わたし真理と涼平さんはそのまま、駅にたどりついた。こんなさびれた田舎なのに、将来の開発地区のために作られた、ちゃんとした地下鉄の駅。むろん、ろくに利用者もいない。

 誰もいない細い階段を降りて、駅に入る。切符を買って自動改札を抜けるが、駅員すらいない。さらにエスカレーターを降りてホームへ。線路がホームの両脇に伸びている。涼平は、落ち着いたそぶりで四方に目を配った。

 こんな早朝の始発、利用する客はこの駅には滅多にないのだろう。ちょうど間に合った。到着まで、あと四分か。

 やはり、利用者はいなかった。ホームのいちばん隅に、ダンボールの山。汚れた服装の浮浪者が一人、新聞紙をかぶって寝ているだけしか……。

 三十メートルほど先。涼平は気にしてはいないようだ。無造作に近づく。真理はどうしても、涼平の左手の、カバンいや改造銃に目が行ってしまう。真理はそれの説明を受けていた。密造銃。それも、エアガンなのだという。

 銃の名はシュリーク。大型のゼンマイ状マガジンに、ぎっしり納められた六ミリゴムボール弾を毎秒八発、発射する。

 対人使用時は初速八十メートル毎秒。時速二百九十キロとは銃の弾丸の速度としては遅いが、よく跳ねるゴム弾の衝撃力は弾性の無い金属弾の二倍に相当する。たしかに、ゴム。敵をまず殺しはしない。しかしこれが人間に直撃すれば、細い杖の先で激しく深く殴られるのと、同じことだ。良くてもひどい打撲を負い、内出血を伴い何日も痛む。悪ければ骨折や内蔵損傷を招く。

 ゴム弾を撒き散らす空気銃。しかしおもちゃとは違う。威力は最高に上げれば火薬式の銃に匹敵する。発射時にあまり音を立てず、光も発しない。しかも弾はゴムボール。第三者に発見されても、おもちゃとしかわからない。

 非現実的な武器、というわけではない。軍隊でも十八世紀、オーストリアで一度だけ、エアガンが正式採用されたことがあった。それは鉛の弾を発射し、ちゃんと殺傷力があったという。そのころとは、技術が違う。

 シュリークの容積の大部分を占める圧縮空気の入るタンクは、完全な中空ではなく、強度を高めるための細い骨組みがぎっしりとしてある。これにより信じ難いほどの高圧が可能となっているのだ。

 しかも、無反動銃だという。射撃の際の排気を後方にも噴出し、反動を相殺するのだ。弾道がブレない。

 涼平さん、こんなもので戦っているんだ。相手を殺さない銃……でも、涼平さんは右腕に実弾を受けた。敵はほんとうに、わたしたちの命を狙ってる。

 涼平はホームの端へ歩き始めた。わたしは少し後ろをついていく。浮浪者風の男は、気づいていない様子だ。ひしゃげた帽子を顔にかぶせている。

涼平はぴくりと立ち止まった。手からシュリークを離し、肩に吊す。胸ポケットから携帯電話を取り出してモニターを見る。とたんに、はっとしたように表情が険しくなった。わたしは問う。

「どうしたの?」

「静かに」涼平は小さくささやいた。「俺の携帯はちょっとした機能が付いてあってね。近くから発せられた携帯の電波を探知して、盗聴することができる。いまも付近数十メートル内に反応があったが……盗聴できない。メールを使ったのだろうが、どうやら暗号化されている。ここいらでそんな電話するなんて、日中バイオの追っ手としか思えない」

「わたしたちを狙っているの?」

「間違いない。いま気づいたが、駅の監視カメラが作動していない。どうやら、ハメられたな」 

「涼平さん……」

「まだ、望みはある。逃げても無駄なことだから、ここで敵の出方を待つ。やつらだってこんな公共の場で人殺しはやりづらいはずだからな。もうすぐ、始発が来る。無関係な乗客の目があれば、ヤツらは動けないはずだ」

「涼平さん」わたしは不安げな声で問う。「きっと電車、誰も乗ってないよ。ここ辺鄙なとこだし、車庫駅はほんの少し前だもん。おまけにいまは夏休みで。無人電車でろくに駅員もいないはずよ」

 ウォォン……   地下のホームに響く警笛の音。すぐに、がたごとと音を立てて電車が入ってきた。空ではなかった。

 なにかが乗っている!? 窓越しに見えるのは、ごつごつした感じの濃い茶色い肌をした、身長二メートル近い異形の人の群れ……。服をまとっていないが、はだかと呼ぶには肌がぶ厚すぎるし手足が枝分かれしている。樹木が動いているみたい。その姿にぞっとする。十はいるだろうか。敵?

「木偶だ!」涼平は叫んだ。シュリークを左手に構える。口で安全装置を外す。動かない傷ついた右手を、底に添える。

わたしは問い返した。「でくって?」

「下がってろ、柱の影にくっつくんだ。身体を小さくしておけ」言うや涼平は、シュリークのトリガーを目いっぱい絞っていた。

 トトトトッ!  軽妙な発射音。同時にゴンゴンと金属の打つ音、それに金切り声を上げるかのような、ガラスの砕ける音がホームに満ち溢れる。

 シュリークの弾は、簡単に跳弾する。地下鉄のホーム内を乱反射したそれは、電車の窓ガラスを一両全部、粉みじんに粉砕していた。何十発も発射されたゴム弾は、狂ったように駅と列車の中を跳ね回った。流れ弾がひゅん、とわたしのそばをかすめてびっくりする。

 わたしは駅の支柱の影に隠れ、様子をうかがっていた。涼平は目標を木偶に定め、シュリークを連発している。でも、木偶はぜんぜんひるむ様子が無い。その樹皮のような身体に何発も弾を喰らっても、平然としている。

 木偶って植物人間なんだ。だからきっと、知能も神経もないんだ。つまり……敵に「痛み」を与える事で撃退する武器、ゴム弾のシュリークにとっては、もっとも戦いづらい相手だということ。

 電車は止まった。扉が開く。木偶たちはわたしのいる場所より、一両くらい先にひしめいている。散乱したガラスの破片を踏み越えて、わたしたちに向かってこようとしている。のっそりとした動きだが、力は強そうだ。

「くそ! 効いてない。火炎放射器でもなけりゃ、無理か!」涼平は吐き捨てるように叫んでいた。

 木偶の群れはもはや、涼平を囲もうとしている。木の枝のような腕を伸ばし、涼平に掴みかかる。涼平は木偶に囲まれて見えなくなってしまった。

 絶体絶命!  わたしはひとつの可能性に賭けた。炎。その言葉が、ヒントになった。

 電車の中に踏み行って、あるものを探す。どこでも地下鉄電車には常備されているもの。あった。備え付けの小さな消火器! 

 わたしは再びホームに降りると、消火器を涼平に群がる木偶に吹きつけてやった。

 狙い通り! 木偶たちの動きがみるみる鈍っていく。

 植物なら、肺呼吸はしない。呼吸代謝は表面の樹皮が賄っているはずだし、光合成もこれなら防げる。おまけに電気火災用の消火剤の粉末は、水分をむしろ吸収してしまうはず。

 三十秒も立つと、木偶たちはぐちゃぐちゃと崩れ、泥水に変わってしまった。ゲロのような水溜りができる。証拠の残らない、理想的な暗殺者ってわけだ。