クイーンの元締めは神無月、もはや間違いない。キリングの発言からも窺える。これはもはや確定情報だ。クイーンの流れは均等だ。平等と言ってもいい。このゲームは世界経済に健全な貢献をしている。鳳翔やエンタープライズは例外だ。日米の空母艦隊は壊滅、そいつらの参加料、莫大な金がどこへ流れたか? 現実の貧困層。スラム街や田舎都市、海に浮かぶ小国だ。
出来すぎている。改革者神無月らしい。賞金を得ている投資家連中もうかうかしていられないだろう。そいつらの報酬の数割は神無月が独占しているのだから。
米空母四艦の損失は、今後ひと月は戦局に影響を与える。続々と新造空母が建造されているとはいえ、それが就役し、ましてやパナマ運河を通過し太平洋を横断し戦列に並ぶまで、短く見積もってひと月。だが、もっと猶予がいるだろう。一、二隻の戦力の逐次投入なんてぬるいことをやっていれば、各個撃破の良い的だからだ。とはいえ増援は圧倒的だ。
対する日本空母は。瑞鶴、大鳳、信濃は立派な正規空母だが。他は軽空母や商船を改装した仮装空母が多い。速力も遅いし防御面に問題があり、魚雷一発で沈みかねない。
インセクトはどう動くか。このままでは倒すべき敵戦力が決定できない。うかつに戦端を開ける状態ではない。とすると参加費ばかり取られ、賞金は入らないからな。まあ軍事力の均衡を保つのは悪いことではないか。退屈なことだが。
キリングは神無月を慕っていたのか。それに対し美嶋は神無月を殺せといっている。これは霞には教えられないかな。カマかけてやるか。夕刻、俺は飛行甲板で霞を見つけていた。「霞、きみはもし神無月が敵だったらどうする」
「殺すわ。彼はわたしの仇なの」霞は即答した。
俺は驚いていた。「霞は神無月に憧れていたのでは、なかったのか?」
「わたしの父は、県会議員だったの。でも直接民主制を迎え失職した。県会議員なんて半ば自由業、なんら保証はつくはずもないしコネも無い。自慢じゃないけど潔癖な父だったの。議長クラスともなると、天下り先があるかもしれないけど。平議員の父なんてリストラ同然。母が地主で農家やっていたのが救いね、それで食べさせてもらっているわ。
改革の英雄を恨んでいるわけではないけど。現体制に不満があるわけではないけど。わたしは神無月を見つけたら落とす。わたしなりのけじめよ」
「そうか」俺はそれだけつぶやいた。これはますます、雲行きが怪しくなってきたな。クイーンの元締めともなると、最大の賞金首じゃないか。神無月を落とすものが、この戦いの行方を動かすこと間違いない。直接の勝敗には結びつかずとも。
しかし彼が俺たちの部隊にいるかもしれない、というのだから話はややこしい。本当に神無月が編入されているのか? 鳳翔のたかだか四〇名余りの小部隊に。美嶋はなにを企んでいる? 味方を落としてまでポイント稼ぎか? まあそんなことは無いだろう。神無月は日本帝国軍に存在するはずだ。
霞は聞いてくる。「なんで唐突にそんな質問したの?」
「いまは手詰まりの戦況といえ、決戦の日は、いずれ来る。回天となるべき新兵器が登場する可能性があるからな」
「そうね、新兵器開発はクイーンの力によるものだった。その元締めの存在は大きい。次はなにかしら」
「俺が思うに、もっとも脅威となるのは計算機だね。コンピューターを使って弾道計算をするのさ。電波照準機はより高度になる。暗号解読にも利用できる。レーダーと連結すれば、防衛スクリーンはより強化され、航空機隊は的確な指揮を受けられる」
「変な話ね。電脳世界、コンピューター内でコンピューターを使うなんて」
「それを言うなら、仮装現実の中で遊ぶこと自体、変な話だろ。なんにせよ、コンピューターは決定的な戦力となる。弾道計算一つ取っても、精密な狙撃を可能とする。現代の技術なら、弾道計算された砲弾は艦艇どころか航空機、いや飛来するミサイルすら撃墜することが可能だが。弾道計算されない史実の砲撃戦の命中率は著しく低い。
小型の哨戒艇を駆逐艦が砲撃しても、全然命中しないから追いかけて接舷し、乗り込んで制圧したなんて事例も多々ある。
