同盟軍、帝国領侵攻作戦の大敗……この報は全銀河に響き渡っていた。浪費、無駄死に、愚行その他あるべき侮蔑行為以外のなにものでもない。三千万将兵の内、二千万を失うとは……
 しかし時を待たずして、次なる訃報が報じられた。イゼルローン要塞内の個室でティア・ラスターはつぶやいた。「皇帝崩御、か。戦局が変わる、同盟は一安心かな」

 ティアが生き残れたのは、ヤン提督の采配だけだった。第十三艦隊は連戦したのに、七割以上が生還を果たした。他は五割も満たない艦隊ばかりだったというのに。
 それも。一見第十三艦隊が圧勝しそうだったケンプ艦隊を前に、「逃げろ」と命じ他の艦隊を助けに向かったヤン提督。
 四倍ものキルヒアイス艦隊を相手にしのぎ切り、最後は総司令部の命令でやむなく苦戦しつつ撤退したヤン提督。
 アムリッツアで味方艦隊を逃がすため帝国軍の絶望的なまでの物量の包囲戦を耐え、突破して生き延びたヤン提督……

 ちなみにティアは一等兵に昇進していた。が、有難味は薄い。ヤン提督が大将に昇進したから、第十三艦隊ほぼすべてが一階級昇進していたのだ。
 それも、他の艦隊で犠牲者が多すぎ、昇進先の地位が空いていたから……負けたから昇進したのだと言っても良い。確かにヤン提督の功績は多大だが、同盟政府の建て前などそんなものなのだ。

 対して帝国の『売国奴』の方は、どうしただろう……ブレード・フォン・ラスター……!? ファイルを検索して愕然とする。あの黒い艦隊、シュワルツランツェンレイターに配属されていた、だと!?
 あの艦隊はヤン提督の采配により、壊滅したはず……一万隻以上が数十隻に。生きている可能性は皆無に近いな。ティアは戸惑っていた。わたしは復讐を遂げたのか。

 空虚な想いに囚われる。これからなにを目的に生きていこう。後三年以上も……戦い続けられるはずがない。死にたくない、いや自分一人生き残るために多くを殺して、なんて……
 通信が入った。二十代の女性軍曹オペレーターが、優しく声を掛けてくる。「ティア・ラスター一等兵、貴女食事を二十時間も摂っていないらしいですね。体調が悪いのでしたら、医務室へお連れしますよ。強がらないで、いいのよ」
「ありがとうございます、わたしなら大丈夫です。いまから食堂に向かいます」まさに強がりだったが……ティアは食事をした。メニューは質素なものだったが、帝国領内からの悲惨な撤退時の食事を思うと、天と地だった。
 


 帝国惑星ロキ衛星軌道上……戦艦マーリン内。
「大佐に二回級特進、加えて上級騎士たる勲爵士の地位を賜る、か。悪くない、いや悪くないぞ」ブレード・フォン・ラスターは一人笑いしていた。
「閣下、ラムをもう一杯いかがです?」マーリンの声と同時に、指揮卓にグラスが届いた。「あの金髪の元帥と、大貴族たちとの戦いとなるでしょうね。閣下はどちらに就きます?」
「決まっている、勝つ方に就く。よらば大樹の陰という」
「大貴族ですね」

「まさか、我が身を置くはローエングラム侯だ。大貴族どもの木々は根本から腐っている」
「さすがは閣下。私の計算でも追加要素を含まない限り、ローエングラム候の勝利は八割以上決定的です」
「追加要素とは?」
 マーリンは言葉を強めた。「同盟による妨害です」
「なるほどな。しかしそれをできるだけの経済力が、同盟にあるだろうか」
「フェザーンの黒狐なら、喜んで借款を認めるのでは?」

「どうかな……今回ばかりはいつまで続くか」
「たしかに、同盟は今回負けすぎました。死ぬと分かっている相手に金を貸す他人はいませんものね。それより、夕食は?」
「ああ、頼む。分厚いローストビーフレアで出してくれ」
 ローストビーフは血も滴るものだった。ペップスソルトに、ガーリックが効いている。付け合わせは肉汁がドレッシングのレタスサラダ。贅沢を満喫できる。
「私は光栄です。若者を徴兵しないで全滅寸前まで戦い抜いた、閣下の功績に。民衆はフォン・ラスターこそほんとうの領主さまだと言いあっていますよ」

 ラスターは軽く笑い飛ばした。「なにが幸運やら。もしビッテンフェルト提督の艦隊が無傷で帰還したら、民衆を見捨てたと我は非難の的だったろうよ」
「そうかも知れませんね。ロキ住民は、飢えに耐えかね一斉蜂起寸前のところを、同盟軍から無力化ガスで鎮圧されました。内、薬物ショック死したもの、目覚めないまま餓死したもの、覚醒後身体が一部麻痺したもの数百名に上ります」
「酷い仕打ちだな。あの元帥を責めたくはないが……原因は彼だ。彼の用意したシナリオで同盟は踊ったに過ぎない」


  
 中立の立場で両軍兵士を救出するが大義のフェザーン民間武装船コルセア号は、『歴史的大惨事』となった一連の大会戦を、指をくわえて見過ごすしかなかった。
 飢餓状態下に置かれた帝国辺境惑星には、同盟軍がいなくなるや即座に帝国軍が現れて食糧など救援物資を供給したし、各星系の会戦跡の掃討作戦は徹底していた。
 つまりコルセア号の出る幕はなかった。もし軽々しくしゃしゃり出ていたら、帝国艦に撃沈されていただろう。
 だからフェザーンから出港を認められず、二カ月近くの間コルセア号乗員はみな軟禁状態にあったのだ。まあ衣食住には不自由しなかったが、自由は無い。その間に会戦は終わっていた。

「こんな仕打ちってあるか!」十四歳になったばかりの少年、砲雷長エーテル・サブローは憎々しげに叫んでいた。
「帝国も同盟も腐敗しているものね……」女性航法士シアー・マギは同意した。
「いや」船長フォー・コルセアは持論を語った。「だからそこにフェザーンの存在意義があるのさ」
「違うと思います」サブローは反対していた。「フェザーンの、ではなくコルセア号の、意義です」
「そうだな、そのはずなのに。現実では僕らはのけものにされている。所詮は政府の飼い犬だものな」

「転向して商船、連絡船、旅行船とかの口は?」
「旅行船といえば、最近の流行りは」コルセアはやれやれと話す。「同盟の地球教徒たちの巡礼者をフェザーン経由で、帝国領内の地球へ運ぶというのがあるな」
 シアーが答えた。「それも気持ちが悪いですね、どのみち船長は地球教徒から狙われていますし」
「同盟の地球教徒は、右翼組織には違いない。この戦争を聖地の地球を取り戻すのが目的の聖戦、と位置付け吹聴している」
「にしては安チンピラみたいな連中ですね」シアーは侮蔑した。
「そんなことより、帝国だ。皇帝崩御……いまにも暴発しそうではないか?」
「内乱、ですか」サブローは意見した。「過去例にない大規模な内乱になりそうな勢いですね」
「そのときこそ」コルセアはあくまで温和だった。「僕たちの出番さ。どちらが勝つか負けるかなんて、関係ないだろう?」
「勝敗の行く末は明らかに思えますが、たしかに俺たちには関係ないことですね」
 
 銀河帝国、自由惑星同盟、フェザーン自治領。三様の想いを乗せて人間たちの悲喜劇は続いていた。

10 内乱