俺は今日も、一人で作戦会議室に出頭させられていた。
美嶋は切り出した。「わたしは現在、いささか困った立場に追い込まれている。神無月の件さ。キリング少佐は彼と友好関係にあるらしい。母艦艦長の金森大佐にしても、おそらく神無月からクイーンを仕入れ。この戦いを優位に導いてきた」美嶋は煙草を吸い込むと、長々と紫煙を吐いた。「わたしは一介の平証券マンに過ぎない。エリートのキリングや金持ちの金森とは違う。わたしは戦況を先読みし、幾多の戦いを乗り越えてきた。が、投資家連中ときたら神無月の情報により、インサイダー取引もいいところだ」
「その点は同意権です。神無月は資本家連中には一時的な勝者を教えていた。その上前をハネているのですからね」俺は言葉を選び、平易な声でそう答えた。だが俺は美嶋の金儲けにも協力する理由は無いがね。
美嶋はこう続けた。「そう、それが神無月をこのお遊びから抹殺しなくてはいけない理由だった。だがキリングが味方となると話は変わってくる」
「キリングは自身の保身のために米軍を抜けた男です。わたしたちも人のことはいえませんが。神無月をどうするかの結論は保留ということですね」
「まるで参謀官みたいだな、不知火は。状況をすぐ飲んでしまう。数々の窮地を脱し戦果をあげてきた。空戦技量となると、時雨、霞クラスも多々あるが。大隊規模の空戦という局地のみとはいえ、戦略腕となるとそうはいない。
この戦争は、戦局が転々とした、とはいうが。言ってしまえば両軍とも行き当たりばったりで一貫性に欠ける。予見した戦略を立てられる将など存在しない。史実でもそうだったがな。予見しているのは神無月一人、か。どこに潜んでいるものやら」
「彼はこのお遊びを肴に、ネットサーフィンして新たな投資先を探しているかもですね」
「正をもって対峙し。奇をもって制すのが兵法の常道。不知火はそれを戦術レベルで実践している。とても十六歳とは思えんよ。不知火が飛行隊長だったらな。いや、後輩だったらなんて思う。高卒認定に受かったら経済学か経営学の道に進まないか? きみは埋もれさせておくには惜しいよ」
「買いかぶりです。自分は何の取り得もないろくでなし、大学なんて卒業できません」
「不知火には素質がある。大切なのは、知識を無意味に積み込むことではない。個人のキャパシティの知識なんて、たかが知れている。中学高校あたりまでのテストでは暗記専門、カンニングは厳禁だが。誰だって、教科書見ながら解けば百点を取れるように思える。しかし大学クラスのテストともなると、テキストノート持ち込み可のテストすら、難解すぎて解けないものだ。
必要な情報を、必要なときに仕入れ活用する、それが情報化社会での実力者なのだよ。情報を活用するための技術、それこそが本来の意味での教養だ。知識なんて必要最低限身に付けておけばいい」
美嶋は悠然と講釈を述べている。
「壁画、象形文字、活字、端末……情報を外部に書き留めること、それが人間の文明をもたらした真の理由だ。人間個人の頭脳の容量なんて知れている、知識人が権威を得ていたのは前世紀での話。自由に情報を検索して望ましい利益を得る、インフォメーション・サーファーが本当の実力者だ。文部科学省は依然旧態とした知識詰め込み偏差値学歴権威主義だが。現実世界の権力者は、情報屋なのだ。神無月真琴のように」
「ここにきてまた、神無月ですか」
「このお遊びは、間もなく終わる。それから先のことも考えたらどうだ?」
「ゲームオーバーが近い、と?」
「ハワイで超アイオワ級戦艦が突貫作業で建造されている。間もなく就役するだろう。史実終戦調停をした戦艦ミズーリの拡張版だ。超大国のはずの米軍が大和を超せる大型艦を作れなかったのは、それではパナマ運河を通れないためだけに過ぎなかった。建造ドッグはほとんど東海岸にあったからな。それをまさに建造し旗艦とし、インセクトはなんとか日米にまとまりのいく休戦協定を結ぶ。回天となる超大戦艦だ」
「それは理想的ですね」
「だが別の協定条約も考えられている。休戦協定がうまくいかず、日本本土決戦といよいよなったとき、武器の使用を禁止するのさ。そうなれば我らは殴り込みに行く。同朋民間人相手だ。一切の兵器の使用を禁じる」