戦後初めて、弾道計算をする目的でコンピューターは開発された。現代の技術ならその程度の計算をするCPU・メインメモリチップなら、砂粒サイズ以下だが。二十世紀半ばとなると、一戸建て住宅並サイズで費用も莫大だ。馬鹿デカい真空管一本で一ビットだものな。メモリ容量・処理速度とも比率がケタが兆以上違うぜ。どの程度進んだコンピューターが登場するやら」
「やろうと思えば、現代の技術並みの性能を持たせることも容易ね。少しプログラムに細工すれば。でもそうはならないわ。このゲームをハックすれば無敵の兵器だってできるはず。それを防いでいた万全のセキュリティがある。ハッキング行為は厳罰だしね」
「そうだな。だが神無月は天才的なハッカーだ。彼なら一切の痕跡を残さず反則技が使えるかもしれないぜ」
「神無月なら、そんな危ない橋は渡らないと思うわ。彼は緻密に戦況情報を調査し、的確にクイーンをさばいて儲けたのだもの」
「それもそうか」そういう俺は、反則技を使用しようとしていたのだ。
昔秋葉のジャンク屋で買った、二〇年も旧式のパームトップ・コンピュータ。携帯モバイルがサングラスサイズになった昨今、誰も使用しない代物だ。OSがシンプルで逆アセンブルでき、ハードウェアレベルでプログラミングできる。こいつを電脳世界の上にひっかぶせる。内部にリンクしないから、厳密にはハッキングではない。
簡単な計算だ。敵の距離を機銃弾速度で割る。着弾時間を計り重力による降落量を差し引く。さらに相対速度と着弾時間を掛け、その結果を三角関数で角度に修正する。精密なロックオン射撃、偏差射撃を可能とする。史実、五倍の命中率を見せた装備のお手製版だ。簡易HMD(ヘッドマウントディスプレイ)というわけだ。
これなら発覚はしないはず。発覚しても罰すべき法もない。まさに裏技だ。俺のゼロの攻撃力は格段に増すだろう。
ふと、格納甲板の方が騒がしくなった。また新たな戦局となったかな。俺と霞は話を聞きに行った。
帝国軍の硫黄島奪回作戦、並びに米軍の本土爆撃が始まった! 戦艦の艦砲射撃による地上攻撃だ。対する米軍は、B29を出撃させ日本本土の軍港を爆撃している。米軍には、帝国艦隊を攻撃する戦力は少ない。帝国軍も、B29を撃墜する手段はあまり無い。
両軍とも攻撃一方で、防衛手段を欠く。叩き合いだな。両軍は互いの補給中、帝国軍はB29が着陸している際に砲撃を、米軍は寄港中の帝国艦隊を爆撃するだろう。
長期戦になるな。爆撃や地上砲撃では、そうそう攻撃は命中しない。一瞬で雌雄の決まる戦闘機戦とは違う。つまり、それにともなう燃料弾薬の消費も激しいはず。
霞は問う。「インセクトはどう動くかしら」
「単に戦果、つまり賞金目当てならまともに相手にする必要は無い。日米は両軍とも補給線が弱い。中立コロニーから輸送される補給部隊を叩けば、濡れ手に粟の様に物資が鹵獲できるはずだ。輸送艦の機関部を機銃で撃ち抜いた後、駆逐艦で制圧、曳航する。護衛がいたとしても、少数。かえって良いカモになるはず」
「そううまくいかないの。米軍の輸送船団はこの一週間あまり、確認されていないのよ。日本なんてもっと変。輸送船は護衛艦も無く丸裸だし、いざ攻撃を受けると拿捕される前に自沈しちゃうの」
補給物資に喘ぐ帝国軍が自沈だと? 米輸送艦隊、発見できず? それはおかしい。補給が途絶えているのに日米が交戦を続けられるはずはない。
俺は思い当たると、はっとした。ヤバいな、敵に余裕を与えてしまったか。
囮作戦か! 帝国輸送船は物資・乗員がからっぽの、敵戦力を分散させ消耗させる陽動作戦だったのだ! 対する米さんは、とすると?
潜水艦部隊か? 史実米軍の潜水艦は主に艦隊決戦よりも、通商破壊に用いられていた。日本の潜水艦は艦隊決戦に用いられていたが、騒音の激しい伊号潜水艦は水に「潜む」役を果たさず、敵駆逐艦の爆雷により、次々と沈められてしまったものだ。
しかしそんな欠点のある潜水艦も、陽動により手薄となった航路を進めば有効活用できる。大型の伊号は名だたるUボートとは違い設計・運用思想が狂っていたとされているが、補給に使うのならその大きさも役に立つ。
通商破壊がこのゲームでは禁止となると、潜水艦連中はいままでなにをしてきたか。潜水艦との戦闘は例が無かったな。そいつらが補給を?
