥辞めるもん! 直人さんに回すね」
「あ、待て一典!」
再びモニターが切り替わり、小柄で細身の間延びした丸顔の青年が表示された。だらけたTシャツ姿。いるのは普通の民家の部屋の中だ。タンスや本棚が見える。
このアナーキストを自称する直人は軍属を嫌がっていた。いちおう軍属で肩書は四等工兵扱い。つまり見習い訓練兵、予備役の兵士。一般の兵隊である二等兵より二階級低い。
直人は涼平を見ると、にやりと笑った。「よう、元気か? 少女誘拐犯!」
「死が恐ろしくないか、直人。殺されたいか?」
不機嫌な声に、直人は肩を竦めた。「怖いけど。そこから、おれに手出しできるかい?」
「ああ。おまえは、地上にいられて、いいよな」
地上。直人は地球にいるのだ。日本の新都心の当たり前の民家に。涼平と同い年の二十一歳の青年。表向き当たり前の工員として働いているが、影では反乱軍に内通するレジスタンスだ。直人はエンジニアの人脈が広い。自堕落な大酒呑みの無神論者。
「いいことないって。がんじがらめだよ」
「俺にいわせりゃ、自由だ。贅沢だよ」
「無限の大空にいるのに、か?」
「体験すればわかるさ。一典なんてもう辞めるって泣いてたぜ」
「元帥閣下様だろ、敬称で呼べよ。御一典さまって」
「おかず海苔……まったく。地上は気楽でいいな」
「ま、そういうことにしておこう。お嬢さんの調子はどうだ?」
「ああ、よくやってくれているよ。悪かったな、誘拐犯で」
「ツケは、いずれまとめて払ってもらうよ。今はいいさ」
「そうか。なら、用件だな。直人、取引材料があるのか?」
「画期的な新兵器ができたんで、それを売り込みにさ。ま、ミサイルなんだけど。宇宙戦用ではない。大気圏内低空用、対象は地上施設。艦船程度の低速ならば移動目標も狙える。特徴として、まず絶対に迎撃されない。つまり対ミサイル兵器に撃ち落とされず、必ず目標に命中する」
「それは、なぜだ?」
「速度に秘密がある。なんと巡航速度、50キロ」
「大気圏内をマス・ドライバー並の秒速50キロ!? たしかにそれなら、対空兵器に迎撃は困難だ。そんなの、どうやって実現したんだ?」
「これが秒速、じゃないんだな。時速50キロメートル」
「は?」目が点になる涼平。当たり前であるが、秒速と時速の差は3600倍だ。「どあほう! そんな鈍いミサイル使えるか!」
「はははは。良く、考えてみな」
「!」思い当たった。「そうだな、それは使える。おまけに低コストで小型か。シフトランチャーで射出すれば無敵だな。ドラゴンフライにもってこいだ。さっそく配備してくれ」
「誘導プログラムの方はお嬢さんに頼みな。じゃあな、似非フェミニスト!」
モニターからウィンドゥが消えた。映るのは、虚空と無機質に光る星々のみ。軽いノスタルジアに、襲われた。うすら寒い喪失感と、逆に柔らかく暖かい思いが胸に渦巻く。かつての仲間と通信すると、いつもこうだ。だが、後戻りはできない……。思いを振り払うように首を振る。