ブレード・フォン・ラスター大佐は惑星ロキから離れた小惑星軌道で、小惑星に設けられた秘密私設無人造船ドッグの監査をしていた。真空で自由落下状態の基地を、宇宙服で浮遊移動する。
 ラスターの視察する限り、作業は順調だ。私戦艦隊五百隻完成、ラインは稼働したままだし、ドッグそのものが増える予定。このまま進めば一年の内に、数千隻建造可能だ。

 ラスターは虚空に語りかける。「マーリン・マザー、きみの仕事は完璧だね」
 造船ドッグを制するマザーコンピューター、マーリン・マザーが答えた。「閣下のためです。新皇帝にエルウィン・ヨーゼフ二世が決まったとあれば、リヒテンラーデ公の操り人形です。ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム候が黙っていないでしょう」
 ラスターは軽く笑った。「我ときみの力を高く売り付けてやるいい機会だ」

 マーリン・マザーは造船ドッグに存在するが、ラスターの無人艦隊すべてにも子機として搭載されている人工知能だ。ちなみに、マザー機と子機とに処理能力での違いはない。だがマザーは中央処理機として、子機の千万倍もの記憶容量がある。子機すべてからの戦術情報を統括しているのだ。

「不平な貴族たちは、リップシュタットの森に集会を開き、決起を誓い合ったらしいですね。その名もリップシュタット連合軍」
 ラスターは疑惑げに問う。「それは聞いているが、規模は?」
「貴族三千人以上いるでしょう。兵力は二千五百万人くらい」
「所詮爵位を持つ門閥貴族のおままごとだ。問題は……」
「そのおままごとに、閣下の領主が加わったことですね」

 ラスターは苛立たしげに言い捨てた。「あの能無しに勝手な真似をされて、我はいい迷惑だ。ビッテンフェルト提督には我は忠誠を誓うと通信したが」
 マザーは問いかけた。「領主からは閣下に、私の艦隊を率いてリップシュタット盟約に参加するよう要請がありましたが……」
「無論却下だ、我に自殺願望はないぞ」
「大貴族に与するのは自殺行為ですか」マザーは苦笑していた。「艦隊の掌握権を有していてなによりでしたね。ところで閣下はあの金髪の元帥を目標にしていたのではないですか?」

「率直、ローエングラム候だけなら数さえ十分に上回れば艦隊戦で倒せるかもしれない。しかし彼の部下は粒よりの精鋭揃いだ。実戦を知らぬ貴族連合どもが歯向える相手ではない」
「勇猛な閣下らしい」
「我は臆病者だよ。十八歳で伍長のとき、ワルキューレを駆っての初陣で、我の中隊は敵スパルタニアン大隊の攻撃を受け全滅した……我はそのとき、動力を切って死んだ振りをした。そしたら、いつの間にか敵艦隊の後方に流れて行ったんだ。我は動力を入れ、完全な奇襲で無防備な敵空母を撃沈せしめた……スパルタニアン八十機撃墜の大戦果となった。全力で逃げ帰るや功により、曹長へ特進した」

「いえ、閣下はそこで勇気を振り絞られた。降伏して捕虜になることをせず。ビッテンフェルト提督を守ったときも。そういえば、ビッテンフェルト提督が援軍を求めた際、ローエングラム元帥は『私が艦隊の湧きだす魔法の壷でも持っていると思うのか』、と一蹴されたそうですが」
「もっともだな。それがなにか?」
「総旗艦ブリュンヒルトのオペレーターたちは、口々に『元帥閣下なら持っていておかしくない』とうわさしあったそうです」

「いまとなっては笑えるな。ところで……あれはなんだ?」ラスターは小惑星の隅に何基か取り付けられている建造物を指した。
「あれはワープドライブです、閣下。いざというときは別星系へ避難できるように」
「きみの仕事にぬかりはないな。というか、小惑星ごとワープするのか……前代未聞だな」
「シャフト技術中将の開発で、実はイゼルローンへ要塞ごとワープする作戦が立案されています。要塞対要塞の決戦というわけです」
「それはナンセンスだな。イゼルローン要塞に力攻めが成功するものか」

「同感です、閣下。攻略や創造より破壊するほうがはるかに容易いのは自然の摂理……?! ただいま速報が入りました。ローエングラム候の館が襲撃されたと。未遂に終わりましたが、元帥の軍隊はオーディンの要所を制圧、反皇帝派の大貴族たちは、こぞってオーディンを脱走しています」
「始まったな」ラスターはニヤリと笑った。「では稼働できるすべての艦を持って出撃! 我は旗艦マーリンに乗る。領主はそうだな、「保護」してやれ」
「では、準男爵一家がシェルターへ避難したところを施錠します。あの施設の設備なら、一年放置しても無事でしょうから」

 ラスターは旗艦へ乗り込むや、宇宙服を脱ぎ、シャワーを浴びてから帝国軍の軍服に着替えた。「後顧の憂いは絶った。いざビッテンフェルト艦隊、シュワルツランツェンレイターの下へ!」
「ビッテンフェルト提督から通信です。『貴官は辺境の治安維持を務めよ』、とあります」
「自由行動か、願ってもない。戦果を独占できるな。辺境にはどの居住星域にもせいぜい数十隻程度の小型艇しか、通常は配備されないものだ。余裕で撃破できる。仮に五百を超える数で迫られたときにだけ、逃げれば済む話だからな。ただ……」
 マーリンは後を続けた。「同盟が攻め込んでくる可能性は、極めて小さいですよ。それから貴族連合には『賊軍』と名付けられました」

「それは痛快だな。ストレート・ラムを頼む」ラスターが催促するや、グラスはすぐに来た。つまみは卵サンドだった。
「さらに情報です。貴族どもが立てこもる先は、ガイエスブルグ要塞、レンテンベルク要塞、ガルミッシュ要塞とのこと」
「まともに相手にしたくないものだな、要塞は。古来より城攻めは下策中の下策だよ」卵サンドをもぐもぐしながらのたまう。
「悪いことに、貴族どもの総司令官は」マーリンは口調を強めた。「銀河帝国連戦の宿将、メルカッツ上級大将」

「それもまともに相手にしたくないな、老練な彼の前には我など赤子同然だろうよ」
「確かに戦争の天才、ローエングラム元帥と互角に戦える将としたら彼くらいでしょう」
「だが大貴族には、他に将帥足り得る人材はいない……ファーレンハイト提督くらいかな。対してローエングラム候は精鋭の将を幾人も揃えている」

「閣下は一兵士としての力量は一流ですが、将としては未熟です。これから艦隊戦術を学ぶ必要がありますね。練習相手としては」マーリンはクスリ、と皮肉った。「賊軍は良いカモかと」
「今夜は鴨鍋を頼む。きみのことだから用意してあるんだろ」
「もちろん」主君の問いに、マーリンは当然のように答えた。

11 時代揺れて