朝を迎えた。俺は今日も霞と一緒に高校へ向かう。
確かに、事は大きくなっていた。民放のジャーナリストが数十人来てやがる。それに、いまどき趣味の悪いベンツが数台。目つきの悪い黒服連中が十人ほど固まっている。高校相手に、チンピラ用心棒かよ。まったく権力者ときたら。
が、離れたところに一人ひときわ目立つ、がっしりした長身の白人青年がいた。優雅なスーツ
の着こなし、歩き方からしていかにも紳士だ。かれは!
「キリング? なんでこの学校に。というかそもそも日本に」
「現実世界では、七年ぶりの再会ですね、神無月。いや不知火さん。郷愁を感じますよ、青春時代への。『ソフト』を開発していたころの我らは輝いていた」
「キリング、俺はもはや神無月ではないが。俺を助けてくれたことには感謝している。なぜ時雨を目の仇にしていたおまえがここへ?」
「時雨? なんの話です、わたしは独自の任務で来日したのです。それがなんです、この高校の騒ぎときたら。やりづらくてしかたありませんよ」
「観光目的でもなさそうだな、俺にできることなら協力するよ」
「神無月でも、そうしてくれたでしょうね。ありがとう。事は重大です。実は、過去この学園で核兵器が密造されていたという情報がありましてね、その調査に来たのです」
「核兵器!?」
「わたしは外交官にはなれませんでしたが、閣僚となったルームメイトは数人いまして。神無月との戦いに多少貢献したわたしに調査員としてのお鉢が回ってきたのです」
「高校に神無月に核兵器? 話しが見えないよ」
「例の、ゲーム。それにその核兵器開発者が関与していたとの情報なんです」
話がややこしくなってきたな。マジで核兵器? いくらセレブなお偉方の子弟が集まる高校とはいえ、そんなんあり? 霞も驚いた顔だ。俺は、問い返そうとしたが横槍が入った。時雨だ。顔面殴られた痕だらけの冬月もいる。時雨はキリングに挨拶した。
「イズ・ディス・ア、リアリィ? ハイ、キリング。ウィー・ミート・アゲイン、アト・リアル。ハウ・ドウ・ユー・ドウ?」
「オレモジカニアエテウレシイヨ、ニクマンジュウ。コンヤ、サケデモドウダ? オゴッテヤルゾ」
「ヤッピー! アイム・グラッド・ツーシーユー」
「ノマセレバ、ニクガマロヤカニナルカラナ」
「ファット・ドウ・ユー・ミーン・バイ・ザット? シャル・ウィー・トライ・ジャパニーズ・ハビッツ、イッキノミキョウソウ?」
「ウケテタツヨ、コブタクン」
霞はクスクス笑った。「なんだかんだいって、仲がいいのねあの二人」
「そうだな、腐れ縁もこうなると捨て難いもんさ。ところで霞、これからどうする」
と、きゃははは、と嫌みったらしい聞こえよがしな笑い声がした。見ると、女子高生が三人、霞を指差し嘲笑している。「うわさのあばずれ不登校児じゃない。てっきり退学したものと思っていたわ」「カスの霞か。いい名前ね」「そばにいるの、彼氏? いい趣味しているわね」
霞は無視した。そいつらは嘲笑しながら去っていった。
俺はむかついた。「なんだ、あの女ども。霞は優等生じゃなかったのか?」
「全国模試はできるんだけどね。学校ろくにこないから、大抵のヤツが一夜漬けでこなす、中間期末テストは苦手なのよ。出席点もない。だから通知表は悪いし進級すれすれ。まあゲームも終わった事だし、勉強すれば事足りるけど。学校なんて嫌だけど、ここで中退するのも癪に障るわね……あら?」
「おまえか!」ドスの効いた鋭い大声がした。はっと場を見れば、時雨が黒服のおそらく全員、十人あまりに囲まれている。陳腐な喜劇が始まりそうだ。
「うちの若旦那に手を出したとあれば、高くつくぜ、このデブ!」言うやリーダー格の黒服は、時雨の脚に蹴りを入れた。片腕で胸座を掴む。
これはヤバい! 時雨ではなくチンピラが。なんたって時雨ってのはトラブルメーカーの域を超え諸悪の根源なのだ。柔道四段というのも高校での話し、警備員となってからはどれだけの修羅場をくぐったか、ググるの怖いこいつの過去。高卒からの叩き上げノンキャリアなのに、わずか二十六歳で監査役だぜ、そんなヤツに喧嘩売るとなると。