「ゼロを使わないというのですか、まさか銃も?」
「殴り込みだといっただろ、武器は使わない。誇り高い男は素手で戦うのさ。ナイフなんて卑怯な武器は使わない」
「それはそれで盛り上がりそうですね」肩をすくめて失笑する俺だった。電脳三倍段といって、仮想現実世界では肉体の働きが現実の数倍に増す。ゲーム内では格闘技初段の人の動きは、現実映像としてみると三段にも相当する。それはまったく違ったゲームとなるな。ストリートファイトかよ。
「そうだな。時雨もまた活躍するぞ、彼はああ見えて柔道四段だ」
「四段? 素人相手には達人の域ですね。あのおっさんが?」
「そう、時雨は強い」言い切る美嶋。「なんたって武勇伝を持っているからな、時雨は伝説の先輩なのさ。わたしの高校での二個上。時雨は地元では有名人だった。一見小柄で穏和そうに見える時雨は高校一年のころ、不良グループに目をつけられた。体育館裏に呼び出され、シメられようとしていた。しかし時雨は単騎身長差二〇センチ以上の六、七人いる不良どもを片端から千切っては投げ。締め。捻り。抉り。捩り。潰し。しまいには時雨は「おまえらじゃ相手にならねえ、一番強いやつ連れて来い」と言い放った。
こうして裏番とのサシとなったが。時雨はそいつも伸してしまった。完全にキレていた時雨は、凄まじい焼きを入れたとか。その光景たるや地獄絵図だったそうだ。時雨は柄にもなく風紀委員長なんかになった。結果わたしの高校は不良のいない穏やかな校風となった。その功績が認められ、時雨は推薦枠で大手警備会社の幹部候補として就職した」
「時雨准尉もあれで漢なのですね」
「そうだな。ましてやゲームでは達人の格闘家の動きは、アクション映画並みとなる。不知火、きみには不得手な仕事だろうがな」
「まったくです。ごめんこうむります」
「わたしもだ。わたしは少し空手をかじった程度だからな」ふっと息をつく美嶋。「なんにせよ、決戦の日は近い。硫黄島戦線がどう推移するか。意見書は読ませてもらった。補給部隊としての潜水艦の存在か。我らに対潜水艦能力は少ないからな、貴重な情報だったよ。代償といってはなんだが、ミリタリーバランスを見せてやるよ。最新の偵察情報だ」
美嶋は机に書類を放った。俺は目を通した。
俺たちインセクトの琉球方面戦力は、鳳翔とエンタープライズの空母二隻。内戦闘機九〇機強、攻撃機四〇機偵察機二〇機程度。他は護衛駆逐艦部隊十四隻だ。彼らは江南駆逐艦隊、コナン・ザ・デストロイヤー(破壊王コナン)と命名された。
ハワイ・トラック方面の部隊は航空機数こそ多いが、空母を欠き防戦・遮断戦一方だ。艦艇も大小五〇隻あるという。後方撹乱部隊だ。
米艦隊は確認された正規空母は五隻。ワスプと新型艦エセックスだ。他はインドミタブル等の、英空母が参戦している状態だ。艦載機は四〇〇機弱というところか。
米戦艦の正確な数は不明だ。二艦のみとも、八艦以上いるとも報告される。加えて巡洋艦駆逐艦となると、艦隊決戦用ではない護衛駆逐艦を含むと五〇〇隻には上る。一隻では雑魚とはいえこうも集まっては無視できない戦力だ。
帝国軍は霧島を失い、現在戦艦十一隻。空母は主力を失ったとはいえ、正規空母仮装空母合わせ十五隻程度となる。小型艦が多く艦載機は五〇〇機強。正規巡洋艦駆逐艦とも、現状では最大の戦力を有しているらしい。すぐに米軍が追い抜くだろうが。
日米双方とも、潜水艦部隊の戦力はつかめていない。輸送に専念し艦隊決戦からは、完全に離れるつもりなのだろうか。もし史実通りなら……虚を突かれ、突然魚雷で主要艦が撃沈されかねない。こればかりはソナーなどの計器と適切な見識に頼るしかない。
さらに付け加えると。俺たちのゼロ、霞の紫電改、時雨のスピットファイアは、多額のクイーンにより大幅改修されていた。ハイオク燃料に優良な点火プラグ。高熱、高圧力にも耐えられる新型タービン、高空性能を高める加給機を新調。オーバーブーストが断続的になら計十分は可能だ。速度が十五ノットは増す。まるでアフターバーナーだ。
キリングのベアキャット隊も、優秀な整備員により機体状態は良好だ。頑丈で燃えにくく、ちょっと被弾したところでそうそう落ちるものではない。強力な二〇ミリ砲も好調だ。六門も積んでいれば文字通り敵を粉砕できる。
