わたしは、シザーズに付いていった。かれはわたしを助けてくれたのだ。家に放火した別のドラゴンを倒して。加えて家の火事が起こっていた部分を破壊することで、延焼を防いでくれたのだった。

 家は、1/3がぐちゃぐちゃに壊れてしまった。荒っぽいやりかただけど、他に方法は無かったのだろう。

 とにかく、わたしは怪我一つ無く救われた。それなのにシザーズは事態をなにも説明せず、涼平の口から聞かなければ意味が無いだろう、と言うだけだった。

 わたしはシザーズの背に乗って、空を飛んだ。ドラゴンの背は、人間が乗りやすくできている。鞍があるわけでないから不安定だけど、わたしは背中の逆棘につかまっていた。ひざでぎゅっと締める。

 シザーズが翼を打つと、その力強さがぐっとわたしの身体にかかる。ふわり、と浮き上がるのが実感できる。シートベルトなんてないし、落ちたら即死だけどいまさら怖いなんて言っていられない。

 わかっているのは、わたしは命を狙われているということだけだ。

 しばらく、目が開けられなかった。怖いのもあるけど、さっきの煙でまだ目が染みていた。風が前から吹きつけられる。

 どんどん、風は冷たくなっていくみたい。スピードが上がっているんだ。それとも、高度? 上空の気温って低いって聞いたことある。

 シザーズはわたしをどこへ連れていくんだろう?

 目をそっと開けてみた。真っ白な雲が目の前に広がっていた。霧に包まれたみたいな雲の中。思わず、下をのぞいてみた。

 雲のもやの向こうに、地面が見える。どうやら、新都心の中央あたりの上空だ。広がるビル街、縦横に走る道路は確認できるが、人なんて砂粒みたい。上空二キロは超えているのだろうか。ここまで高いと、逆に怖さも実感できない。

 これって考えてみれば、夢のような体験かも。子供なら、憧れるよね。わたしは空にいることを楽しみ始めた。シザーズの姿も、いまは幻想的で美しく思える。

 シザーズは居住区の外へ向かっていた。郊外の、ちょっとした丘陵地帯へ入る。

 シザーズは林の中へ螺旋降下した。ネジを巻くように、何回もくるくると旋回して穏やかに高度を下げるのだ。

 地面が近づいてくると、やっぱりほっとした。シザーズは滑らかにすっと着地した。一時間くらい、飛んだのだろうか。

 そのすぐそば。林の中に、結構大きな屋敷があった。誰かの別荘だったのだろうけど、十年以上も使われていないみたいに荒れ果て、廃屋もいいところだった。そこに、涼平がいる。シザーズはそういうと、わたしを下ろすために、階段代わりに片翼を下ろしてくれた。

 ……

「生きて真理と会えるとは、思わなかったよ」目覚めると、涼平はまずそう言った。

 深夜である。ここの廃屋の部屋は広いけど、電気が通ってなく照明は付かない。灯りはキャンプ用品の、カンテラの炎に頼っていた。

 屋敷はバブル崩壊あたりに突然放棄されたものらしく、家具はそっくりそのまま残っていた。

 真理が涼平を発見したとき、かなり危険な状態だった。涼平は、ぐったりとゆかの絨毯の上に倒れ、気絶していた。

 右下腕に銃創。弾は貫通しているようだったが、動脈を傷つけたらしく出血の跡が痛々しい。包帯は血でぐっしょり濡れていた。真理が見たときは、出血は止まっていた。ある程度流れると、血圧が低くなって自然に出血は止まる。経験則から真理は知っていた。

 涼平は負傷と出血によるショック症状を起こしており、顔は吐瀉物で汚れていた。身体は汗でびっしょり。真理は古びたタオルを探し出して、涼平を看護した。顔を拭い汗を拭き取っては、毛布を掛けて保温してあげる。

 腕の包帯を取り替えた。止血帯を慎重に外し、傷の具合を見る。医療器具は見つからなかったが、台所に殺菌用の純粋エタノールが置いてあった。それで代用し、傷口を消毒する。

 真理にできたのは、そこまでだった。後はじっと、涼平の目覚めを祈るしかなかった。

穏やかに、涼平は問う。「真理?」

 わたしは居眠りしていたのに気づいた。涼平さんに添い寝する形。あわてて起きて座る。「涼平さん、具合はどう?」

「もう、大丈夫だ……でも、体中から力が抜けてるよ。それにひどく寒い」

「だいぶ血が抜けたもんね。輸血はできないし。なにか食べるしかないよ、缶詰見つけてきたけど? こんなものしか、なかったけど」わたしは用意してあった皿を見せる。上には、ほぐしたコンビーフ。他は豚の角煮、焼き鳥。ツナもたくさんある。

 階段下の物置に眠っていた缶詰はみんな、実いうとかなり賞味期限過ぎていたけど……教えないほうがいいよね、こんなときに男をいじめてどうするの。わたしが試食したから大丈夫。

 涼平は、皿を受け取ろうとした。が、苦痛に顔をしかめる。

「右手が……指が動かない」涼平は愕然と言った。「筋肉か神経をやられたな。俺の利き腕だ。これでは、次に襲われたら」

「いまは気にしないで。わたしが食べさせてあげるよ」

 涼平さんは少しためらったが、おとなしくわたしの差し出すスプーンから食事を食べてくれた。水分も必要だけど、あまり取らせると出血を招くかな。

 缶詰を1カン分くらい食べて少し落ち着いた頃、涼平はこう聞いた。「意外だよ。俺には味方がいないと思っていたから。誰がきみをここへ? ジャンクドランカーか、それともフェイクジャグラー自ら?」

「そんな暗号言われてもわからないよ」『酒飲みの屑』に、『偽りの曲芸師』?

「俺の親友の直人か、それともボスのお一典様かってことさ。真理は誰に俺のことを聞いたんだ?」

「え? シザーズよ」

 涼平の形相が変わった。凍りついたかのような怖い顔。涼平さん、怒ってる。なんで? やっぱりシザーズって敵だったの?

 涼平は立ち上がった。ふらつく身体を無理に起こして、出口へと向かうや、扉を殴るように開けた。よろけ、扉にすがりつく。

 シザーズは入り口の真ん前に居座り、翼を休めていた。

「シザーズ!」涼平は怒りに任せて叫んだ。

 シザーズは、涼平を見つめ身じろぎ一つしない。

「シザーズ、おまえは俺を裏切ったのだぞ」涼平は苦しげに言う。「何故真理を連れてきた……彼女を巻き込みたくなかったのに。俺のいまの身体では、真理を守りきれない」

「わたしがついている」シザーズは丁重に答えていた。

「飛竜とは、単独では無力なものだ。力は半減、死角もできる。それは俺との戦いで思い知ったのではないか?」

「そう、われらには主人がいる。背に抱くべき竜騎兵が」

「わかっているなら。日中バイオはおまえを追尾したはずだ。このままではおれたち三人は皆殺しだぞ!」

「ちゃんと主はいる」

「なにを……」

「わからんか、スカベンジャー。竜騎兵、つまりパイロットの適性とは、肉体的な強さではない。そして真理、きみは強い女性だ」

 恐ろしげな魔物に、慇懃なんて形容が似合うものならば。シザーズは翼を打ち首を下げ、わたしに丁寧な「おじぎ」をした。真摯な声で宣言する。

「このシザーズのマスターにふさわしい」

 わたしには事態がさっぱり理解できなかった。