潜水艦が敵となると、航空機の出番は無い。浮上したところをたまたま銃撃するなんてケースは史実、稀にしかなかった。インセクトのちっぽけな哨戒網など軽くかわしているだろう。まずい事態だ。
「作戦をある程度修正する必要があるな、霞」
「またお得意の戦略案? 一軍曹にして戦局を見据えるなんて、不知火くんだけね」
「だが美嶋少佐の反応がどうくるものやら。キリング少佐もな」
「あの二人、少し不和があるみたいね。仲が良いのか悪いのか。でも不知火くんは美嶋少佐からは信任厚い。一下士官にしてはね。この前も一人で作戦会議室に出頭させられていたでしょう、なにを命令されたの?」
「極秘事項なんだ、誰にも教えられないよ」俺はそう答えていた。この戦局で神無月を落とす、そんなことはできない。神無月はクイーンを的確に配分し、このゲームのミリタリーバランスを保ってきた。神無月を失えば戦局の均衡が崩れる。そうなると俺の生活費稼ぎにも問題となるからな。
「不知火くんはわたしを部下みたいに使ってくれるわね」霞は苦笑すると、俺の目をまじまじと覗き込んだ。「あなた、単なる金目当てとは違うわね。なにがしか目的がなければ、ここまで統一的に戦い抜けるはずない。金が欲しいって、何を買いたいの?」
どきりとした。核心を突かれたな、正直に話すか。「金は単なる生活費、さ。俺の欲しい物は金では買えない」
「だったらなに? 精神的なもの? 名誉、権力とかは柄じゃなさそうだけど」
「例えるなら、鍵さ。未来への扉を開ける鍵」
「すると象徴的なものね。不知火くんはなにか理想を持っているのね」
「それを適えるためには、撃墜王ランキング千位をクリアするのが近道だった。そうすれば自分の裁量でクイーンが使えるからな。だが、俺にはそこまでの才覚は無かった。だから霞といままでつきあってきたんだ。『クイーン』本人とね。俺と霞の目的は、同じかも知れない。霞は神無月を追っていた。俺は神無月の知識を追っている。不相応にもね」
「! 鍵。わかったわ、不知火くんは仮想現実を書き換える知識が欲しかったのね。たしかにランキング上位者のクイーンなら、それが可能になる。わたしでもまだ無理だけど」
「そうさ、が、いますぐに打てる手はない。明日からの任務に備えようぜ」
俺たちはゲームアウトした。
回天 前
出来すぎている。改革者神無月らしい。賞金を得ている投資家連中もうかうかしていられないだろう。そいつらの報酬の数割は神無月が独占しているのだから。
米空母四艦の損失は、今後ひと月は戦局に影響を与える。続々と新造空母が建造されているとはいえ、それが就役し、ましてやパナマ運河を通過し太平洋を横断し戦列に並ぶまで、短く見積もってひと月。だが、もっと猶予がいるだろう。一、二隻の戦力の逐次投入なんてぬるいことをやっていれば、各個撃破の良い的だからだ。とはいえ増援は圧倒的だ。
対する日本空母は。瑞鶴、大鳳、信濃は立派な正規空母だが。他は軽空母や商船を改装した仮装空母が多い。速力も遅いし防御面に問題があり、魚雷一発で沈みかねない。
インセクトはどう動くか。このままでは倒すべき敵戦力が決定できない。うかつに戦端を開ける状態ではない。とすると参加費ばかり取られ、賞金は入らないからな。まあ軍事力の均衡を保つのは悪いことではないか。退屈なことだが。
キリングは神無月を慕っていたのか。それに対し美嶋は神無月を殺せといっている。これは霞には教えられないかな。カマかけてやるか。夕刻、俺は飛行甲板で霞を見つけていた。「霞、きみはもし神無月が敵だったらどうする」
「殺すわ。彼はわたしの仇なの」霞は即答した。
俺は驚いていた。「霞は神無月に憧れていたのでは、なかったのか?」
「わたしの父は、県会議員だったの。でも直接民主制を迎え失職した。県会議員なんて半ば自由業、なんら保証はつくはずもないしコネも無い。自慢じゃないけど潔癖な父だったの。議長クラスともなると、天下り先があるかもしれないけど。平議員の父なんてリストラ同然。母が地主で農家やっていたのが救いね、それで食べさせてもらっているわ。
改革の英雄を恨んでいるわけではないけど。現体制に不満があるわけではないけど。わたしは神無月を見つけたら落とす。わたしなりのけじめよ」