回天 後
美嶋は切り出した。「わたしは現在、いささか困った立場に追い込まれている。神無月の件さ。キリング少佐は彼と友好関係にあるらしい。母艦艦長の金森大佐にしても、おそらく神無月からクイーンを仕入れ。この戦いを優位に導いてきた」美嶋は煙草を吸い込むと、長々と紫煙を吐いた。「わたしは一介の平証券マンに過ぎない。エリートのキリングや金持ちの金森とは違う。わたしは戦況を先読みし、幾多の戦いを乗り越えてきた。が、投資家連中ときたら神無月の情報により、インサイダー取引もいいところだ」
「その点は同意権です。神無月は資本家連中には一時的な勝者を教えていた。その上前をハネているのですからね」俺は言葉を選び、平易な声でそう答えた。だが俺は美嶋の金儲けにも協力する理由は無いがね。
美嶋はこう続けた。「そう、それが神無月をこのお遊びから抹殺しなくてはいけない理由だった。だがキリングが味方となると話は変わってくる」
「キリングは自身の保身のために米軍を抜けた男です。わたしたちも人のことはいえませんが。神無月をどうするかの結論は保留ということですね」
「まるで参謀官みたいだな、不知火は。状況をすぐ飲んでしまう。数々の窮地を脱し戦果をあげてきた。空戦技量となると、時雨、霞クラスも多々あるが。大隊規模の空戦という局地のみとはいえ、戦略腕となるとそうはいない。
この戦争は、戦局が転々とした、とはいうが。言ってしまえば両軍とも行き当たりばったりで一貫性に欠ける。予見した戦略を立てられる将など存在しない。史実でもそうだったがな。予見しているのは神無月一人、か。どこに潜んでいるものやら」
「彼はこのお遊びを肴に、ネットサーフィンして新たな投資先を探しているかもですね」
「正をもって対峙し。奇をもって制すのが兵法の常道。不知火はそれを戦術レベルで実践している。とても十六歳とは思えんよ。不知火が飛行隊長だったらな。いや、後輩だったらなんて思う。高卒認定に受かったら経済学か経営学の道に進まないか? きみは埋もれさせておくには惜しいよ」
「買いかぶりです。自分は何の取り得もないろくでなし、大学なんて卒業できません」
「不知火には素質がある。大切なのは、知識を無意味に積み込むことではない。個人のキャパシティの知識なんて、たかが知れている。中学高校あたりまでのテストでは暗記専門、カンニングは厳禁だが。誰だって、教科書見ながら解けば百点を取れるように思える。しかし大学クラスのテストともなると、テキストノート持ち込み可のテストすら、難解すぎて解けないものだ。
必要な情報を、必要なときに仕入れ活用する、それが情報化社会での実力者なのだよ。情報を活用するための技術、それこそが本来の意味での教養だ。知識なんて必要最低限身に付けておけばいい」
美嶋は悠然と講釈を述べている。
「壁画、象形文字、活字、端末……情報を外部に書き留めること、それが人間の文明をもたらした真の理由だ。人間個人の頭脳の容量なんて知れている、知識人が権威を得ていたのは前世紀での話。自由に情報を検索して望ましい利益を得る、インフォメーション・サーファーが本当の実力者だ。文部科学省は依然旧態とした知識詰め込み偏差値学歴権威主義だが。現実世界の権力者は、情報屋なのだ。神無月真琴のように」
「ここにきてまた、神無月ですか」
「このお遊びは、間もなく終わる。それから先のことも考えたらどうだ?」
「ゲームオーバーが近い、と?」
「ハワイで超アイオワ級戦艦が突貫作業で建造されている。間もなく就役するだろう。史実終戦調停をした戦艦ミズーリの拡張版だ。超大国のはずの米軍が大和を超せる大型艦を作れなかったのは、それではパナマ運河を通れないためだけに過ぎなかった。建造ドッグはほとんど東海岸にあったからな。それをまさに建造し旗艦とし、インセクトはなんとか日米にまとまりのいく休戦協定を結ぶ。回天となる超大戦艦だ」
「それは理想的ですね」
「だが別の協定条約も考えられている。休戦協定がうまくいかず、日本本土決戦といよいよなったとき、武器の使用を禁止するのさ。そうなれば我らは殴り込みに行く。同朋民間人相手だ。一切の兵器の使用を禁じる」
「ゼロを使わないというのですか、まさか銃も?」
