わたし、真理は空を飛んでいた。ふわふわ、ふわふわ、爽快爽快。真夏の晴天の眩い光が、あったかい。でも前から吹き抜ける空の風は冷たく気持ちいい。

 シザーズの背に乗り、街がおもちゃに見えるくらいの上空で、さわやかな空気を胸いっぱい吸い込む。迫ってくる黒く光る点の群れを、わくわくしながら。あれをやっつければいいのよね。

 飛竜シザーズは、冷静な声で進言した。「敵竜は九騎。三騎ずつにわかれ、前方と左右から三方向包囲しようとしている様子。距離、千五〇〇メートル。互いに直進すれば、十秒足らずで接触します。一対九です。いけますか、お嬢さん」

 わたしは気楽に答えていた。「楽勝~端から潰すわよ、敵右翼に突撃。真正面から突っ込んで」

シザーズは指示とおり、最至近の敵竜に迫った。みるみる大きくなる敵のドラゴン。わたしはさっと命令した。「よけて! いっけえ~」

 敵竜の炎の吐息が、爆音とともにわきを貫いていく。わたしはすれ違いざまに、至近距離斜め前方へ照準し、最大威力にしたシュリークのトリガーをめいいっぱい引く。連射されるゴムの銃弾はドラゴンの翼におもしろいように当たった。敵竜は態勢を崩し、きりもみ降下していく。

「ぬっる~い。こんなもん? 左急旋回。次の背後をとって」

 わたしは有頂天だった。こんなアクティブな夢見たの初めて。シザーズが急旋回すると、その遠心力が身体を締め付ける。瞬く間にもう一騎の敵を補足していた。問う。「敵は背後を見ていないわね」

「高速飛行中、竜の頭が後ろを振り向くのは不可能です」

 シザーズは炎を噴きつけた。敵竜は炎上し落下していく。歓声を上げるわたし。「返す刀でもう一騎。やったあ!」

 見回すと、敵は包囲を諦め、残った七騎で編隊を組みなおしている。これはヤバイな。

「集団で来たわね。逃げて。急降下」シザーズは最大速度で滑空した。ジェットコースターだ! わたしは後方を確かめつつ、次の手を打つ。「ゆっくり旋回して、太陽に向かって上昇」

降下速度の余力で、急上昇に入る。敵は太陽の光に、満足に前が見えていない。やみくもに向かってくる。いっぽうでわたしからは、敵竜は光輝きはっきり見える。敵の戦線が延びきった。編隊が乱れてる。チャンス。

「と、みせかけて。反転。いちばん近い敵の背に回りこんで」

 猪突し単独で追って来ていた敵は、簡単にシザーズの餌食となった。三騎目! 他の敵竜たちは、散っていた。怯んだな。

「いちばん遅いヤツに追撃! 逃がさないで」シザーズは従い、『仕事』を終えた。

わたしは軽く言った。「さあ、次いこうか」

シザーズは穏やかに述べた。「もう距離がありすぎます。深追いは危険です」

「これで終わり~? つまんな~い」

「いまの敵は、敵全軍のほんの一陣に過ぎないのですよ。マイ・レディ」

「この夢覚めちゃうんだ。まだ寝ていたいなあ」

「眠くなったのですね、ゆっくりお休みください」

 夢の中で眠るなんて、変な感じ。でもわたしは満足感に浸りながら、睡魔が忍び寄るのに任せた。夢の続きの眠り……

 ……

 わたしは当たり前に、自分のベッドで目を覚ました。夏休みだからって、最近乱れた生活している気がする。変な夢ばっかり見ていたようだし。日付を確かめる。コミケ、明後日に迫っちゃった。メイド服、手入れしないと。クローゼットを確かめる。無い。

 はっとする。昨日、秋葉のコインロッカーに。シートベルトと引き換えに。どれが、なにが夢? わたし、わたし……。

 記憶は偽れない。枕もとには、シュリークがある。携帯を確かめる。またも一件着信記録。直ちに聞いて見る。

(気分はどうだ、毒女。まだ正気か? うまく片付いたようだな、収まった。一線を超えたな。上出来だ)

 直人! 直ちにリダイヤルする。直人はワンコールで出た。

怒鳴るように聞く。「なにがどうなっているの?!」

「なんの話だ、落ち着けよ」直人は間延びした声だ。

「なにが起こったのかってはなしよ!」

「パラノイアだな。幻覚に幻聴、被害妄想だな。強迫観念」

「妄想!?」

「きみには見えた。聞こえた。それは事実だ。現実にそんな光景とか会話があったんだろうよ。他人かテレビかは知らないがね」

「ドラゴンに乗っていたというのは」

「テレビゲームでもやっていたんじゃないか」

「そんな!」

「と、世間の人は言うだろう。おれたちは違う、ドラゴンは実在する。おまえもよくやるよな、初陣で四騎撃墜とは。後一機でエースだ」くすくすと笑う直人だった。

「わたしがドラゴンを撃墜!? わたし薬盛られたわね」

「戦闘用ドラッグ。恐怖感や不安感を拭い去る覚醒剤。なぜ敵の竜があんなに弱かったと思う? 乗り手がいなかったからさ。涼平が妨害したんだ、シザーズを助けに行って。もう、連絡はつかない。涼平の死に様としては、なっちゃいねえな」

「死に様って……涼平さんが!?」

「それともあいつらしいかな、は、姫君を守るナイトの真似か。ああ、律儀なヤツ。おれなんて借金踏み倒すのに。ボスなんてよく言っているぜ、『夜逃げ踏み倒しできない小市民に、経営者は勤まらない』って。そんなことより自分の心配しろよ。全面戦争招いておいて。いまは昼間だから、事件を表沙汰にしたくないヤツらは動いていないが……窓から空を見てみろ」

 わたしはまだふらつく脚を無理に動かして、部屋の窓へ駆け寄った。空を見る……遠い上空に、なにか大きな鳥のようなものがたくさん群れをなして飛んでいる。何十も。

でも、いまのわたしにはわかる。羽ばたきもすごいゆっくりだし、長い尾がある。そもそも、くるくると旋回しながらずっと同じ空間に留まる鳥なんていない。あれって、ドラゴンだ!

「昨日みたいにはいかないぜ。今回は敵はみんな乗り手付きな上圧倒的多数だ。打つ手なし、か。ま、おまえは日が照っているうちに、都心に入るんだな。シザーズがおとりになってくれているうちに」