男はどんよりした眠りから目覚めた。とりとめのない、重苦しい悪夢を見ていた気がする。身体中にぐっしょりと汗をかいていた。空調は寒いほど効いているのに、暑い。シャワーを浴びなくては。
「標準時十八時十五分、涼平は目覚める。計算通りね」女の子の声がした。
誰だ、計算? なんの話だ。男は異常に気付いた。ここはどこだ? 男の家ではない、四方を窓の無い暗緑色の壁に囲まれた、まるで独房だ。それに……女の子?
「わたしはピクシーよ、なにも憶えていないの?」
ピクシー? 妖精……なんのことだ。ほんの小学生くらいの少女。
「俺はきみなんて知らない。って、きみはいったい……」
ピクシーと名乗った少女は、宙に浮いていた。
「神は全知全能、その迷信を砕いてあげる」ピクシーはくすくす笑う。「『その日は朝から夜だった。生まれたばかりの婆さんが八十五歳の孫つれて曲がった道を真っ直ぐに前へ前へとバックした』さあどう、神に可能?」
「論点が違うだろ、冒涜は止めろ」
「そうかしら、あなたずいぶん冒涜的なこと言うわよ。五分後、涼平は『神なんていらない! そんなもの役にたつか』と叫びながら全裸で火炎噴射機を乱射する」
誰がそんなことするか。とにかく、汗を流さなくては。室内を確かめる。隅にユニットバスがある。入り、服を脱ぐ。バスタブの蓋を開ける……と、見たくも無い黒いものがうじゃうじゃと!
「出たでしょ。紙いるんじゃない?」
「紙なんていらない! そんなもの役にたつか」
男は小型火炎噴射機で、ゴキブリ目掛け炎を浴びせていた。何故だか、その使い方も場所もわかっていたし、この室内はそうそう火事にならないことも知っていた。
「どう? わたしの予測は当たるのよ」
男は灰になった虫けらをシャワーで流し捨てると、自分もお湯を浴びて着替えて風呂から出た。反対側の壁一面が、モニター端末となっているのに気付く。テキストがずらりと表示されている。
「未来を予測できるのか。これはなんだ? 『ピクシーは涼平の腕にすがりながら、わたしを犯して』という」
「それ、R15指定にひっかかっているの。わたし意味わかんない。以降の予測もこうよ」
なんだ、これは。男は絶句した。
……
『涼平は「もう自棄だ、めちゃくちゃにしてやる!」と叫ぶ』
『ピクシーは「駄目、壊れちゃう~!」と悲鳴を上げる』
『涼平は「こんなところで終われるか!」と答える』
『ピクシーは「穴が空いちゃう~」と叫ぶ』
『涼平は「生き残りたいなら、大人しくしてろ!」と答える』
『ピクシーは声を出さず泣く』
『涼平は「突破口をひらく。突入!」と命じる』
『ピクシーは「やめて! 涼平、死んじゃう」と……』
……
なんなんだよ、これは! 自分はロリコン変質者か?
「まあ、落ち着きなさいよ、涼平。これから大変なんだから。状況を整理するわね」ピクシーは真顔で語り始めた。「あなたが高校生のとき、戦争があったわ。自衛隊が初めて海外へ派遣されたわね。学徒動員で無理やり徴兵されたあなたはいやいやながらガンダムに乗り込んで宇宙に飛んだのよ。そこで敵ガンダムと交戦して撃墜され、脱出。宇宙を漂流し、なんとか救助されたものの酸素欠乏症によりぷっつんしてしまった。それまでは成績良かったのに」
「んなわけがあるかあぁ!」
「うそよ、もちろん」ピクシーはくすくす笑う。「あなたはジェイルバードの一員、剣崎涼平一等飛曹。日本のクーデター動乱において作戦方針を構築し、圧勝してのけた一世の英雄」
ジェイルバード! 男……涼平は記憶を半ば取り戻した。思えば自分は学校へも行かず、その『組織』に身をおいて戦いつづけていた。
「ここはトンボこと宇宙船ドラゴンフライの中。これから戦いが始まるのよ、涼平。だから」ピクシーはそっと涼平の腕をとった。「わたしを置かして」
言葉と同時にサイレンが鳴り響き、モニターが赤い文字で警告を発していた。
『敵艦接近! 作戦成功率、100%! ただし本艦の被撃墜率も100%!』
涼平は叫んでいた。「もう自棄だ、めちゃくちゃにしてやる!」
宇宙戦闘の火蓋はかくて切られた。
「標準時十八時十五分、涼平は目覚める。計算通りね」女の子の声がした。
誰だ、計算? なんの話だ。男は異常に気付いた。ここはどこだ? 男の家ではない、四方を窓の無い暗緑色の壁に囲まれた、まるで独房だ。それに……女の子?