「殴り込みだといっただろ、武器は使わない。誇り高い男は素手で戦うのさ。ナイフなんて卑怯な武器は使わない」
「それはそれで盛り上がりそうですね」肩をすくめて失笑する俺だった。電脳三倍段といって、仮想現実世界では肉体の働きが現実の数倍に増す。ゲーム内では格闘技初段の人の動きは、現実映像としてみると三段にも相当する。それはまったく違ったゲームとなるな。ストリートファイトかよ。
「そうだな。時雨もまた活躍するぞ、彼はああ見えて柔道四段だ」
「四段? 素人相手には達人の域ですね。あのおっさんが?」
「そう、時雨は強い」言い切る美嶋。「なんたって武勇伝を持っているからな、時雨は伝説の先輩なのさ。わたしの高校での二個上。時雨は地元では有名人だった。一見小柄で穏和そうに見える時雨は高校一年のころ、不良グループに目をつけられた。体育館裏に呼び出され、シメられようとしていた。しかし時雨は単騎身長差二〇センチ以上の六、七人いる不良どもを片端から千切っては投げ。締め。捻り。抉り。捩り。潰し。しまいには時雨は「おまえらじゃ相手にならねえ、一番強いやつ連れて来い」と言い放った。
こうして裏番とのサシとなったが。時雨はそいつも伸してしまった。完全にキレていた時雨は、凄まじい焼きを入れたとか。その光景たるや地獄絵図だったそうだ。時雨は柄にもなく風紀委員長なんかになった。結果わたしの高校は不良のいない穏やかな校風となった。その功績が認められ、時雨は推薦枠で大手警備会社の幹部候補として就職した」
「時雨准尉もあれで漢なのですね」
「そうだな。ましてやゲームでは達人の格闘家の動きは、アクション映画並みとなる。不知火、きみには不得手な仕事だろうがな」
「まったくです。ごめんこうむります」
「わたしもだ。わたしは少し空手をかじった程度だからな」ふっと息をつく美嶋。「なんにせよ、決戦の日は近い。硫黄島戦線がどう推移するか。意見書は読ませてもらった。補給部隊としての潜水艦の存在か。我らに対潜水艦能力は少ないからな、貴重な情報だったよ。代償といってはなんだが、ミリタリーバランスを見せてやるよ。最新の偵察情報だ」
美嶋は机に書類を放った。俺は目を通した。
俺たちインセクトの琉球方面戦力は、鳳翔とエンタープライズの空母二隻。内戦闘機九〇機強、攻撃機四〇機偵察機二〇機程度。他は護衛駆逐艦部隊十四隻だ。彼らは江南駆逐艦隊、コナン・ザ・デストロイヤー(破壊王コナン)と命名された。
ハワイ・トラック方面の部隊は航空機数こそ多いが、空母を欠き防戦・遮断戦一方だ。艦艇も大小五〇隻あるという。後方撹乱部隊だ。
米艦隊は確認された正規空母は五隻。ワスプと新型艦エセックスだ。他はインドミタブル等の、英空母が参戦している状態だ。艦載機は四〇〇機弱というところか。
米戦艦の正確な数は不明だ。二艦のみとも、八艦以上いるとも報告される。加えて巡洋艦駆逐艦となると、艦隊決戦用ではない護衛駆逐艦を含むと五〇〇隻には上る。一隻では雑魚とはいえこうも集まっては無視できない戦力だ。
帝国軍は霧島を失い、現在戦艦十一隻。空母は主力を失ったとはいえ、正規空母仮装空母合わせ十五隻程度となる。小型艦が多く艦載機は五〇〇機強。正規巡洋艦駆逐艦とも、現状では最大の戦力を有しているらしい。すぐに米軍が追い抜くだろうが。
日米双方とも、潜水艦部隊の戦力はつかめていない。輸送に専念し艦隊決戦からは、完全に離れるつもりなのだろうか。もし史実通りなら……虚を突かれ、突然魚雷で主要艦が撃沈されかねない。こればかりはソナーなどの計器と適切な見識に頼るしかない。
さらに付け加えると。俺たちのゼロ、霞の紫電改、時雨のスピットファイアは、多額のクイーンにより大幅改修されていた。ハイオク燃料に優良な点火プラグ。高熱、高圧力にも耐えられる新型タービン、高空性能を高める加給機を新調。オーバーブーストが断続的になら計十分は可能だ。速度が十五ノットは増す。まるでアフターバーナーだ。
キリングのベアキャット隊も、優秀な整備員により機体状態は良好だ。頑丈で燃えにくく、ちょっと被弾したところでそうそう落ちるものではない。強力な二〇ミリ砲も好調だ。六門も積んでいれば文字通り敵を粉砕できる。
回天 後