事件は、四月三日。首都星ハイネセンからイゼルローン要塞へ戻ってくるヤン提督の、三十歳の誕生日祝賀会を要塞のみんなで密に祝おうと要塞内の残留組が計画していた最中に起こった。
「惑星ネプティスでクーデターですって?」駆逐艦ユーナギ主砲兵ティア・ラスター一等兵は驚いていた。自分のジュニアハイまでの知識にしても、歴史上自由惑星同盟で反乱が起こるなどと聞いたことはない。
イゼルローン要塞では、この話題一色だった。ヤン提督の誕生祭は中止された。だが、これで済まなかった。
ネプティスに続いて、わずか数日間の内にカッファー、パルメレンド、シャンプール……ここまでは星方の地だったが、あろうことか首都星ハイネセンまでがたちまち武装勢力の支配下に落ちた……ヤンが慌ただしく寄港したのと並んだ。
救国軍事会議を名乗る反乱者議長は査閲部長グリーンヒル大将。温厚だと知られる彼が何故……しかも、スローガンが呆れていた。帝国打倒までの挙国一致に始まり、反政府、反戦を禁じる言論の統制、弱者救済の廃止、集会やデモの禁止、戒厳令。
五世紀も昔、暴君の代名詞皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの主張した劣悪遺伝子排除法とほとんど変わらない。帝国ですら現在はそこそこ障害者のような弱者にも、なんとか生きる道を授けているのに。
ヤン提督は正式に、救国軍事会議への参加を拒否した。なんと、内乱が起こったときにこれを討ち正義と秩序を回復する辞令を事前に受けていたという。だから私戦ではなく公然とヤン艦隊は救国軍事会議打倒に戦える。
国家を二分する内乱……なぜ同盟軍同士が争わなくてはいけないのか。ティアは歯噛みするばかりだった。こうしてヤン艦隊は出撃した。第十三艦隊がヤン艦隊の通称を得て初の出征である。
しかし……地獄のような帝国領侵攻撤退時、アムリッツアの記憶が蘇る。救国軍事会議に勝ったところで、腐敗した政治家をのさばらせるだけではないか。
現最高評議会の暫定議長はヨブ・トリューニヒトだ……信用に足るのだろうか? 帝国領侵攻作戦に反対した先見の明がある彼……しかしチキンホークと影で罵倒される、前線へは赴かない政治家。
ティアは苦しんでいた。戦うべき理由がもう見つからないのだ。救国軍事会議が第十一艦隊を差し向けて、ヤン艦隊と交戦する報も時を待つ暇もなくすぐに判明した。
ヤン艦隊が負けるはずはない……不敗信仰が当たり前だったが、だからって味方を殺していいはずはない。そもそも帝国相手だって。人間は何故過去から戦争ばかり繰り返していたのだ!?
そういえば……亡き父のさみしげな言葉を思い返す。『軍隊の銃口の半数は、自分の国に向けられているのだよ』、と。軍隊とは敵と戦う以前に、自国を支配維持するためにあるのだと。為政者の保身のため……
ティアはここではっと目覚めた。救国軍事会議は武力をもって成す独裁政権だ。倒す必要があるのだ……自由の名に掛けて。
こればかりはわかる……救国軍事会議は大義こそあっても決定的に道義倫理に欠ける。正義は同盟の政府にはなくても、ヤン艦隊にはある。だから。
たとえ……死後地獄に堕ちるとしても、わたしは戦う。駆逐艦ユーナギの主砲座で、ティアは決意を固めていた。ふと思い出す。ティアが中退したハイスクールの先輩生徒会長は、たしか第十一艦隊に赴任していたな……
……
惑星フェザーン衛星軌道上のドッグに係留中の、民間武装船コルセア乗員は、ここ数週間の時代の激動に驚愕していた。
砲雷長エーテル・サブローは操舵室で、執拗なまでに念入りに各火器の照準調整を繰り返していた。コンマゼロゼロ一度も狂わないように。港湾局の許可を得、虚空に試射をする。
航法士シアーが、心配そうに声をかける。「いまからそんなに緊張していては、身が持たないわよ」
「歴史上最大規模の戦争の次に、歴史上最大規模の内乱。帝国同盟互いに内乱状態では、フェザーン船に保護はない。宇宙海賊はたくさんいるんだろう? 民間船を襲って金と物資と人質をせしめ、寄港するときだけまともな商船を演じる」
「そうね、海賊としたらこの混乱期は良いチャンスだわ」
コルセア船長が口を挟んだ。「そのとおりだね、先代までのコルセア号は、宇宙海賊とも何度も交戦していた。敵のミサイルにレールキャノンをかわす、父の操舵技量といったらなかった」
