フェザーン武装商船コルセア号。イゼルローン攻略戦闘の救出任務を終えて、回廊を出て帝国領に入っていた。
 操舵室内でサブローは疑問気に尋ねた。「何故あの帝国戦艦が攻撃してきたんだ? 艦はすでに大破していた、自殺行為だ」
 シアーは諭した。「武人はね、虜囚になるくらいなら死を選ぶ誇りがあるのよ」
「は、馬鹿らしい」
「それより、あなたの防御狙撃は見事だったわ。十四発のミサイル一発でも直撃を喰らえば、この船は大破していた。私は死を意識すらしていたのに」

「あのくらいのシューティングは軽いさ」
「軽いですって? 超人的な活躍よ。それも勘ではなく理詰めで計算して狙撃したのだから。この船は大きさはかなりあるけど、軍艦みたいな装甲はない。あなたは大勢の命を救ったのよ」
 サブローはそれでも不満だった。自分の数学の腕は、商人として発揮したかったのだから。「だって他の帝国艦は攻撃してこなかったし、救出者の受け渡しは無事に済むかな?」
「今回は済むでしょう。確保した身柄が千人を超す超満員だもの。それより気になるのは、あの戦艦のメッセージよ」

「『裏切り者に死を』、か。どういう意味だろう。助けてやろうとした船からの通信としては理解できない。俺たちが何故裏切り者? フェザーンはどの道中立勢力じゃないか」
「考えられるとしたら……フォー船長には悪いけど、コルセア家の由来ね。初代コルセアとこの船はフェザーンとほぼ同時期に生まれた。ここが引っかかるのよ。まさか政府の陰謀、それも地球教だとしたら」

「まさかじゃないよ」フォー・コルセアは事実を平易に語った。「戦利品を漁る海賊船をしていたコルセア家はほんらい、地球教がバックボーンにあったんだ。先代スリーは自殺と共にそれを清算した。私財は十分にあったので、僕まで陰謀に巻き込みたくなかったのさ。しかし僕は跡を継いだだけじゃなく、救難任務を始めた。地球教徒にしてみれば、僕は裏切り者なのさ」

 サブローは舌打ちした。「なんてこった! 盲信者の利権争いのために、コルセア号は利用されてきたのか。俺はフォー船長の代から入れて幸運だったということだな」
「僕にしても地球教の真意は不明だ。戦場荒らしをして利益を貪り、帝国同盟双方に不和の種を撒く……なんのために」
 シアーも意見した。「歴史的にみてもおよそ宗教団体は自分たちの教義を絶対とし、他の宗教を崇拝するものを地獄行きと決めつけていますね……あら、レーダー透過装置の反応があるわ。近いところにおそらく帝国艦がいるわね」

「フェザーンの識別コードと友好表示を発振してくれ」
 すぐさま、レーダーに反応があった。ここで、十六隻からなる帝国駆逐艦隊と合流できた。帝国艦は、神経質にコルセア号の情報を通信で聞いている。イゼルローン陥落時の帝国艦隊生存者を運んでいるとは、なかなか信じて貰えない。
 船のドライブを完全に切ってやって、ようやく一隻が接弦してきた。ブラスターを構えた十数名が、慎重に乗り込んでくる。名誉ある『騎士』たるラスター少佐とは大違いだな、とサブローは内心失笑していた。
 とにかく駆逐艦への生存者搬入作業は済んだ。帝国側の礼も、やはり『薄謝』だった。

 コルセアはシアーに問う。「やれやれだね。それより、次の仕事だ。例のうわさの件は?」
「確認できました。信頼できる筋からの情報によっても、同盟は帝国領に空前の規模で侵攻するらしいです……将兵三千万人、艦隊二十万隻。同盟軍の総戦力の過半数が出撃します」
「とんだ戦争だ! 歴史上最大規模ではないか?」サブローは愚痴った。「通常の大会戦と規模が一桁違うぜ!」
「イゼルローン回廊の出口が戦場になるでしょう。船長、準備は早めがよさそうですね。補給のためフェザーンへ急ぎましょう」
「そうかな? 同盟はイゼルローンに戦力を集中しつつある。にしては帝国の反応は遅いな、オーディンで艦隊を整えている。なにか妙だ。これはひょっとすると……」コルセアは言葉を呑みこんでいた。
「妙な情報もあります」シアーは報告した。「この作戦に、同盟国防委員長ヨブ・トリューニヒトは反対していたというのです。公に宣伝されています、あの主戦論者が」
「いや、恐れいった。機を見るに敏な男だ」
 
 数週間過ぎ、コルセア号がフェザーンに戻ってから、事態は一変した。帝国艦隊はすべて辺境から引き揚げていたのだ。それも、倉庫どころか民間人家庭からことごとく食糧を徴収して。
 コルセア船長は嘆息していた。「おやおやまさか、焦土戦術とはね! 民間人に多大な負担を要求するではないか、若き金髪の元帥、なんと冷徹な」
 サブローは問い返した。「焦土戦術ってなんですか?」
「わざと敵を領土内深く誘い込み、かつ敵の侵略先の補給を断ってしまう戦法だ。なまじ大軍相手に効く。いくら大艦隊だからって食糧が無ければ戦えないからね」

「民間人を犠牲にするなんて! 船長、食糧援助をすべきです」
「いいえサブロー」シアーは悲しげだ。「食糧援助はおそらく……いえ絶対にできません。利敵行為として帝国軍に潰されます」
「そんな……救命船の義務と感じますが」
「同盟から十万トン級、百隻ほどの輸送船団が派遣された模様ですが……護衛は極めて少数です。これでは補給物資が帝国領内に届くとは楽観論に過ぎますね」
「すでに勝敗は決した。同盟は大敗北を喫するだろう」コルセアはやるせなく言う。「戦わずして撤退する、なんて采配が取られない限り絶対だ」
 シアーは意見した。「それを許すような同盟政府なら、最初から侵攻作戦なんてしませんよ」

 いつになくコルセアは怒っていた。「ロボス元帥がここまで暗愚とは……シトレ元帥の引責辞任も決定的だ。そもそも作戦の立案者はどこの馬鹿だ! 参謀総長、グリーンヒル大将も止められなかったのか」
「政府から圧力を掛けられたのでしょうね……」
 サブローもまた、いらだちと怒りに打ち震えていた。孤児だった自分にとって、飢えというものがどれほど悲惨か知っているのだ。帝国も同盟も腐っているものだ。否、フェザーンだって!

 しかし人々の絆も知っている。帝国真の騎士ラスター少佐、救援活動を共に行った同盟艦ユーナギ。縹渺とした銀河を飄々と生きる人間。もしや運命の歯車が回り働けば、この両者は戦場で会いまみえるのか? 出会ったとき、なにが起こるのだろう。
 これからの戦争の大局の流れなど、知る由もない。少年は銀河の片隅のちっぽけなストーリーに遙かに想いを馳せた。

8 御楯騎士