「わたしはピクシーよ、なにも憶えていないの?」
ピクシー? 妖精……なんのことだ。ほんの小学生くらいの少女。
「俺はきみなんて知らない。って、きみはいったい……」
ピクシーと名乗った少女は、宙に浮いていた。
「神は全知全能、その迷信を砕いてあげる」ピクシーはくすくす笑う。「『その日は朝から夜だった。生まれたばかりの婆さんが八十五歳の孫つれて曲がった道を真っ直ぐに前へ前へとバックした』さあどう、神に可能?」
「論点が違うだろ、冒涜は止めろ」
「そうかしら、あなたずいぶん冒涜的なこと言うわよ。五分後、涼平は『神なんていらない! そんなもの役にたつか』と叫びながら全裸で火炎噴射機を乱射する」
誰がそんなことするか。とにかく、汗を流さなくては。室内を確かめる。隅にユニットバスがある。入り、服を脱ぐ。バスタブの蓋を開ける……と、見たくも無い黒いものがうじゃうじゃと!
「出たでしょ。紙いるんじゃない?」
「紙なんていらない! そんなもの役にたつか」
男は小型火炎噴射機で、ゴキブリ目掛け炎を浴びせていた。何故だか、その使い方も場所もわかっていたし、この室内はそうそう火事にならないことも知っていた。
「どう? わたしの予測は当たるのよ」
男は灰になった虫けらをシャワーで流し捨てると、自分もお湯を浴びて着替えて風呂から出た。反対側の壁一面が、モニター端末となっているのに気付く。テキストがずらりと表示されている。
「未来を予測できるのか。これはなんだ? 『ピクシーは涼平の腕にすがりながら、わたしを犯して』という」
「それ、R15指定にひっかかっているの。わたし意味わかんない。以降の予測もこうよ」
なんだ、これは。男は絶句した。
……
『涼平は「もう自棄だ、めちゃくちゃにしてやる!」と叫ぶ』
『ピクシーは「駄目、壊れちゃう~!」と悲鳴を上げる』
『涼平は「こんなところで終われるか!」と答える』
『ピクシーは「穴が空いちゃう~」と叫ぶ』
『涼平は「生き残りたいなら、大人しくしてろ!」と答える』
『ピクシーは声を出さず泣く』
『涼平は「突破口をひらく。突入!」と命じる』
『ピクシーは「やめて! 涼平、死んじゃう」と……』
……
なんなんだよ、これは! 自分はロリコン変質者か?
「まあ、落ち着きなさいよ、涼平。これから大変なんだから。状況を整理するわね」ピクシーは真顔で語り始めた。「あなたが高校生のとき、戦争があったわ。自衛隊が初めて海外へ派遣されたわね。学徒動員で無理やり徴兵されたあなたはいやいやながらガンダムに乗り込んで宇宙に飛んだのよ。そこで敵ガンダムと交戦して撃墜され、脱出。宇宙を漂流し、なんとか救助されたものの酸素欠乏症によりぷっつんしてしまった。それまでは成績良かったのに」
「んなわけがあるかあぁ!」
「うそよ、もちろん」ピクシーはくすくす笑う。「あなたはジェイルバードの一員、剣崎涼平一等飛曹。日本のクーデター動乱において作戦方針を構築し、圧勝してのけた一世の英雄」
ジェイルバード! 男……涼平は記憶を半ば取り戻した。思えば自分は学校へも行かず、その『組織』に身をおいて戦いつづけていた。
「ここはトンボこと宇宙船ドラゴンフライの中。これから戦いが始まるのよ、涼平。だから」ピクシーはそっと涼平の腕をとった。「わたしを置かして」
言葉と同時にサイレンが鳴り響き、モニターが赤い文字で警告を発していた。
『敵艦接近! 作戦成功率、100%! ただし本艦の被撃墜率も100%!』
涼平は叫んでいた。「もう自棄だ、めちゃくちゃにしてやる!」
宇宙戦闘の火蓋はかくて切られた。