「私にはとても真似できません。通常航海がやっとです」
「いや、シアー。航法士としてなら、きみの技量の方が上だ。通常航路から離れたサルガッソ・スペースぎりぎりを、座標を見失わず通過できるなんて」
それはサブローも感心していた。このシアー先輩のおかげで、他の船が通らない危険宙域を進め、結果海賊船その他の余計な船に遭わないのだから。
シアーは謙遜していた。「いえ、船長と機関士たちがいてくれるおかげです。サルガッソ・スペースでは機関部が故障して直せなければ、永遠に孤立してしまいますもの」
サブローは問う。「コルセア船長は電気工学機関工学に詳しいハードウェア技術士だと聞きますが」
「そうだよ、父があんな形で亡くならなければ、僕はかねてからの父の希望通り海賊を廃業して船を売り払い、余裕の左うちわで整備技官としてフェザーンの港で働いていただろうね」
サブローはこの台詞に恐縮していた。船長は贖罪のために救難事業を始めたのだということに。
「サブロー」コルセア船長は優しく声を掛けた。「きみの方がはるかに苦労しているよ。僕がきみの年には、ジュニアハイの劣等生だったのだからね。親の金でほとんど裏口から私立の工業科に進めただけさ」
シアーはくすくすと言う。「船長はそこで勉強され、カレッジを経て立派な技師になられましたわ」
「環境が良かったからね、お坊ちゃま校で金持ち喧嘩せずってやつで。この船も環境はどうかな、技師としての仕事は回ってこない。僕は専らオペレーターしていればいいだけ……たまには機械と遊びたいよ」
俺だって砲雷長なんかより、商売の仕事をしたいとの思いは、サブローは話さなかった。航路図にはシアーの開拓した、コルセア乗員以外のものに知られていない新しいラインが十数本ある。交易路としていずれ有効活用したいものだ。
12 艦隊戦術
「惑星ネプティスでクーデターですって?」駆逐艦ユーナギ主砲兵ティア・ラスター一等兵は驚いていた。自分のジュニアハイまでの知識にしても、歴史上自由惑星同盟で反乱が起こるなどと聞いたことはない。
イゼルローン要塞では、この話題一色だった。ヤン提督の誕生祭は中止された。だが、これで済まなかった。
ネプティスに続いて、わずか数日間の内にカッファー、パルメレンド、シャンプール……ここまでは星方の地だったが、あろうことか首都星ハイネセンまでがたちまち武装勢力の支配下に落ちた……ヤンが慌ただしく寄港したのと並んだ。
救国軍事会議を名乗る反乱者議長は査閲部長グリーンヒル大将。温厚だと知られる彼が何故……しかも、スローガンが呆れていた。帝国打倒までの挙国一致に始まり、反政府、反戦を禁じる言論の統制、弱者救済の廃止、集会やデモの禁止、戒厳令。
五世紀も昔、暴君の代名詞皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの主張した劣悪遺伝子排除法とほとんど変わらない。帝国ですら現在はそこそこ障害者のような弱者にも、なんとか生きる道を授けているのに。
ヤン提督は正式に、救国軍事会議への参加を拒否した。なんと、内乱が起こったときにこれを討ち正義と秩序を回復する辞令を事前に受けていたという。だから私戦ではなく公然とヤン艦隊は救国軍事会議打倒に戦える。
国家を二分する内乱……なぜ同盟軍同士が争わなくてはいけないのか。ティアは歯噛みするばかりだった。こうしてヤン艦隊は出撃した。第十三艦隊がヤン艦隊の通称を得て初の出征である。
しかし……地獄のような帝国領侵攻撤退時、アムリッツアの記憶が蘇る。救国軍事会議に勝ったところで、腐敗した政治家をのさばらせるだけではないか。
現最高評議会の暫定議長はヨブ・トリューニヒトだ……信用に足るのだろうか? 帝国領侵攻作戦に反対した先見の明がある彼……しかしチキンホークと影で罵倒される、前線へは赴かない政治家。
ティアは苦しんでいた。戦うべき理由がもう見つからないのだ。救国軍事会議が第十一艦隊を差し向けて、ヤン艦隊と交戦する報も時を待つ暇もなくすぐに判明した。
ヤン艦隊が負けるはずはない……不敗信仰が当たり前だったが、だからって味方を殺していいはずはない。そもそも帝国相手だって。人間は何故過去から戦争ばかり繰り返していたのだ!?