俺は声を上げかけた。「あ、やめておけ! そいつはな……」
俺が止める間は無かった。時雨は無頓着に踏み込み腕を払い、黒服の胸を突き飛ばしながらその軸足を刈っていた。敵は背中から激しく路上に叩きつけられた。
柔道のルールでは、投げるときには相手の身体を掴んだままでなくてはならない。しかし実戦ではそんなマナーは通用しない。地面も畳ではなくアスファルト。下手すりゃ即死もんだぜ、残酷。容赦ねえな。敵はもう立ち上がれるはずもない。鎧袖一触とはこのことだな。さすがはサイコパス、時雨のおっさん。前言訂正、悲劇は始まる。
わあっ! という罵声雑言が響き渡る。たちまち路上で十数人の乱闘、文字通りのストリートファイトが始まった。嗚呼、嫌だねえ。もううやむや。
黒服の一人が冬月に殴りかかる。冬月はさっと腕を払い、手刀で敵の手首を弾きとばした。次いで喉元に突きを入れ、首筋にチョップを決めた。深追いせず、さっと退いて次なる敵に備えている。空手とはなにか違うな、足技が出ない。すり足の独特の足捌き。これは剣道か!
キリングも戦っていた。突っ込んできた敵を真正面から受け止め、そのまま力尽くで押し返した。間合いが開くや、ダッシュしてショルダータックルをぶちかます。敵は吹き飛ばされ、倒れた。さすがは元ラガーマン。
霞は冬月に飛び掛ろうとしていた黒服にさっと駆けより、相手の勢いを利用しほんの少し片腕を延ばしただけで黒服を投げ飛ばしていた。ほんとうに合気道やっていたんだな。
霞まで出たとあれば。ここは俺もいかなきゃまずいか。俺は進み出た。
人体の格闘技における急所は、前面中央線に集中している。俺は別の黒服に飛び掛り、膝蹴りをかますようにみせかけ、首筋に肘打ちを決めた。ついで鋭く反転しよろけている相手に背中を激しく叩きつけた。横転したそいつに靴底でやくざ蹴りを決める。大して相手にダメージを与える技ではない。単に、勢いで圧倒し相手の戦意を奪うのが目的だ。
ガッ! 痛っ……後頭部を殴られた。後ろまで注意が回らなかった。意識が一瞬遠のく。ヤバい……追撃が来るぞ! 避けなくては。
ふらつきつつ、さっと反転する。と、長身痩躯の青年が黒服の頭に稲妻のような空手技ハイキックを見舞っていた。敵は倒れた。
青年はさらりと引用する。「前世紀最高の物理学者、アインシュタインは言ったそうだ。頭はからっぽにしておけ、知識を得たければ本を読め、とね。実際からっぽだな、不知火。良い音が鳴ったぞ」
「美嶋! あなたまでここへ?」
「現実世界まで、おまえらの面倒を見るとは思わなかったよ」美嶋は諧謔の笑みだ。「時雨は笑っているな。あいつ怒らないだろう? 自分が強すぎるせいさ。あいつがキレたら地獄見るぞ。その前に、とっととケリつけなくてはな」
俺たち六人は、用心棒たちに討ちかかっていた。圧勝だな、これは。ほどなく、パトカーのサイレン音がした。黒服連中は慌ててベンツに乗り込み、走り去っていった。
「なんでかつてのゲーム仲間が勢ぞろい、なんてことになったんだ?」
「知らんよ。ミスターキリングに呼ばれたんだ。なんでわたしが母校へこなきゃならんのか。それも極秘事項だとか。不知火は聞いたか?」
「なにやらここでむかし、核兵器が作られたのどうだの」
美嶋は怪訝な顔をしていたが、やがてうつむきふっと息をついた。表には出していないが、明らかにそれは笑みだ。失笑? 美嶋、なにか隠していやがるな。
核兵器とはね! 幼稚園から大学まで一貫のセレブ名門学園。どんな陰謀があるというんだ? 高校、神無月、核兵器か。いずれもイニシャルがK。KKK、クー・クラックス・クランの陰謀? まさかいまの時代に選民思想が。美嶋にキリングまで駆り出された謎とは一体。実現実に、原爆投下か?