「そうか」俺はそれだけつぶやいた。これはますます、雲行きが怪しくなってきたな。クイーンの元締めともなると、最大の賞金首じゃないか。神無月を落とすものが、この戦いの行方を動かすこと間違いない。直接の勝敗には結びつかずとも。
しかし彼が俺たちの部隊にいるかもしれない、というのだから話はややこしい。本当に神無月が編入されているのか? 鳳翔のたかだか四〇名余りの小部隊に。美嶋はなにを企んでいる? 味方を落としてまでポイント稼ぎか? まあそんなことは無いだろう。神無月は日本帝国軍に存在するはずだ。
霞は聞いてくる。「なんで唐突にそんな質問したの?」
「いまは手詰まりの戦況といえ、決戦の日は、いずれ来る。回天となるべき新兵器が登場する可能性があるからな」
「そうね、新兵器開発はクイーンの力によるものだった。その元締めの存在は大きい。次はなにかしら」
「俺が思うに、もっとも脅威となるのは計算機だね。コンピューターを使って弾道計算をするのさ。電波照準機はより高度になる。暗号解読にも利用できる。レーダーと連結すれば、防衛スクリーンはより強化され、航空機隊は的確な指揮を受けられる」
「変な話ね。電脳世界、コンピューター内でコンピューターを使うなんて」
「それを言うなら、仮装現実の中で遊ぶこと自体、変な話だろ。なんにせよ、コンピューターは決定的な戦力となる。弾道計算一つ取っても、精密な狙撃を可能とする。現代の技術なら、弾道計算された砲弾は艦艇どころか航空機、いや飛来するミサイルすら撃墜することが可能だが。弾道計算されない史実の砲撃戦の命中率は著しく低い。
小型の哨戒艇を駆逐艦が砲撃しても、全然命中しないから追いかけて接舷し、乗り込んで制圧したなんて事例も多々ある。
戦後初めて、弾道計算をする目的でコンピューターは開発された。現代の技術ならその程度の計算をするCPU・メインメモリチップなら、砂粒サイズ以下だが。二十世紀半ばとなると、一戸建て住宅並サイズで費用も莫大だ。馬鹿デカい真空管一本で一ビットだものな。メモリ容量・処理速度とも比率がケタが兆以上違うぜ。どの程度進んだコンピューターが登場するやら」
「やろうと思えば、現代の技術並みの性能を持たせることも容易ね。少しプログラムに細工すれば。でもそうはならないわ。このゲームをハックすれば無敵の兵器だってできるはず。それを防いでいた万全のセキュリティがある。ハッキング行為は厳罰だしね」
「そうだな。だが神無月は天才的なハッカーだ。彼なら一切の痕跡を残さず反則技が使えるかもしれないぜ」
「神無月なら、そんな危ない橋は渡らないと思うわ。彼は緻密に戦況情報を調査し、的確にクイーンをさばいて儲けたのだもの」
「それもそうか」そういう俺は、反則技を使用しようとしていたのだ。
昔秋葉のジャンク屋で買った、二〇年も旧式のパームトップ・コンピュータ。携帯モバイルがサングラスサイズになった昨今、誰も使用しない代物だ。OSがシンプルで逆アセンブルでき、ハードウェアレベルでプログラミングできる。こいつを電脳世界の上にひっかぶせる。内部にリンクしないから、厳密にはハッキングではない。
簡単な計算だ。敵の距離を機銃弾速度で割る。着弾時間を計り重力による降落量を差し引く。さらに相対速度と着弾時間を掛け、その結果を三角関数で角度に修正する。精密なロックオン射撃、偏差射撃を可能とする。史実、五倍の命中率を見せた装備のお手製版だ。簡易HMD(ヘッドマウントディスプレイ)というわけだ。
これなら発覚はしないはず。発覚しても罰すべき法もない。まさに裏技だ。俺のゼロの攻撃力は格段に増すだろう。
ふと、格納甲板の方が騒がしくなった。また新たな戦局となったかな。俺と霞は話を聞きに行った。
帝国軍の硫黄島奪回作戦、並びに米軍の本土爆撃が始まった! 戦艦の艦砲射撃による地上攻撃だ。対する米軍は、B29を出撃させ日本本土の軍港を爆撃している。米軍には、帝国艦隊を攻撃する戦力は少ない。帝国軍も、B29を撃墜する手段はあまり無い。
両軍とも攻撃一方で、防衛手段を欠く。叩き合いだな。両軍は互いの補給中、帝国軍はB29が着陸している際に砲撃を、米軍は寄港中の帝国艦隊を爆撃するだろう。
