初夏の太陽の照りつける午後二時過ぎ。逢香は魔言と一緒に、新都心繁華街の中華料理店にいた。もう昼食の時間帯からは外れているので、他のお客はまばらだ。
ファミレス風の明るい店内。照明よりもテーブルわきの、一面の窓ガラスからの光が眩しい。ひどく降った昨日の夕立も、すっかり吹き飛ばされたかのようだ。
四人掛けのテーブルに二人、向かい合って座る。逢香は味噌ラーメン半チャーハンを、魔言はチャーシューメン大盛りを食べていた。それは美味しいんだけど、でも。
「ラーメンってデート向きの食べ物じゃないわよ、魔言ちゃん」逢香は年下の彼氏を、くすくすからかった。「伸びないように、早く食べなきゃいけないもの。会話の時間がないじゃない。未熟だなあ」
ずるずる、ごっくん。コクのあるスープ、歯触りの良いメン。やっぱり美味しいけどね。どうせなら北海道の旭川麺とかが良かったな。
「毎回高級レストランなんて、俺には無理さ。もし逢香が優勝したら、また連れていってあげるけどね」
「やっぱり無理してたんだ。ごめんね、ありがとう」
ずるずるずる、はぁ~~っ。
「いや。投資と思えば安いもんさ」
「下心あるの? 女の子の値段は安くないわよ」からかってみる。
「はあ? 逢香って女の子じゃないよなあ……」
がーん。ひどいこと言われた。確かにもう二十一だけど。背だって男みたいに高いし。うつむくわたし。いつまでも「女の子」じゃないなあ。悲しいよう、いじいじいじ。ラーメンを箸でかき回したりして。
魔言はニヤりと笑った。「そんなにいじけないで。俺は逢香を、一人前の女性として見ているんだからね」
あ、それはうれしい。でも反論する。「女性はみんな、年齢にコンプレックスがあるの! 特に年下の男に言われるとショックなんだからね」
「ごめんごめん、知らなかった」軽く笑い飛ばす魔言。
まったくもう。わたしなんてもし、年齢差が逆だったら、なんて真剣に思っているのに。魔言真面目なのかなあ。追及するべし。「魔言、なんでわたしと付き合おうと思ったの?」
「いままで出会った女性の中で、逢香がいちばんだよ」
「なんで?」
「性格、趣味、才能、ルックス。全部が良い女性なんて逢香くらいさ」さらりと言う魔言。気取らず、チャーシューを食べながら。
わ~い、それは感激。この正直者め!
そっか。恋愛って、お互いの価値を認め合うことだもんね。そばに良い例がいるなあ。わたしの相棒の真理。彼女、すっごいモテるのに男といい仲になれないのよね。
真理って優等生だし外見も可憐な子だけど、性格と趣味に問題あるのよね。男をからかって遊ぶし、趣味がコスプレでオタクだから普通の男性引いちゃうの。まだつらい過去のこと、引きずっているのかなあ。
最近は、新入りの一典くんがいじめられて……じゃなかった。可愛がってもらっているみたい。一典くん、真理のことすっかり怖がっているもんなあ。やれやれ。
わたしはわかっているけど、真理って一典くんのこと好きなのよね。気に入ったから無理にサークルに誘った。でも真理ってすごく憶病になっていて、誰に対しても恋愛関係までは入れない。その裏返しで不器用な態度になっているの。どうにかしてあげたいなあ。
ブルブルブル……。テーブルに出しておいたわたしの携帯に、着信があったようだ。魔言に断ってから、手にしてモニターをのぞき込む。あれ? 真理からか。耳に当てる。
(逢香。わたし、飛べなくなっちゃった)
小さな、気弱な声。いつもの真理じゃない! 泣いているの?「え? どうしたの」
(サークル辞めさせて。ごめんね、しばらく一人になりたいの)
「真理?」問いかけようとしたが、だめだった。通話は突然、切られてしまった。
なんで、真理……。あなたほどの相棒、ほかにいないよ。知識的にも技術的にも上手くて奢らないのにそれでいてお茶目な勇気があって、なにより仲間想いなのに。わけがわからないよう。
わたし、サークル一の性能で真理の愛機「ローカスト」で一緒に飛ぶって、約束していたのに。黄緑色の鮮やかなローカスト。大型の複座(二人乗り)のトイ・プレーンで、多用途に使える。もっぱらその性能を生かして、練習機として使われていた。
最近は真理は、新会員の一典くんを乗せてばかりいたけど。その一典くんとなにかあったのかなあ。恋愛のもつれ、なんて考えられないし。潔癖な真理と気弱な一典くんじゃ。
真理、言い出したら聞かないもんなあ。これじゃあ、空の運動会出られないよ。胸にぽっかり穴開いたみたい。
「どうしよう……魔言」わたしは呆然としていた。「わたしの親友が、サークル辞めるって! 空の運動会にいっしょに出る約束していたのに。これじゃあ、わたし……飛べないよ」
「逢香が参加できないのか?」魔言の顔色が変わった。「スペードに優勝でもされたら、どうなるかわかるだろ? 軍事利用なんてされてみろ。トイ・プレーンの売りである、自由な飛行が制限される。そうなればトイ・プレーンの未来はない」
わかっている。わたしは真理にリダイヤルしていた。でも、繋がらない。切られちゃったな、メールも届かないよ。どうしよう……一典くんに聞いてみるか。
彼はすぐに出た。わたしは状況を説明した。
(ぼくのせいなんです、真理さんが飛べなくなったのは)
と、一典くん。どういうこと? かれはいつになくしっかりした声で、断言した。(はっきりとわかりました。ぼくは真理さんが怖いのではなく、真理さんが傷つくのが怖いんです。ぼくを運動会に出場させてください。誠意を真理さんにプレゼントします)
意味がわからないけど……意外な申し出だった。
一典くんって、操縦のほうはからきしダメだけど、地理や物理、数学の必要な航法知識って抜群なのよね。筆記テストの結果見て、おどろいちゃった。一典くんがサークルで一位なの。でも怖がりだから、空の運動会は出場を嫌がっていたのに。
こうなったら、かれに賭けるしかないよね。「わかった。わたしの副操縦士を、一典くんにお願いするわ」
わたしと一典くん、そして魔言の三人は三十分ほど話し込んだ。テーブルのどんぶりにはぬるまったスープに、汁を吸ってふくれ上がったメンが虚しく泳いでいた。