不発弾 下 最終回
確かに、事は大きくなっていた。民放のジャーナリストが数十人来てやがる。それに、いまどき趣味の悪いベンツが数台。目つきの悪い黒服連中が十人ほど固まっている。高校相手に、チンピラ用心棒かよ。まったく権力者ときたら。
が、離れたところに一人ひときわ目立つ、がっしりした長身の白人青年がいた。優雅なスーツ
の着こなし、歩き方からしていかにも紳士だ。かれは!
「キリング? なんでこの学校に。というかそもそも日本に」
「現実世界では、七年ぶりの再会ですね、神無月。いや不知火さん。郷愁を感じますよ、青春時代への。『ソフト』を開発していたころの我らは輝いていた」
「キリング、俺はもはや神無月ではないが。俺を助けてくれたことには感謝している。なぜ時雨を目の仇にしていたおまえがここへ?」
「時雨? なんの話です、わたしは独自の任務で来日したのです。それがなんです、この高校の騒ぎときたら。やりづらくてしかたありませんよ」
「観光目的でもなさそうだな、俺にできることなら協力するよ」
「神無月でも、そうしてくれたでしょうね。ありがとう。事は重大です。実は、過去この学園で核兵器が密造されていたという情報がありましてね、その調査に来たのです」
「核兵器!?」
「わたしは外交官にはなれませんでしたが、閣僚となったルームメイトは数人いまして。神無月との戦いに多少貢献したわたしに調査員としてのお鉢が回ってきたのです」
「高校に神無月に核兵器? 話しが見えないよ」
「例の、ゲーム。それにその核兵器開発者が関与していたとの情報なんです」
話がややこしくなってきたな。マジで核兵器? いくらセレブなお偉方の子弟が集まる高校とはいえ、そんなんあり? 霞も驚いた顔だ。俺は、問い返そうとしたが横槍が入った。時雨だ。顔面殴られた痕だらけの冬月もいる。時雨はキリングに挨拶した。
「イズ・ディス・ア、リアリィ? ハイ、キリング。ウィー・ミート・アゲイン、アト・リアル。ハウ・ドウ・ユー・ドウ?」
「オレモジカニアエテウレシイヨ、ニクマンジュウ。コンヤ、サケデモドウダ? オゴッテヤルゾ」
「ヤッピー! アイム・グラッド・ツーシーユー」
「ノマセレバ、ニクガマロヤカニナルカラナ」
「ファット・ドウ・ユー・ミーン・バイ・ザット? シャル・ウィー・トライ・ジャパニーズ・ハビッツ、イッキノミキョウソウ?」
「ウケテタツヨ、コブタクン」
霞はクスクス笑った。「なんだかんだいって、仲がいいのねあの二人」
「そうだな、腐れ縁もこうなると捨て難いもんさ。ところで霞、これからどうする」
と、きゃははは、と嫌みったらしい聞こえよがしな笑い声がした。見ると、女子高生が三人、霞を指差し嘲笑している。「うわさのあばずれ不登校児じゃない。てっきり退学したものと思っていたわ」「カスの霞か。いい名前ね」「そばにいるの、彼氏? いい趣味しているわね」
霞は無視した。そいつらは嘲笑しながら去っていった。
俺はむかついた。「なんだ、あの女ども。霞は優等生じゃなかったのか?」
「全国模試はできるんだけどね。学校ろくにこないから、大抵のヤツが一夜漬けでこなす、中間期末テストは苦手なのよ。出席点もない。だから通知表は悪いし進級すれすれ。まあゲームも終わった事だし、勉強すれば事足りるけど。学校なんて嫌だけど、ここで中退するのも癪に障るわね……あら?」
「おまえか!」ドスの効いた鋭い大声がした。はっと場を見れば、時雨が黒服のおそらく全員、十人あまりに囲まれている。陳腐な喜劇が始まりそうだ。
「うちの若旦那に手を出したとあれば、高くつくぜ、このデブ!」言うやリーダー格の黒服は、時雨の脚に蹴りを入れた。片腕で胸座を掴む。
これはヤバい! 時雨ではなくチンピラが。なんたって時雨ってのはトラブルメーカーの域を超え諸悪の根源なのだ。柔道四段というのも高校での話し、警備員となってからはどれだけの修羅場をくぐったか、ググるの怖いこいつの過去。高卒からの叩き上げノンキャリアなのに、わずか二十六歳で監査役だぜ、そんなヤツに喧嘩売るとなると。