長期戦になるな。爆撃や地上砲撃では、そうそう攻撃は命中しない。一瞬で雌雄の決まる戦闘機戦とは違う。つまり、それにともなう燃料弾薬の消費も激しいはず。
霞は問う。「インセクトはどう動くかしら」
「単に戦果、つまり賞金目当てならまともに相手にする必要は無い。日米は両軍とも補給線が弱い。中立コロニーから輸送される補給部隊を叩けば、濡れ手に粟の様に物資が鹵獲できるはずだ。輸送艦の機関部を機銃で撃ち抜いた後、駆逐艦で制圧、曳航する。護衛がいたとしても、少数。かえって良いカモになるはず」
「そううまくいかないの。米軍の輸送船団はこの一週間あまり、確認されていないのよ。日本なんてもっと変。輸送船は護衛艦も無く丸裸だし、いざ攻撃を受けると拿捕される前に自沈しちゃうの」
補給物資に喘ぐ帝国軍が自沈だと? 米輸送艦隊、発見できず? それはおかしい。補給が途絶えているのに日米が交戦を続けられるはずはない。
俺は思い当たると、はっとした。ヤバいな、敵に余裕を与えてしまったか。
囮作戦か! 帝国輸送船は物資・乗員がからっぽの、敵戦力を分散させ消耗させる陽動作戦だったのだ! 対する米さんは、とすると?
潜水艦部隊か? 史実米軍の潜水艦は主に艦隊決戦よりも、通商破壊に用いられていた。日本の潜水艦は艦隊決戦に用いられていたが、騒音の激しい伊号潜水艦は水に「潜む」役を果たさず、敵駆逐艦の爆雷により、次々と沈められてしまったものだ。
しかしそんな欠点のある潜水艦も、陽動により手薄となった航路を進めば有効活用できる。大型の伊号は名だたるUボートとは違い設計・運用思想が狂っていたとされているが、補給に使うのならその大きさも役に立つ。
通商破壊がこのゲームでは禁止となると、潜水艦連中はいままでなにをしてきたか。潜水艦との戦闘は例が無かったな。そいつらが補給を?
潜水艦が敵となると、航空機の出番は無い。浮上したところをたまたま銃撃するなんてケースは史実、稀にしかなかった。インセクトのちっぽけな哨戒網など軽くかわしているだろう。まずい事態だ。
「作戦をある程度修正する必要があるな、霞」
「またお得意の戦略案? 一軍曹にして戦局を見据えるなんて、不知火くんだけね」
「だが美嶋少佐の反応がどうくるものやら。キリング少佐もな」
「あの二人、少し不和があるみたいね。仲が良いのか悪いのか。でも不知火くんは美嶋少佐からは信任厚い。一下士官にしてはね。この前も一人で作戦会議室に出頭させられていたでしょう、なにを命令されたの?」
「極秘事項なんだ、誰にも教えられないよ」俺はそう答えていた。この戦局で神無月を落とす、そんなことはできない。神無月はクイーンを的確に配分し、このゲームのミリタリーバランスを保ってきた。神無月を失えば戦局の均衡が崩れる。そうなると俺の生活費稼ぎにも問題となるからな。
「不知火くんはわたしを部下みたいに使ってくれるわね」霞は苦笑すると、俺の目をまじまじと覗き込んだ。「あなた、単なる金目当てとは違うわね。なにがしか目的がなければ、ここまで統一的に戦い抜けるはずない。金が欲しいって、何を買いたいの?」
どきりとした。核心を突かれたな、正直に話すか。「金は単なる生活費、さ。俺の欲しい物は金では買えない」
「だったらなに? 精神的なもの? 名誉、権力とかは柄じゃなさそうだけど」
「例えるなら、鍵さ。未来への扉を開ける鍵」
「すると象徴的なものね。不知火くんはなにか理想を持っているのね」
「それを適えるためには、撃墜王ランキング千位をクリアするのが近道だった。そうすれば自分の裁量でクイーンが使えるからな。だが、俺にはそこまでの才覚は無かった。だから霞といままでつきあってきたんだ。『クイーン』本人とね。俺と霞の目的は、同じかも知れない。霞は神無月を追っていた。俺は神無月の知識を追っている。不相応にもね」
「! 鍵。わかったわ、不知火くんは仮想現実を書き換える知識が欲しかったのね。たしかにランキング上位者のクイーンなら、それが可能になる。わたしでもまだ無理だけど」
「そうさ、が、いますぐに打てる手はない。明日からの任務に備えようぜ」
俺たちはゲームアウトした。
回天 前