そういえば……亡き父のさみしげな言葉を思い返す。『軍隊の銃口の半数は、自分の国に向けられているのだよ』、と。軍隊とは敵と戦う以前に、自国を支配維持するためにあるのだと。為政者の保身のため……
ティアはここではっと目覚めた。救国軍事会議は武力をもって成す独裁政権だ。倒す必要があるのだ……自由の名に掛けて。
こればかりはわかる……救国軍事会議は大義こそあっても決定的に道義倫理に欠ける。正義は同盟の政府にはなくても、ヤン艦隊にはある。だから。
たとえ……死後地獄に堕ちるとしても、わたしは戦う。駆逐艦ユーナギの主砲座で、ティアは決意を固めていた。ふと思い出す。ティアが中退したハイスクールの先輩生徒会長は、たしか第十一艦隊に赴任していたな……
……
惑星フェザーン衛星軌道上のドッグに係留中の、民間武装船コルセア乗員は、ここ数週間の時代の激動に驚愕していた。
砲雷長エーテル・サブローは操舵室で、執拗なまでに念入りに各火器の照準調整を繰り返していた。コンマゼロゼロ一度も狂わないように。港湾局の許可を得、虚空に試射をする。
航法士シアーが、心配そうに声をかける。「いまからそんなに緊張していては、身が持たないわよ」
「歴史上最大規模の戦争の次に、歴史上最大規模の内乱。帝国同盟互いに内乱状態では、フェザーン船に保護はない。宇宙海賊はたくさんいるんだろう? 民間船を襲って金と物資と人質をせしめ、寄港するときだけまともな商船を演じる」
「そうね、海賊としたらこの混乱期は良いチャンスだわ」
コルセア船長が口を挟んだ。「そのとおりだね、先代までのコルセア号は、宇宙海賊とも何度も交戦していた。敵のミサイルにレールキャノンをかわす、父の操舵技量といったらなかった」
「私にはとても真似できません。通常航海がやっとです」
「いや、シアー。航法士としてなら、きみの技量の方が上だ。通常航路から離れたサルガッソ・スペースぎりぎりを、座標を見失わず通過できるなんて」
それはサブローも感心していた。このシアー先輩のおかげで、他の船が通らない危険宙域を進め、結果海賊船その他の余計な船に遭わないのだから。
シアーは謙遜していた。「いえ、船長と機関士たちがいてくれるおかげです。サルガッソ・スペースでは機関部が故障して直せなければ、永遠に孤立してしまいますもの」
サブローは問う。「コルセア船長は電気工学機関工学に詳しいハードウェア技術士だと聞きますが」
「そうだよ、父があんな形で亡くならなければ、僕はかねてからの父の希望通り海賊を廃業して船を売り払い、余裕の左うちわで整備技官としてフェザーンの港で働いていただろうね」
サブローはこの台詞に恐縮していた。船長は贖罪のために救難事業を始めたのだということに。
「サブロー」コルセア船長は優しく声を掛けた。「きみの方がはるかに苦労しているよ。僕がきみの年には、ジュニアハイの劣等生だったのだからね。親の金でほとんど裏口から私立の工業科に進めただけさ」
シアーはくすくすと言う。「船長はそこで勉強され、カレッジを経て立派な技師になられましたわ」
「環境が良かったからね、お坊ちゃま校で金持ち喧嘩せずってやつで。この船も環境はどうかな、技師としての仕事は回ってこない。僕は専らオペレーターしていればいいだけ……たまには機械と遊びたいよ」
俺だって砲雷長なんかより、商売の仕事をしたいとの思いは、サブローは話さなかった。航路図にはシアーの開拓した、コルセア乗員以外のものに知られていない新しいラインが十数本ある。交易路としていずれ有効活用したいものだ。
12 艦隊戦術