俺は声を上げかけた。「あ、やめておけ! そいつはな……」
俺が止める間は無かった。時雨は無頓着に踏み込み腕を払い、黒服の胸を突き飛ばしながらその軸足を刈っていた。敵は背中から激しく路上に叩きつけられた。
柔道のルールでは、投げるときには相手の身体を掴んだままでなくてはならない。しかし実戦ではそんなマナーは通用しない。地面も畳ではなくアスファルト。下手すりゃ即死もんだぜ、残酷。容赦ねえな。敵はもう立ち上がれるはずもない。鎧袖一触とはこのことだな。さすがはサイコパス、時雨のおっさん。前言訂正、悲劇は始まる。
わあっ! という罵声雑言が響き渡る。たちまち路上で十数人の乱闘、文字通りのストリートファイトが始まった。嗚呼、嫌だねえ。もううやむや。
黒服の一人が冬月に殴りかかる。冬月はさっと腕を払い、手刀で敵の手首を弾きとばした。次いで喉元に突きを入れ、首筋にチョップを決めた。深追いせず、さっと退いて次なる敵に備えている。空手とはなにか違うな、足技が出ない。すり足の独特の足捌き。これは剣道か!
キリングも戦っていた。突っ込んできた敵を真正面から受け止め、そのまま力尽くで押し返した。間合いが開くや、ダッシュしてショルダータックルをぶちかます。敵は吹き飛ばされ、倒れた。さすがは元ラガーマン。
霞は冬月に飛び掛ろうとしていた黒服にさっと駆けより、相手の勢いを利用しほんの少し片腕を延ばしただけで黒服を投げ飛ばしていた。ほんとうに合気道やっていたんだな。
霞まで出たとあれば。ここは俺もいかなきゃまずいか。俺は進み出た。
人体の格闘技における急所は、前面中央線に集中している。俺は別の黒服に飛び掛り、膝蹴りをかますようにみせかけ、首筋に肘打ちを決めた。ついで鋭く反転しよろけている相手に背中を激しく叩きつけた。横転したそいつに靴底でやくざ蹴りを決める。大して相手にダメージを与える技ではない。単に、勢いで圧倒し相手の戦意を奪うのが目的だ。
ガッ! 痛っ……後頭部を殴られた。後ろまで注意が回らなかった。意識が一瞬遠のく。ヤバい……追撃が来るぞ! 避けなくては。
ふらつきつつ、さっと反転する。と、長身痩躯の青年が黒服の頭に稲妻のような空手技ハイキックを見舞っていた。敵は倒れた。
青年はさらりと引用する。「前世紀最高の物理学者、アインシュタインは言ったそうだ。頭はからっぽにしておけ、知識を得たければ本を読め、とね。実際からっぽだな、不知火。良い音が鳴ったぞ」
「美嶋! あなたまでここへ?」
「現実世界まで、おまえらの面倒を見るとは思わなかったよ」美嶋は諧謔の笑みだ。「時雨は笑っているな。あいつ怒らないだろう? 自分が強すぎるせいさ。あいつがキレたら地獄見るぞ。その前に、とっととケリつけなくてはな」
俺たち六人は、用心棒たちに討ちかかっていた。圧勝だな、これは。ほどなく、パトカーのサイレン音がした。黒服連中は慌ててベンツに乗り込み、走り去っていった。
「なんでかつてのゲーム仲間が勢ぞろい、なんてことになったんだ?」
「知らんよ。ミスターキリングに呼ばれたんだ。なんでわたしが母校へこなきゃならんのか。それも極秘事項だとか。不知火は聞いたか?」
「なにやらここでむかし、核兵器が作られたのどうだの」
美嶋は怪訝な顔をしていたが、やがてうつむきふっと息をついた。表には出していないが、明らかにそれは笑みだ。失笑? 美嶋、なにか隠していやがるな。
核兵器とはね! 幼稚園から大学まで一貫のセレブ名門学園。どんな陰謀があるというんだ? 高校、神無月、核兵器か。いずれもイニシャルがK。KKK、クー・クラックス・クランの陰謀? まさかいまの時代に選民思想が。美嶋にキリングまで駆り出された謎とは一体。実現実に、原爆投下か?
不発弾 下 最終回